取締役を辞めたいのに会社が辞めさせてくれないとの相談が増えています。取締役の地位には、責任が伴います。そのため、取締役を辞任する場合には、辞任したことを明確にしておく必要があります。
今回は、取締役を辞任する方法について解説します。
目次
取締役の辞任
辞任の方法
株式会社と取締役との関係は、委任に関する規定に従います(会社法330条)。そのため、取締役は、いつでも辞任することができます(民法651条1項)。
辞任の意思表示については、契約の相手方である会社に対してなすべきであり、具体的には、代表機関である代表取締役その他株式会社を代表する者に対してなすことが必要であるとされています。
そして、辞任の効力については、辞任の意思表示が会社に到達した時に生じ、会社の承諾は必要ありません。
会社法330条(株式会社と役員等との関係)
「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。」
民法651条(委任の解除)
「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。」
代表する者が1人しかいない場合にその者が辞任する方法
では、代表取締役その他株式会社を代表する者が一人しかいない場合に、その者が取締役を辞任しようとするときは、どのようにして辞任の意思表示をすればいいのでしょうか。
この場合については、取締役会設置会社においては、原則として、取締役会を招集して、取締役会に対して辞任の意思表示をする必要があります(東京高判昭59.11.13判時1138号147頁)。
もっとも、取締役会の承認決議までは必要ありませんので、取締役全員に辞任の意思が了知された場合には、辞任の効力が発生します(岡山地判昭45.2.27金判222号14頁)。
取締役会非設置会社で取締役が1人しかいない場合
では、取締役会非設置会社で取締役が1人しかいない場合はどうすればいいのでしょうか。この場合には、取締役会に対して辞任の意思表示をすることができないため問題となります。
この場合については、当該取締役が幹部従業人に対して辞任の意思表示の受領権限を与えた上で、これに対し意思表示をすることにより処理できるとされています(仙台高判平4.1.23金判891号40頁)。
会社に損害が生ずる場合に信義則上辞任が制限される余地はあるか
では、取締役の辞任により会社に損害が生じる場合には、信義則上取締役の辞任が制限されることはあるのでしょうか。
これについては、取締役の辞任により会社に損害が生じる場合であっても、それは損害賠償請求(民法651条2項)により解決されるべき問題であり、原則として辞任は制限されないと考えられています。
辞任を制限する特約の有効性
次に、会社と当該取締役との間で辞任を制限する特約が締結されている場合は、取締役の辞任は制限されるのでしょうか。
これについて、裁判例は、会社が取締役をいつでも解任できることや取締役が会社に対して重い責任を負っていることなどから、辞任制限特約は無効であるとしています(大阪地判昭63.11.30判時1316号139頁)。
辞任により取締役の員数を欠くことになる場合
もっとも、取締役が辞任により退任したことによって、法律又は定款に定める取締役の員数を欠くに至った場合、退任した取締役は、新しく選任された取締役が就任するまで取締役としての権利義務を有することになります(会社法346条1項)。
そのため、このような場合、取締役は、新たな取締役が選任されるまでは、会社に対して責任を負い続けることになり、退任の登記もできないことになります。
取締役が辞任したにもかかわらず、会社が新たな取締役を選任しない場合には、裁判所に対して仮取締役の選任の申し立てを行うことが考えられます(会社法346条2項)。裁判所が仮取締役を選任し、員数不足が解消されれば、辞任した者が取締役としての権利義務を負うことはなくなります。
もっとも、このような手続きを取るのにも時間やコストがかかりますので、まずは会社に対して、速やかに新たな取締役を選任することを求めるべきでしょう。
会社法346条(役員等に欠員を生じた場合の措置)
1「役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この条において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(次項の一時役員の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。」
2「前項に規定する場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時役員の職務を行うべき者を選任することができる。」
3「裁判所は、前項の一時役員の職務を行うべき者を選任した場合には、株式会社がその者に対して支払う報酬の額を定めることができる。」
退任登記請求
取締役を辞任した後に退任等をしないでおくと、責任追及をされる際に被告にされるなどのリスクが残ることになります。
これについて裁判例は、取締役を辞任した者は、辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合を除いては、辞任登記が未了であることによりその者が取締役であると信じて会社と取引をした第三者に対しても損害賠償責任を負わないとしています(最判昭62.4.16判時1248号127頁)。
もっとも、紛争に巻き込まれること自体がリスクであるため、取締役を辞任した場合には、速やかに退任登記の請求をするべきでしょう。
会社が退任登記に応じない場合には、退任登記手続を求める訴訟を会社に対して提起することになります(大阪地判昭27.12.5下民3巻11号1732頁)。辞任により取締役が退任したことにより取締役の員数を欠くことになっている場合においても、退任登記手続き請求自体は認容される傾向にありますが、請求認容判決を得ても、新たに後任の取締役が就任するまで、退任登記手続きをすることができないことになります。