労働者は、入社する際に、使用者から身元保証人を立てることを求められることがあります。
では、身元保証人というのは、法的にはどのような意味があるのでしょうか。また、身元保証人は、使用者に対して、どのような責任を負うのでしょうか。
今回は、身元保証人について解説します。
目次
身元保証人とは
身元保証人とは、被用者の行為によって使用者の受けた損害を賠償することを約する契約です(身元保証法1条参照)。
もっとも、保証という言葉が、労働者が信用のできる人物であることを確言するという趣旨でなされたものであり、同人が使用者に損害を与えた場合はその損害を賠償するということまで約する意思でなされたものではない場合には、身元保証契約を締結したとは認められません。
【書式(雛型)】
【東京地判昭40.12.23判時437号50頁】
「被告は原告に対し、」A氏「が間違いのない信用のできる人物であるから、自分の給料を減らしてもよいから、同人を採用して貰いたいといって、同人を原告に紹介したものであることが認められ、原告および被告各本人の供述によれば、その際被告は」A氏「のことを保証するというような表現を使ったであろうと推認できるが、身元保証人となる場合は、身元保証書とか身元引受書などと題する独立の証書もしくは身元本人の差出す誓約書に連記連署した証書を雇主に差入れるのが通例であるのに、被告がそのような証書を原告に差入れていないことは前顕証拠により明らかであることからして、被告の使った前記表現は、ただ単に」A氏「の人物を保証する。つまり、同人が信用のできる人物であることを確言するという趣旨でなされたものであり、同人が原告に損害をあたえた場合はその損害を賠償するということまで約する意思でなされたものではないと解されるので、被告が前記表現を使ったからといって、直ちに被告が原告に対し」A氏「の行為により原告が蒙った損害を賠償することを約する旨の身元保証契約を締結したものと認めるわけにはいかない。」
身元保証期間
定めがない場合の期間・期間制限
身元保証契約について、期間を定めなかった場合には、その期間は3年とされます(身元保証法1条)。
身元保証契約について、期間を定める場合には、その期間は5年を超えることができません。もしも、5年より長い期間を定めた場合には、その期間は5年に短縮されます(身元保証法2条1項)。
身元保証法1条
「引受、保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ使用者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル身元保証契約ハ其ノ成立ノ日ヨリ三年間其ノ効力ヲ有ス但シ商工業見習者ノ身元保証契約ニ付テハ之ヲ五年トス」
身元保証法2条
1「身元保証契約ノ期間ハ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ若シ之ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ期間ハ之ヲ五年ニ短縮ス」
更新
身元保証契約は、更新することができます。もっとも、その期間は、更新の時から5年を超えることができません(身元保証法2条2項)。
では、身元保証契約期間の満了の際に別段の申し出がないときは、期間を更新するという定めは有効なのでしょうか。
これについて、裁判例は、「本件身元保証契約の更新約定を、その文言どおりの効力を有するものと解することは相当でなく、右約定は、原告が身元保証人に対して、契約期間満了前の相当期間内に、契約期間満了時期および被保証人である被用者の任務、任地等、ならびに更新拒絶の意思表示がないときは契約が更新されることを通知し、身元保証人に契約の更新を拒絶すべきか否かを判断する機会を実際に得させた場合においてのみ、契約更新の効果を生じさせるという限度において効力を有するものと解するのが相当である」と判示しています(東京地判昭45.2.3判タ247号280頁)。
身元保証法2条
2「身元保証契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得但シ其ノ期間ハ更新ノ時ヨリ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ」
【東京地判昭45.2.3判タ247号280頁】
「身元保証人は、親族、友人、知己、師弟等の関係に基く情義的動機によつて身元保証を引受けることが多く、また身元保証人としての具体的保証債務の発生が不必的、未確定的であるため、具体的保証債務の不発生を軽信し、軽率に身元保証を引受けることが多いことなどから、身元保証人が契約期間満了の時期を失念していることが多いであろうことは、容易に推測されることである。したがつて、前記のような本件身元保証契約の契約更新についての約定を、その文言どおりの効力を有するものと解するならば、身元保証人が契約期間の満了にあたつて、契約の更新を拒絶すべきか否かを実際に判断することがないまま契約更新の効果を生じ、事実上は身元保証契約の期間を一〇年と定めたのと同一に帰することが多いことになるであろう。したがつて、身元保証法第二条、第六条の法意に照らして考えると、前記のような本件身元保証契約の更新約定を、その文言どおりの効力を有するものと解することは相当でなく、右約定は、原告が身元保証人に対して、契約期間満了前の相当期間内に、契約期間満了時期および被保証人である被用者の任務、任地等、ならびに更新拒絶の意思表示がないときは契約が更新されることを通知し、身元保証人に契約の更新を拒絶すべきか否かを判断する機会を実際に得させた場合においてのみ、契約更新の効果を生じさせるという限度において効力を有するものと解するのが相当である…。」
※この事案では、身元保証契約に、保証期間を同日から五年間、右期間満了の際に別段の申出がないときは、期間を同日から五年間として更新するという定めが含まれていました。
業務上不適任の通知
使用者の通知義務
使用者は、以下の場合には、遅滞なく、身元保証人に通知すべき義務があります(身元保証法3条)。
⑴ 被用者に業務上不適任又は不誠実な事実があり、身元保証人の責任を惹起するおそれがあることを知ったとき
⑵ 被用者の任務又は任地を変更し、身元保証人の責任を加重し又はその監督を困難にするとき
身元保証法3条
「使用者ハ左ノ場合ニ於テハ遅滞ナク身元保証人ニ通知スベシ」
一「被用者ニ業務上不適任又ハ不誠実ナル事跡アリテ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ惹起スル虞アルコトヲ知リタルトキ」
二「被用者ノ任務又ハ任地ヲ変更シ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ加重シ又ハ其ノ監督ヲ困難ナラシムルトキ」
身元保証人の解除権
身元保証人は、以下の場合には、将来に向けて身元保証契約を解除できます(身元保証法4条)。
⑴ 身元保証人が、前記使用者による通知を受けたとき
⑵ 身元保証人が、自ら前記使用者が通知すべき事項を知ったとき
身元保証法4条
「身元保証人前条ノ通知ヲ受ケタルトキハ将来ニ向テ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得身元保証人自ラ前条第一号及第二号ノ事実アリタルコトヲ知リタルトキ亦同ジ」
【最判昭44.2.21判時551号50頁[泉州銀行事件]】
「被用者の任務等の変更により身元保証人の責任が加重するなどのときには、身元保証人が身元保証契約を解除することのできることは身元保証ニ関スル法律四条の明定するところであり、したがって、」A氏「が所論のように被上告人(銀行)の堺支店長に就任したからといって、同人の本件身元保証契約が失効するいわれはない。」
身元保証人の責任及び金額
もっとも、身元保証人は、被用者の行為によって労働者が被った損害につき、無制限に責任を負うわけではありません。
身元保証人の責任及びその金額については、①被用者の監督に関する使用者の過失の有無、②身元保証人が身元保証をするに至った経緯、③身元保証人の注意の程度、④被用者の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌して決められます(身元保証法5条)。
身元保証法5条
「裁判所ハ身元保証人ノ損害賠償ノ責任及其ノ金額ヲ定ムルニ付被用者ノ監督ニ関スル使用者ノ過失ノ有無、身元保証人ガ身元保証ヲ為スニ至リタル事由及之ヲ為スニ当リ用ヰタル注意ノ程度、被用者ノ任務又ハ身上ノ変化其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌ス」
【最判昭51.11.26判時839号68頁[ユオ時計事件]】
「使用者が身元保証法三条所定の通知義務を怠っている間に、被用者が不正行為をして身元保証人の責任を惹起した場合に、右通知の遅滞は、裁判所が同法五条所定の身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるうえで斟酌すべき事情とはなるが、身元保証人の責任を当然に免れさせる理由とはならず、また通知の遅滞が右斟酌すべき事情として考慮される以上、使用者は身元保証人に対して通知の遅滞に基づく損害賠償義務を負うことにはならないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。」
身元保証法に反する身元保証人に不利益な定め
身元保証法の規定に反する特約をした場合、それが身元保証人に不利益なものであれば、無効となります(身元保証法6条)。
身元保証法6条
「本法ノ規定ニ反スル特約ニシテ身元保証人ニ不利益ナルモノハ総テ之ヲ無効トス」
極度額
個人根保証契約の極度額の定め
一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約を根保証契約といいます(民法465条の2第1項)。
そして、根保証契約であって、保証人が法人でないものを個人根保証契約といいます(民法465条の2第1項)。
個人根保証契約は、極度額を定めなければ効力が生じません(民法465条の2第2項)。
民法465条の2(個人根保証契約の保証人の責任等)
1「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。」
2「個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。」
3「第四百四十六条第二項及び第三項の規定は、個人根保証契約における第一項に規定する極度額の定めについて準用する。」
身元保証契約と極度額の定め
身元保証には、⑴労働者の負う損害賠償債務を保証するものと、⑵労働者が損害賠償債務を負うかどうかにかかわらず、労働者を雇用することにより使用者に生じた損害を担保するものの2種類があります。⑵は、⑴の身元保証と区別して、身元引受と表現することがあります。
⑴については、個人根保証の性質を有しますので、民法の極度額の規定が適用されます。
⑵については、労働者が損害賠償債務を負っていない以上、被保証債務が存在せず、個人根保証の極度額の規定は直接適用されません。もっとも、身元引受人を保護すべきという趣旨は同様に妥当しますので、個人根保証の極度額の規定が類推適用されます。
そのため、身元保証契約については、極度額を定めておく必要があることになります。
なお、個人根保証の身元引受の規定が施行されたのは、令和2年4月であるため、施行日前に締結された身元保証契約については、極度額の有無は問題となりません(民法施行附則21条1項)。
極度額はいくらが妥当か
民法上は、極度額をいくらにするべきかについての規定はありません。
会社に生じる損害を填補するという観点からは低すぎる金額では身元保証を行う意味がありません。他方で、実際に生じる可能性のある金額よりも遥かに高額な金額を極度額とすることは身元保証人の負担が過大となります。これらの利益を衡量しながら、実際にどの程度の損害が過去に生じたことがあるのか等を協議し金額を設定することになります。
なお、極度額につき、具体的な金額ではなく、「給料の〇カ月分」などの抽象的な定めの場合には、無効となる可能性があります。