労働者が業務に起因して負傷、疾病、障害、死亡した場合には、安全配慮義務違反を理由として、使用者に対して損害賠償請求をしていくことが考えられます。では、安全配慮義務とは何でしょうか。
今回は、安全配慮義務について解説していきます。
安全配慮義務とは
雇用契約上の安全配慮義務とは、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務をいいます(最三小判昭和59.4.10民集38巻6号557頁)。
使用者の損害賠償責任を追及する法的構成としては、以下のとおり、3つのものがあるとされます。
⑴ 民法上の不法行為責任(民法709条・715条)
⑵ 土地工作物の設置または保存の瑕疵による損害についての所有者または占有者の責任(民法717条)
⑶ 債務不履行責任(民法415条)
従来、労安衛法の制定施行以前である1971年頃までは、⑴⑵の構成が中心的でしたが、それ以降は、⑶安全配慮義務違反の債務不履行として構成する裁判例が現れ、1975年には確立した判例法理になりました。
安全配慮義務の根拠
安全配慮義務について、判例は、民法上の明文はないものの、当事者間の法律関係の付随義務として信義則上(民法1条2項)認められるとしています(最三小判昭50.2.25民集29巻2号143頁[陸上自衛隊八戸車両整備工場事件])。
現在は、労働契約法5条が安全配慮義務を明示的に規定しています。
【最三小判昭50.2.25民集29巻2号143頁[陸上自衛隊八戸車両整備事件]】
「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあつては、更に当該勤務が通常の作業時、訓練時、防衛出勤時(自衛隊法76条)、治安出勤時(同法78条以下)又は災害派遣時(同法83条)のいずれかにおけるものであるか等によつて異なりうべきもの」である。
「右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はな」い。
労働契約法5条(労働者の安全への配慮)
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
安全配慮義務の内容
使用者の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるとされています(最三判昭59.4.10民集38巻6号557頁[川義事件])。
安全配慮義務は、以下のとおり類型化することができます。
1 物的環境に関する義務
⑴ 労務提供の場所に保安施設・安全施設を設ける義務
⑵ 労務提供の道具・手段として、安全な物を選択する義務
⑶ 機械等に安全装置を設置する義務
⑷ 労務提供者に保安上必要な装備をさせる義務
2 人的措置に関する義務
⑴ 労務提供の場所に安全監視院等の人員を配置する義務
⑵ 安全教育を徹底する義務
⑶ 事故・職業病・疾病後に適切な救済措置を講じ、配置替えをし、治療を受けさせる義務
⑷ 事故原因となり得る道具・手段につき、適任の人員を配する義務
【最二判平12.3.24民集54巻3号1155頁[電通事件]】
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当」とした上で、恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを上司らが認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき、過失があるとしました。
【最二判平26.3.24労働判1094号22頁[東芝(うつ病・解雇)事件]】
労働者が使用者「に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、」「通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。」
「労働者にとって加重な業務が続く中でその体調の悪化が看守される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。」
不法行為構成と債務不履行構成との差異
主張立証責任
判例は、安全配慮「義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は……原告にある」としています(最二小判昭56.2.16民集35巻1号56頁[降級自衛隊芦屋分遺隊事件])。そのため、労働者は、抽象的安全配慮義務の存在を主張するのみではなく、抽象的義務を当該災害の状況に適用した場合の具体的安全配慮義務の内容を特定し、かつ、その不履行を主張立証しなければなりません。そのため、不法行為構成の場合と主張立証責任に関して、大きな違いはないことになります。
ただし、事故原因に関する情報格差から、労働者が立証すべき具体的安全配慮義務の内容もある程度抽象的なもので足り、労働者が入手可能な資料によりそのような義務違反を推認させる間接事実を立証するかぎり、使用者がより詳細な間接事実による反証を行うことを要するとの考え方があります。
遺族固有の慰謝料
遺族固有の慰謝料については債務不履行構成では認められず、不法行為構成においてのみ請求できます。
遅延損害金の起算日
債務不履行構成の場合は請求日の翌日、不法行為構成の場合は事故の日が遅延損害金の起算日になります。
時効
民法改正により、人の生命身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効(民法724条の2)、債権の消滅時効(166条1項1号)、いずれも5年間とされています。そのため、時効について大きな差異はありません。