アスベスト被害についての救済を受けたいものの時効により請求することができないのではないか悩んでいませんか?
アスベスト被害の救済制度には様々な種類があり、その種類ごとに時効期間や請求期限が異なりますので混乱してしまいますよね。
結論から言うと、アスベスト被害における救済制度の時効期間や請求期限を整理すると以下のとおりとなります。
あなたの権利が消滅してしまうことを防ぐためには、期間内に適切な措置を講じる必要があります。
しかし、実際には、自分が救済を受けられるとは知らずに、請求しないまま長い期間が経過してしまっている方も多いのです。
近年、建設アスベスト被害の賠償請求について、これを認める最高裁判決が出されたことにより、アスベスト被害についての社会的な関心も高まってきています。
これを機に少しでも多くのアスベスト被害者の方々に時効のリスクに気がついていただき、権利が消滅してしまうことを予防できればと考えて、この記事を執筆させていただきます。
今回は、アスベスト被害における国家賠償訴訟や労災の時効期間と簡単な予防策について解説します。
この記事を読めば、アスベスト被害の時効について誰でも簡単に理解することができ、今すぐにすべきことがわかるはずです。
目次
アスベスト被害における時効とは
アスベスト被害における時効とは、アスベスト被害により生じる国家や企業に対する損害賠償請求権や労災補償の請求権が消滅するまでの期間のことです。
時効が完成してしまうと、あなたが仮に請求権を有していた場合でも、国は賠償金や補償金の支払いに応じてくれなくなります。これは企業も同様です。
特に、アスベスト被害については、潜伏期間や療養期間が長期間にわたることや救済制度が複雑であることから、自分が請求できる権利を見落としてしまいがちです。
国も、アスベスト被害者に対して、救済制度を周知しようと尽力していますが、時効により消滅してしまう権利は、なおも少なからず存在しているのです。
そのため、アスベスト被害の時効については、十分に注意しましょう。
アスベスト被害と国家賠償訴訟の時効
アスベスト被害の国家賠償訴訟の時効については、以下のいずれか早い方となっています。
⑴ 労災請求時等のアスベスト被害を認識した時点から3年若しくは5年(※)
⑵ 最も重い症状が新たに判明した時点から20年
※2020年4月1日の時点でアスベスト被害を認識した時点から3年が経過していない場合には、5年となります(民法附則(平成二九年六月二日法律第四四号)35条)。
国家賠償法4条
「国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。」
民法724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」
一「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」
二「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」
民法724条の2(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中『三年間』とあるのは、『五年間』とする。」
民法附則(平成二九年六月二日法律第四四号)35条(不法行為等に関する経過措置)
1「旧法第七百二十四条後段(旧法第九百三十四条第三項(旧法第九百三十六条第三項、第九百四十七条第三項、第九百五十条第二項及び第九百五十七条第二項において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。」
2「新法第七百二十四条の二の規定は、不法行為による損害賠償請求権の旧法第七百二十四条前段に規定する時効がこの法律の施行の際既に完成していた場合については、適用しない。」
同裁判例は、3年若しくは5年の時効の起算点である「損害及び加害者を知った時」について以下のように判示しています。
「民法724条は『不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する』と規定し、『損害及び加害者を知った時』とは、被害者において加害者に対する損害賠償が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知った時を意味し、単に損害を知るにとどまらず、加害行為が不法行為を構成することをも知ったときを意味するものと解される。」
「本件においては、…各労災請求に至った経緯までは判然としないものの、いずれも被告での職務従事における石綿ばく露を前提に上記各請求をしていることから、遅くとも、それぞれ…各労災請求をした時点では、被告における石綿ばく露を原因に疾病を発症し死亡したことを認識しているといえ、『被害者が…損害及び加害者を知った』ものと認められる。」
同裁判例は、20年間の時効期間(判決当時は除斥期間)の起算点である「不法行為の時」について以下のように判示しています。
「原告が初めて最も重い行政処分である管理2との管理区分決定を受けた昭和63年2月16日が損害の発生時であり,かつ,除斥期間の起算日と認めることが相当である。」
アスベスト被害と企業賠償訴訟の時効
アスベスト被害における企業への損害賠償請求については、以下の2つの請求根拠が考えられます。
請求根拠1:安全配慮義務違反
請求根拠2:不法行為
それぞれ時効期間が異なりますので、順番に説明していきます。
安全配慮義務違反
安全配慮義務違反を請求根拠として企業に対して損害賠償請求をする場合には、時効期間は、以下のとおりです。
旧民法167条(債権等の消滅時効)
1「債権は、十年間行使しないときは、消滅する。」
同裁判例は、アスベスト被害について、安全配慮義務違反を根拠とする企業に対する損害賠償請求の起算点につき、以下のように判示しています。
「雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は10年であり(民法167条1項)、この10年の時効期間は損害賠償請求権を行使できるときから進行する。」
「安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権は、原則として、その損害が発生した時に成立し、同時に、その権利を行使することが法律上可能になるというべきであって、権利を行使し得ることを権利者が知らなかった等の障害は、時効の進行を妨げることにはならないというべきである。」
「そうすると、」亡被害者ら「の債務不履行に基づく損害賠償請求権は、」亡被害者ら「にそれぞれ客観的な損害が発生した時から進行し、遅くとも、各人が死亡した日から消滅時効期間が進行しているというべきである。…」
「したがって、原審…事件が提起された時点でいずれも10年が経過しているから、消滅時効が完成しているというべきである。」
「一審原告らは、消滅時効の起算点につき、石綿粉じんに曝露し、石綿関連疾病に罹患した事実はその旨の行政上の決定がなければ通常認め難いから、労災認定が死亡後にされた場合、労災認定がされたときから消滅時効が進行すると解するのが相当であると主張する。」
「しかし、それでは、債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とを混同したことになる。」
「最高裁平成6年2月22日判決(民集48巻2号441頁)は、被災者が生存中に行政上の決定を受けた場合であるから、本件に適切ではない。」
~民法改正の影響~
2020年4月1日に施行された民法改正の影響により、同日以降に締結された雇用契約についての安全配慮義務違反を根拠とする生命または身体の侵害に関する損害賠償請求の時効期間は以下のいずれか早い方となっています。
・権利を行使することができることを知った時から5年
・権利を行使することができる時から20年
民法第166条(債権等の消滅時効)
1「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」
一「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。」
二「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。」
(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)
第百六十七条
「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中『十年間』とあるのは、『二十年間』とする。」
ただし、アスベスト被害者の方は、通常、損害賠償請求の対象となる企業との間で2020年4月1日以前に雇用契約を結んでいます。
2020年4月1日以前に締結された雇用契約についての安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求については、従前の例によることになっています。
民法附則(平成二九年六月二日法律第四四号)第10条(時効に関する経過措置)
1「施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)におけるその債権の消滅時効の援用については、新法第百四十五条の規定にかかわらず、なお従前の例による。」
4「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。」
不法行為
不法行為を請求根拠として企業に対して損害賠償請求をする場合には、時効期間は、国家賠償の場合と同様、以下のとおりです。
⑴ 労災請求時等のアスベスト被害を認識した時点から3年若しくは5年(※)
⑵ 最も重い症状が新たに判明した時点から20年
※2020年4月1日の時点でアスベスト被害を認識した時点から3年が経過していない場合には、5年となります(民法附則(平成二九年六月二日法律第四四号)35条)。
労働者側が被災状況が判然としない場合に、原因を明らかにするように求めたにもかかわらず、企業が長期間これに応じなかった事案において、時効援用が許されないとした裁判例があります。
神戸地判平成30年2月14日判時2377号61頁[住友ゴム工業事件]
「時効を援用して時効の利益を受けることについては、援用する意思表示を要件とするのみで、援用する理由や動機、債権の発生原因や性格等を要件として規定してはいない。このような債権行使の保障と消滅時効の機能や援用の要件等に照らせば、時効の利益を受ける債務者は、債権者が訴え提起その他の権利行使や時効中断行為に出ることを妨害して債権者において権利行使や時効中断行為に出ることを事実上困難にしたなど、債権者が期間内に権利を行使しなかったことについて債務者に責めるべき事由があり、債権者に債権行使を保障した趣旨を没却するような特段の事情があるのでない限り、消滅時効を援用することができるというべきである。」
「本件においては、本件被用者らの被災状況が判然としないことから、被告に対し、原因を明らかにするように求め、また団体交渉を申し入れるに至った経過や、この種事案における遺族による訴訟追行及び損害賠償請求自体に困難が伴うことに照らすと、…上記各労災請求をした時点では、被告に対する損害賠償請求権を行使することには、法的なあるいは事実上の問題点が多く、損害賠償請求権の行使が容易ではなかったというべきであり、加えて、…被告に対する損害賠償請求権を行使するための準備行為を行っていたことからすれば、権利の上に眠っている者すなわち権利行使を怠った者ともいえない。」
「さらに本件組合による団体交渉の申入れから団体交渉が実現するまでに5年以上の期間を要しているところ、このことは、被告が、本件組合からの団体交渉の申入れを拒否した結果、訴訟にまで発展し、訴訟において被告が団体交渉に応じる義務があると判断されていることなどからすると、被告側の不当な団体交渉拒否の態度に起因するものといわざるを得ない。そうすると、原告らが、被告に対する損害賠償請求権を行使することに関し、法的なあるいは事実上の問題点を解消するために長期間を要したことについては、被告に看過できない帰責事由が認められるというべきである。」
「以上を総合すると、被告が、積極的に、原告らの権利行使を妨げたなどの事情は認められないものの、上記のとおり、被告の看過できない帰責事由により、原告らの権利行使や時効中断行為が事実上困難になったというべきであり、債権者に債権行使を保障した趣旨を没却するような特段の事情が認められる。」
アスベスト被害と労災の時効
労災補償の時効については、以下のとおりです。
アスベスト被害と給付金の請求期限
アスベスト被害により受け取ることができる給付金については、いくつかの書類があります。
以下では、
給付金1:建設型アスベスト被害給付金
給付金2:救済給付金
給付金3:特別遺族給付金
の順番で請求期限ついて説明していきます。
建設型アスベスト被害給付金
建設型アスベスト被害給付金とは、アスベストにさらされる建設業務に従事した労働者等が一定の疾病にかかり、精神的苦痛を受けたことについて、被害者やそのご遺族の方に迅速に賠償を行うものです。
建設型アスベスト給付金の請求は、石綿関連疾病にかかった旨の医師の診断日又は石綿肺に係るじん肺管理区分の決定日(石綿関連疾病により死亡したときは、死亡日)から起算して、20年を経過すると行うことができません。
建設型アスベスト被害給付金については、以下の記事で詳しく解説しています。
https://legalet.net/asbestos-benefits/
救済給付金
救済給付金とは、「石綿工場の周辺住民の方」や「石綿ばく露作業に従事した労働者の家族」、「労災と特別加入制度に加入していない中小事業主・一人親方」などの労災保険による補償給付を受けられない方への給付を行う制度です。
救済給付金についての請求期限は以下のとおりです。
特別遺族給付金
特別遺族給付金とは、石綿ばく露作業に従事することにより石綿関連疾病にかかり、これにより平成28年3月26日までに亡くなった労働者の遺族について、労災保険の遺族補償給付を受ける権利が時効によって消滅していた場合に、請求に基づいて給付を行う制度です。
特別遺族給付金の請求期限は、令和4年3月27日です。
時効が完成するのを防ぐ方法
それでは、アスベスト被害の救済について時効が完成しそうになってしまった日には、どのような対策を取ればいいのかについて説明していきます。
救済制度ごとに異なってきますので、
・国家又は企業賠償請求
・労災
・給付金
の順番で説明していきます。
国家又は企業賠償
国家又は企業賠償について、時効を止めるには、いくつか方法があります。
その中でも、代表的な方法は以下の2つになります。
方法1:内容証明郵便の送付
方法2:訴訟の提起
順番に説明していきます。
方法1:内容証明郵便の送付
時効を止める方法の1つ目は、内容証明郵便の送付です。
内容証明郵便とは、送付した文書の内容や差出人及び名宛人を証明することができる郵便です。
内容証明郵便にアスベスト被害を受けたことについて賠償請求を行う旨を明確に記載したうえで送付しましょう。
訴訟外であっても賠償請求を行うことは「催告」に該当しますので、時効が完成するまで6か月間猶予されます。
内容証明郵便を送付する際には、相手方に配達されたこと及び配達された日付を裏付けるために配達証明を付するようにしましょう。
配達証明とは、会社に通知書が届いたことやその日付を証明するものです。
民法150条(催告による時効の完成猶予)
1「催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」
方法2:訴訟の提起
時効を止める方法の2つ目は、訴訟の提起です。
国家賠償又は企業賠償の訴訟提起を行うことは、「裁判上の請求」に該当しますので、それが終了するまでの間は、時効は完成しないこととなります。
そのため、賠償請求をすることができる可能性のある方は、なるべく早めに訴訟を提起するようにしましょう。
民法147条(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
1「次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。」
一「裁判上の請求」
企業から特別補償金が支払われた場合に、債務の承認として、賠償請求についての時効が止まるかが争いとなった事案があります。
神戸地判平成30年2月14日判時2377号61頁[住友ゴム工業事件]
「本件特別補償規程に基づく特別補償金は、…業務上の災害につき使用者の過失無過失を問わず支給される労災保険金による補償の不足を補う趣旨で支払われるものであると解するのが相当であるから、その性質上、損害賠償債務の履行として支払われるものとはいえない。なお、会社が特別補償を行った場合は、その価額の限度において民法による損害賠償の責任を免れるとされているが、これは、特別補償が損害の填補の性質を有することに着目して、損益相殺的な調整の対象になることを定めたものと解されるのであって、上記の定めが債務の一部弁済であることを論理的に前提としていると解することはできないし、その他原告らが主張する点も独自の見解といわざるをえない。」
労災
労災保険の時効については、労災の申請書を提出するまでの期間ですので、期間内に労働基準監督署に対して申請書を提出するようにしましょう。
給付金
給付金については、請求期限となりますので、これについても期間内に該当機関に対して申請書を提出するようにしましょう。
まとめ
以上のとおり、今回は、アスベスト被害における国家賠償訴訟や労災の時効期間と簡単な予防策について解説しました。
この記事の要点を簡単に整理すると以下のとおりです。
・アスベスト救済制度の各時効期間・請求期限については、以下のとおりとなっています。
・救済が受けられなくなってしまうことを防ぐためには、国家賠償・企業賠償については期間内に催告又は訴訟提起、労災・給付金については期間内に申請をするようにしましょう。
この記事がアスベスト被害の時効に悩んでいる方の助けになれば幸いです。