労働一般

使用者から労働者に対する損害賠償請求-労働者は損害賠償義務を負うのか-

 労働者が業務を行う中でミスをしてしまい使用者に損害が発生する場合があります。そして、使用者に生じる損害は、その経済的な規模などから多額にわたることが多く、これを労働者に負担させるのは酷である場合があります。労働者は、使用者に対して、業務を行う中で発生した損害を賠償する義務を負うのでしょうか。今回は、使用者から労働者に対する損害賠償請求について解説します。

労働者に対する損害賠償請求とは

 労働者が労働義務または付随義務に違反して、使用者に損害を与えた場合には、債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負います。また、労働者の行為が不法行為の要件を満たせば不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)を負います。
 また、労働者が第三者に損害を及ぼしたときは、使用者は第三者に対して使用者責任を負うことになり、これにつき使用者は労働者に求償権を行使できます(民法715条3項)。
 では、労働者に対する損害賠償請求や求償権の行使は、どのような場合にどの程度認められるのでしょうか。

損害賠償請求・求償権の制限

 使用者は、労働者の労働によって経済的利益を得ているため、これにより生じる危険も負担すべきであると考えられています。これを報償責任の原則といいます。
 そのため、使用者は、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ」、被用者に対し、不法行為に基づく損害賠償・求償権の行使をすることができるとされています(最一小判昭51.7.8民集30巻7号689頁[茨木石炭商事事件])。この制限は、債務不履行に基づく損害賠償の場合にも妥当するとされています(名古屋地判昭62.7.27労民集38巻3=4号395頁[大隈鐵工所事件])。
 そして、これを判断するにあたっては、①労働者の帰責性(故意・過失の有無・程度)、②労働者の地位・職務内容・労働条件、③損害発生に対する使用者の寄与度(指示内容の適否、保険加入による事故予防、リスク分散の有無等)を考慮するとされています。

【最判昭51.7.8民集30巻7号689号[茨木石炭商事事件]】
 自動車運転手として勤務していた労働者が使用者所有のタンクローリーを時速40キロで運転中、先行車に追突し、同車を破損させ、加害車も損傷を被った事案について、使用者が労働者に対して、被害者に対して支払った損害についての求償権及び加害車両の修理費の損害賠償を請求した事案について、以下のように判示しました。
1 損害賠償・求償権の制限
 「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」
2 当該事案において賠償及び求償しうる範囲
 使用者は、「資本金800万円の株式会社であって、従業員約50名を擁し、…業務用車両20台近く保有していたが、経費節減のため、右車両につき…対物賠償責任保険及び車両保険には加入していなかった。」
 また、労働者は、「主として小型貨物自動車の運転業務に従事し。タンクローリーには特命により臨時的に乗務するに過ぎ」ない。
 加えて、労働者は、「その勤務成績は普通以上であった。」
 上記事実関係の下においては、使用者が労働者に賠償及び求償を請求しうる範囲は、信義則上損害額の4分の1を限度とすべきである。

事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した被用者の使用者に対する求償請求被用者は、事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合、その一部を使用者に対して求償することはできるのでしょうか。今回は、事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した被用者の使用者に対する求償請求について解説します。...

裁判例の傾向

 裁判例の傾向としては、労働者に業務遂行上の注意義務違反があっても、重大な過失まではない場合には、その他の事情(使用者によるリスク管理の不十分さ等)を考慮して、使用者による損害賠償請求や求償権行使を棄却しています(福岡高那覇支判平13.12.6労判825号72頁[M運輸事件]、東京高判平14.5.23労判834号56頁[つばさ証券事件])。
 他方、重大な過失が認められる場合であっても、宥恕すべき事情や会社側の非を考慮して責任を4分の1や2分の1に軽減しています(東京地判平成15.10.29労判867号46頁[N興業事件]、東京地判平15.12.12労判870号42頁[株式会社G事件])。
 ただし、悪質な不正行為等(犯罪行為や不当な態様での引き抜き等)については、責任制限は格別考慮されません(大阪高判平10.5.29労判745号42頁[日本コンベンションサービス事件])。

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