近年、従業員の能力開発やキャリア形成、子会社への経営技術指導などを目的として、出向が行われることが増えています。もっとも、出向により従業員の業務内容に変化が生じるため、必ずしもこれに応じることが従業員にとっても利益になるとは限りません。このような場合、従業員は出向を拒否することはできるのでしょうか。また、出向中の法律関係はどのようになっているのでしょうか。今回は、出向命令について解説します。
目次
出向とは
出向とは、労働者が自己の雇用先の企業に在籍のまま、他の企業の従業員(ないし役員)となって相当期間にわたって当該他企業の業務に従事することをいいます。
元の企業に在籍したままである点において、転籍と区別されます。
また、他の企業において雇用される点において、派遣と区別されます。
出向命令権の根拠
出向を命じるには、原則として、労働者の承諾を要します。民法625条1項が「使用者の権利を第三者に譲渡する場合は、労働者の承諾を要する」と規定していることなどが理由とされています。
もっとも、裁判例では、①当該出向が労働者の給付義務を大きく変更せず、②就業規則や労働協約等、承諾と同視しうる根拠があれば、必ずしも個別の同意は必要ないとする法理が確立しています。
①について、密接な関連会社間の日常的な出向である場合などには、出向を肯定する方向の事情になります。
②について、出向先での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の仕方などが出向規定等によって労働者の利益に配慮して整備され、当該職場で労働者が通常の人事異動の手段として受容している場合には、出向を肯定する方向の事情になります。
福岡高判平12.11.28労判806号58頁[新日本製鐵〔日本運輸〕事件]
「雇用契約は,通常,特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されているものと解するのが相当であるから,使用者は,当然には,労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。」
「そして,民法625条1項,使用者の権利を第三者に譲渡する場合は,労働者の承諾を要するものとし,債権譲渡の一般規定と異なる制限をしている。これは,雇用契約の場合,使用者の権利の譲渡が,労働者からみて,単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく,指揮監督権,人事権,労働条件決定権等の主体の変更によって,給付すべき義務の内容が変化し,労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから,労働者を保護する趣旨にでたものと考えられる。」
「しかして,出向(在籍出向,以下同じ)は,労務提供の相手方の変更,すなわち,使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから,使用者がこれを命じるためには,原則として,労働者の承諾を要するものというべきである。そして,右承諾は,労働者の不利益防止を目的とするものであることからすると,事前の無限定の包括的同意のような労働力の処分を使用者に委ねてしまうような承諾は,右規定の趣旨に沿った承諾といいがたいと評すべきである。逆に,個別の承諾がない場合においても,出向が実質的に労働者の給付義務の内容に大きな変更を加えるものでない場合や,右規定の趣旨に抵触せず,承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合には,形式的に承諾がないからといって,全ての出向を違法と解するのも相当でない。」
最判平15.4.18労判847号14頁[新日本製鐵〔日鐵運輸代2〕事件]
「原審の適法に確定した事実関係等によれば,(1)本件各出向命令は,被上告人が八幡製鐵所の構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社である株式会社日鐵運輸(以下「日鐵運輸」という。)に業務委託することに伴い、委託される業務に従事していた上告人らにいわゆる在籍出向を命ずるものであること,(2)上告人らの入社時及び本件各出向命令発令時の被上告人の就業規則には,「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。」という規定があること,(3)上告人らに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり,労働協約である社外勤務協定において,社外勤務の定義,出向期間,出向中の社員の地位,賃金,退職金,各種の出向手当,昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること,という事情がある。」
「以上のような事情の下においては,被上告人は,上告人らに対し,その個別的同意なしに,被上告人の従業員としての地位を維持しながら出向先である日鐵運輸においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。」
出向命令権の濫用
出向命令は、必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、無効になります(労働契約法14条)。
具体的には、出向命令の業務上の必要性と出向者の労働条件上および生活上の不利益とを比較衡量し濫用に当たるかを判断します。なお、労働組合と協議し出向条件や職内容に配慮がされているといった事情は、権利濫用を否定される事情として考慮されます。
労働条件が大幅に下がる出向や復帰が予定されない出向
整理解雇の回避や管理職ポストの不足など、それを首肯せしめる企業経営上の事情が認められない限り、濫用となりえます。
不当な動機に基づく出向
裁判例は、協調性を欠くと判断した労働者を職場から放逐するために出向させた事案につき、出向命令権の濫用としています(大阪高判平2.7.26労判572号114頁[ゴールド・マリタイム事件])。
大阪高判平2.7.26労判572号114頁[ゴールド・マリタイム事件]
「控訴人のなした本件出向命令には、その業務上の必要性、人選上の合理性があるとは到底認められず、むしろ、協調性を欠き勤務態度が不良で管理職としての適性を欠くと認識していた被控訴人を、出向という手段を利用して控訴人の職場から放逐しようとしたものと推認せざるを得ない。…」
「そうすると、本件出向命令は業務上の必要があってなされたものではなく、権利の濫用に当たり、同命令は無効というべきである。」
労働者に著しい生活上の不利益を与える出向
裁判例は、労働者に持病があり、出向先での業務が身体に過度の負担となり得る事案につき、出向命令権の濫用としています(大阪地決平6.8.10労判658号56頁[東海旅客鉄道(出向命令)事件])。
大阪地決平6.8.10労判658号56頁[東海旅客鉄道(出向命令)事件]
「出向を命じるについては、(1)それ相当の業務上の必要性があること、(2)出向先の労働条件が出向者を事実上退職に追込むようなことになるものではないこと、(3)出向対象者の人選・出向先の選択等が差別的なものでないこと、を要するものと解すべきであり、これらの要件を欠く出向命令は、人事権の濫用として無効というべきである。」
「…債権者らの出向先の作業は、腰痛等の持病を持つ者にとっては、退職をも考えざるを得ないものであって、事実上出向者を退職に追込む余地のあるものである…。」
「そうすると、債権者新谷及び金谷に関する本件出向命令は、前記要件を欠くから、人事権の濫用として無効というべきである。」
出向中の法律関係
総論
裁判例は、出向中の法律関係につき、「通常の場合は、出向労働者と出向先との関係は、出向元との間に存する労働契約上の権利義務が部分的に出向先に移転し、労働基準法などの部分的適用がある法律関係(出向労働関係)が存するにとどまり、これを超えて右両者間に包括的な労働契約関係を認めるまでには至らないものというべ」きであるとしています(名古屋高判昭62.4.27労働判例498号36頁[朽木合同輸送事件])。
勤務管理・服務規律
出向中は、元の企業との間の労働関係は存続しますが、元の企業に対する労務提供関係は停止されます。そのため、元の企業の就業規則のうち労務提供を前提としない部分は、適用され続けます。
他方で、出向中は、出向先に対して、その指揮命令のもとで労務提供を行うことになるため、出向先企業の勤務管理や服務規律に服することになります。
給料の支払い
給料の支払いについては、以下の方法が考えられます。
⑴ 出向先の企業が支払いを行い、出向元企業における勤務の場合との差額を出向元の企業が補償する
⑵ 出向元企業が支払い続け、出向先業がそのうち自己の分担額を出向元企業に支払う
退職金の支払い
退職金は、出向元企業と出向先企業における勤務期間を通算し、両企業間で内部分担し、出向元若しくは出向先が一括して支払うのが通常です。
懲戒解雇・普通解雇・懲戒権
懲戒解雇・普通解雇の権限は、出向元の企業が保持し、その他の懲戒の権限は出向先が有する場合が多いとされます。もっとも、これらの権限を両者が併有する場合もあります。
東京地判平4.12.25労判650号87頁[勧業不動産販売・勧業不動産事件]
「なお、付言すると、被告Aは、原告に対し、出向先である被告Bの行為について本件懲戒処分二をしたが、原告の被告Bへの出向は在籍出向であり、原告と被告Aとの間の雇用関係はなお継続しているから、被告Aは、出向元会社の立場から、被告Bにおける行為について、被告Aの就業規則に基づいて懲戒処分を行い得ると解すべきである。」
「また、被告Bは、原告に対し、被告Aの就業規則を適用して本件懲戒処分一をしたが、…被告Bは、被告Aの営業部門及び事業部門を母体にして平成元年一〇月に設立され、その代表取締役は被告Aの常務取締役であり、他の取締役も被告Aの取締役等を兼任し、実質上被告Aの子会社であること、被告Aは、被告Bと業務上も密接な関連を有し、被告Bの人事・給与等の管理をも行い、他方、被告Bは、もっぱら仲介・販売等の営業活動のみを行い、実質的には被告Aの営業一部門の体をなしていたこと、被告B大崎支店の原告を含む三名の従業員すべてが被告Aからの出向であったこと、被告Bは、社員が一〇名以上いない就業規則作成義務のない会社であって、現に就業規則が存在していないことが認められ、このような事情の下では、被告Aから被告B大崎支店に出向した原告を含む三名の従業員は、被告Bにおいても、親会社である被告Aの就業規則の適用について同意しているものと解されるから、被告Bは、被告Aの就業規則を適用して懲戒処分を行い得るものと解するのが相当である。」
復帰
復帰は、出向規程の定めに従い、出向元の企業が命令するのが通例です。
安全配慮義務違反
安全配慮義務については、出向元と出向先いずれも負うものと考えられます。
出向元も、出向先が安全配慮義務を尽くしていないことを知っている場合や、出向者が過酷な業務に従事していることを認識しているような場合には、配慮を怠れば責任が生じます。
東京地判平28.3.16労判1141号37頁[ネットワークインフォメーションセンター(コンパーテス・ジャパン)事件]
「労働者が長時間にわたり業務に従事する状況が継続する等して,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知の事実であるから,出向先である被告Aは,…在籍出向による労働契約関係に基づき,その事業遂行のため労働者を指揮命令下に置いて使用する者として,その使用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する安全配慮義務を労働契約上の付随義務として負う。」
「労働者が長時間にわたり業務に従事する状況が継続する等して,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知の事実である。したがって,労働者の雇用主である被告Bとしては,労働契約に基づき,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する安全配慮義務を労働契約上の付随義務として負う。
「そして,雇用主が労働者に他の企業への出向を命じて,他の企業の事業に従事させている場合には,法は不可能を強いるものではないことから,出向先・労働者との出向に関する合意で定められた出向元の権限・責任,及び,労務提供・指揮監督関係の具体的実態等に照らし,出向元における予見可能性及び回避可能性が肯定できる範囲で,出向労働者が業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないように注意する安全配慮義務を負うというべきである。」
出向先による再出向命令
出向に当たり出向先が取得する権限は、当該労働者を指揮監督し、労務提供させるのに必要な範囲とされています。そのため、労働契約の根本にかかわる事項については、その権限は出向元にとどまっています。
従って、出向先が再出向命令を行うことは認められず、出向元が命令することにより行われることになります。
もっとも、ある企業に出向している場合に、更に他の会社にも出向をする命じることは、法律関係が不明確となります。そのため、一度、出向元に復帰した上で、他社に出向することが望ましいといえます。それが難しい場合には、出向中の法律関係を合意書等により可能な限り明確にしておくべきでしょう。