労働一般

無断録音-解雇と証拠能力-

 労働者は、ハラスメントの被害を受けている場合など自分の身を守るために職場での会話を録音することがあります。このような録音行為を無断で行うことは、法的に問題はないのでしょうか。
 今回は、無断録音について解説します。

無断録音と解雇

 使用者は、労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、労働者に対して、職場の施設内での録音を禁止する権限があります。そのため、労働者は、使用者から録音禁止の指示を受けた場合や就業規則等に録音を禁じる規定がある場合には、使用者の許可なく録音を行うと、これを理由に懲戒処分をなされることがあります
 裁判例は、使用者からの録音禁止の指示に従わずに、録音を継続した事案につき、この点も考慮し解雇の有効性を肯定しています(東京地立川支判平30.3.28労経速2363号9頁[甲社事件])。
 従って、使用者から職場内における録音の禁止を命じられた場合には、その後は録音については控えた方がいいでしょう
 また、既に録音したデータについても、秘密管理の点から削除を求められたり、提出を求められたりする場合があります。これについて、重要な証拠となる会話が録音されている場合もありますが、そのような場合であっても、一度使用者に提出し、後日然るべき手続により開示を求めることが穏当です。後日、開示を求める予定がある場合には、受領証など録音機を使用者に預けたことを裏付ける資料を残したうえで、録音の日付やデータファイル名等を特定できるよう控えておくのがよいでしょう

【東京地立川支判平30.3.28労経速2363号9頁[甲社事件]】
 「原告は、C人事課長やE製造部長から、原告が常にボイスレコーダーを所持しているなどの報告や苦情に基づき、繰り返し、ボイスレコーダー所持の有無を確認されたり、録音禁止の指示を受けたりしたものの、答える必要はない、自分の身を守るために録音を止めることはできないなどという主張を繰り返していた。そして、原告に対して懲戒手続が取られることとなり、2度にわたり弁明の機会が設けられた際も、原告は、自分の身を守るために録音は自分のタイミングで行うと主張し続け、譴責の懲戒処分を受けて始末書の提出を命じられたにもかかわらず、何ら反省の意思を示すことなく、それが不当な処分であるとして、『会社から自分の身を守るために録音機を使います』などと明記したその趣旨に沿わない始末書…を提出している…。」
 「原告は、被告において、就業規則その他の規定上、従業員に録音を禁止する根拠がないなどと主張する。しかし、雇用者であり、かつ、本社及び東京工場の管理運営者である被告は、労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、被用者である原告に対し、職場の施設内での録音を禁止する権限があるというべきである。このことは、就業規則にこれに関する明文があるか否かによって左右されるものではない。
 「また、原告は、録音による職場環境の悪化について、具体的な立証がないなどと主張する。しかし、被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかであるから、原告に対する録音禁止の指示は、十分に必要性の認められる正当なものであったというべきである。」
 「さらに、原告は、被告において秘密管理がなされていなかったとして、録音を禁止する必要性がなかったなどと主張する。しかし、被告が秘密情報の持ち出しを放任しておらず、その漏洩を禁じていたことは明らかであり…、原告が主張するような一般的な措置を取っているか否かは、情報漏洩等を防ぐために個別に録音の禁止を命じることの妨げになるものではないし、そもそも録音禁止の業務命令は、上記によれば、秘密漏洩の防止のみならず、職場環境の悪化を防ぎ職場の秩序を維持するためにも必要であったと認められるのであって、原告の主張は、採用することができない。」
 「以上からすれば、原告は、被告の労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、上司らから録音禁止の正当な命令が繰り返されたのに、これに従うことなく、懲戒手続が取られるまでに至ったにもかかわらず、懲戒手続においても自らの主張に固執し、譴責の懲戒処分を受けても何ら反省の意思を示さないばかりか、処分対象となった行為を以後も行う旨明言したものであって、会社の正当な指示を受け入れない姿勢が顕著で、将来の改善も見込めなかったといわざるを得ない。このことは、原告が本人尋問において、仮に復職が認められても,原告から見て身の危険があれば、録音機の使用を行うと表明していること…からも顕著である。」

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無断録音と証拠能力

証拠能力とは

 証拠能力とは、証拠資料を事実認定のために利用し得る資格をいいます。
そのため、証拠が採用された後、裁判官の心証に及ぼす影響力としての「証明力」の問題とは区別されます。

証拠能力が否定される場合

 民事訴訟においては、証拠能力に関する詳細な規定をおいている刑事訴訟法とは異なり、原則として、証拠能力の制限はないとされています。そのため、無断で録音した音声データについても原則として、民事訴訟法において証拠として利用することは禁止されません
 もっとも、裁判例では、「著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的事由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ない」とされています(東高判昭52.7.15判時867号60頁)。
 その後、裁判例には、「民事訴訟においては、例えば、一方当事者が自ら若しくは第三者と共謀ないし第三者を教唆して他方当事者の所持する文書を窃取するなど、信義則上これを証拠とすることが許されないとするに足りる特段の事情がない限り、民事訴訟における真実発見の要請その他の諸原則に照らし、文書には原則として証拠能力を認めるのが相当であ」るとして、証拠能力を制限する根拠についても言及するものが現れています(神戸地判昭59.5.18労民集35巻3・4号301頁)。

無断録音に関する裁判例

⑴ 証拠能力を肯定した裁判例

【東京地判昭46.4.26判時641号81頁】
 「右録音テープに録取された会談の内容は、本件事件の当事者間で本件事件について質疑がなされた際にこれを一方当事者側において録取したものであり、特に会談の当事者以外にききとられまいと意図した形跡はないから、右録取に際し他方当事者の同意を得ていなかつた一事をもつて公序良俗に反し違反に収集されたものであつて、これにもとづいて作成された証拠に証拠能力を肯定することが社会通念上相当でないとするにはあたらない。とすれば、…その証拠能力を否定することはできないというべきである。」

【東京高判昭52.7.15判時867号60頁】
 「ところで民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく、当事者が挙証の用に供する証拠は、一般的に証拠価値はともかく、その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべきことはいうまでもないところであるが、その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によつて採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。そして話者の同意なくしてなされた録音テープは、通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから、その証拠能力の適否の判定に当つては、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべきものと解するのが相当であり、これを本件についてみるに、右録音は、酒席における…発言供述を、単に同人ら不知の間に録取したものであるにとどまり、いまだ同人らの人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものということはできないから、右録音テープは、証拠能力を有するものと認めるべきである。」

⑵ 証拠能力を否定した裁判例

【大分地判昭46.11.8判時656号82頁】
 「右の如く、相手方の同意なしに対話を録音することは、公益を保護するため或いは著しく優越する正当利益を擁護するためなど特段の事情のない限り、相手方の人格権を侵害する不法な行為と言うべきであり、民事事件の一方の当事者の証拠固めというような私的利益のみでは未だ一般的にこれを正当化することはできない。」
 「従つて、対話の相手方の同意のない無断録音テープは不法手段で収集された証拠と言うべきで、法廷においてこれを証拠として許容することは訴訟法上の信義則、公正の原則に反するものと解すべきである。」
 「一方、このような無断録音による人格権の侵害は不法行為に基づく損害賠償などで解決すれば足り、無断録音テープの証拠能力には影響を及ぼさないとの立場も考えられないわけではないが,反面右損害賠償の義務を甘受することと引換えに、不法な手段で獲得した録音テープを法廷に提出することを訴訟当事者の自由に任せ、これを全て証拠として許容することは無断録音による右人格権侵害の不法行為を徒らに誘発する弊害をもたらすと共に、法廷における公正の原則にも背馳するものと言わなければならない。」
 「右の理由から、前認定の如く被告伊藤五郎の同意を得ずして原告により秘かに録音されたものであることの明らかな…録音録取書は証拠として採用し難い。」

【東京高判平28.5.19ジュリスト1496-4】
 「検討するに,民事訴訟法は,自由心証主義を採用し(247条),一般的に証拠能力を制限する規定を設けていないことからすれば,違法収集証拠であっても,それだけで直ちに証拠能力が否定されることはないというべきである。しかしながら,いかなる違法収集証拠もその証拠能力を否定されることはないとすると,私人による違法行為を助長し,法秩序の維持を目的とする裁判制度の趣旨に悖る結果ともなりかねないのであり,民事訴訟における公正性の要請,当事者の信義誠実義務に照らすと,当該証拠の収集の方法及び態様,違法な証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性,当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し,当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反するといえる場合には,例外として,当該違法収集証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である。」
 本件録音体は,非公開の手続であり,録音をしない運用がされている委員会の審議の内容を無断で録音したものであ」る
 「…次に,委員会は,ハラスメントの調査及びそれに基づくハラスメント認定という職務を担い,その際にハラスメントに関係する者のセンシティブな情報や事実関係を扱うものであるところ,このような職務を行う委員会の認定判断の客観性,信頼性を確保するには,審議において自由に発言し,討議できることが保障されている必要がある一方,その扱う事項や情報等の点において,ハラスメントの申立人及び被申立人並びに関係者のプライバシーや人格権の保護も重要課題の一つであり,そのためには各委員の守秘義務,審議の秘密は欠くことのできないものというべきである。委員会が,その審議を非公開で行い,録音しない運用とし,防止規程13条が各委員の守秘義務を定めているのも,かかる趣旨によるものと解される。そうすると,委員会における審議の秘密は,委員会制度の根幹に関わるものであり,秘匿されるべき必要性が特に高いものといわなければならない。」
 「他方,委員会の審議の結果は,ハラスメント申立てに対する回答としてその申立人に伝えられ,委員会は審議の結果に対して責任を持つものであり,審議中の具体的討議の内容はその過程にすぎないものであるから,結論に至る過程の議論にすぎない本件録音体の内容は,…事案の解明において,その証拠としての価値は乏しいものである。…」
 「以上によれば,委員会の審議内容の秘密は,委員会制度の根幹に関わるものであって,特に保護の必要性の高いものであり,委員会の審議を無断録音することの違法性の程度は極めて高いものといえること,本件事案においては,本件録音体の証拠価値は乏しいものといえることに鑑みると,本件録音体の取得自体に控訴人が関与している場合は言うまでもなく,また,関与していない場合であっても,控訴人が本件録音体を証拠として提出することは,訴訟法上の信義則に反し許されないというべきであり,証拠から排除するのが相当である。」

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弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、区民ニュース2023年8月21日
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