労働一般

在職中と退職後の秘密保持義務-有効性とその効果-

 労働者が在職中や退職後に使用者に関する情報を外部に開示・漏洩することは、法的にどのような問題が生じるのでしょうか。また、退職後に秘密保持義務を課すことはどの範囲で許されるのでしょうか。
 今回は、秘密保持義務について解説します。

秘密保持義務とは

 秘密保持義務とは、一定の情報を秘密として保持し、外部に開示・漏洩等しない義務をいいます。
 秘密保持義務の対象は、不正競争防止法のように「営業秘密」には限定されません。その対象については、契約や就業規則などにおいて規定されているのが一般的です。

在職中の秘密保持義務

秘密保持義務の発生根拠

 秘密保持義務は、契約や就業規則により発生します。
 もっとも、契約書や就業規則に明確な定めがない場合であっても、労働者は、在職中、労働契約に基づく付随的義務として、使用者の業務上の秘密を洩らさない義務を負います

秘密保持義務違反とならない場合

 秘密保持義務の対象となる情報を外部に開示する場合であっても、例外的に秘密保持義務違反にならない場合があります。

⑴ 自己の権利救済のため弁護士に情報を開示する場合

 労働者が、自己の権利救済のために、弁護士に対して、会社の秘密情報を含む資料を必要な範囲で開示することは、秘密保持義務に違反しないとされています。弁護士が法律上守秘義務を負っていること等から、違法性が阻却されるためです。

東京地判平15.9.17労判858号57頁[メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件]

 「従業員が企業の機密をみだりに開示すれば,企業の業務に支障が生ずることは明らかであるから,企業の従業員は,労働契約上の義務として,業務上知り得た企業の機密をみだりに開示しない義務を負担していると解するのが相当である。このことは,本件就業規則の秘密保持条項が原告に効力を有するか否かに関わらないというべきである。…」
 「そして,…被告のような投資顧問業者にとって,顧客に関連する情報管理を行うことは,企業運営上,極めて重要なことであり,原告は,旧メリルリンチの年金営業部長,合併後も投資顧問部の公的資金顧客,企業年金既存顧客担当の責任者という立場であったのであるから,その企業秘密に関する情報管理を厳格にすべき職責にあった者である。してみれば,原告が,被告の許可なしに,企業機密を含む本件各書類を業務以外の目的で使用したり,第三者に開示,交付することは,特段の事情のない限り,許されないというべきである。…」
 「ところで,弁護士は,その職責に鑑みれば,正式な委任関係に立つ前の段階であっても,法律相談に応じる場合には,相談者から必要な事実関係,情報を知らされなければ適切な判断ができないし,職務上知り得た秘密を保持する義務を有するから(弁護士法23条),相談者が自己の相談について必要であると考える情報については,たとえその中に企業機密に関する情報が含まれている場合であっても,企業の許可を得なくてもこれを弁護士に開示することは許されるというべきである。…日本弁護士連合会の広報においても,弁護士に相談する場合は,『すべてを弁護士に打ち明ける』『関係している全ての書類を持参する』『書類は実物を見せる』ことを勧めていることが認められ,このことからしても,上記のように解するのが相当である。」

⑵ 内部告発

 内部告発とは、企業等の組織の内部にいる人間が、不正な目的ではなく、その企業等の不正行為を監督官庁や報道機関に通報することをいいます。
 秘密保持義務の対象となる情報が、企業や組織の違法行為その他公序良俗に反する行為に関する情報である場合には、そのような情報は法的保護に値しません。そのため、このような情報を秘密として保護する契約は公序良俗(民法90条)に反し無効となります。
 違法行為その他の公序良俗に反する行為以外に関する情報を開示する場合には、秘密保持義務違反となる場合がありますが、目的並びに入手方法、情報の内容及び態様、開示先等の手段を考慮し、違法性が阻却されるかを検討することになります。

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退職後の秘密保持義務

退職後の秘密保持義務の根拠

 労働者は、明示的な特約がある場合には、退職後も、当該特約に基づき、原則として、秘密保持義務を負うことになります。
 もっとも、労働者は、退職後、契約書や誓約書等を作成していないであっても、信義則上、秘密を漏洩しない義務を引き続き負います

大阪高判平6.12.26判時1553号133頁[ポリオレフィン発泡体事件]】

 「従業員ないし取締役は、労働契約上の付随義務ないし取締役の善管注意義務、忠実義務に基づき、業務上知り得た会社の機密につき、これをみだりに漏洩してはならない義務があることはいうまでもないし、また、…控訴人は、その就業規則中で、従業員に対し、その業務上知り得た機密の漏洩を禁止し(就業規則四条)、これに違反して業務上の秘密を洩らし会社に損害を及ぼしたときは懲戒解雇とする旨を規定(同七四条三号)しているところでもあるが、控訴人には、その知り得た会社の営業秘密について、退職、退任後にわたっての秘密保持や退職、退任後の競業の制限等を定めた規則はないし、従業員ないし取締役が退職、退任する際に、それらの義務を課す特約を交わすようなこともしていない。」
 「しかし、そのような定めや特約がない場合であっても、退職、退任による契約関係の終了とともに、営業秘密保持の義務もまったくなくなるとするのは相当でなく、退職、退任による契約関係の終了後も、信義則上、一定の範囲ではその在職中に知り得た会社の営業秘密をみだりに漏洩してはならない義務をなお引き続き負うものと解するのが相当であるし、従業員ないし取締役であった者が、これに違反し、不当な対価を取得しあるいは会社に損害を与える目的から競業会社にその営業秘密を開示する等、許される自由競争の限度を超えた不正行為を行うようなときには、その行為は違法性を帯び、不法行為責任を生じさせるものというべきである。」
 以上のように判断し、使用者が輸出する機会を奪われたことによる逸失利益(5280万円)の損害賠償請求を認めました。

労働契約終了後の秘密保持義務の限界

 退職後の秘密保持義務につき、明示的な特約をしていても、これを広く容認することは職業選択の自由を制約することになりますので、公序良俗(民法90条)に反して無効となる場合があります。具体的には、公序良俗に反するかは、その秘密の性質・範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性が認められるかどうかにより判断します(東京地判平14.8.30労判838号32頁[ダイオーズサービシーズ事件])。
 また、退職後の契約上の秘密保持義務の範囲については、その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当であるとされています(東京地判平20.11.26判タ1293号285頁[ダンス・ミュージック・レコード事件])。

東京地判平14.8.30労判838号32頁[ダイオーズサービシーズ事件]

 「本件誓約書に基づく合意は、原告に対する「就業期間中は勿論のこと、事情があって貴社を退職した後にも、貴社の業務に関わる重要な機密事項、特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項」並びに『製品の製造過程、価格等に関わる事項』については一切他に漏らさないこと」という秘密保持義務を被告に負担させるものである。」
 「このような退職後の秘密保持義務を広く容認するときは、労働者の職業選択又は営業の自由を不当に制限することになるけれども、使用者にとって営業秘密が重要な価値を有し、労働契約終了後も一定の範囲で営業秘密保持義務を存続させることが、労働契約関係を成立、維持させる上で不可欠の前提でもあるから、労働契約関係にある当事者において、労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときは、公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」
 「本件誓約書の秘密保持義務は、「秘密」とされているのが、原告の業務に関わる「重要な機密」事項であるが、…「特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程、価格等に関わる事項』」という例示をしており、これに類する程度の重要性を要求しているものと容易に解釈できることからすると、本件誓約書の記載でも「秘密」の範囲が無限定であるとはいえない。また、原告の「『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程、価格等に関わる事項』」は、…原告にとっては、経営の根幹に関わる重要な情報であり、これを自由に開示・使用されれば、容易に競業他社の利益又は原告の不利益を生じさせ、原告の存立にも関わりかねないことになる点では特許権等に劣らない価値を有するものといえる。一方、被告は、原告の役員ではなかったけれども、…「『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程、価格等に関わる事項』」の…内容を熟知し、その利用方法・重要性を十分認識している者として、秘密保持を義務付けられてもやむを得ない地位にあったといえる。』
 「このような事情を総合するときは、本件誓約書の定める秘密保持義務は、合理性を有するものと認められ、公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」
 以上のように判断し、使用者が顧客を奪われたことによる逸失利益(120万円)につき、損害賠償請求を認めました。

東京地判平20.11.26判タ1293号285頁[ダンス・ミュージック・レコード事件]

 「本件仕入先情報は,…不正競争防止法上の『営業秘密』に当たらないから,従業員が,本件仕入先情報を利用することは,不正競争防止法上違法となるものではないが,そのような場合であっても,別途,当事者間で,秘密保持契約を締結しているときには,従業員は,当該契約の内容に応じた秘密保持義務を負うことになる。」
 「そこで,検討するに,従業員が退職した後においては,その職業選択の自由が保障されるべきであるから,契約上の秘密保持義務の範囲については,その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当であるところ,本件各秘密合意の内容は,…秘密保持の対象となる本件機密事項等についての具体的な定義はなく,その例示すら挙げられておらず,また,本件各秘密保持合意の内容が記載された『誓約書』と題する書面及び『秘密保持に関する誓約書』と題する書面にも,本件機密事項等についての定義,例示は一切記載されていないことが認められる…から,いかなる情報が本件各秘密合意によって保護の対象となる本件機密事項等に当たるのかは不明といわざるを得ない。」
 「しかも,…原告の従業員は,本件仕入先情報が外部に漏らすことの許されない営業秘密として保護されているということを認識できるような状況に置かれていたとはいえないのである。」
 「このような事情に照らせば,本件各秘密保持合意を締結した被告Aに対し,本件仕入先情報が本件機密事項等に該当するとして,それについての秘密保持義務を負わせることは,予測可能性を著しく害し,退職後の行動を不当に制限する結果をもたらすものであって,不合理であるといわざるを得ない。したがって,本件仕入先情報が秘密保持義務の対象となる本件機密事項等に該当すると認めることはできない。」

秘密保持義務違反と解雇

 懲戒解雇は、①「懲戒することができる場合」において、②「客観的に合理的な理由を欠き」、③「社会通念上相当であると認められない場合」は、懲戒権の濫用として無効となります(労働契約法15条)。
 在職中の秘密保持義務違反を理由とする解雇の有効性については、秘密保持義務違反の態様や使用者が被った損害等を考慮し判断することになります。秘密保持義務違反の内容によっては、懲戒解雇が適法とされる場合があります。

東京地判平14.12.20労判845号44頁[日本リーバ事件]

 「使用者の懲戒権の行使は,当該具体的事情の下において,それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」
 「また,退職金を支給しないのが正当であるというためには,不支給事由である懲戒解雇が有効であるだけでは足りず,当該懲戒事由が長年の功労を否定し尽くすだけの著しく重大なものでなければならない。」
 「…原告のした被告の開発を検討していた透明石鹸のサンプルの開発依頼は,Aとの商品開発にほかならず,そのAが競合会社である日本R社に就職した後にも続けられていたことからすると,背信性は高いものといえる。」
 「また,機密性が高い事項を議題としたポート・サンライト会議の出席,同会議の資料の持ち出し,データの漏えいは,自らが日本R社の実質的内定を得た後に自ら選択して行ったものであり,ヘアケア商品業界ではブランド力,商品開発力が商品の売れ行きを左右する…ことに照らすと,背信性は極めて高いといわざるを得ない。…」
 「したがって,本件懲戒解雇は,客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができないとはいえないから有効であり,長年の功労を否定し尽くすだけの著しく重大なものであるというのが相当である。」

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秘密保持義務違反と損害賠償

 使用者は、労働者が秘密保持義務に違反した場合には、不法行為ないし債務不履行に基づき損害賠償請求をすることができます。
 秘密保持義務違反による損害金額については、顧客を奪われたこと等に逸失利益とするものが多く(前掲大阪高判平6.12.26判時1553号133頁[ポリオレフィン発泡体事件]、前掲東京地判平14.8.30労判838号32頁[ダイオーズサービシーズ事件])、無形損害(慰謝料等)は否定される傾向にあります(前掲大阪高判平6.12.26判時1553号133頁[ポリオレフィン発泡体事件])。

退職金の不支給

 退職金を不支給とすることは、不支給に関する就業規則等の規定があるだけでは足りず、退職金を不支給としてもやむを得ないような顕著な背信性がある場合に限り認められます。具体的には、不支給条項の必要性、退職に至る経緯、退職の目的、会社の損害等の事情を考慮することになります。
 前掲東京地判平14.12.20労判845号44頁[日本リーバ事件]は、秘密保持義務違反を理由に退職金を不支給とすることを認めています。

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弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、区民ニュース2023年8月21日
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