働いていた会社を突如として解雇されることになった場合、解雇を争いながら他の会社に再就職することは許されるのでしょうか。今回は、解雇を争う場合における再就職について解説します。
目次
解雇後の再就職
解雇を争いながら、その期間中の生活の維持や主張が通らなかった場合のリスクヘッジの観点から、他の会社に再就職をする労働者が少なくありません。法律上、解雇を争いながら他の会社に就職してはいけないとの規定はありません。もっとも、解雇を争い復職を求めることと、他の会社に就職することは矛盾するのではないかとの疑問もあります。
以下では、解雇を争いながら他の会社に再就職した場合、法律上、どのような問題が生じ、それについてはどのような対策を講じるべきなのかについて見ていきます。
中間収入の控除
解雇された労働者が解雇期間中に他の会社において収入を得ていた場合には、仮に解雇が無効とされた場合であっても、その収入が副業的であって解雇がなくても当然に取得し得るなど特段の事情がない限り、平均賃金の6割を超える部分については、控除の対象となります。
平均賃金の6割を超える賃金の中に一時金が含まれている場合には、この一時金も中間収入控除の対象となります。
また、控除しうる収入は、その発生期間が賃金の支給対象期間と時期的に対応していることを要します。賞与については、支給日の属する月を対象に対応関係が判断されていますが(最三小判平18.3.28労判933号12頁[いずみ福祉会館事件])、これについては算定対象時期を確定した上で、その時期と対応した中間収入額の控除を行うべきとの批判もあります。
最二小判昭37.7.20民集16巻8号1666頁[米軍山田部隊事件]
「労働基準法二六条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合使用者に対し平均賃金の六割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金や罰金の制度が設けられている(同法一一四条、一二〇条一号参照)のは、労働者の労務給付が使用者の責に帰すべき事由によつて不能となつた場合に使用者の負担において労働者の最低生活を右の限度で保障せんとする趣旨に出たものであるから、右基準法二六条の規定は、労働者が民法五三六条二項にいう「使用者ノ責ニ帰スヘキ事由」によつて解雇された場合にもその適用があるものというべきである。そして、前叙のごとく、労働者が使用者に対し解雇期間中の全額賃金請求権を有すると同時に解雇期間内に得た利益を償還すべき義務を負つている場合に,使用者が労働者に平均賃金の六割以上の賃金を支払わなければならないということは、右の決済手続を簡便ならしめるため償還利益の額を予め賃金額から控除しうることを前提として、その控除の限度を、特約なき限り平均賃金の四割まではなしうるが、それ以上は許さないとしたもの、と解するのを相当とする。」
最一小判昭62.4.2労判506号20頁[あけぼのタクシー事件]
「使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得たときは,使用者は、右労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり右利益(以下「中間利益」という。)の額を賃金額から控除することができるが、右賃金額のうち労働基準法一二条一項所定の平均賃金の六割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当である…。」
「したがって、使用者が労働者に対して有する解雇期間中の賃金支払債務のうち平均賃金額の6割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきであり、右利益の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(労働基準法12条4項所定の賃金)の全額を対象として利益額を控除することが許されるものと解せられる。」
「そして、右のとおり、賃金から控除し得る中間利益は、その利益の発生した期間が右賃金の支給の対象となる期間と時期的に対応するものであることを要し、ある期間を対象として支給される賃金からそれとは時期的に異なる期間内に得た利益を控除することは許されないものと解すべきである。」
解雇後の賃金と就労の意思
解雇無効を理由として解雇後の賃金請求をする場合には、履行の意思と能力が客観的に認められることが必要とされます。
そのため、解雇後、労働者が就労する意思・能力を失った場合には、仮に解雇が無効とされた場合であっても、もはや債権者である使用者の責めに帰すべき事由による履行不能とはいえず、賃金請求権は発生しないとされています。
そして、解雇後に他の会社に再就職した場合には、再就職先における勤務条件や勤務状況、解雇した会社に対する対応等を考慮し就労の意思が否定される場合があります。
東京地判平9.8.26労判734号75頁[ペンション経営研究所事件]
「使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも、労働者の労務を遂行すべき債務は履行不能となるというべきであるが、労働者は、同項[民法536条2項]の適用を受けるためには、右の場合であっても、それが使用者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張立証しなければならず、この要件事実を主張立証するには、その前提として、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証することを要するものと解するのが相当である。…労働者が使用者に対し就労する意思を有することを告げて(言語上ではあっても)労務の提供をすることは、同項適用の要件とはならないが、他方、同項の適用を主張する労働者は、使用者の責めに帰すべき事由によって債務の履行が不能となったことを主張立証しなければならず、そのためには、その前提として、自らが客観的に就労する意思と能力とを有していなければならないから、この事実をも主張立証しなければならないものと解するのが相当である。…他方、労働者が解雇の効力をあえて争わず、労働契約は終了させるが、違法な解雇であるとして不法行為による損害賠償請求をするときには、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有しているとの点は、当然のことながら要件事実とはならないことになる。」
「原告も、右賃金が未払のままであるため、同年一〇月一日以降、一箇月に二回程度被告に赴く等してその支払を請求することはあったが、被告を退職した上で代理店等を営む等の提携関係を持つよう被告が提案してきても、右未払賃金の支払が先決問題であるとの姿勢を終始一貫して崩さなかったものの、これも被告において就労することをあくまでも求めるという趣旨からのものではなかったため、原告は、右提案を即座に拒否するという挙に出たわけではないし、就労する意思があることを告げて自己の従事すべき職務について指示を求めるということも全くしなかったのであって、実際には」他社「において業務の引継ぎその他の残務整理に従事していたものである。結局、原告本人の供述をもってしても原告に就労する意思があったことを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」
東京地判平9.8.26労判724号48頁[オスロ―商会ほか事件]
「使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも、労働者の労務を遂行すべき債務は履行不能となるというべきであるが、労働者は、同項[民法536条2項]の適用を受けるためには、右の場合であっても、それが使用者の責めに帰すべき事由によるものであることを主張立証しなければならず、この要件事実を主張立証するには、その前提として、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証することを要するものと解するのが相当である。…労働者が使用者に対し就労する意思を有することを告げて(口頭又は書面によるものであるにせよ)労務の提供をすることは、同項適用の要件とはならないが、他方、同項の適用を主張する労働者は、使用者の責めに帰すべき事由によって債務の履行が不能となったことを主張立証しなければならず、そのためには、その前提として、自らが客観的に就労する意思と能力とを有していなければならないから、この事実をも主張立証しなければならないものと解するのが相当である。…使用者が解雇の意思表示をした場合において、労働者が解雇が無効であるとしてその効力を争って賃金請求をするときには,自らが客観的に就労する意思と能力とを有していることをも要件事実の一つとして主張立証すべきである(通常は解雇の効力を争うことによってこの要件事実の主張立証がされているものと取り扱うことができるが、反証が提出されたためこの要件事実の証明が動揺を来したときには、証明の域に達するまでの立証活動が必要となる。)。」
「原告は、平成五年七月八日に株式会社…を設立した上、」他社「との間でゲームセンターの営業委託契約を締結してその運営を行っていることが認められ、右認定に反する証拠はない。原告は、引き続き被告らの業務に就労する意思と能力がある旨主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がないわけではないが、右認定事実によれば、原告は、株式会社…の代表取締役として、」他社「との間の営業委託契約に基づき、ゲームセンター事業を営んでいるというほかなく、原告が生活費を得るための単なるアルバイトをしているにすぎないということはできないのであって、原告本人の前記供述部分を採用することはできない。そして、株式会社…設立の時期その他本件訴訟の審理に表われた諸般の事情に照らすときは、本件訴訟提起当時において、原告に引き続き被告らの業務に就労する意思と能力があったとの主張に沿う(証拠略)及び原告本人の供述部分を採用することはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。」
東京地判平元.8.7労判ジャーナル95号2頁[ドリームエクスチェンジ事件]
⑴ 権利濫用
「被告は,原告が,雇用条件に関する被告からの再度の通知に対して連絡することもなく,被告での就労を自ら拒否した,原告は本件内定取消の3か月後には別会社に就職しており,もはや被告において就労する意思はない,原告が本訴訟において賃金等を請求することは権利濫用に当たる等と主張する。」
「しかしながら,原告本人尋問の結果によれば,原告は,現時点では被告において就労する意思がないことが認められるものの,原告代理人の本件の受任通知…の時点(平成29年2月24日頃)において,被告から当初の月額賃金35万円の条件で迎え入れると言われたとしたら入社するつもりであったかとの被告代理人からの質問に対しては,『取り消された会社に入りたいとは思わない』『そのときになってみないと分からないので何ともいえないです』『内定取消を軽く思ってほしくないっていうのが一番の理由です』などと供述したのみであり…,原告が,本件内定取消後,比較的早期に就職活動を再開し,原告代理人に対し,本件内定取消に関する被告との交渉等を委任したこと…や,同年4月10日には訴外株式会社ウィングメイト(以下「ウィングメイト」という。)での就労を開始し,旅行業務全般に従事して月額26万円の賃金(平成30年4月より月額27万5000円に昇給。試用期間は入社後3か月。)を得ていること…を考慮しても,これらの事情から,この頃,原告が被告における就労意思を喪失したとまで認めることはできない。」
「したがって,原告が被告への復職や就労の意思を全く有していないにもかかわらず,労働契約上の地位確認請求や本件内定取消後の賃金請求をしたと認めるに足りる証拠はない上,本件全証拠に照らしても,原告の請求自体が権利濫用に当たると評価すべき事情があるとはいえない。」
⑵ 試用期間満了後の就労意思の喪失
「原告は,現在までウィングメイトにおいて就労を継続していることが認められるところ,同社における業務が被告の業務と類似するものである反面,同社の給与水準は,被告の本件採用内定時の条件(月額賃金35万円)の8割にも満たない金額であることからすれば,上記のとおり,同社での就労開始後,直ちに原告が被告における就労意思を喪失したとは認められないものの…、同社での原告の就労は,本訴訟の口頭弁論終結時点ですでに2年2か月以上に及んでおり,遅くとも,試用期間満了後の平成29年7月10日時点では,原告の雇用状況は一応安定していたと認められ,原告の被告における就労意思は失われたと評価するのが相当である。」
⑶ 小括
「そうすると,本件訴えのうち,原告の被告に対する労働契約上の地位確認を求める部分(請求1)については,もはや訴えの利益がなく,却下を免れないが,本件採用内定通知…に定められた労働契約の始期(平成29年1月1日)から同年7月9日までの賃金(バックペイ)請求については,使用者たる被告の責めに帰すべき事由により,原告が労務の提供ができなかった期間に当たり,原告はその間の賃金請求権を失わないから(民法536条2項),その限度において理由があるというべきである。」
黙示の退職合意
また、解雇後、他の会社に再就職していたことを理由に、就労の意思を否定するのみならず、黙示の合意退職を認めた裁判例があります。
東京地裁平成31年4月25日[新日本建設運輸事件]
「原告らは、…本件各解雇からほとんど間を置かずに、同業他社に就職するなどしてトラック運転手として稼働することにより、月によって変動はあるものの、概ね本件各解雇前に被告において得ていた賃金と同水準ないしより高い水準の賃金を得ていたものである…。これらの事情に加え、…本件各解雇に至る経緯を考慮すると、原告Aについては、遅くともLに再就職した後約半年が経過し、本件各解雇から1年半弱が経過した平成29年11月21日の時点で、原告B及び原告Cについては、遅くとも本件各解雇がされ再就職した後約1年が経過した同年6月21日の時点で、いずれも客観的にみて被告における就労意思を喪失するとともに、被告との間で原告らが被告を退職することについて黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。」
同裁判例は、上記のように判示した上で、解雇後黙示の退職合意が成立するまでの間についてのみ賃金の支払い義務を負うとしました。ただし、再就職後退職合意が成立するまでの期間は、解雇期間中の賃金支払い債務の額のうち平均賃金額の6割を超える部分からは、時期的に対応する期間内に得た中間利益を控除しています。
信義則違反
また、一旦解雇を承認したと受け取られるような行動を取った後に突然解雇の効力を争う主張を行うのは信義則に反して許されないとした裁判例があります(大阪地判平4.9.30労判620号70頁[新大阪警備保障事件])。
解雇を争いながら再就職する際の留意点
労働者は、解雇を争いながら再就職する場合には、就労の意思が否定されないように留意する必要があるとともに、退職に同意したと誤解されるような行動は避ける必要があります。
生活のために解雇を争いながら他の仕事をする場合もあるでしょうが、復職を求められた場合にはこれに応じることができるような状況を整えておく必要があります。また、使用者に対しては、就労の意思があることを明示的に伝えるとともに、具体的に自己の従事すべき職務について指示を求めるべきでしょう。