労働一般

労働協約とは何か-有効要件と効力-

 皆さんは、労働協約という言葉を知っていますか。会社には、就業規則などの他に、労働者の労働条件に関する協定として労働協約というものが存在する場合があります。今回は、この労働協約について解説していきます。

労働協約とは

 労働協約とは、労働組合と使用者またはその団体との間の労働条件その他に関する協定であって、書面に作成され、両当事者が署名または記名押印したものをいいます。
 労働協約は、通常は、団体交渉の結果締結されることが多いです。しかし、労働組合法(以下、「労組法」といいます。)は、労働協約と認められるための手続を規定していないため、労使協議やあっせん・和解などの手続で締結される協定も上記定義を満たせば労働協約となります。

労働協約の法的性質

 労働協約の法的性質については、法律的には労働組合と使用者(またはその団体)間の契約であり、ただ労組法は労働者の保護や労使関係の安定のためにとくに個々の労働契約をも直接規律する法的効力(規範的効力)を与えたものとされています(契約説[授権説])。
 そのため、労働組合と使用者との間の契約ですが、労組法により個々の労働者にもその効力が及ぶことになります。

労働協約の成立要件

 労働協約は、以下の要件を満たすことによって、その効力を生じます(労働組合法14条)。

①「労働組合と使用者又はその団体」との間の
②「労働条件その他」に関するもので
③「書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印」

労働組合法14条(労働協約の効力の発生)
「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによつてその効力を生ずる。」

①「労働組合と使用者又はその団体」

⑴ 「労働組合」

 「労働組合」とは、「労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合体」をいいます。ただし、以下に該当するものはこの限りではありません(労働組合法2条)。

一「役員、雇入解雇昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者、使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接にてい触する監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの」(労働組合法2条但書1号)
二「団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるもの。但し、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉をすることを使用者が許すことを妨げるものではなく、且つ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる複利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。」(労働組合法2条但書2号)
三「共済事業その他福利事業のみを目的とするもの」(労働組合法2条但書3号)
四「主として政治運動又は社会運動を目的とするもの」(労働組合法2条但書4号)

 もっとも、使用者の利益代表者の加入する組合(労働組合法2条但書1号)、使用者から経費援助を受ける組合(労働組合法2条但書2号)については、実質的に労働組合としての自主性が確保されていれば(労働組合法2条本文が満たされていれば)、労働協約の成立要件における「労働組合」として取り扱うとの説が有力です。

⑵ 「使用者又はその団体」

 「使用者」とは、個人企業であればその企業主個人、法人ないし会社企業であればその法人ないし会社です。
 「その団体」とは、構成員である使用者のために統一的な団体交渉を行い、労働協約を締結しうることが規約(定款)または慣行上当然に予定され、その締結のための意思統一とをなしうる体制にある団体であることを要します。もっとも、わが国においてこのような体制を整えた団体は稀です。

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②「労働条件その他」

 「労働条件その他」とは、労働条件その他労働者の待遇など個別的労働関係、労働組合と使用者間の団体的労使関係をいいます。

③「書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印」

⑴ 「書面に作成」

 書面の表題や形式は問われていません。そのため、「賃金協定」、「団交議事確認書」、「覚書」などでも労働協約となります。
 往復文書や質疑応諾書のように、2つの文書を照合して初めて確認できるものについては、労働協約に該当すると考えることは困難です。

⑵ 「署名し、又は記名押印」

 「署名し、又は記名押印」については、両当事者の名称と双方における協約締結権限を有する者の名称とされています。もっとも、当事者の名称のみが表記されていても、労働協約の成立要件の文言上は差し支えがないとされています。また、協約締結権者の名称しか表記されない場合でも、協約当事者が誰であるか明確で、その者が協約当事者のために署名または記名押印していることが明確であれば、この要件は満たしていると考えられています。

労働協約の効力

規範的効力

 労働協約には、規範的効力が生じます。
 規範的効力とは、労働協約に違反する労働契約の部分は無効となり、無効となった部分は労働協約の基準の定めによるとする効力です。また、労働契約に定めがない部分についても同様です(労働組合法16条)。

労働組合法16条(基準の効力)
「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。」

⑴ 外部的規律説

 規範的効力は、契約の一種である労働協約の一定部分に労組法がとくに付与した独特の法規範的効力であるので、労働契約に対しては優越的かつ外在的にこれを規律します(外部的規律説、大阪高判平28.10.26労判1188号77頁[永尾運送事件])。

⑵ 有利性原則

 労働協約に定められた労働条件は、最低基準なのでしょうか、それとも労働協約より有利な労働契約上の定めをも無効とするものなのでしょうか。
 これについては、個々の労働協約の趣旨を解釈するとされています。企業別交渉の場合、労働組合が交渉し協約化するのは、通常は、当該企業・事業所における組合員の現実の労働条件であり、最低基準ではないとされています。したがって、企業別協約の場合、協約は一般的には両面的に規範的効力をもちます。

⑶ 協約自治の限界

 労働協約が労働者に不利な内容のものである場合には、そのような規定にも規範的効力は生じるのでしょうか。
 団体交渉は相互譲歩の取引であり、労働協約には労働者に有利な条項と不利な条項が一体として規定されることが多いことや、継続的な労使関係では労使の取引は不況時の譲歩と好況時の獲得など時期を異にした協約交渉間でも生じることから、労働協約は労働者に不利な事項についても規範力を有するとされています。

⑷ 規範的部分の範囲

 規範的効力の生ずる範囲は、「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」(労働組合法16条)とされています。
 「労働条件その他の労働者の待遇」とは、賃金、労働時間、休日、休暇、安全衛生、職場環境、災害補償、服務規律、懲戒、人事、休職、解雇、定年制、教育訓練、福利厚生など、企業における労働者の個別的または集団的な取り扱いのほとんどすべてを含みえる広い概念とされています。
 「基準」とは、個別的労働関係における労働者の処遇に関する具体的で客観的な準則とされています。

⑸ 規範的効力の人的適用範囲

 規範的効力の適用を受ける者は、労働組合側にあっては、協約当事者である労働組合の組合員のみとされています。例外は、一般的拘束力のみです(労働組合法17条、18条)。
 労働協約のなかでその全体または一部分の適用範囲を一組合員に限定した場合には、限定どおりの適用範囲となります。協約当事者である労働組合の組合員であるかぎりは、当該労働協約の締結後に組合に加入したものであっても同協約の規範的効力の適用を受けます。

債務的効力

 労働協約には、債務的効力があります。
 債務的効力とは、労働協約の契約としての効力であり、労組法における特別の取り扱いや労働協約の契約としての特殊性から、通常の契約論では律し得ない特別の効力となっているとされています。
 債務的効力は、協約の全体について生じます。規範的効力が生じず債務的効力しか生じない部分は特に債務的部分といわれます。

⑴ 履行義務

 協約当事者は、労働協約の規定の全般につき契約当事者としてそれを遵守し履行する義務を負います。
 そのため、一方当事者は、他方当事者が協約規程に違反した場合、またはそれを実行しない場合には、原則として、その履行を請求し、または不履行(違反)によって生じた損害の賠償を求めることができます

⑵ 平和義務・平和条項

 平和義務とは、協約当事者が労働協約の有効期間中に当該労働協約で既定(解決済)の事項の改廃を目的とした争議行為を行わない義務をいいます。
 平和義務は、協約に明示されていなくても、協約に規定された事項については当然に生じる義務です。このように、協約に規定された事項について当然に生じる平和義務のことを相対的平和義務といいます。
 また、協約当事者は、当該協約の有効期間中は協約で定められた事項のみならず一切の事項について争議行為を行わないことを特に協定することがあります。これを絶対的平和義務といいます。
 更に、労働協約において、労使間で紛争が生じた場合に一定の手続を経なければ争議行為に訴えないことを定める場合があり、そのような協定を平和条項といいます。
 協約当事者が平和義務に違反した場合は、相手方当事者は違反当事者に対して損害の賠償を請求することができます。また、差止め請求が認められる場合があります。

一般的拘束力

⑴ 事業場単位の一般的拘束力

 労働協約の事業場単位の一般的拘束力とは、労働組合が当該事業場の同種労働者の4分の3以上を組織している場合には、その組合の協約上の労働条件を他の同種労働者に及ぼして、当該事業場の同種労働者の労働条件を統一するという制度です。
 一般的拘束力は、拡張適用の対象者に対して有利にも不利にも両面的に規範的効力を及ぼすとされています。もっとも、判例は、非組合員は多数組合の意思決定に参加する立場にないから、拡張適用が「著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは」拡張適用されないとし、「特段の事情」の有無は「労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、労働協約が締結されるに至った経緯、当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし判断するとしています(最三小判平8.3.26民集50巻4号1008頁[朝日火災海上保険事件])。
 4分の1未満の少数者が自ら労働組合を結成している場合にも、一般的拘束力が及ぶかについては、裁判例は肯定説と否定説に分かれています。

労働組合法17条(一般的拘束力)
「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。」

⑵ 地域的な一般的拘束力

 労働組合の地域的な一般的拘束力とは、一の地域において従業する同種の労働者の大部分が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該労働協約の当事者の双方又は一方の申立てに基づき、労働委員会の決議により、厚生労働大臣又は都道府県知事は、当該地域において従事する他の同種の労働者及びその使用者も当該労働協約の適用を受けるべきことを決定することができる制度です。

労働組合法18条(地域的の一般的拘束力)
1項「一の地域において従業する同種の労働者の大部分が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該労働協約の当事者の双方又は一方の申立てに基づき、労働委員会の決議により、厚生労働大臣又は都道府県知事は、当該地域において従業する他の同種の労働者及びその使用者も当該労働協約(第二項の規定により修正があつたものを含む。)の適用を受けるべきことの決定をすることができる。」
2項「労働委員会は、前項の決議をする場合において、当該労働協約に不適当な部分があると認めたときは、これを修正することができる。」
3項「第一項の決定は、公告によつてする。」

労働協約の終了

 労働協約は、有効期間の満了、解約、目的の達成、当事者の消滅、反対協約の成立などの事由によって終了し、効力を失います。
 労働協約には3年をこえる有効期間を定めことはできず(労働組合法15条1項)、3年をこえる有効期間を定めた場合には有効期間は3年となります(労働組合法15条2項)。ただし、自動更新や自動延長の規定を定めることはできます。有効期間の定めがない場合には、当事者の一方は、解約の90日前までに、「署名し、又は記名押印した文書によつて相手方に予告して」、解約することができます(労働組合法15条3項前段、4項)。
 労働協約の終了により、債務的部分については法的根拠を失います。規範的部分については議論があり、労働協約の終了後は労働契約の内容は一応空白となるはずですが、労働関係が継続していくためにはこの空白を何らかの方法によって暫定的に補充する必要が生じるため、契約法の原則などの補充規範が存在すればそれがこの空白を補充するとされています。そして、補充規範が存しない場合には、従来妥当してきた協約内容が暫定的に空白部分を補充するというのが、継続的契約関係の合理的な処理方法とされています。このような暫定的処理は、新たな労働協約が成立したり、就業規則の合理的改定が行われたりすれば終了し、以後はそれらの新たな規定が労働契約を規律します。

ABOUT ME
弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、区民ニュース2023年8月21日
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