使用者は、労働者が賭博行為を行っていることを理由として懲戒処分することはできるのでしょうか。また、懲戒処分が許されるとした場合に、懲戒解雇などの重い処分をすることは許されるのでしょうか。
今回は、賭博を理由とする懲戒処分について解説します。
目次
賭博行為とは
「賭博」とは、偶然の勝敗によって、財物・財産上の利益の得喪を2人以上の者が争う行為をいいます。
一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまる場合には賭博罪は成立しません。一時の娯楽に供するものとは、関係者が即時に娯楽のため費消するもの(飲食物やたばこ)をいい、金銭は含まれません。
就業規則では、以下のような懲戒規定が置かれている会社が多く見られます。
第〇条(懲戒の事由)
1 労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停
止とする。
①素行不良で社内の秩序及び風紀を乱したとき。
②…
2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第〇条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
①素行不良で著しく社内の秩序又は風紀を乱したとき。
②会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
③…
第185条(賭博)
「賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭かけたにとどまるときは、この限りでない。」
第186条(常習賭博及び賭博場開張等図利)
「常習として賭博をした者は、三年以下の懲役に処する。」
賭博を理由とする懲戒処分
懲戒処分は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は、その権利を濫用したものとして無効となります(労働契約法15条)。
では、賭博行為については、どのような懲戒処分が相当なのでしょうか。
これについて、使用者が予告なく労働者を解雇できる「労働者の責に帰すべき事由」(労働基準法20条1項但書)として認定すべき事例として、行政通達(昭和23年11月11日基発1637号、昭和31年3月1日基発111号)は、以下の例を挙げています。
「賭博、風紀紊乱等により職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合。また、これらの行為が事業場外で行われた場合であつても、それが著しく当該事業場の名誉もしくは信用を失ついするもの、取引関係に悪影響を与えるもの又は労使間の信頼関係を喪失せしめるものと認められる場合。」
もっとも、賭博行為が行われれば直ちに懲戒解雇等により即時解雇することが許されるわけではありません。行政通達にも記載されているとおり、即時解雇が許されるのは、「職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を与えている場合」です。即時解雇が労働者に与える影響からは、これに該当するのは、具体的には、自らが主犯となって賭博場を開帳している場合や賭け事の金額が過大である場合、他の従業員の模範となるような役職にある者が行った場合などに限定されると解すべきでしょう。
また、国家公務員に関するものですが、人事院が作成した「懲戒処分の指針について(平成12年3月31日職職-68)」が参考になります。これによると賭博行為については、公務外非行として、以下のように規定されています。
⑼ 賭博
ア 賭博をした職員は、減給又は戒告とする。
イ 常習として賭博をした職員は、停職とする。
以上より、労働者の賭博を理由とする懲戒処分については、具体的事情を考慮して判断すべきですが、傾向としては概ね以下のように整理できます。
千葉地判昭35.3.24労民11巻2号168頁[太洋製作所懲戒解雇事件]
「債権者等の所為が就業規則所定の懲戒解雇事由たる(イ)不正不義の行為をなし従業員としての体面を汚したこと、(ロ)職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊し又紊そうとしたこと、(ハ)その他これに準ずる程度の不都合な行為があつたこと、に該当するかどうかについて考えるに、債権者等が昭和三四年七月二一日午後〇時三〇分頃債務者会社板金工場内で花札遊びをしていたこと、債務者会社の従業員間に賭花札が広く行われていたこと、ことに債権者等が賭花札に熱中し、同年六月一二日の業務命令告示後も花札遊びをやめなかつたことは前認定のとおりであるが、このことから直ちに、債権者等が前記日時にも金銭または物品を賭していたものと認めることは困難である。」
「しかしながら仮に債権者等が賭していたとしても、賭したものは煙草ないし小額の金銭たるに止まり、刑法上も一時の娯楽に供する物を賭した場合は賭博罪を構成しないのであつて、これをもつて直ちに不正不義の行為をなし従業員としての体面を汚したとすることは相当でないというべきである。」
「又職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊したことについては、一応これに該当するとはいえるが、その時刻は就業時間(いわゆる拘束時間という意味での)中ではあつても休憩時間中であり、組合の職場会のため他の従業員等の不在中のことであるから、その程度は極めて軽いものといわなければならない。そうするとまだ一度も賭花札に関して処分を受けたことのない債権者等に対し…、一挙に懲戒処分の極刑である解雇処分をもつてのぞむのは酷に失して相当でなく、よろしく就業規則第五六条但書に従い、譴責、減給又は出勤停止のいずれかによつて処断するをもつて十分であると考えられる。」
東京地判平成25.9.12判タ1418号207頁[財団法人日本相撲協会事件]
大関の地位にある力士が野球賭博へ参加し、その頻度は、プロ野球シーズンの試合の半分程度であり、各回の賭け金は1万円から5万円で、最も多く賭けて10万円であり、併せて掛けていた親方Hの賭け金を含めると、各回の賭け金は、20万円から30万円で、最も多くて50万円であったという事案において、
裁判例は、「本件処分事由の非違行為としての重大性に加えて,被告所属の力士の頂点である大関という地位にあった原告の立場,本件処分事由が被告に及ぼした結果及び社会的影響の大きさに照らせば,原告には被告における懲戒処分歴がないこと,その他本件に顕れたすべての事情を考慮しても,被告が,原告に対し,被告寄附行為施行細則…93条が規定する懲戒処分として本件解雇をしたことは相当であるというべきである」としています。