労働災害

【保存版】業務に起因する脳・心臓疾患 -弁護士が過労死における労災申請及び会社の責任について解説-

 近年、脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。以下、「脳・心臓疾患」といいます。)の労災申請が増加傾向にあります。
 本来、脳・心臓疾患は、その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態が長い年月の生活の営みの中で形成され、それが徐々に進行し、増悪するといった自然経過をたどり発症に至るとされています。
 しかし、業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合があります
 このような事案の中でも、労働者が死亡するに至ってしまうケースがあります。
 この場合、遺族の方々は、精神的に大きな苦痛を被ることになり、経済的にも生活に窮することになります。
 今回は、過労死における労災申請及び会社の責任について解説します。

業務に起因する脳・心臓疾患の現状

 業務に起因する脳・心臓疾患について、厚生労働省の公表している「脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況」によると、請求件数は、平成26年度から平成30年度まで毎年増加を続けており、平成30年度は「877件」となっています。そのうち、認容率を見ると、平成26年度は「43.5%」であったのが、平成30年度は「34.5%」となっており、減少傾向にあります。
 このうち死亡事案に限定してみると、請求件数は、平成26年度から平成30年度まで「240件程度~280件程度」の間で横ばいとなっています。そのうち、認容率を見ると、平成26年度は「49.4%」であったのが、平成30年度は「37.8%」となっており、減少傾向にあります。なお、いずれの年度も、脳・心臓疾患全体の認容率に比べて、死亡事案の認容率は高い傾向にあります。
【脳・心臓疾患の労災補償状況】
 脳・心臓疾患の請求件数の多い業種について見ると、前掲「脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況」によると、平成30年度は、多い順に、①「運輸業,郵便業」が「145件」、②「サービス業(他に分類されないもの)」が「75件」、③「宿は業,飲食サービス業」が「59件」、④「建設業[職別工事業(設備工事業を除く)]」が「39件」、⑤「建設業[総合工事業]」が「38件」となっています。
 このうち、死亡事案に限定すると、平成30年度は、多い順に、①「運輸業,郵便業」が「40件」、②「建設業[総合工事業]」が「15件」、③「建設業[職別工事業(設備工事業を除く)]」が「14件」、④「サービス業(他に分類されないもの)」が「13件」、⑤「宿泊業,飲食サービス業」が「11件」となっています。

【脳・心臓疾患の請求件数の多い業種(中分類の上位15業種)】

労災補償

労災の認定基準

⑴ 労災と認定されるための要件

 労災として保険給付を受けるには、以下の要件を満たす必要があります。

①「業務上の」、
②「負傷、疾病、障害又は死亡」

 過労死の場合は、②「死亡」自体は明らかであることが多いでしょう。
 そのため、主に問題となるのは、①「業務上の」といえるか否かです。この問題を、「業務起因性」と言います。

労働者災害補償保険法7条(保険給付の種類)
1「この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。」
一「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡…に関する保険給付」

⑵ 業務起因性の考え方

 労災制度は、労働基準法において使用者が負っている災害補償責任を担保するものと考えられています。
 業務起因性が肯定されるには、業務と傷病等との間の条件関係を前提に、両者の間に法的に労災補償を認めることが相当といえる関係があることを要します。(相当因果関係説、判例・行政解釈[認定実務])。

労働基準法75条(療養補償)
1「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」
労働基準法施行規則35条(業務上の疾病)
「法第75条第2項の規定による業務上の疾病は、別表第1の2に掲げる疾病とする。」
労働基準法施行規則別表第1の2(第35条関係)
八「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出欠、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」

⑶ 脳・心臓疾患の業務起因性(1063号通達)

ア 総論

 脳・心臓疾患の業務起因性の判断は、平成13年12月12日基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(以下、「1063号通達」といいます。)に従い行われています。
 1063号通達は、以下に掲げる脳・心臓疾患を対象疾病として取り扱っています。

〇 脳血管疾患
・脳内出血(脳出血)
・くも膜下出血
・脳梗塞
・高血圧性脳症
〇 虚血性心疾患等
・心筋梗塞
・狭心症
・心停止(心臓性突然死を含む。)
・解離性大動脈瘤

 そして、1063号通達は、以下の①、②又は③の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、労働基準法別表第1の2第8号に該当する疾病として取り扱うとしています。

① 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと
② 発症に近接した時期において、特に加重な業務に就労したこと
③ 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に加重な業務に就労したこと

イ ① 異常な出来事

 異常な出来事とは、具体的には次に掲げる出来事です。

・極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態
・緊急に強度の身体的負荷が強いられる突発的又は予測困難な異常な事態
・急激で著しい作業環境の変化

 異常な出来事と認められるかは、ⓐ通常の業務遂行過程において遭遇することがまれな事故又は災害等で、その程度が甚大であったか、ⓑ気温の上昇または低下等の作業環境の変化が急激で著しいものであったか等について検討し、これらの出来事による身体的、精神的負荷が著しいと認められるか否か問う観点から、客観的かつ総合的に判断されます。

<評価期間>
 異常な出来事と発症との関連性は、通常、負荷を受けてから24時間以内に症状が出現するとされていますので、発病直前から前日までの間が評価期間とされます。

ウ ② 短期間の加重業務

 特に加重な業務とは、日常業務に比較して特に加重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいいます。
 特に加重な業務に就労したと認められるかは、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚労働者又は同種労働者にとっても、特に加重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断されます。
 具体的には、以下に掲げる負荷要因を十分に検討することとされています。

a 労働時間
b 不規則な勤務
c 拘束時間の長い勤務
d 出張の多い業務
e 交代制勤務・深夜勤務
f 作業環境
g 精神的緊張を伴う業務

<評価期間>
 発症に近接した時期とは、発症前おおむね1週間をいいます。
→発症に最も密接な関連性を有する業務は、発症直前から前日までの間の業務であるので、まず、この間の業務が特に加重であるか否かを判断します。
→発病直前から前日までの間の業務が特に加重であると認められない場合であっても、発症前おおむね1週間以内に加重な業務が連続している場合には、業務と発症との関連性があると考えられるので、この間の業務が特に加重であるか否かを判断します。

エ ③ 長期間の加重業務

 恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、「疲労蓄積」が生じ、これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症させることがあります。
 特に加重な業務の考え方は、「②短期間の加重業務」において説明したとおりです。
 その際に、1063号通達では、特に労働時間に関して、以下の点を踏まえて判断することとされています。

 疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると、その時間が長いほど、業務の加重性が増すところであり、具体的には、発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて、
① 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
② 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること

<評価期間>
 発病前の長期間とは、発病前おおむね6か月間をいいます。
 なお、発症前おおむね6か月より前の業務については、疲労の蓄積に係る業務の加重性を評価するに当たり、付加的要因として考慮します。

<治療機会喪失と業務起因性>
 脳・心臓疾患の発症自体に業務起因性がない場合でも、発症後に適切な治療や処置を受けられず、引き続き業務に従事せざるをえなかった場合には、疾病が自然経過を超えて著しく増悪したことについて、業務起因性が認められることがあります。

 労働者
 労働者
過労死について、労災により補償されるかどうかはどのように判断されるのでしょうか。
弁護士
弁護士
労災により補償されるためには、「業務上の」「死亡」といえる必要があります。過労死の場合には、特に「業務上の」と言えるかどうかが問題となります。これを業務起因性と言っていきます。
  労働者
  労働者
なるほど。どのような場合に業務起因性は認められるのですか。
弁護士
弁護士
業務起因性については、①異常な出来事、②短期間の加重業務、③長期間の加重業務から判断していきます。
 労働者
 労働者
「過労死ライン」という言葉を目にすることがあるのですが、これは何ですか。
弁護士
弁護士
労働時間は、疲労の蓄積の重要な要因とされています。そして、労働時間が長いほど、業務と発症との関連性が強まります。この業務と発症との関連性が強いとされる目安となる時間外労働時間のことを過労死ラインと呼んでいます。
  労働者
  労働者
過労死ラインは、具体的には何時間なのでしょうか。80時間と聞いたり、100時間と聞いたりすることがあるのですが。どれが正しいのですか。
弁護士
弁護士
行政通達(1063号通達)では、①発症前1か月間におおむね100時間又は、②発症前2か月~6か月間を平均して1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いとされています。そのため、80時間と100時間いずれも間違いではありません。
  労働者
  労働者
なるほど。では、80時間又は100時間の残業をしていない場合には、過労死とは認められないのですか。
弁護士
弁護士
そのようなことはありません。行政通達(1063号通達)では、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働を行うと業務と発症との関連性が徐々に強まるとされています。また、その他の出来事や負荷も考慮されます。
  労働者
  労働者
よく分かりました。ありがとうございます。

補償の内容

⑴ 死亡した場合

 業務災害により死亡した場合には、補償の内容は以下のとおりとなります。

⑵ 存命である場合

 業務災害により脳・心臓疾患を発症したものの、存命の場合には、①療養補償給付、②休業補償給付、③障害補償年金、④障害補償一時金、⑤傷病補償年金、⑥介護補償給付等の補償を受けることができます。
※詳細は、参考リンクの労災保険給付の概要8頁乃至9頁(労災保険給付等一覧)をご確認ください。

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会社への損害賠償請求


 過労死の事案においては、労災の申請のみならず、会社に対して、損害賠償請求をすることが考えられます。この場合に会社に対して行う損害賠償請求としては、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求と、不法行為に基づく損害賠償請求が考えられます。

相当因果関係

 裁判例は、1063号通達において示されている過労死ラインを超える(「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」)など、加重な業務への従事が認められる場合には、使用者において脳・心臓疾患の発症が基礎疾病などの業務外の事由によるものであることを首肯させる特段の事情を証明できない限り、相当因果関係を認める傾向にあります

大阪高判平23.3.25労判1029号36頁[天辻鋼玉製作所事件]

 「一般に,脳血管疾患は,その発症の基礎となる血管病変等の基礎的病態が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し増悪するといった自然経過をたどり発症に至るものとされている。しかし,業務による過重負荷が加わることによって血管病変等がその自然経過を超えて増悪して脳血管疾患が発症することがあり,そのような場合には当該業務と脳血管疾患の発症との間に相当因果関係があると解するのが相当である。」
 「すなわち,被控訴人太郎は業務遂行中に基礎疾患であるAVMの破裂によって本件発症に至ったものであるところ,業務による過重な身体的,精神的負荷が被控訴人太郎の基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ,この発症に至ったものと認められる場合には,業務と基礎疾患の発症との間に相当因果関係があるものと認めるのが相当である(最高裁判所平成12年7月17日第一小法廷判決・裁判集民事198号461頁,最高裁判所平成16年9月7日第三小法廷判決・裁判集民事215号41頁各参照)。」

最判平成12.7.17判時1723号132頁[横浜南労基署長(東京海上横浜支店)事件]

 「上告人の業務は、支店長の乗車する自動車の運転という業務の性質からして精神的緊張を伴うものであった上、支店長の業務の都合に合わせて行われる不規則なものであり、その時間は早朝から深夜に及ぶ場合があって拘束時間が極めて長く、また、上告人の業務の性質及び勤務態様に照らすと、待機時間の存在を考慮しても、その労働密度は決して低くはないというべきである。上告人は、遅くとも昭和五八年一月以降本件くも膜下出血の発症に至るまで相当長期間にわたり右のような業務に従事してきたのであり、とりわけ、右発症の約半年前の同年一二月以降は、一日平均の時間外労働時間が七時間を上回る非常に長いもので、一日平均の走行距離も長く、所定の休日が全部確保されていたとはいえ、右のような勤務の継続が上告人にとって精神的、身体的にかなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらしたことは否定し難い。しかも、右発症の前月である同五九年四月は、一日平均の時間外労働時間が七時間を上回っていたことに加えて、一日平均の走行距離が同五八年一二月以降の各月の一日平均の走行距離の中で最高であり、上告人は、同五九年四月一三日から同月一四日にかけての宿泊を伴う長距離、長時間の運転により体調を崩したというのである。また、その後同月下旬から同年五月初旬にかけては断続的に六日間の休日があったとはいえ、同月一日以降右発症の前日までには、勤務の終了が午後一二時を過ぎた日が二日、走行距離が二六〇キロメートルを超えた日が二日あったことに加えて、特に右発症の前日から当日にかけての上告人の勤務は、前日の午前五時五〇分に出庫し、午後七時三〇分ころ車庫に帰った後、午後一一時ころまで掛かってオイル漏れの修理をして(右修理も上告人の業務とみるべきである。)午前一時ころ就寝し、わずか三時間三〇分程度の睡眠の後、午前四時三〇分ころ起床し、午前五時の少し前に当日の業務を開始したというものである。右前日から当日にかけての業務は、前日の走行距離が七六キロメートルと比較的短いことなどを考慮しても、それ自体上告人の従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず,それまでの長期間にわたる右のような過重な業務の継続と相まって、上告人にかなりの精神的、身体的負荷を与えたものとみるべきである。」
 「他方で、上告人は、くも膜下出血の発症の基礎となり得る疾患(脳動脈りゅう)を有していた蓋然性が高い上、くも膜下出血の危険因子として挙げられている高血圧症が進行していたが、同五六年一〇月及び同五七年一〇月当時はなお血圧が正常と高血圧の境界領域にあり、治療の必要のない程度のものであったというのであり、また、上告人には、健康に悪影響を及ぼすと認められるし好はなかったというのである。」
 「以上説示した上告人の基礎疾患の内容、程度、上告人が本件くも膜下出血発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、脳動脈りゅうの血管病変は慢性の高血圧症、動脈硬化により増悪するものと考えられており、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つとなり得るものであることを併せ考えれば、上告人の右基礎疾患が右発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる増悪要因を見いだせない本件においては、上告人が右発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が上告人の右基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、右発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる。したがって、上告人の発症した本件くも膜下出血は労働基準法施行規則三五条、別表第一の二第九号にいう『その他業務に起因することの明らかな疾病』に該当するというべきである。」

最判平16.9.7判時1873号162頁[神戸東労基署長(ゴールドリングジャパン)事件]

 「上告人が本件疾病の発症以前にその基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定し難いが,同基礎疾患等が他に発症因子がなくてもその自然の経過によりせん孔を生ずる寸前にまで進行していたとみることは困難である。そして,本件疾病を発症するに至るまでの上告人の勤務状況は,4日間にわたって本件国内出張をした後,1日おいただけで,外国人社長と共に,有力な取引先である英国会社との取引拡大のために重要な意義を有する本件海外出張に,英国人顧客に同行し,14日間に六つの国と地域を回る過密な日程の下に,12日間にわたり,休日もなく,連日長時間の勤務を続けたというものであったから,これにより上告人には通常の勤務状況に照らして異例に強い精神的及び肉体的な負担が掛かっていたものと考えられる。以上の事実関係によれば,本件各出張は,客観的にみて,特に過重な業務であったということができるところ,本件疾病について,他に確たる発症因子があったことはうかがわれない。そうすると,本件疾病は,上告人の有していた基礎疾患等が本件各出張という特に過重な業務の遂行によりその自然の経過を超えて急激に悪化したことによって発症したものとみるのが相当であり,上告人の業務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。本件疾病は,労働者災害補償保険法にいう業務上の疾病に当たるというべきである。」

安全配慮義務違反

 使用者は、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として」、労働者に対して、安全配慮義務を負います(最三小判昭50.2.25民集29巻2号143頁[陸上自衛隊八戸車両整備事件])。
 具体的には、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであ」り、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」とされています(最二判平12.3.24民集54巻3号1155頁[電通事件])。
 裁判例は、1063号通達において示されている過労死ラインを超える(「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」)など、加重な業務への従事が認められる場合には、使用者において脳・心臓疾患の発症が基礎疾病などの業務外の事由によるものであることを首肯させる特段の事情を証明できない限り、安全配慮義務違反を認める傾向にあります

最二判平12.3.24民集54巻3号1155頁[電通事件]

 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」

熊本地判平19.12.14労判975号39頁[中野運送事件]

 「原告の従前業務は,勤務時間が長時間にわたる上,業務内容も重いものであり,交代要員も存在しないなどの過酷なものであったと認められるところ,被告は,原告の業務が過重であったことを容易に認識し得たのであり,このような過重な業務が原因となって,原告が,脳出血等の疾患を発症し,ひいては原告の生命・身体に危険が及ぶ可能性があることを予見し得たというべきである。そして,被告は,業務の量などを適切に調整するための措置として,原告の健康状態に配慮し,原告の担当業務や他の従業員の代替業務の負担を変更し,適宜,休日をとらせるなどすることが著しく困難であったとの事情はないことが認められる。そして,被告がその措置を講じていれば,原告は,本件脳出血の発症を免れていたということができる。」
 「以上によれば,被告は,労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務に違反したものとして,安全配慮義務違反により,原告に発生した損害について,債務不履行に基づく賠償義務を負うべきである。」

大阪高判平20.3.27労判927号63頁[大阪府立病院事件]

 「控訴人は,自らが設置したA病院において麻酔科医として勤務するT氏に対し,使用者として,上記の趣旨の注意義務(以下「安全配慮義務」という。)を負担していたものと認められるので,その義務違反の有無につき検討する。」
 「既に認定した事実によれば,控訴人は,T氏が前記認定のとおりの長時間労働に従事していたことを把握していたこと,現場のN部長も,T氏の死亡前夜,同人に対し,前記認定のとおりの忠告をしていること,A病院麻酔科の人員不足は勤務する麻酔科医共通の認識であり,N部長も,平成8年当時,あと常勤医が1名,レジデントが2名欲しいとの希望を持っていたこと,しかしながら控訴人は麻酔科医の人員体制を見直す等の対策を何ら立てていなかったことが認められ,以上の事実及び本件に顕れた事情を総合考慮すると,T氏の死亡を含む何らかの健康状態の悪化を予見できたのに,T氏の負担軽減を図ったり(後記のとおり医師の業務執行については大きな裁量が認められることを考慮してもなお,T氏の業務に対する姿勢等から窺われる,割当日を超えて又は割当内容を超えての自主的な業務への従事に対し,控訴人において,これを控えるよう根気よく指導すべきであったし,研究活動への取組み方についてもこれを見直すよう指導をしたり,限られた時間で休養を取って健康管理を図ることについても指導をしたりすべきであったと考えられる。),人員体制を見直したりする等の具体的方策を採ることのなかった控訴人には,A病院麻酔科の現場においてN部長の指導の下,既に認定したとおり,限られた人員の中で,原則として前日の宿直医を翌日の予定手術の担当麻酔科医に割り当てない,ICU当番の担当者をその週の予定手術や宿直から外す等の,麻酔科医の健康に対するさまざまな配慮がなされてきたことを考慮しても,使用者としてT氏に対する安全配慮義務違反があったものと認められる。」

大阪地判平20.4.28労判970号66頁[天辻鋼玉製作所事件]

 「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。したがって,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の上記注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。」
 「これを本件についてみるのに,被告は,原告太郎の使用者として,労働者である同原告の生命,身体,健康を危険から保護するよう配慮する義務を負い,その具体的内容として,適正な労働条件を確保し,労働者の健康を害するおそれがないことを確認し,必要に応じて業務量軽減のために必要な措置を講ずべき注意義務を負っていた。そして,生産企画課においては,同課の責任者である同課長が使用者たる被告に代わって原告太郎に対し,業務上の指揮監督を行う権限を有していたものであるから,同課長は,被告の上記注意義務の内容に従って,被告に代わってその権限を行使すべきであったと認められる。特に,生産企画課に異動した後における原告太郎の労働時間が相当長時間にわたっており,しかも,その内容から見ても業務の負担が大きかったことは,前記のとおりであったのであるから,生産企画課長としては,同原告の労働時間,その他の勤務状況を十分に把握した上で,必要に応じて,業務の負担を軽減すべき注意義務を負っていたというべきである。」
 「それにもかかわらず,生産企画課長は,前記注意義務を怠り,引継時に当たっては,Aが従前担当していた業務の一部を軽減するなど,一定の配慮は行ったものの,原告太郎の現実の時間外労働時間の状況を正確に把握せず,しかも,同原告の長時間勤務を改善するための措置を何ら講じることなくこれを放置した結果,同原告を本件発症に至らせたものであるから,原告らに対し,民法709条に基づき,本件発症によって生じた損害を賠償すべき責任を負う。」
 「このように,被告に代わり労働者に対し,業務上の指揮監督を行う権限を有すると認められる生産企画課長は,使用者である被告の事業の執行について,前記注意義務を怠り,原告太郎を本件発症に至らせたものであるから,被告は,原告らに対し,民法715条に基づき,本件発症によって生じた損害を賠償すべき責任を負う。」
※控訴審(大阪高判平23.3.25労判1029号36頁)もかかる判断を是認している。

神戸地判平25.3.13労判1076号72頁[C社事件]

 「使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の上記注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである。そして,使用者ないし上記権限者がこの義務に反した場合は,使用者の債務不履行を構成するとともに不法行為を構成する。」
 「また,使用者が認識すべき予見義務の内容は,生命,健康という被害法益の重大性に鑑み,安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り,必ずしも生命,健康に対する障害の性質,程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はない。」
 「これを本件についてみると,以上の認定事実によれば,a店において,退勤打刻後残業が恒常的に行われていたことは,平成15年12月のQ事件によって明らかになり,退勤打刻後残業等により申告されていた労働時間を大幅に超えて残業していることを被告の労働時間を管理する者が認識し得たものといえるにもかかわらず,被告は,賃金不払い残業の原因について解明して,過重になっていた業務を軽減して適正化するなどの対策を執ることなく,単に退勤打刻後残業等の賃金不払い残業の規制を強化しただけであったから,被告は,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務に反していたものといえる。したがって,被告には上記義務違反による不法行為責任があるものと認められる。」

[千葉地松戸支判平26.8.29労判1113号32頁[住友電工ツールネット事件]

 「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところであり,労働基準法の労働時間に関する制限の定めや労働安全衛生法の健康配慮義務の定めは,上記のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解されるから,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第217号,第218号同12年3月24日第2小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。」
 「被告は,一郎のB営業所長としての業務内容として営業支援,各種報告の会議書類作成,帳簿類等の決裁などがあることを把握していたことが認められ,それに加えて,一郎から勤務状況表…のみならず,出張旅費精算書及び領収書…の提出を受けることにより,相当程度の時間外労働や休日労働を行い,疲労を過度に蓄積して心身の健康を損なう危険があることを認識することができたはずであるから,一郎の心身の健康を損なうことがないよう,人員体制を見直す等の一郎の業務負担を軽減する措置を講じる義務(安全配慮義務)を負っていたというべきである。それにもかかわらず,被告は,これを怠り,漫然と一郎に過重な労働に従事させたものであり,一郎に対して負う上記の安全配慮義務を怠ったものといわざるを得ない。」

安全配慮義務の内容労働者が業務に起因して負傷、疾病、障害、死亡した場合には、安全配慮義務違反を理由として、使用者に対して損害賠償請求をしていくことが考えられます。では、安全配慮義務とは何でしょうか。今回は、安全配慮義務について解説していきます。...

損害

 損害としては、逸失利益、慰謝料、弁護士費用等が問題になります。
 逸失利益については、労災による補償のみでは損害が全て補填されたとはいえません。そのため、差額について、使用者に対して請求することになります。
 慰謝料については、労災によっては補償されません。そのため、精神的損害については、使用者に対して、損害賠償請求をすることにより被害回復を図ることになります。

安全配慮義務違反と損害賠償請求労働者が業務に起因して負傷、疾病、障害、死亡した場合には、安全配慮義務違反を理由として、使用者に対して損害賠償請求をしていくことが考えられます。この場合、どのような損害を請求していくことができるのでしょうか。今回は、安全配慮義務違反と損害賠償請求について解説します。...

過失相殺・素因減額

 被害者の負担の増大につき、被害者自身の業務等に対する姿勢や行動が大きく寄与している場合には、過失相殺として、損害金額が減額される場合があります。
 脳・心臓疾患の発症について、従前からの被害者の疾患が寄与している場合には、当該疾患の態様、程度等に照らし、加害者に損害の全額を賠償させるのが公平を失するときは、過失相殺の規定を類推適用して、被害者の疾患をしんしゃくして、損害金額が減額される場合があります。

熊本地判平19.12.14労判975号39頁[中野運送事件]

(1)慰謝料 合計1600万円
ア 「原告には高血圧症があり,高血圧は脳内出血の危険因子であることは文献によっても示されている…ところであり,健康診断結果…によれば,原告は高血圧症及びBMI指数28.7という肥満傾向にあったものであり,これら原告の健康状態は,原告自身の生活習慣に由来する部分もあるといえ,本件における慰謝料についてもこれを原告についての事情として考慮するのが相当である。」
イ 傷害慰謝料 200万円
 「前記認定のとおり原告の入院日数は合計394日,通院日数は合計21日であることが認められるので,原告に生じた脳出血についての入通院についての慰謝料としては,前記原告の事情も考慮し,200万円が相当である。」
ウ 後遺症関係 1400万円
 「原告には,本件脳出血の後遺症として,前記のとおり左片麻痺が残存して労災傷病・障害等級第2級の2の2と認定され,随時介護を要する状態であり,現在は要介護1の認定を受けていること,その他前記原告の事情を含めた一切の諸事情を考慮すると,後遺症に関しては,1400万円を慰謝料として認めるのが相当である。」
(2)過失相殺
 「被告は,原告の高血圧症が本件脳出血の発症に影響を及ぼしたとして,過失相殺の対象とすべきであると主張する。確かに,上記のとおり原告は平成12年6月17日に実施された健康診断において,高血圧症を指摘されており,これに対して,特段治療を行っていなかったことがうかがわれる。しかし,被告が,上記健康診断結果を原告に適切に通知していたと認めるに足りる証拠はなく,そもそも,本件において,高血圧症がどの程度本件脳出血に寄与したかは明確ではない。そして,本件においては前記判示のとおり慰謝料の算定に当たって被告主張の事情は考慮しているのであるから,さらに被告主張のように,原告が自己管理を怠っていたとして民法722条を類推適用して過失相殺の法理によりこれを斟酌すべきであるとはいえない。」

大阪高判平20.3.27労判927号63頁[大阪府立病院事件]

 「控訴人は,仮に,控訴人に債務不履行があったとしても,民法418条により,損害賠償額を算定するにつき,相当程度の割合による過失相殺がなされるべきであると主張するので,以下,検討する。」
 「前記認定のとおり,T氏のA病院での業務は,長時間に及び,かつ,過重なものであるということができるが,〔1〕T氏の業務の負担は,他の常勤医,レジデントとの比較でみても,平日出勤日の日数はもとより,宿日直,重症当直の各回数においても,格別の差異が存せず(なお,休日の取得回数についても,同様と推認される。),この点において,T氏の業務の負担のみが過重であったということはできないこと,〔2〕前記認定のとおり,T氏は,平日出勤日に,平均して午後9時まで勤務しており,この点は,他の常勤医に比較して,負担が多く,差異のあるところであるが,A病院では,平日出勤日に,手術が全部終わっていれば午後7時前には帰ることが可能な状況にあったにもかかわらず,T氏が平均して午後9時まで勤務していたのは,自主的な居残り等により麻酔科医に対する本来の割当分を超えて働いていたことにもよるものであって(T氏は,宿直や重症当直の担当でない日であっても,自主的に居残りをしてICU管理を行ったり,麻酔の補助を行ったり,経験の浅い医師をバックアップするなどしていたものである。死亡前日に午後11時30分ころまで職場にいたT氏の行動はまさにその典型例である。),このようなT氏の業務に対する姿勢等は,職務熱心と評価すべきであるものの、他面,健康管理を怠ったまま,自らの選択により,自らを長時間労働に従事せしめたと評価しうるものであること,〔3〕これに対し,一般に,医師にあっては,その業務執行につき大きな裁量が認められる故に,控訴人において,T氏の上記のような具体的な業務の執行に対し,直接的かつ強制的な指揮や指導等をしにくい面があったであろうことは容易に推認しうるところであること,〔4〕既に認定したとおり,T氏は,研究活動にも非常に熱心であったが,これを主として自宅において行っていたこと,T氏の真面目な性格からみて,長時間にわたる職場での勤務に加えて,本来であれば休息に充てるべき自宅での時間(休日を含む。)を遅くまで研究活動に充てるなどしたことが推認され,その結果,T氏がその疲労を一層蓄積させていったと考えられること,しかしながら,T氏のこれら研究活動への従事は,基本的には,その自主的な意思に基づくものであって,控訴人の業務命令等に基づくものではないこと,以上の事実を認めることができる。」
 「以上によれば,前記認定のとおり,T氏が突発性心筋症の発症により死亡するに至ったことについては,その原因は,前記認定のとおり,職場での過重な長時間労働の従事による負担を基本としながらも,これに自宅における研究活動の従事による負担も加わって,それらの総体としての負担による疲労の蓄積の結果によるものといいうるところ,前記のとおり,T氏の職場及び自宅での各負担の増大につき,T氏自身の業務等に対する姿勢や行動が大きく寄与しているということができる。」
 「以上認定した事実及びその他本件に顕れた一切の事情を総合考慮するとき,T氏の突発性心筋症の発症による死亡につき,控訴人に65%の割合による過失があるのに対し,T氏には35%の割合による過失があるというべきである。」

大阪高判平23.3.25労判1029号36頁[天辻鋼玉製作所事件]

 「被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度等に照らし,加害者に損害の全額を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,被害者の疾患をしんしゃくすることができるものと解される(最高裁判所平成4年6月25日第一小法廷判決・民集46巻4号400頁,最高裁判所平成20年3月27日第一小法廷判決・裁判集民事227号585頁)。」
 「本件業務と本件発症との間に相当因果関係が認められるから,本件業務が本件発症の原因になっているというべきであるが,他方では,前記認定のような被控訴人太郎のAVMの態様・特徴,AVM破裂の状況,それが自然の経過の中で出血する危険性の程度等からすれば,AVMは本件発症の1つの,そして重要な原因になっていると評価すべきものである。したがって,被控訴人太郎に生じた損害の全部について控訴人に賠償義務を負わせることは公平を失するものと認められる。そこで,被控訴人太郎に係る損害賠償額を算定するに当たっては,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し,被控訴人太郎のAVMをしんしゃくするのが相当である。そして,被控訴人太郎の業務の過重性及び同人のAVMの態様・特徴,被控訴人太郎の現在の状態等の諸般の事情を考慮すると,本件では,被控訴らの損害を算定するについて損害額の40%を減額するのが相当である。」

神戸地判平25.3.13労判1076号72頁[C社事件]

 「被告は,本件において,亡Eの仕事のスタイルが長時間労働に寄与していること,子どもの夜泣きがあったために寝不足になっていたことなどを過失相殺の事由として主張している。しかし,亡Eは,責任感があり,真面目であること,頼まれても断れない気の弱い性格であること…,自分で抱え込みやすいところがあったこと…が認められるが,人事評価としては平均的であり…,通常の個性の範囲内といえる。また,本件全証拠によっても,子どもの夜泣きが亡Eにとって寝不足の原因になったり,顕著な精神的ストレスになっているなどの事情は認められない。したがって,いずれも過失相殺の事由として考慮することは認められず,上記被告の主張は採用することができない。」

千葉地松戸支判平26.8.29労判1113号32頁[住友電工ツールネット事件]

⑴ 素因減額について
 「被告は,一郎の死亡にはブルガダ症候群の不整脈が素因として寄与していたのであり,素因減額すべきである旨主張する。」
 「そこで検討するに,一郎が,J病院における平成17年4月30日及び同年5月14日の各種検査によってブルガダ型様の心電図波形が認められたことは,前記認定のとおりである。そうすると,一郎が,その頃,上記波形をもたらす心疾患を抱えていたことは明らかであること,その後2か月もたたないうちに,一郎が死亡するに至ったこと,同病院の医師は,高崎労働基準監督署に対し,一郎が突然死をしたのであれば,ブルガダ型心電図波形の関与は否定できない旨の意見書を提出していること…を総合すると,ブルガタ型様の心電図波形に係る疾患は,一郎の死亡の決定的要因とまでは認められないものの,その死亡に一定程度関与したことは優に認めることができる。そして,同疾患が過重な業務により生じたことをうかがわせる証拠はない。」
 「したがって,損害の公平な分担という理念に照らし,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し,素因減額するのが相当である。」
⑵ 過失相殺について
 「被告は,一郎は,管理監督者の地位にあり,出退勤について自己決定権を有していたのであるから,仮に過労があったとすれば,営業所での最終決裁者であった一郎自らその責任を負うべきである旨主張するが,一郎が管理監督者でないことは前示のとおりである。」
 「しかし,前記のとおり,一郎がB営業所長として同営業所を統括する立場にあったことは認められるのであり,同営業所における自らを含めた勤務状況,従業員の不足等を直属の上司に申告するなどして,一郎が被告に対し,業務軽減のための措置をとるように求めることは,同営業所を統括する立場にあった一郎の職責であり,これが不可能であったともいえない。」
 「このような事情からすれば,一郎には,同人の死亡について一定の過失があったというべきである。」
⑶ 素因減額及び過失相殺により減責すべき割合について
 「一郎のブルガダ型様の心電図波形に係る疾患の状況,一郎のB営業所長としての地位及び責任,…被告の安全配慮義務違反の内容,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,損害の公平な分担という理念に照らし,民法722条2項の過失相殺の規定を適用ないし類推適用し,被告について2割の減責をするのが相当である。」

労災申請及び会社への損害賠償請求をする方法

 労働者
 労働者
労災申請や損害賠償請求をするにはどうすればいいですか。
弁護士
弁護士
労災申請をするには所定の書式により労働基準監督署長に支給申請を行う必要があります。会社に対して損害賠償請求をするには、通常、通知書等を送付し、損害金額について交渉し、交渉がまとまらないようであれば訴訟等を行います。
  労働者
  労働者
なるほど。弁護士には相談に行った方がいいのでしょうか。
弁護士
弁護士
そうですね。業務起因性や給付基礎日額、損害金額については、争点となることが多いので、適切に意見を主張する必要があります。そのため、労災申請や会社への通知をする前に弁護士に一度相談に行き、見通しや注意すべき点などについて確認した方がいいでしょう
  労働者
  労働者
よく分かりました。ありがとうございます。

参考リンク

厚生労働省:平成30年度「過労死等の労災補償状況」を公表します

平成13年12月12日基発第1063号(平成22年5月7日改正基発0507第3号)「脳血管疾患及び虚血性心疾患(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」

労災保険給付の概要8頁乃至9頁(労災保険給付等一覧)

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弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、区民ニュース2023年8月21日
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