労働者は、残業の不正申請をした場合に、これを理由として、懲戒されることはあるのでしょうか。また、懲戒されるとしても、懲戒解雇などの重い処分は許されるのでしょうか。
今回は、残業の不正申請行為を理由とする懲戒処分について解説します。
目次
残業の不正申請行為とは
残業の不正申請行為とは、実際の労働時間と異なる労働時間を会社に申告することをいいます。
類型としては、例えば以下のようなものがあります。
Ex1. 残業時間につき時刻申告制がとられている会社において、労働者が残業をしていないにもかかわらず残業をしたと申告したり、残業の時間を過大に申告したりする場合
Ex2. 残業時間につきタイムカードで管理されている会社において、タイムカードの始業時刻又は終業時刻を不当に改ざんした場合
就業規則では、以下のような懲戒規定が置かれている会社が多く見られます。
第〇条(懲戒の事由)
労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第〇条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
①素行不良で著しく社内の秩序又は風紀を乱したとき。
②会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事
実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
③…
第246条(詐欺)
1「人を欺いて財物を交付させたものは、10年以下の懲役に処する。」
2「前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」
残業代の不正申請行為と懲戒処分
懲戒処分は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は、その権利を濫用したものとして無効となります(労働契約法15条)。
では、残業の不正申請行為については、どのような懲戒処分が相当なのでしょうか。
これについては、以下のような事情を考慮し判断されます。
① 不正申請の金額・回数・期間
② 不正申請が行われた経緯・目的
③ 不正申請行為を行った者の地位
④ 返金の有無
⑤ 会社の勤務管理の程度
特に②不正申請行為の経緯目的について、故意に会社から多くの残業代の支給を受けようとしたのではなく、残業申告の方法が大雑把であるため労働時間に齟齬が生じている場合や、記憶が不確かな中で自分に有利な労働時間を申告した場合などについては、まずは注意・指導により改善を促すべきでしょう。そして、使用者から正確に残業時間を申告するようにとの注意指導がなされても、改善されないような場合などには懲戒処分の対象になるものと考えられます。
従って、以下のような場合には、残業の不正申請行為を理由とする懲戒解雇が無効とされる余地があります。
☑ 故意に残業の不正申請をしたわけではなく、使用者からの注意指導もない場合
☑ 残業代の不正請求が多額とはいえず、返金されている場合
☑ 使用者による勤務管理が不十分な場合
☑ 不正請求を行った労働者の年齢・社会経験等から未だ精神的に十分な発達を遂げておらず、譴責等のより緩やかな懲戒処分がなされていない場合
最判昭42.3.2民集21巻2号231頁[八戸鋼業事件]
「被上告人は、上告人会社の従業員であつたところ、昭和三六年一月三〇日、当日被上告人らとともに二番方の勤務に服することになつていた」H氏「が途中組合大会に出席して勤務につかなかつたにもかかわらず、同人の出勤表にタイム・レコーダーで退出時刻を打刻し、あたかも同人が終日勤務に服したかのような記載を作出したが、被上告人の右の不正打刻は、上告人会社の就業規則二三条八号の不都合に行為に該当はするが、『ふとしたはずみで、偶発的になされたものと認めることができる』ので、これに対し上告人会社が同条所定の懲戒手段のうち最も重い懲戒解雇を選択して被上告人を同処分に付したことは、懲戒権の濫用であると判断し、被上告人の本訴請求を認容しているのである。」
「しかし、他方、原審は、上告人会社が本件懲戒解雇をなすにいたつた事情として、上告人会社では、もと従業員の出勤、退出につき、現場の長が逐一これを出勤表に記入することにしていたが、ともすれば不正確となり、従業員の間に苦情、不満があつたので、かかる弊害をなくするため、昭和三五年四月一日、タイム・レコーダーを備付け、一か月の準備期間を置いて従業員がその使用に習熟するのをまつて、同年六月一日から本格的な実施に入つたこと、ところが、その後間もなく、他人の出勤表に不正打刻をする者が現われるようになり、会社としては、出勤表打刻の時刻が給料算定の基礎となるところから、事態を重視し、かかる不正行為の絶滅を期せんとして、同年六月一九日総務部長名をもつて、『出社せずして記録を同僚に依頼する如き不正ありし場合は依頼した者依頼された者共に解雇する。』との告示を掲示し、その旨を従業員全員に周知徹底させていたこと、被上告人は、右の警告を熟知していたにもかかわらず、あえてこれを無視し、前記不正打刻に及んだことを確定している。しからば、このような事実関係の下においては、被上告人の右不正打刻をもつて、ふとしたはずみで偶発的になされたものであるとする原審の前記認定は、極めて合理性に乏しく、他にこれを納得し得るに足る特段の事情の存しない限り、右の一事をもつて、直ちに本件懲戒解雇が懲戒権の濫用にわたるものとはなし得ないといわなければならない。」
東京地判平23.3.28労経速2115号25頁[インフォプリント ソリューションズ ジャパン事件]
「労働基準法は,労働者保護の要請から,労働時間に関する厳格な法規制(刑罰の対象にもなり得る。)を使用者に課しており,労働時間を管理することは,同法により使用者に課せられた厳格な法的義務がある。一方で,同法は,事業場外での勤務の比重の高い業務については,事業場外みなし制度により,一定の要件のもとで,所定労働時間を労働したものとみなして,時間外手当を支払わないことを許容している(同法38条の2第1項)。」
「以上の法規制のもとで,被告が,原告の従前従事していた営業職は事業場外での勤務の比重が高いとして事業場外みなし制度が適用されていたのに,平成21年1月23日に,事業場外みなし制度の対象から外して,残業代を支払うようにしたことは,原告自身の本意に沿っていたかはともかくとして,労働基準法下での労働者保護の対象となったものである。もっとも,営業職の仕事が事業場外での勤務の比重があることから,使用者が,労働時間を管理するため,時間外労働について,その具体的な業務内容の報告を求め,三六協定に違反しそうな従業員の労働に関して具体的な労働時間の報告を求めることは,労働基準法の見地からは,重要で合理的なものに他ならない。」
「してみると,現在の法制度を前提とすれば,C部長や人事部による労働時間管理に関する業務指示,命令の内容自体は,問題はないのであり,上記認定事実によれば,被告が労働時間管理のための報告を求めていることをハラスメントの行為とし,上司から繰り返して発せられる労働時間管理に関する業務指示,命令に従おうとしていない(原告が,具体性のある残業申請をしたことは,証拠上,認められない。)ことは,現在の法制度のもとで企業に雇用される者として,不適切な行動であるといわなければならないし,労働基準監督署や労働組合等の,労働法制に関する基本的な理解を得ることが期待できる環境にあった原告が,C部長や人事部による合理性のある業務指示,命令に一貫して抵抗する対応は,あまりにも不合理なものであるといわざるを得ない。」
「また,本件の事実経緯を見ると,被告によって指摘されている非違行為に関して,原告は,強い被害意識のもとで,過度に防衛的なやり取りをし,必ずしも合理的とはいえない自らの言い分に固執し,さらにはその場限りの言い分により主張を変遷させるという傾向が顕著に認められる。上記認定事実によれば,この傾向は,E部長,C部長に対してはもとより,人事部による調査の過程でも同様であるし,本件通報制度による調査担当者であるL(原告の上司に対しても,一定の厳しい評価をしている。)に対しても,本件口頭弁論における本人尋問に際しても一貫している。その結果,携帯電話の私的利用であれ,勤務時間記録表の記載の不正確さであれ,また,交通費の重複請求の点であれ,被告の指摘する一つ一つの非違行為自体は,勘違いの範疇に属するという評価の余地もあるものの,上述の対応を一貫して繰り返す原告に対しては,労働契約関係を解消する以外に,方途を失っていると評価さぜるを得ない。」
「以上の点を考慮すれば,被告による本件解雇は,労働契約法16条の「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合」には該当しないというべきであり,無効にならないという結論になる。」
東京地判平23.3.30労経速2110号3頁[富士ゼロックス事件]
1 懲戒解雇事由に該当すること
「被告は,本件懲戒規程10条2号において,「不正な方法により,出勤もしくは退社の時刻を偽って記録し、または報告したとき」を懲戒解雇事由として定めていることが認められる。」
「本件懲戒規程10条2号の『偽って記録し、または報告したとき』とは,その文言どおり,実際の出退社時刻と異なる時刻であることを認識しつつ,当該異なる時刻を記録し,又は報告したことをいうものと解すべきであり,領得目的の有無については,懲戒解雇が社会通念上相当であるか否かの判断において考慮すべき一事情というべきである。」
「そして,…原告は,〔1〕本件虚偽入力をしたこと,〔2〕正確な出勤時刻を記憶しておらず,記憶している時刻に幅がある場合,その中で遅い方の時刻が正確な出勤時刻である可能性も認識した上で,早い方の時刻を入力していたこと,〔3〕夜休憩を取れなかった場合に,その時間を加算して退勤時刻を入力したことが複数回あったことが認められることからすると,原告は,実際の出退社時刻と異なる時刻であることを認識しつつ,当該異なる時刻をDI出退勤時刻として入力したものと認められるから,原告には,上記懲戒解雇事由が認められる。」
2 相当性の有無
⑴ 主観的態様
「原告は,DI出退勤時刻をまとめて入力することが多く,正確な時刻を記憶していなかったところ,夜休憩を取っていないことや,喫煙者については長時間の離席が許容されていることから,多少の誤差であれば許容されるものと安易に考え,不確かな記憶の中で,賃金や勤怠評価の面で自己に不利になる時刻をあえて選択することはせず,有利な時刻を入力し,また,夜休憩分を加算した時刻を入力するなどしていたものと認められ,他方,原告が,当時,困窮していたなど,被告から金員を詐取する動機となるべき事情は認められず,被告の人事部も,本件懲戒処分案詳細において,『金銭を不正に領得することを目的として行ったとは断定できない』旨記載していることが認められる。」
「以上によると,原告が,積極的に被告を欺罔して,金員を得る目的,意図をもって,勤怠の虚偽申告をしていたと認めることはできない。」
⑵ 客観的態様
ア 自己に有利に入力した頻度
「本件誤入力も含め,被告が勤怠の虚偽申告であると主張する入力の中には,同時入室,時計の遅れ,原告の誤認識を原因とするものも含まれているものと考えられ,原告が,実際の出退社時刻と異なる時刻であることを認識しつつ,『偽って』自己に有利な時刻を入力した回数や,その場合の実際の出退勤時刻との差がどの程度であったかは明らかでないと言わざるを得ない。」
イ 自己に有利な入力が長期間に及んでいることについて
「自己に有利な時刻の入力が長期間にわたっていること,正しい出退勤時刻について説明を受けた後も不正確な時刻を入力していることは,原告の勤怠に対する認識の低さを露呈するものであり,悪質であると言わざるを得ない。」
「もっとも,原告が,被告に対し,正確な出退勤時刻を申告すべき義務を負う一方で,労働基準法が,賃金全額払の原則(同法24条1 項)を採用し,また,時間外・休日労働について厳格な規制を定めていることなどにかんがみると,使用者である被告もまた,労働者である原告の労働時間を管理すべき義務を負っているものと解すべきである。この点,被告は,本件勤怠システムは,従業員に対する信頼を前提としている旨主張するが,上記義務は,免除される性質のものではなく,また,前提事実(4)イによると,本件勤怠システム自体,従業員の入力したDI出退勤時刻が自動的に出退勤時刻として処理されるものではなく,勤怠承認者の承認を要する仕組みとなっていることも認められる。」
「しかるに,…従前,勤怠承認者等が,原告に対し,原告のDI出退勤時刻が実際の出退勤時刻と異なる旨指摘した事実は認められず,また,…原告の上司らは,原告が夜休憩を取得せず,勤務を続けていることを黙認するなどしていたことが認められることからすると,被告には上記義務の懈怠があったものといえる。そうすると,原告による自己に有利な時刻の入力が長期間に及んだのは,被告による勤怠管理の懈怠も影響しているものと言うべきであって,その全責任を原告に帰するのは相当でないと言わざるを得ない。」
ウ 被告社内の認識,過去の処分例との均衡等について
(ア)被告社内の認識
「確かに,前提事実(6)イ,認定事実(2)及び弁論の全趣旨によると,被告の従業員は,本件懲戒規程を閲読できるところ,本件懲戒規程10条2号には,懲戒解雇事由として,『不正な方法により、出勤もしくは退社の時刻を偽って記録し、または報告したとき』と定められていること,被告は,懲戒処分をした場合,当該事例について,従業員に対し,掲示し又は通達を発していたことが認められることからすると,これらの事実について,被告は,従業員らに対し,周知していたものといえる。」
「もっとも,…原告は,20年に渡り被告において勤務していたが,3月6日事情聴取後に初めて本件懲戒規程を確認し,勤怠の虚偽申告が懲戒解雇事由として定められていることを認識したことが認められ,また,原告の上司等が,従前,原告や同僚に対し,勤怠の虚偽申告が懲戒解雇に相当することや過去の処分事例について具体的に伝達し,注意を喚起したなどの事情は認められない。」
「そうすると,被告において,勤怠の虚偽申告は懲戒解雇相当であるとの共通認識が存在し,原告も同様の認識を有していたとは認め難い。」
(イ)過去の処分例との均衡
「勤怠の虚偽申告又は交通費等の架空請求のいずれかのみを懲戒事由とする従前の処分例と比較し,原告については,勤怠の虚偽申告のみならず,本件二重請求等もあることを考慮しても,懲戒解雇が相当であるとは認められない。」
エ 小括
「…以上によると,原告による勤怠の虚偽申告は,長期間に及んでおり,本件出勤停止処分の対象とされた本件誤入力だけでも稼働日数60日中29回に及ぶ上,正確なDI出退勤時刻について説明を受けた後も継続していることなどからすると,原告は,勤怠管理や被告から金銭の交付を受けることに対する認識が著しく低く,杜撰であり,原告がした勤怠の虚偽申告,本件二重請求等は決して許されるものではなく,また,原告は,自己保身のため虚偽の説明をするなど,強く責められてしかるべきであるといえるものの,被告が勤怠の虚偽申告であると主張するものの中には,同時入退室等を原因とするものも相当数含まれていると推認されること,原告が自己に有利な時刻を入力した場合についても,積極的に被告を欺罔して,金員を得る目的,意図をもってしたものとは認められないこと,本件二重請求等に故意は認められないこと,過剰請求額は,本件誤入力分が1万1668円,本件二重請求等分は,平成20年9月の重複請求分と合わせて9420円であり,多額であるとはいえないところ,いずれも返金されていること,杜撰なDI出退勤時刻の入力が長期間に及んでいることには,被告による勤怠管理の懈怠も影響しているといえることを総合考慮すると,その動機,態様等は懲戒解雇が相当であるといえるほどに悪質であるとは言い難い。」
「そうすると,原告には責められてしかるべき点があることを十分考慮してもなお,懲戒解雇は,重きに失すると言わざるを得ず,原告を懲戒解雇することは社会通念上相当であると認められない。」
奈良地判昭55.10.6労判357号69頁[和幸会阪奈中央病院附属准看護学校事件]
「確かに、タイムカードの不実記入は、社会的ルールに反し、悪意に解釈すれば債務者主張のように給料の不正入手を図るものと考える余地があるほか、行為者に対する信頼を損う事由となりうるものである。しかしながら、債権者は、その年齢・社会経験等からして未だ精神的に十分な発達を遂げている者とは考えられないのであるから、このような者を雇用する側としては、ある程度の寛容をもって被用者の指導にあたるべきことが期待され、懲戒を行うについても、就業規則に定めるもののうち、譴責から減給へ、減給から出勤停止へと軽度のものからより高度のものへ、段階を踏んで右権利を行使する配慮が要請されるものというべきところ、右不実記入につき、債権者に対しては未だ正規の譴責段階も履践されていないこと前記のとおりであるから、右事由を解雇の段になって主張すること自体、過酷にすぎるものと判断される。」
「よって,本件解雇は、解雇権の濫用であり、無効と判断される余地も多分に存するから、本案判決の確定に至るまで、従業員としての地位を仮に定めることを求める債権者の申請には理由がある。」
懲戒解雇された場合の対処法
残業の不正申請行為を理由として懲戒解雇された場合に、労働者がこれを争いたい場合には、どのように対処すればいいのでしょうか。
まず、そもそも労働者が残業の不正申請行為を行っていない場合には、その旨を使用者に主張することになります。使用者に対して、どの申請が不正だと考えているのかを根拠とともに示すように求めるべきでしょう。そのうえで、当該申請にかかる残業においてどのような業務を行っていたかなどを説明することになります。
これに対して、労働者が実際に不正申請行為を行っていた場合には、使用者に対して不正に取得した残業代を返金する必要があります。不正に取得した残業代金額が明らかになるように労働者も協力するとともに、当該行為につき反省している旨を明確にするべきでしょう。
残業時間については法的に争いとなることが多く、そもそも不正な申請に該当するのかどうかも微妙な事案があります。また、返金すべき残業代の金額についても争いとなることが多く、使用者から過大な金額の返金を求められることがあります。そのため、残業の不正申請行為を理由とした懲戒解雇を争いたい場合には、まずは弁護士に相談するのがいいでしょう。