労働一般

労働者の健康診断とその受診義務

 事業主は、労働安全衛生法に基づき、労働者に対する健康診断の実施が義務付けられています。健康診断については、その種類や対象となる労働者、実施時期などにより整理することができます。
 今回は、労働者の健康診断とその受診義務について解説します。

労働安全衛生法とは

 労働安全衛生法とは、労働基準法と相まって、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な施策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする法律です。

労働安全衛生法の概要

⑴ 事業場における安全衛生管理体制の確立
①総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医等の選任
②安全委員会、衛生委員会等の設置
⑵ 事業場における労働災害防止のための具体的措置
①危害防止基準→機械、作業、環境等による危険に対する措置の実施
②安全衛生教育→雇入れ時、危険有害業務就業時に実施
③就業制限→クレーンの運転等特定の危険業務は有資格者の配置が必要
④作業環境測定→有害業務を行う屋内作業場等において実施
⑤健康診断→一般健康診断、有害業務従事者に対する特殊健康診断等を定期的に実施
⑶ 国による労働災害防止計画の策定
厚生労働大臣は、労働災害を減少させるために国が重点的に取り組む事項を定めた中期計画を策定

健康診断の種類

 労働安全衛生法が事業者に実施を義務付けている健康診断には、一般健康診断(労働安全性法66条1項)と、一定の有害業務に従事する労働者に対する医師による特殊健康診断(労働安全衛生法66条2項)、歯科医師による特殊健康診断(労働安全衛生法66条3項)があります。
【一般健康診断】

<新型コロナウイルス感染拡大防止のための健康診断の延期>
 労働者の雇入れの直前又は直後に健康診断を実施することや、1年以内ごとに1回定期に一般健康診断を行うことが義務付けられていますが、令和2年2月25日に決定された「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を踏まえ、令和2年6月末までに実施することが求められるものについては、延期することとして差し支えないとされています。
 また、事業者は、労働安全衛生法第66条第2項及び第3項並びにじん肺法の規定に基づき、有害な業務に従事する労働者や有害な業務に従事した後配置転換した労働者に特別の項目についての健康診断を実施することや、一定の有害な業務に従事する労働者に歯科医師による健康診断を実施すること等が義務づけられています。これについては、十分な感染防止対策を講じた健康診断実施機関での実施が困難である場合には、引き続き、特殊健康診断等の実施時期を令和2年6月末までに実施が求められるものについては、延期することとして差し支えないとされています。
 健康診断の実施時期を延期したものについては、できるだけ早期に実施することし、令和2年10月末までに実施する必要があります(新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)6問2)。

労働安全衛生法66条(健康診断)
1「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断(第66条の10第1項に規定する検査を除く。以下この条及び次条において同じ。)を行わなければならない。」
2「事業者は、有害な業務で、政令で定めるものに従事する労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による特別の項目についての健康診断を行わなければならない。有害な業務で、政令で定める者に従事させたことのある労働者で、現に使用しているものについても、同様とする。」
3「事業者は、有害な業務で、政令で定めるものに従事する労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、歯科医師による健康診断を行わなければならない。」
4「都道府県労働局長は、労働者の健康を保持するため必要があると認めるときは、労働衛生指導医の意見に基づき、厚生労働省令で定めるところにより、事業者に対し、臨時の健康診断の実施その他必要な事項を指示することができる。」
労働安全衛生法施行規則43条(雇入時の健康診断)
「事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。」

労働安全衛生法施行規則44条(健康診断)
「事業者は、常時使用する労働者(第45条第1項に規定する労働者を除く。)に対し、1年以内ごとに1回、定期に、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。」

労働安全衛生法施行規則44条の2(満15歳以下の者の健康診断の特例)
1「事業者は、前2条の健康診断を行おうとする日の属する年度(4月1日から翌年3月31日までをいう。以下この条において同じ。)において満15歳以下の年齢に達する者で、当該年度において学校保健安全法第11条又は第13じょう(認定こども園法第27条において準用する場合を含む。)の規定による健康診断を受けたもの又は受けることが予定されているものについては、前2条の規定にかかわらず、これらの規定による健康診断(学校教育法による中学校若しくはこれに準ずる学校若しくは義務教育学校を卒業した者又は中等教育学校の前期課程を修了した者に係る第43条の健康診断を除く)を行わないことができる。
労働安全衛生法施行規則45条(特定業務従事者の健康診断)
1「事業者は、第13条第1項第3号に掲げる業務に常時従事する労働者に対し、当該業務への配置替えの際及び6月以内ごとに1回、定期に、第44条第1項各号に掲げる項目について医師による健康診断を行わなければならない。この場合において、同項第4号の項目については、1年以内ごとに1回、定期に、行えば足りるものとする。」
労働安全衛生法施行規則45条の2(海外派遣労働者の健康診断)
1「事業者は、労働者を本邦外の地域に6月以上派遣しようとするときは、あらかじめ、当該労働者に対し、第44条第1項各号に掲げる項目及び厚生労働大臣が定める項目のうち医師が必要であると認める項目について、医師による健康診断を行わなければならない。」
労働安全衛生法施行規則47条(給食従業員の検便)
「事業者は、事業に附属する食堂又は炊事場における給食の業務に従事する労働者に対し、その雇入れの際又は当該業務への配置替えの際、検便による健康診断を行わなければならない。」
労働安全衛生法施行規則48条(歯科医師による健康診断)
「事業者は、令第22条第3項の業務に常時従事する労働者に対し、その雇入れの際、当該業務への配置替えの際及び当該業務についた後6月以内ごとに1回、定期に、歯科医師による健康診断を行わなければならない。」

雇入れ時の診断項目・定期健康診断項目

雇入れ時の健康診断

 雇入れ時の健康診断については、以下の項目について行う必要があります。

⑴ 既往歴及び業務歴の調査
⑵ 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
⑶ 身長、体重、胸囲、視力及び聴力の検査
⑷ 胸部エックス線検査
⑸ 血圧の測定
⑹ 貧血検査(血色素量及び赤血球数)
⑺ 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
⑻ 血中資質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
⑼ 血糖検査
⑽ 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無)
⑾ 心電図検査

定期健康診断

 定期健康診断については、以下の項目について行う必要があります。

⑴ 既往歴及び業務歴の調査
⑵ 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
⑶ 身長、体重、胸囲、視力及び聴力の検査
⑷ 胸部エックス線検査及び喀痰検査
⑸ 血圧の測定
⑹ 貧血検査(血色素量及び赤血球数)
⑺ 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
⑻ 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
⑼ 血糖検査
⑽ 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無)
⑾ 心電図検査

受診義務

 労働者には、労働者の健康管理を十全ならしめるために、健康診断の受診義務が課せられています
 もっとも、労働者は、事業者が指定した医師又は歯科医師が行う健康診断を受けることを希望しない場合には、他の医師又は歯科医師の行う健康診断を受けることが認められています。事業者の指定する医師が事業者の意に影響されて診断結果を作成するおそれがないとはいえないため、労働者に自己の信頼する医師による診断結果を得る途を与えたものとされています。

労働安全衛生法66条(健康診断)
5「労働者は、前各項の規定により事業者が行う健康診断を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行う健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行うこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。」

法定外検診についての受診義務

 労働者が使用者から労働安全衛生法上の健康診断には該当しない法定外健康診断を命じられた場合には、労働者は受診義務を負うのか、医師の選択の自由は認められるのかが問題となります。
 これについて、使用者が、使用者指定の病院において健康診断を受けることを命ずる根拠が就業規則に規定されている場合には、病気治癒という目的に照らして合理的で相当な内容であれば、労働者において受診の自由や意思選択の自由を理由に受診を拒否することは許されないと考えられる傾向にあります(最一小判昭61.3.13労判470号6頁[電電公社帯広局事件])。
 労働者に法定外検診についての受診義務が認められる場合には、使用者からの受診指示を拒否したことを理由に戒告等の懲戒処分がなされることがあります。
 また、近年、就業規則において、私傷病休職中の労働者が復職を申し出た際などに、使用者の指定した医師による診断を受けるよう指示することができるとの規定や、労働者がこれを拒んだ場合には労働者の提出した診断書を復職の可否を判断する際に考慮しないことができると規定が置かれていることが増えてきております。

規定例

第〇条(休職)
1 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
① 業務外の傷病による欠勤が2カ月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき 6カ月以内
② 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき 必要な期間
2 使用者は、休職期間満了時までに、労働者から復職の申し出があり、労働者の休職事由が消滅したときは、原則として労働者を元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。
3 労働者は、前項の復職の申し出をするにあたっては、医師による診断書を提出することを要する。この場合において、労働者は、使用者からの求めがあった場合には、使用者と当該医師との面談が実現するように協力する。
4 使用者は、労働者から復職の申し出があった場合には、労働者に対して、使用者の指定した医師による受診を受け、診断書を提出するように指示をすることができる。使用者は、労働者が当該指示に反して受診を拒否し若しくは診断書の提出を拒否した場合には、前項の診断書を復職の判断の際に考慮しないことができる。
5 労働者は、第1項第1号により休職し、休職期間満了時までに復職の申し出をしない場合若しくは、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。

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ストレスチェック

 事業者は、1年に1回、労働者に対し、以下の項目について、医師または保健師その他検査に必要な知識についての一定の研修を受けた看護師または精神保健福祉士によるストレスチェックを行わなければならないとされています(労働安全衛生法66条の10第1項)。近年メンタルヘルス不調に陥る労働者が増加してきたため、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことを目的としています。

⑴ 職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目
⑵ 当該労働者の心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目
⑶ 職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目

 事業者は、上記検査を受けた労働者に対し、当該検査を行った医師等から、当該検査の結果が遅滞なく通知されるようにしなければなりません(労働安全衛生法66条の10第2項)。
 事業者は、通知を受けた労働者であって、検査の結果心理的な負担の程度が医師による面接指導を受ける必要があると当該医師等が認めたものが、検査結果の通知を受けた後遅滞なく面接指導を希望する旨を申し出たときは、当該申出をした労働者に対し、遅滞なく面接指導を行う必要があります(労働安全衛生法66条の10第3項)。
 事業者は、面接指導後遅滞なく、面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、医師の意見を聴かなければなりません(労働安全衛生法66条の10第5項、労働安全衛生法施行規則52条の19)。
 検査、面接指導の実施の事務に従事した者は、その実施に関して知り得た労働者の秘密を漏らしてはなりません(労働安全衛生法105条)。

<心身の状態に関する情報の取り扱い>
 2018年の働き方改革により、心身の状態に関する情報の取り扱いについての事業者の義務が明確化されました。
 事業者は、労働者の心身の状態に関する情報を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、労働者の健康の確保に必要な範囲内で労働者の心身の状態に関する情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければなりません(労働安全衛生法104条1項本文)。ただし、労働者の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りではありません(同項但書)。
 また、事業者は、労働者の心身の状態に関する情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければなりません(労働安全衛生法104条2項)。

労働安全衛生法66条の10(心理的な負担の程度を把握するための検査等)
1「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者(以下この条において「医師等」という。)による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。」
2「事業者は、前項の規定により行う検査を受けた労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、当該検査を行つた医師等から当該検査の結果が通知されるようにしなければならない。この場合において、当該医師等は、あらかじめ当該検査を受けた労働者の同意を得ないで、当該労働者の検査の結果を事業者に提供してはならない。」
3「事業者は、前項の規定による通知を受けた労働者であつて、心理的な負担の程度が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件に該当するものが医師による面接指導を受けることを希望する旨を申し出たときは、当該申出をした労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。この場合において、事業者は、労働者は当該申出をしたことを理由として、当該労働者に対し、不利益な取扱いをしてはならない。」
4「事業者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の規定による面接指導の結果を記録しておかなければならない。」
5「事業者は、第3項の規定による面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、厚生労働省令で定めるところにより、医師の意見を聴かなければならない。」
6「事業者は、前項の規定による医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、当該医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会への報告その他の適切な措置を講じなければならない。」
7「厚生労働大臣は、前項の規定により事業者が講ずべき措置の適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。」
8「厚生労働大臣は、前項の指針を公表した場合において必要があると認めるときは、事業者又はその団体に対し、当該指針に関し必要な指導等を行うことができる。」
9「国は、心理的な負担の程度が労働者の健康の保持に及ぼす影響に関する医師等に対する研修を実施するよう努めるとともに、第2項の規定により通知された検査の結果を利用する労働者に対する健康相談の実施その他の当該労働者の健康の保持増進を図ることを促進するための措置を講ずるよう努めるものとする。」

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弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」、ちょこ弁|ちょこっと弁護士Q&A他 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、週刊女性2024年9月10日号、区民ニュース2023年8月21日
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