近年の産業社会の情報化・グローバル化の中で、労働者が主体的に時間配分や業務遂行の方法を決める主体的で柔軟な労働態様が増加してきました。このような傾向を受けて、我が国では労働者が始業・終業時刻を選択するフレックスタイム制が導入されました。
今回は、フレックスタイム制について解説します。
目次
フレックスタイム制とは
フレックスタイム制とは、労働者が、1カ月などの単位期間のなかで一定時間数(契約期間)労働することを条件として、1日の労働時間を自己の選択する時に開始し、かつ終了できる制度です。通常は、フレキシブルタイムと言われる出退勤のなされるべき時間帯と、コアタイムと言われる全員が必ず勤務すべき時間帯が定められます。
・労働者のメリット
日々の都合に合わせて、プライベートと仕事を自由に配分することができます。
例えば、子育てをしている方や、資格取得のために予備校に通っている方、通勤ラッシュを避けたい方などにとってはメリットとなります。
・使用者のメリット
①労働時間の効率的な配分による生産性向上が期待できます
②労働者のプライベートを尊重することにより、労働者が職場に定着しやすくなります
平成28年に東京都産業労働局が行ったアンケートによると、既にフレックスタイム制を導入している企業は、調査全体の中では17.3%となっています。もっとも、規模別にみると、1000人以上の規模の会社では37.7%が、500人~999人の規模の会社では34.6%が、300人~499人の規模の会社では26.0%が、100人~200人の規模の会社では18.2%が、30人~99人の規模の会社では14.4%が、29人以下の規模の会社では3.5%がフレックスタイム制を既に導入していると回答しており、規模の大きい事業所では導入の割合が高くなっていることが分かります(東京都産業労働局:労働時間管理に関する実態調査[成29年3月]73頁)。
フレックスタイム制の要件
総論
フレックスタイム制の要件は、以下のとおりです。
①「就業規則その他これに準ずるものにより、その労働者に係る始業及び終業の時刻をその労働者の決定に委ねることとした労働者」であること
②「当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、」一定の事項を定めていること
労働基準法32条の3
1「使用者は、就業規則その他これに準ずるものにより、その労働者に係る始業及び終了の時刻をその労働者の決定に委ねることとした労働者については、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めたときは、その協定で第2号の清算期間として定められた期間を平均し1週間当たりの労働時間が第32条第1項の労働時間を超えない範囲内において、同条の規定にかかわらず、1週間において同項の労働時間又は1日において同条第2項の労働時間を超えて、労働させることができる。」
一「この項の規定による労働時間により労働させることができることとされる労働者の範囲」
二「清算期間(その期間を平均し1週間当たりの労働時間が第32条第1項の労働時間を超えない範囲内において労働させる期間をいい、3箇月以内の期間に限るものとする。以下この条及び次条において同じ。)
三「清算期間における総労働時間」
四「その他厚生労働省令で定める事項」
①就業規則等により始業及び終業時刻の決定を委ねていること
就業規則(10人未満の事業では、これに準ずるもの)により、一定範囲の労働者につき始業・終業時刻を各労働者の決定に委ねることを定める必要があります。
そのため、使用者は、フレックスタイム制の下においては、コアタイムの時間帯を除き、労働者に対して、ある時刻までの出勤や居残りを命ずることはできません。
就業規則の例は、以下のとおりです。
(適用労働者の範囲)
第〇条 第〇条の規定にかかわらず、営業部及び開発部に所属する従業員にフレックスタイム制を適用する。
(清算期間及び総労働時間)
第〇条 清算期間は1箇月間とし、毎月1日を起算日とする。
② 清算期間中に労働すべき総労働時間は、154時間とする。
(標準労働時間)
第〇条 標準となる1日の労働時間は、7時間とする。
(始業終業時刻、フレキシブルタイム及びコアタイム)
第〇条 フレックスタイム制が適用される従業員の始業及び終業の時刻については、従業員の自主的決定に委ねるものとする。ただし、始業時刻につき従業員の自主的決定に委ねる時間帯は、午前6時から午前10時まで、終業時刻につき従業員の自主的決定に委ねる時間帯は、午後3時から午後7時までの間とする。
② 午前10時から午後3時までの間(正午から午後1時までの休憩時間を除く。)については、所属長の承認のないかぎり、所定の労働に従事しなければならない。
(その他)
第〇条 前条に掲げる事項以外については労使で協議する。
※厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署:フレックスタイム制の分かりやすい解説&導入の手引き4頁
②労使協定による一定の事項の定め
労使協定により以下の事項を定める必要があります。
⑴ 対象となる労働者の範囲
⑵ 清算期間
⑶ 清算期間における総労働時間(=清算期間における所定労働時間)
⑷ 標準となる1日の労働時間
⑸ コアタイム
⑹ フレキシブルタイム
⑸⑹については、これを定める場合にのみ任意に協定すべき事項です。
労働基準法施行規則12条の3
1「法第32条の3第1項(同条第2項及び第3項の規定により読み替えて適用する場合を含む。以下この条において同じ。)第4号の厚生労働省令で定める事項は、次に掲げるものとする。」
一「標準となる1日の労働時間」
二「労働者が労働しなければならない時間帯を定める場合には、その時間帯の開始及び終了の時刻」
三「労働者がその選択により労働することができる時間帯に制限を設ける場合には、その時間帯の開始及び終了の時刻」
四「法第32条の3第1項第2号の清算期間が1箇月を超えるものである場合にあつては、同項の協定(労働協約による場合を除き、労使委員会の決議及び労働時間等設定改善委員会の決議を含む。)の有効期間の定め」
2「法第32条の3第4項において準用する法第32条の2第2項の規定による届出は、様式第3号の3により、所轄労働基準監督署長にしなければならない。」
3カ月単位のフレックスタイム制の場合
2018年改正により、柔軟な働き方促進のために、1カ月以内とされていた、単位期間が3カ月以内に拡張されました。
清算期間が1カ月を超え3カ月以内のフレックスタイム制の場合には、②労使協定に定めるべき一定の事項として、協定の有効期間の定めが追加されます(労働基準法施行規則12条の3第1項第4号)。また、清算期間が1箇月を超える場合には、労使協定の届出義務が生じます(労働基準法32条の3第4項、32条の2第2項)。
また、④当該清算期間をその開始の日以後1箇月ごとに区分した各期間(最後に1箇月未満の期間が生じたときは、当該期間。以下この項において同じ。)ごとに当該各期間を平均し1週間当たりの労働時間が50時間を超えない範囲内であることが要件となります(労働基準法32条の3第2項)。
労働基準法32条の3
2「清算期間が1箇月を超えるものである場合における前項の規定の適用については、同項各号列記以外の部分中『労働時間を超えない』とあるのは『労働時間を超えず、かつ、当該清算期間をその開始の日以後1箇月ごとに区分した各期間(最後に1箇月未満の期間が生じたときは、当該期間。以下この項において同じ。)ごとに当該各期間を平均し1週間当たりの労働時間が50時間を超えない』と、『同項』とあるのが『同条第1項』とする。」
4「前条第2項の規定は、第1項各号に掲げる事項を定めた協定について準用する。ただし、清算期間が1箇月以内のものであるときは、この限りでない。」
労働基準法32条の2
2「使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。」
フレックスタイム制の効果
1カ月単位のフレックスタイム制
⑴ 総論
フレックスタイム制の効果として、その協定で清算期間として定められた期間を平均し1週間当たりの労働時間が第32条第1項の労働時間を超えない範囲内において、1週間において40時間(特例事業場については44時間)又は1日において8時間を超えて、労働させても法定時間外労働とはなりません。また、1日の標準の労働時間に達しない時間も欠勤となるわけではありません。
⑵ 法定時間外労働時間の数え方
清算期間における労働時間のうち、清算期間における法定労働時間の総枠を超えた時間数は、法定時間外労働となります。法定時間外労働を行わせるためには、36協定の届出と時間外割増賃金の支給が必要です。
法定労働時間の総枠は、以下の方法により算定できます。
<週所定労働日数が5日の場合>
従来、完全週休2日制の事業場では、1日8時間相当の労働をしていても、曜日の巡りにより、清算期間における総労働時間が、法定労働時間の総枠を超えて、時間外労働になってしまう場合がありました。
2018年改正では、完全週休2日制の労働者を対象として、労使協定により「清算期間内の所定労働日数×8時間」を労働時間の限度とすることが可能となりました(労働基準法32条の3第3項)。
これにより、曜日の巡りにより想定外の時間外労働が発生することが防止できます。
労働基準法32条の3
3「1週間の所定労働日数が5日の労働者について第1項の規定により労働させる場合における同項の規定の適用については、同項各号列記以外の部分(前項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)中『第32条第1項の労働時間』とあるのは『第32条第1項の労働時間(当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、労働時間の限度について、当該清算期間における所定労働日数を同条第2項の労働時間に乗じて得た時間とする旨を定めたときは、当該清算期間における日数を7で除して得た数を持つてその時間を除して得た時間)』と、『同項』とあるのは『同条第1項』とする。」
⑶ 所定外労働時間・欠勤時間の数え方
労使協定で定めた総労働時間を超える時間は、所定外労働時間となります。所定外労働時間についての賃金の割増率は、就業規則等において定めるのが通常であり、特に合意がなければ1.0により計算します
労使協定で定めた総労働時間を下回る時間は、欠勤時間となります。欠勤時間に相当する賃金の取り扱いについては、就業規則等に定めるのが通常です。
3カ月単位のフレックスタイム制
⑴ 総論
1カ月を超え3カ月以内で清算期間を定めた場合には、清算期間の開始日以後1カ月ごとに区分した期間(最後に1カ月未満の期間が生じたときは、当該期間)を平均して1週間あたりの労働時間が50時間を超えない範囲内で、週または1日の法定労働時間を超えて、労働させることができます(労働基準法32条の3第2項)。
⑵ 法定時間外労働の数え方
清算期間が1カ月を超える場合には、①1カ月ごとに、週平均50時間を超えた労働時間、及び②清算期間を通じて、法定労働時間の総枠を超えて労働した時間(①でカウントした労働時間を除く)が、法定時間外労働時間となります。
<3カ月単位のフレックスタイム制の途中で離脱した場合>
1カ月を超えるフレックスタイム制において、労働者が清算期間より短い期間しか労働しなかった場合には、労働した期間を平均し1週間当たり40時間を超える労働時間の労働について、割増賃金の支払いをすることになります(労働基準法32条の3の2)。
労働基準法32条の3の2
「使用者が、清算期間が1箇月を超えるものであるときの当該清算期間中の前条第1項の規定により労働させた期間が当該清算期間より短い労働者について、当該労働させた期間を平均し1週間当たり40時間を超えて労働させた場合においては、その超えた時間(第33条又は第36条第1項の規定により延長し、又は休日に労働させた時間を除く。)の労働については、第37条の規定の例により割増賃金を支払わなければならない。」