使用者が労働者に希望退職を募ることがあります。労働者が希望退職に応募したにもかかわらず使用者が拒絶することや、労働者ごとに優遇の程度に差を設けることは、許されるのでしょうか。今回は、希望退職について解説します。
目次
希望退職とは
希望退職とは、会社が退職金額の上積み等の何らかの優遇措置を提示して、従業員の自発的な意思表示を待つ行為をいいます。早期退職優遇制度・選択定年制度、転進援助制度などと呼ばれる場合もあります。
人件費削減策として講じられることが多く、企業活力の維持または回復を目的とするのが通常です。もっとも、実際には、必要な人材、優秀な人材の流出があり得るため、企業活力が低下する危険が内包されています。そのため、使用者の関心事項として、優秀な人材の流出をいかにして防ぐかという点があります。
希望退職の法的性質
希望退職の募集は、具体的事情の下において、希望退職申し込みの誘因行為に過ぎないと認定されることが多い傾向にあります。そのため、労働者が希望退職に応募する行為が退職の申し込みとなり、使用者がこれに承諾した時点で労働者が退職することになります。
大阪地判平11.12.24労判782号47頁[津田鋼材事件]
「原告らは、本件募集は契約の申込みであり、原告らが応募したことによって、直ちに合意退職契約が成立したと主張するので、検討するに、…本件募集に対する応募は、文書によるものとしていないこと、募集の人員を、総合職約四〇人、一般職約一〇人と限定し、募集要綱に『〔2〕募集人員を超過して申込みがあった場合は会社側で調整致します。〔3〕一事業所あるいは一部署で偏った申込みがあった場合も同様に調整致します。』と記載し、また、応募後に慰留を試みた例もあることが認められる。これによれば、被告が本件募集に対する応募について『申込み』という表現を用いているうえ、応募に文書を要求するなど厳格な手続を要求せず、募集人数を限定し、応募によっては調整を予定していたことは明らかであって、被告の意思としては、応募後に退職者を確定する意思であったと認めることができ、本件応募は申込みの誘引であって、申込みではないというべきである。」
大阪地判平12.5.12労判785号31頁[大和銀行事件]
「本制度の利用の申し出については、規定上被告の承諾が決定される以前であれば、申し出の撤回ができるとされていること、被告の業務の円滑な遂行・発展という観点から、被告にとって有為な人材は確保しておきたい等の理由から、制度の利用を申し出てきた者を選抜する必要があり、このため承諾という要件が加えられたという本制度、制定の経緯に鑑みれば、本制度の通達は申し込みの誘因(ママ)にすぎず、原告の申し出をもって承諾とする原告の主張は認められない。」
希望退職に関する承認制の可否
総論
使用者が希望退職を行う際に、「ただし、使用者が退職を認める者のみ本制度を利用できます。」等の文言を記載して、承認制をとることが多く見られます。なお、このような条項のことを「逆肩たたき条項」と言います。
希望退職を行う際に承認制をとることは、許されるのでしょうか。
法的性質との関係
まず、希望退職の制度の法的性質との関係が問題となります。すなわち、希望退職の募集自体が使用者による希望退職の申し込みに該当するとした場合には、労働者が希望退職に応じた時点で、これを承諾したものとして退職についての合意が成立しているものと考えることもできます。しかし、先ほど説明したとおり、希望退職の募集は申し込みの誘因であり、退職の申し込みではないとされることが一般的であるため、労働者が希望退職に応じたとしても、使用者がこれを承諾しない限りは労働者の退職の効力は生じないことになります。従って、希望退職制度の法的性質との関係では、承認制をとることは問題とはなりません。
公序良俗
もっとも、使用者が労働者からの希望退職の申し込みを拒絶することは公序良俗(民法90条)に反しないのでしょうか。
これについて、退職により業務の円滑な遂行に支障がでるような人材の流出という事態を回避しようという目的は不合理とはいえないので、このような目的で、使用者が希望退職の申し込みを拒絶することも公序良俗には反しないとされています。
大阪地判平12.5.12労判785号31頁[大和銀行事件]
「本制度の利用について被告の承諾を要件とした趣旨が、退職により被告の業務の円滑な遂行に支障がでるような人材の流出という事態を回避しようというものであって、それ自体不合理な目的とはいえない。そして、承諾が要件となっても、被告行員にとっては、付承諾の場合には、従前の退職金を受領して退職するか、雇用契約を継続するかという選択は可能であり、また、承諾となる前であれば、申し込みを撤回することも可能であって、いずれにしても従前の雇用条件の維持は可能であることから行員に著しい不利益を課すものとはいえない。したがって、本制度について承諾という要件を課すことが公序良俗に反するものとはいえない。」
東京地判平17.10.3労判907号16頁[富士通(退職金特別加算金)事件]
「本件プログラムは、被告の中高年層の従業員に対し、定年前の転職・独立など転進の機会を早期かつ随時付与するための制度であって、通常の自己都合退職金に加え、特別加算金を支給することを主な内容の一つとしていたこと、被告は、本件プログラムの実施開始当時…、被告グループの人員削減を進めており、本件プログラムもそのような人事政策的判断から従業員の自主退職を促すために実施されたこと、被告は、従業員に対し、本件プログラムの適用について、『申請』するという表現を使い、本件ガイドラインにおいて、被告が『審査し認めた場合に適用することとする』と告知していたことが認められる。」
「かかる事実からすれば、被告による本件プログラムの告知は、従業員に対し、特別加算金の支給等通常の退職よりも有利な条件による雇用契約の合意解約の申込みを誘引するものにすぎず、従業員が本件プログラムの適用を申請することが合意解約の『申込み』であり、被告の承認がそれに対する『承諾』であって、被告の承認がなされて初めて従業員に有利な条件による雇用契約の合意解約が成立すると解される。被告が本件プログラムの適用を承認しない場合でも、従前の労働条件を不利に変更するわけではなく、特別加算金を得られないで退職することになるにすぎず、職業選択の自由を奪うに等しいものではない。」
「そして、被告は、被告と『競合関係にある企業への転職等、会社として当プログラムを適用することが望ましくないと判断する場合は、適用外』とするとし、本件ガイドラインにおいて、『(2)転職先が本プログラムの主旨に相応しくない場合』として、『(b)競業会社』『尚、競業会社に該当するかどうかは、規模、シェア等を勘案し、会社が個別に判断する』と告知している…ところ、これは適用除外の範囲について、考慮事項を例示した上、合理的に個別判断する趣旨から定められたものと解され、本件ガイドラインに記載した他に具体的な基準を設けていなかったとしても…、何ら客観的基準を設けず、全くの裁量で判断することになっていたとはいえないから、直ちに公序良俗に反するものではあるとは認められず、他に本件ガイドライン(2)(b)が公序良俗に反すると評価し得る事実を認めるに足りる証拠はない。」
最判平19.1.18判時1980号155頁[神奈川信用農協早期退職事件]
「本件選択定年制による退職は,従業員がする各個の申出に対し,上告人がそれを承認することによって,所定の日限りの雇用契約の終了や割増退職金債権の発生という効果が生ずるものとされており,上告人がその承認をするかどうかに関し,上告人の就業規則及びこれを受けて定められた本件要項において特段の制限は設けられていないことが明らかである。もともと,本件選択定年制による退職に伴う割増退職金は,従業員の申出と上告人の承認とを前提に,早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ,本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても,その申出をした従業員は,上記の特別の利益を付与されることこそないものの,本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり,その退職の自由を制限されるものではない。したがって,従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対して上告人が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない。」
優遇措置の不平等
退職金の加算金について差異を設けることにつき、退職勧奨する必要性の度合いにより、その時期や所属部署によって、その支給額が変わっても、平等原則に違反するとはいえず、差額の請求をすることはできないとされています。
また、退職後に優遇制度が導入された場合や、退職後に優遇措置の内容が労働者により有利に変更された場合にも、差額の退職加算金を請求することはできないとされています。
大阪地判平12.4.19労判785号38頁[住友金属工業(退職金)事件]
「原告らの主張は、要するに、被告が第一次受領者及び第二次受領者に加算金を支給しながら、同じく被告の従業員である原告らにこれを支給しなかったのは、平等取扱義務に反するもので、債務不履行又は不法行為となるというものである。」
「…憲法及び労働基準法が平等原則を定めるのは原告ら指摘のとおりであり、労使の協議において組合員の異動について公正妥当を期して扱う旨の合意がされていることも認められるが、その規定や合意があらゆる労働条件やこれに付随する事項について機械的な平等を要求するものでないことは明白であり、右のような退職金に対する加算金は、退職勧奨に応じる対価であるから、退職を勧奨する必要性の度合いにより、その時期や所属部所によって、その支給額が変わっても、基本的には応諾は労働者の自由な意思によるものでもあり、平等原則に違反するとはいえないというべきである。」