未払残業代・給料請求

【保存版】取締役の報酬金請求と名ばかり取締役の賃金請求

 使用者から取締役になるように頼まれたので、従業員から取締役になったものの、取締役報酬が支払われないとの相談や、業務内容は従前と変わらないのに残業代が支払われなくなり不利な労働条件で働かされているとの相談を受けることが増えています。
 では、取締役はどのような場合に報酬金を請求することができるのでしょうか。また、取締役は、残業代等の賃金を請求することはできないのでしょうか。
 今回は、取締役の報酬金請求と名ばかり取締役の賃金請求について解説します。

取締役の報酬請求

取締役の報酬請求が認められるには

 取締役の報酬については、その金額や算定方法は、定款で定められていない場合には、株主総会決議によって定めるとされています(会社法361条1項)。
 このように定款又は株主総会決議が要求されている趣旨は、取締役報酬という名目で会社財産が無制限に支出されるのを防ぐためであり、いわゆるお手盛りの危険の防止にあります。
 株主総会において、各取締役の個別の報酬金額を定めなくても、取締役全員の報酬総額を定め、その具体的な配分を取締役会等の決定に委ねることも、上記趣旨に反しないので、適法とされます(最判昭60.3.26集民144号247頁)。
 従って、取締役が会社に対して報酬を請求するには、以下の要件を満たす必要があります。

⑴ 株主総会により取締役に選任する決議がされ、取締役就任を承諾したこと
⑵ 報酬請求権が発生したこと(以下のいずれか)

ア 定款で取締役の報酬金額が定められていること
イ 株主総会において報酬金額が決議されたこと
ウ 株主総会において取締役全員の報酬総額又は最高限度額が定められ、具体的な金額の配分を、取締役会又は取締役による決定に一任する旨の決議がされ、

a 取締役会決議又は取締役の決定により、報酬金額が決議されたこと
b 取締役会決議又は取締役の決定により、具体的な配分決定を更に再委任された代表取締役が、報酬金額を決定したこと

⑶ 報酬支払期限の経過

会社法361条(取締役の報酬等)
1「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。」
一「報酬等のうち額が確定しているものについては、その額」
二「報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法」
三「報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容」

株主総会の承認決議が行われない場合

 では、定款に報酬に関する規定がなく、株主総会決議もない場合には、取締役は報酬を請求することができないのでしょうか。
 これについて、以下の場合には、株主総会決議の手続きがとられていなくても、報酬請求をすることができます。

⑴ 一人会社において、唯一の株主が取締役の報酬を決めたとき
⑵ 全株主の同意があったとき

 裁判例には、株主総会決議を経ていなくても、
 ①「株主総会の決議事項について株主総会に代わり意思決定をする等実質的に株主権を行使して会社を運営する株主がおり,その株主によって取締役に対する報酬の支払が決定された場合には」報酬支払いは適法であるとしたうえで、
 ②実質的に株主権を行使して会社を運営する株主が役員報酬の支払いとその額について認識していたにもかかわらず異議を述べなかったことから同意があったとして、
取締役の報酬請求を認容したものがあります(東京地判平27.5.25[MIRAIシステム事件])。
 従って、以下のような事情がある場合には、株主総会決議がなくても、全株主の同意が認められる可能性があります。

☑ これまで取締役報酬が支払われていたものの、ある時期から取締役報酬の支払いがされなくなった。
☑ 実質的に株主権を行使して会社を運営する株主が役員報酬の支払いとその額について認識していた(確定申告書や決算書に記載されていた等)
☑ 実質的に株主権を行使して会社を運営する株主が取締役報酬の支払いを認識しつつ、これに異議を述べていなかった

東京地判平3.12.26判時1435号134頁

 「ところで、取締役の報酬を株主総会の決議によらせた趣旨はいうまでもなく株主の保護にあるところ、実質的な株主が一人しかいない、いわゆる一人会社のような場合、正規の株主総会の手続が取られなかったとしても、唯一の株主の意思によって取締役の報酬額が決定されたときには、株主保護の実質は図られているということができるから、正規の株主総会の決議がなかった場合であっても、これがあったと同視すべきであり、これによって取締役報酬を取得した者もこれを不当に利得したことにはならないものというべきである。」

最判平15.2.21金法1681号31頁

 「株式会社の取締役については、定款又は株主総会の決議によって報酬の金額が定められなければ、具体的な報酬請求権は発生せず、取締役が会社に対して報酬を請求することはできないというべきである。けだし、商法二六九条は、取締役の報酬額について、取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止するために、これを定款又は株主総会の決議で定めることとし、株主の自主的な判断にゆだねているからである。」
 「そうすると、本件取締役の報酬については、報酬額を定めた定款の規定又は株主総会の決議がなく、株主総会の決議に代わる全株主の同意もなかったのであるから、その額が社会通念上相当な額であるか否かにかかわらず、被上告人が上告人に対し、報酬請求権を有するものということはできない。」

東京地判平27.5.25[MIRAIシステム事件]

1 定款の定め及び株主総会決議がないこと
 「被告の定款に取締役の報酬の金額の定めがないことは,前記認定のとおりであり,被告において原告らに対する役員報酬の支払について株主総会の決議がされたことについては,これを示す議事録や株主に対する招集通知等の客観的な証拠はなく,他にこれを認めるに足りる証拠もない。」
2 株主総会決議に代わる全株主の同意の有無
 「しかし,会社法361条1項の趣旨は,取締役の報酬の支払額,具体的算定方法や具体的内容について,取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止するために,これを定款又は株主総会の決議で定めることとし,株主の自主的な判断に委ねることにした点にあるから,株主総会の決議を経ないで取締役に対する役員報酬等が支払われた場合であっても,株主総会の決議事項について株主総会に代わり意思決定をする等実質的に株主権を行使して会社を運営する株主がおり,その株主によって取締役に対する報酬の支払が決定された場合には,上記趣旨を全うすることができるから,株主総会の決議を経た場合と同視できるといえ,当該役員報酬の支払は適法になるというべきである。」
 「そこで,このような観点から,原告らに対する報酬の支払について,定款の規定及び株主総会の決議に代わる全株主の同意があったといえるかについて,検討する。」
3 当該事案において全株主の同意があるか
⑴ 実質的に株主権を行使して会社を運営する株主
 「原告らが被告に対して出資をした当時の被告の株主構成は,P3が過半数を超える株式を保有し,その他の株主は,被告の非常勤の取締役と従業員のみであり,実質的にはP3の意向に従ってあらゆる株主総会の決議事項について決定することが可能な構成となっていたこと,被告の株主から株主総会の不開催や役員報酬の支払について異議が述べられた形跡がないこと,P3も被告から役員報酬を受領しているところ,被告はP3に対して役員報酬の返還を請求していないことが認められ,これらのことからすると,被告においては,株主総会の決議事項がすべてP3の意思によって決定され,P3以外の株主は,株主総会の不開催にも異議を述べず,経営に関心を持たない株主であり,P3に対して株主総会の決議事項の決定を委ねていたものであって,役員報酬の支払及びその額の決定についても同様であったと推認することができる。」
⑵ P3が役員報酬の支払及びその額を決定したか
 「そこで,P3が被告から原告らに対する役員報酬の支払及びその額を決定したかについて検討する。」
 「前記認定事実によれば,P3は,被告から原告らに対する役員報酬の支払とその額について,遅くとも平成22年頃までには認識していたにもかかわらず,異議を述べなかったものである。」
 「そして,前記認定事実によれば,原告らは,被告の取締役に就任して以降,被告の預金口座からの振込送金の明細や経理書類一式,月次試算表を被告に送付し,平成24年4月頃からは原告らの役員報酬を含む全ての給与振込額等を被告宛てに報告し,毎決算期にはP3と決算内容について打合せをする等していたのであるから,P3は,被告による原告らに対する役員報酬の支払及びその額を認識し,これに異議がある場合にはその申出をする機会が十分にあったにもかかわらず,本件本訴が提起されるまで,被告から原告らに対する役員報酬の支払やその額について異議を述べた形跡はない。」
 「このようなP3の態度からすれば,P3は,被告が原告らに対して【別表】のとおりの額の役員報酬を支払うことに同意していたものというべきである。」
 「以上によれば,被告が原告らに対して【別表】のとおりの額の報酬を支払うことについては,原告ら,原告P1が代表者を務める訴外会社,P3及び同人に役員報酬の支払及びその額の決定を委ねていたその他の株主の同意があったものというべきである。」
⑶ 小括
 「そうすると,原告らに対する報酬の支払について,定款の規定及び株主総会の決議に代わる全株主の同意があったといえ,争点(1)についての原告らの主張は,理由がある。」
4 結論
 「したがって,本訴請求は理由があり,反訴請求のうち原告らに対して既払の役員報酬金相当額の返還を求める部分は理由がない。」

名ばかり取締役の賃金請求


 取締役に選任されている場合であっても、それが名目的なものに過ぎず、使用者の指揮命令のもとに業務に従事していることがあります。このような場合、取締役としての地位を有していたとしても労働者に該当します
 この場合、労働者には、労働基準法が適用されますので、使用者に対して、賃金や残業代の請求をすることができます。ただし、管理監督者に該当するような場合には、請求できる残業代は深夜割増賃金に限定されます。
 取締役の労働者性の判断について、裁判例は、以下の要素を考慮していると整理されています。

1 ①指揮監督関係の存在
⑴ 法令上の業務執行権限の有無・内容
⑵ 取締役としての業務遂行の有無・内容
⑶ 代表取締役からの指揮監督の有無・内容
⑷ 拘束性の有無・内容
⑸ 提供する労務の内容
2 ②報酬の労務対償性
⑴ 会計上、賃金として処理されているか、役員報酬として処理されているか
⑵ 一般の従業員との異同
⑶ 取締役就任時の支給額の増額の有無・程度
3 ③労働者性の判断を補強する要素
⑴ 取締役就任経緯等
⑵ 労働保険・社会保険上の取扱い

 そのため、取締役に就任したものの勤務状況が従前と変わらないような場合には、労働者性が認められ、残業代等の賃金を請求できる可能性があります
 もっとも、勤務状況等を立証する証拠が必要となりますので、どのような証拠を収集すればいいのか弁護士に相談するのがいいでしょう。

東京地判平24.5.16労判1057号96頁[ピュアルネッサンス事件]

1 名目的取締役に過ぎず労働者に該当すること
 「確かに,原告は,…取締役に選任され,組織図上もそのように記載されているが,取締役として何らの報酬も受け取っていないような状況であり,取締役として…経営会議に出席したこと以上に具体的な職務に従事していた事実も証拠上認められない。したがって,原告は,被告以外…の会社については名目的な取締役にすぎなかったといえる。」
 「次に,原告は,被告の取締役として正式に選任,登記され,組織図上もそのような記載があり,被告から対価が支払われ,取締役会で原告の報酬額が決議されていることも認められる。しかしながら,もともと被告は,その規模に比して取締役の数が不自然に多く,原告には終始一貫して基本給と役職手当という名目で対価が支払われており…,雇用保険にも継続して加入していることに加え,提出された証拠だけからは原告の報酬額が変更される都度,取締役会の決議がなされたことは認められない。また,被告の取締役会,役員会議,経営会議においては,具体的な討議がなされたような形跡がなく,実質的なオーナーとみられるP2会長の指示を伝達する場にすぎなかったことが認められるし,原告が取締役に選任された前後においてその担当する業務について具体的な変更があったことは証拠上見あたらない。そうすると,原告は,基本的にP2会長の指示や許可を受けて業務に従事することが多かったものといえる。また,原告が一度被告を退社した上で取締役に選任されたような事実も認められない。」
 「したがって,原告は,被告との関係において,取締役としての地位を有していたが,労働者であったと認めるのが相当である。」
2 付加金の支払義務
 原告は,労働者として労基法の適用を受ける地位にあるから,原告が,管理監督者に該当するとしても,被告において深夜割増賃金に相当する時間外手当の支払を免れることはない。それにも関わらず,被告は,原告に対し,時間外手当の支払を一切していない。こうした事情に加えて,被告が労基法の適用を免れようとして労働者を取締役に選任するといった意図が認められる等の本件の実情を照らし合わせると,本件については,付加金として,労基法114条ただし書きの除斥期間が到来していない平成20年1月分ないし平成21年9月分の時間外手当(92万4298円)と同額の付加金の支払を命じることが相当である。」

京都地判平27.7.31労判1128号52頁[類設計室事件]

 学習塾の経営等を目的とする被告に雇用されていた原告が、時間外労働を強いられていたのにもかかわらず被告の取締役であったことを理由に残業代の支払を受けなかったとして、未払い賃金等の支払いを求めた事案です。
 この事案において、同裁判例は、グループ社員全員の共通認識の場である劇場会議やグループ社員全員が投稿することのできる社内版に参加していることをもって被告の正社員が取締役であると決することはできず、正社員の出退勤については厳格に管理されていたこと、源泉所得税及び社会保険料等の法定費目を控除した上で給与及び賞与を支給するとされていたこと等からは、労働者性を否定することはできないとして、賃金請求を認容しました。

労働者性-業務委託契約でも労働者に当たる場合-業務委託契約や請負契約、有償(準)委任契約との形式で契約が締結されている場合においても、労働者に該当する場合があります。今回はどのようにして「労働者」性を判断するかを解説します。...

まとめ

取締役
取締役
会社から取締役になってほしいと頼まれて取締役に就任したのですが、突然報酬が支払われなくなってしまいました。先月までは支払われていたのですが…。報酬が支払われなくなった理由は分かりませんが、どうやら経営がうまくいっていないようです。報酬を支払ってもらうにはどうすればいいでしょうか。
弁護士
弁護士
取締役が報酬を請求するには、その金額や算定方法について、原則として、定款の定め若しくは株主総会の決議が必要になります。定款の規定や株主総会の決議で報酬について決められていますか。
取締役
取締役
定款にそのような規定はないと思います。また、株主総会決議で報酬について決議されたとの話は聞いたことがありません。そもそも、私が勤めている会社は、株式を全て社長の親族が保有していて、社長のワンマン経営状態になっています。株主総会決議も議事録を作成しているだけで、その実質を伴っていないと思います。
弁護士
弁護士
なるほど。そのようなケースであれば、株主総会の決議事項について、社長が株主総会に代わり意思決定をしている状況だと考えられます。その社長によって報酬の支払いが決定されている場合には、株主総会決議を経た場合と同視できるとされる余地があるでしょう。そのため、例えば、①確定申告書や決算書に取締役としての報酬金額が記載してあるなどにより社長が報酬の支払いの事実及びその金額を認識している場合で、②それについての異議を述べていない場合には、報酬の支払い請求が認められる可能性があります。
  取締役
  取締役
よく分かりました。ただ、取締役には就任したものの、従業員であったころと仕事の内容は全く変わっていません。そのため、私としては、取締役とは名ばかりの労働者であると考えています。会社に対して残業代の請求をすることはできないのでしょうか。
弁護士
弁護士
取締役としての地位を有していても、労働者であると認められる場合があります。このような場合には、会社は労働基準法に従い残業代を含む賃金の支払いをする必要があります。
 取締役
 取締役
どのような場合に、労働者と認められるのでしょうか。
弁護士
弁護士
様々な事情を考慮することになりますが、例えば、会社(代表取締役等)の指揮監督を受けているか、労働時間や労働場所が厳格に管理されているか、提供する労務の内容、会計上の処理や社会保険の取り扱いがどのようになっているか等を見られます。ただし、管理監督者に該当するような場合には、労働者性が肯定されても、時間外割増賃金や休日割増賃金を請求することができないのでご注意ください。
  取締役
  取締役
分かりました。ありがとうございます。
ABOUT ME
弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、区民ニュース2023年8月21日
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