「労働審判」がどのような制度かわからずに悩んでいませんか?
労働事件を解決する手続きには、労働審判の他にも、調停や訴訟、あっせんなど複数の手続きがありますので、混乱してしまいますよね。
結論から言うと、労働審判とは、全3回までの期日で話し合いによる解決を目指す手続きです。話し合いによる解決が難しい場合には労働審判委員会により審判が下されます。
労働審判委員会による権利関係の審理を踏まえて、迅速な解決を行うことができるため、近年よく利用される制度です。
このように迅速な解決を目指す手続きであるため、訴訟とは手続きの流れも異なります。
労働審判を上手に活用するためには、訴訟との違いを理解したうえで、どのように手続きが進んでいくのか、当日はどのようなやり取りがなされるのかを知っておく必要があります。
この記事では、労働審判のイメージが具体的にわかるように、「図」や「当日のやり取りの例」を挙げながら説明していきます。
労働審判を上手に活用することができれば、短い期間・少ない労力で満足のいく解決を図ることができる可能性が格段に向上するのです。
実際、弁護士が労働事件をご依頼いただいて事件を解決していく際にも、かなりの頻度でこの労働審判を使っていきます。解決率が高く、解決の内容も納得のいくものとなることが多いためです。
今労働問題に直面している方には、是非、この労働審判という手続きを知っていただければと思います。
今回は、労働審判制度の概要や流れ・期間について、解説していきます。
「労働審判」と聞くと、難しそうと感じる方が多いかもしれませんが、この記事では誰でもわかるように丁寧に説明していきますのでご安心ください。
具体的には以下の流れで説明していきます。
この記事を読めば労働審判がどのような制度かがよくわかり、解決までの具体的なイメージがわくはずです。
労働審判とはどのような制度かについては、以下の動画でも詳しく解説しています。
目次
労働審判とは
労働審判とは、全3回までの期日で話し合いによる解決を目指す手続きです。話し合いによる解決が難しい場合には労働審判委員会により審判が下されます。
労働審判は、裁判所で行う手続きです。労働審判委員会というのは、労働審判官(裁判官)1名と専門的な知識を有する専門員2名の合計3名で構成されます。
第1回目の期日の前半では提出された書面や証拠を踏まえて労働審判委員会から1時間程度事実関係のヒアリングが行われ、第1回の後半以降は和解の話合いが行われる傾向にあります。
事実関係のヒアリングは、裁判所の個室で、「労働者」と「会社側の担当者」と「労働審判委員会」が一堂に会して行います。
そして、和解が難しいと判断された場合には、労働審判委員会が審判を下します。
和解の話し合いでは、労働審判委員会が「審判になった場合にはこのような結論になる可能性が高い」などの心証を開示することも多いので、訴訟外の交渉に比べて、和解が成立する可能性が格段に高くなっています。
具体的には、申立から平均して70日余りで、70%超える事件が和解により解決しているとされています。第1回期日で和解が成立するなどして解決する事件が25%ないし30%を超えると言われています。
司法制度改革の目玉の1つとして導入され、開始当時の予測を大きく上回る利用がされ、実務に定着しています。
東京地方裁判所の本庁における労働審判事件の新受事件数は、以下のとおりです。
東京地方裁判所の本庁には、制度施行から平成23年7月末までに4254件の労働審判事件が申し立てられています。
その内、解雇を巡る地位確認請求事件が2210件と50%以上を占め、賃金・残業代請求事件が1176件、損害賠償請求事件が396件、退職金請求事件が254件となっています。
労働審判と裁判の違い
労働審判は、通常の裁判(訴訟)とは異なる部分があります。
労働審判を理解するうえでは、通常の裁判との違いを確認していくのがわかりやすいでしょう。
具体的には、労働審判と裁判との違いとしては以下の7つを挙げることができます。
違い1:解決期間
違い2:費用
違い3:審理の方法
違い4:審理する人
違い5:出席者
違い6:公開・非公開
違い7:不服申し立ての方法
違い1:解決期間
労働審判の特徴として、解決期間が短いことが挙げられます。
労働審判は、申立てから40日以内に第1回期日が行われることとされています(労働審判規則13条)。また、期日の回数に制限があり、全3回までの期日による解決を目指します(労働審判法15条2項)。そのため、解決期間は申立後40日~4か月程度です。
労働審判規則13条(労働審判手続の第一回の期日の指定・法第十四条)
「労働審判官は、特別の事由がある場合を除き、労働審判手続の申立てがされた日から四十日以内の日に労働審判手続の第一回の期日を指定しなければならない。」
労働審判法15条(迅速な手続)
2「労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、三回以内の期日において、審理を終結しなければならない。」
裁判の特徴として解決期間が長いことが挙げられます。
裁判は、申立てから何日以内に第1回目の期日を開催するかについて決まりはありません。また、期日の回数に制限がなく、期日の回数が10回を超えることも珍しくありません。そのため、解決期間は申立後6か月~2年程度です。ただし、労働審判を経て訴訟に移行した場合ですと解決期間はもう少し短くなります。
違い2:費用
労働審判や裁判の申し立ての際には、「収入印紙の貼付」と「郵便切手の予納」が必要となります。
労働審判の印紙代は、通常の裁判の半額程度です。
また、労働審判の予納郵便切手代も、通常の裁判と比べて安い傾向にあり。横浜地方裁判所だと3232円分です。
裁判の印紙代は、労働審判の2倍程度の額です。
また、裁判の予納郵便切手代は、横浜地方裁判所だと6000円分です(当事者が1名加算されるたびに+2178円分追加)。
違い3:審理の方法
労働審判では、書面や証拠は第2回の期日が終了するまでに提出しなければなりません(労働審判規則27条)。そして、第1回期日において、口頭により、審判官や審判員から質問がなされますので、それに回答することになります(労働審判法15条、労働審判規則21条1項)。
労働審判規則27条(主張及び証拠の提出の時期)
「当事者は、やむを得ない事由がある場合を除き、労働審判手続の第二回の期日が終了するまでに、主張及び証拠書類の提出を終えなければならない。」
労働審判法15条(迅速な手続)
1「労働審判委員会は、速やかに、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければならない。」
労働審判規則第21条(労働審判手続の期日における手続等・法第十五条)
1「労働審判委員会は、第一回期日において、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をし、第一回期日において行うことが可能な証拠調べを実施する。」
裁判では、書面による審理が中心となり、書面や証拠の提出期限も時機から遅れ過ぎない限りは制限されません。そして、期日における審理は、書面の陳述が中心となり、口頭による質問などは審理が十分に行われた後に証人尋問で行われます。
違い4:審理する人
労働審判では、先ほど説明したように、労働審判委員会、つまり、裁判官である審判官1名と、専門的な知見を有する審判員2名の合計3名により審理がされることになります(労働審判法第7条)。
労働審判法7条(労働審判委員会)
「裁判所は、労働審判官一人及び労働審判員二人で組織する労働審判委員会で労働審判手続を行う。」
裁判では、裁判官により審理されることになり、単独事件では裁判官1名、合議事件では裁判官3名となります(裁判所法26条)。
裁判所法26条(一人制・合議制)
1「地方裁判所は、第二項に規定する場合を除いて、一人の裁判官でその事件を取り扱う。」
2「次に掲げる事件は、裁判官の合議体でこれを取り扱う。ただし、法廷ですべき審理及び裁判を除いて、その他の事項につき他の法律に特別の定めがあるときは、その定めに従う。」
一「合議体で審理及び裁判をする旨の決定を合議体でした事件」
3「前項の合議体の裁判官の員数は、三人とし、そのうち一人を裁判長とする。」
違い5:出席者
労働審判では、代理人弁護士がついている場合であっても、当事者本人の出席が求められるのが通常です。期日において、事実関係のヒアリングが行われますし、迅速な解決のために和解についての意向を直ぐに確認できる状況にあることが望ましいためです。場合によっては、事実関係を知る関係者の出席が求められることがあります。
裁判では、代理人弁護士がついている場合には、通常、代理人弁護士のみが出頭します。当事者本人が出席する必要があるのは、証人尋問の際や和解の話し合いで裁判所などから出頭を求められた場合に限られます。ただし、当事者本人が出席を望む場合には、当然出席することは可能です。
違い6:公開・非公開
労働審判は、原則、非公開の手続きとなっています(労働審判法16条)。そのため、第三者が労働審判を傍聴することは、通常、許されません。
労働審判法16条(手続の非公開)
「労働審判手続は、公開しない。ただし、労働審判委員会は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。」
裁判は、原則、公開の手続きとなっていますので、誰でも傍聴することができます(憲法82条)。
憲法82条
1「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」
2「裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。」
違い7:不服申し立ての方法
労働審判の不服申し立ては、労働審判の告知を受けた日から2週間以内に裁判所に異議申し立てをすることにより行います(労働審判法21条1項)。異議が出された場合には、労働審判は効力を失い(労働審判法21条3項)、訴訟に移行します(労働審判法22条1項)。
労働審判法21条(異議の申立て等)
1「当事者は、労働審判に対し、前条第四項の規定による審判書の送達又は同条第六項の規定による労働審判の告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることができる。」
3「適法な異議の申立てがあったときは、労働審判は、その効力を失う。」
労働審判法22条(訴え提起の擬制)
「労働審判に対し適法な異議の申立てがあったときは、労働審判手続の申立てに係る請求については、当該労働審判手続の申立ての時に、当該労働審判が行われた際に労働審判事件が係属していた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなす。この場合において、当該請求について民事訴訟法第一編第二章第一節の規定により日本の裁判所が管轄権を有しないときは、提起があったものとみなされた訴えを却下するものとする。」
裁判の不服申し立ての方法は、第1審に不服がある場合は控訴(民事訴訟法281条)、第2審に不服がある場合には上告(民事訴訟法311条)になります。いずれも判決を受け取った日から2週間以内(民事訴訟法285条、313条)に判決をした裁判所に控訴状又は上告状を提出する方法により行います(民事訴訟法286条、314条)。控訴・上告をすると判決をした審級よりも上の裁判所で不服について審理されることになります。
民事訴訟法281条(控訴をすることができる判決等)
1「控訴は、地方裁判所が第一審としてした終局判決又は簡易裁判所の終局判決に対してすることができる。ただし、終局判決後、当事者双方が共に上告をする権利を留保して控訴をしない旨の合意をしたときは、この限りでない。」
民事訴訟法311条(上告裁判所)
1「上告は、高等裁判所が第二審又は第一審としてした終局判決に対しては最高裁判所に、地方裁判所が第二審としてした終局判決に対しては高等裁判所にすることができる。」
民事訴訟法285条(控訴期間)
「控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。」
民事訴訟法313条(控訴の規定の準用)
「前章の規定は、特別の定めがある場合を除き、上告及び上告審の訴訟手続について準用する。」
民事訴訟法286条(控訴提起の方式)
「控訴の提起は、控訴状を第一審裁判所に提出してしなければならない。」
民事訴訟法314条(上告提起の方式等)
「上告の提起は、上告状を原裁判所に提出してしなければならない。」
労働審判で審理される事件
労働審判で審理される事件について、「労働審判手続の対象となる事件」と「労働審判手続が向いている事件」のそれぞれを説明していきます。
労働審判手続の対象となる事件
労働審判手続の対象は、個別労働関係民事紛争です。
つまり、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争が対象となります。
例えば、以下の事件は、労働審判手続きの対象となりません。
・行政事件(公務員への懲戒処分取消等)
・会社と労働者との間の金銭消費貸借に関する紛争
・労働組合と会社との間の集団的労働関係紛争
・会社代表者や上司個人を相手方とする事件
労働審判手続の対象とならない事件についての申し立ては、不適法として却下されます(労働審判法6条)。
労働審判法6条(不適法な申立ての却下)
「裁判所は、労働審判手続の申立てが不適法であると認めるときは、決定で、その申立てを却下しなければならない。」
労働審判手続が向いている事件
労働者は、事件を解決する手続きを選択する際に、労働審判を経ずに、訴訟を提起することも可能です。
通常は、労働審判の方が早期に解決できることが多いため、訴訟の前に労働審判が申し立てることを検討していいでしょう。
ただし、以下のような事件については、労働審判に向いていないため、労働審判を経ずに訴訟を申し立てることを検討しましょう。
⑴ 会社が和解に応じる可能性が低い事件
⑵ 解雇事件等で、かつ、労働者が金銭的解決に応じる意向がない場合
⑶ 会社が資料の開示をせず文書提出命令等の手続を行う必要がある場合
⑷ 事件が複雑で短期間による審理が困難な場合
⑴ 労働審判は、第1次的には和解による解決を目指す手続きで、審判に異議が出てしまえば訴訟に移行することになります。そのため、和解の見込みがない事件は、労働審判に向いていないことになります。
⑵ 解雇事件等では、復職を前提とした和解にこだわると、会社側が和解に難色を示すことが多い傾向にあります。そのため、解雇事件等の場合に、退職を前提とした金銭解決に応じることは不可能な場合には、労働審判に向いていないことになります。
⑶ 会社が資料の開示をしない場合には、あなたの権利関係について正当な判断をしてもらえるとは限りません。労働審判の期日は回数が限られており、文書提出命令などを行うことが事実上困難であるため、労働審判に向いていないことになります。
⑷ 事件が複雑で短期間による審理が困難な場合には、全3回の期日で十分な審理をすることができないので、労働審判に向いていないことになります。
労働審判の流れ・期間
労働審判については、通常、以下のような流れで進んでいきます。
流れ1:労働審判開始
流れ2:労働審判期日
流れ3:労働審判終了
労働審判の解決に必要な期間は、申立後40日~4か月程度です。
労働審判の流れを更に詳しく図にすると以下のとおりとなります。
それでは、労働審判の各流れについて、詳しく説明していきます。
流れ1:労働審判開始
労働審判の申し立てをするには、労働審判申立書を裁判所に提出する必要があります(労働審判法5条)。
労働審判法5条(労働審判手続の申立て)
1「当事者は、個別労働関係民事紛争の解決を図るため、裁判所に対し、労働審判手続の申立てをすることができる。」
2「前項の申立ては、申立書を裁判所に提出してしなければならない。」
…
労働審判の申し立てを行うと、数日で裁判所から補正する点などの電話があります。
補正などの手続きが終了すると、第1回期日の日程調整を電話やFAXによりが行うことになります。平日で都合がよい日時をいくつか回答することになります。第1回期日は、通常、申立から40日以内の日で調整されることになります(労働審判規則13条)。
労働審判の期日の調整が完了すると、会社に対して、労働審判申立書の写しや証拠の写し、呼出状などが送付されます(労働審判規則10条、労働審判規則15条)。
呼出状には、答弁書の提出期限が記載されており、会社は、通常、労働審判期日の1週間程度前までに答弁書を提出する必要があります(労働審判規則16条)。
労働審判規則10条(労働審判手続の申立書の写し等の送付・法第五条)
「裁判所は、法第六条の規定により労働審判手続の申立てを却下する場合を除き、前条第四項の規定により提出された申立書の写し及び証拠書類の写し(これとともに提出された証拠説明書を含む。)を相手方に送付しなければならない。ただし、労働審判手続の期日を経ないで法第二十四条第一項の規定により労働審判事件を終了させる場合は、この限りでない。」
労働審判規則15条(呼出状の記載事項)
1「当事者に対する第一回期日の呼出状には、第一回期日の前にあらかじめ主張、証拠の申出及び証拠調べに必要な準備をすべき旨を記載しなければならない。」
2「相手方に対する前項の呼出状には、同項に規定する事項のほか、前条第一項の期限までに答弁書を提出すべき旨を記載しなければならない。」
労働審判規則16条(答弁書の提出等)
「相手方は、第十四条第一項の期限までに、第三十七条において準用する非訟事件手続規則第一条第一項各号に掲げる事項のほか、次に掲げる事項を記載した答弁書を提出しなければならない。」
…
答弁書に対する反論は、期日の当日に口頭で行うこととされていますが、口頭での主張を補充するための書面(補充書面)を提出することもできます(労働審判規則17条1項)。
労働審判規則17条(答弁に対する反論)
1「相手方の答弁に対する反論(これに対する再反論等を含む。以下この項において同じ。)を要する場合には、労働審判手続の期日において口頭でするものとする。この場合において、反論をする者は、口頭での主張を補充する書面(以下「補充書面」という。)を提出することができる。」
…
労働審判官は、補充書面の提出期限を定めることができるとされていますが(労働審判規則19条)、これが定められることは多くありません。
ただし、第1回期日に事実関係のヒアリングが行われることが多い以上、提出する場合には第1回期日までに提出することが望ましいでしょう。
労働審判規則19条(補充書面の提出等の期限)
「労働審判官は、補充書面の提出又は証拠の申出をすべき期限を定めることができる。」
流れ2:労働審判期日
労働審判の期日は全3回までで、第1回期日は2時間~3時間程度、第2回期日・第3回期日は1時間~2時間程度です。
労働審判期日において行うことは、「事実関係のヒアリング(証拠調べ含む)」と「和解の調整」です。
それぞれについて説明していきます。
事実関係のヒアリング(第1回期日の前半1時間程度)
第1回期日の前半1時間程度は、事実関係のヒアリングが行われるのが通常です(労働審判法15条1項、労働審判規則21条1項)。
これは、労働者と会社側の担当者、労働審判委員会が一堂に会して行われます。
まず、期日が始まると、労働審判官、労働審判員から自己紹介があり、出席者の確認がされます。
そして、提出書類と証拠の確認が行われます。原本により提出しているものについては、原本の確認が行われます。
その後、裁判官から事件の争点が簡単に確認されます。例えば、今回は、「解雇が濫用となるかどうか」、「賃金の減額が有効かどうか」が争点ですねと言った感じです。
争点が確認された後は、労働審判官から労働者と会社側の担当者に対して質問がなされますので、それに対して回答していくことになります。
労働審判官の質問の方法は、担当の裁判官や事案により異なります。時系列に沿って質問されることもありますし、争点に関連する事情について順次質問されることもあります。労働審判官が質問をした後、審判員から補充で質問が行われます。
その後、当事者に質問があるか聞かれることが通常ですが、時間がない場合や法的な見通しが明らかな場合には、特に聞かれないこともあります。
そのため、審判官からの質問と回答が行われている中で適宜重要な質問や指摘はしておいた方がいいでしょう。ただし、相手方の回答の妨害になってしまうと、審理に時間がかかってしまいますし、審判官からも止められますので注意しましょう。
質問事項が多岐にわたる場合には、事前に補充書面に「求釈明事項」としてまとめておいた方がいいでしょう。
和解の調整(第1回期日の後半~第3回期日)
第1回期日で事実関係のヒアリングが行われると、一度、当事者は退席をすることになり、労働審判委員会において評議が行われます。
ここでいう評議というのは、事実関係のヒアリングを踏まえて、申立てについてどのような判断にするかを話し合うものです。評議の内容は秘密とされていますので、当事者は知ることができません(労働審判法12条2項)。
労働審判法12条(決議等)
2「労働審判委員会の評議は、秘密とする。」
評議が終了すると、交互に当事者が呼ばれます。そして、どのような解決をしたいと考えているのかの意向を聞かれることになります。
そして、労働審判委員会は、解決についての当事者の意向を聞いたうえで、和解が可能かを試みます(労働審判規則22条1項)。
労働審判規則22条(調停)
1「労働審判委員会は、審理の終結に至るまで、労働審判手続の期日において調停を行うことができる。」
労働者が解決の意向を伝えると、通常、労働審判委員会の対応としては、以下の2通りのパターンがあります。
パターン1:会社の提案との乖離が大きすぎる、又は、審判になった場合にはそのような解決は難しいなどとして、再考するように求められるパターン
パターン2:その意向を踏まえて会社の意見を確認してみるとのパターン
和解が成立するか、又は、和解が難しいと判断されるまで、当事者の意向を交互に確認することが繰り返されることになります。
一度、持ち帰って判断したいとなった場合や時間内の和解が難しい場合には、次回までに「〇〇円での解決が可能かを検討してきてください」などの宿題が出されて、次回に持ち越されます(労働審判規則21条2項)。
労働審判規則21条(労働審判手続の期日における手続等・法第十五条)
2「労働審判官は、第一回期日において審理を終結できる場合又は第一回期日において法第二十四条第一項の規定により労働審判事件を終了させる場合を除き、次回期日を指定し、当該期日に行う手続及び当該期日までに準備すべきことを当事者との間で確認するものとする。」
次回の期日は、準備に必要な期間を踏まえて調整されますが、通常2週間~1か月半後に入れられることになります。
流れ3:労働審判終了
労働審判の終了については、いくつかあります。
例えば、以下の4つです。
終了1:調停(和解)成立
終了2:労働審判
終了3:24条終了
終了4:取り下げ
終了1:調停(和解)成立
労働審判の終了の1つ目は、調停(和解)成立です。
調停(和解)が成立すると、労働者と会社担当者、労働審判委員会が一堂に会して、そこに書記官も加わります。
そして、労働審判官が和解した内容を読み上げます。
後日、和解の内容が「調書」と呼ばれる書面に記載されますので(労働審判規則19条)、郵送または直接受け取りに行く方法により、これを受領することになります。
労働審判規則22条(調停)
2「裁判所書記官は、前項の調停において当事者間に合意が成立したときは、当該合意の内容並びに当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名を、調書に記載しなければならない。」
終了2:労働審判
労働審判の終了の2つ目は、労働審判です。
和解が難しいと判断された場合には、労働審判委員会から審理の終結が宣言されます(労働審判法19条)。
労働審判法19条(審理の終結)
「労働審判委員会は、審理を終結するときは、労働審判手続の期日においてその旨を宣言しなければならない。」
そして、審理の結果を踏まえて、労働審判委員会により審判が下されることになります(労働審判法20条1項)。
労働審判法20条(労働審判)
1「労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて、労働審判を行う。」
労働審判に2週間以内に異議が出されなければ、労働審判は裁判上の和解と同一の効力を有することになります(労働審判法21条4項)。
労働審判法21条(異議の申立て等)
4「適法な異議の申立てがないときは、労働審判は、裁判上の和解と同一の効力を有する。」
終了3:24条終了
労働審判の終了の3つ目は、24条終了です。
事案の性質に照らして、労働審判手続を行うことが迅速かつ適正な解決のために適当でないときには、労働審判委員会により労働審判事件が終了されることになります。
労働審判法24条(労働審判をしない場合の労働審判事件の終了)
1「労働審判委員会は、事案の性質に照らし、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるときは、労働審判事件を終了させることができる。」
2「第二十二条の規定は、前項の規定により労働審判事件が終了した場合について準用する。…」
終了4:取り下げ
労働審判の終了の4つ目は、取り下げです。
労働審判手続きの申し立ては、労働審判が確定するまでは、その全部又は一部を取り下げることができます(労働審判法24条の2)。
労働審判法24条の2(労働審判手続の申立ての取下げ)
「労働審判手続の申立ては、労働審判が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。」
労働審判から訴訟に移行した後の流れ
労働審判から訴訟に移行した後の流れは、以下のとおりです。
24条終了された場合、労働審判に異議が出された場合には、訴訟に移行することになります。
異議が出された場合には、裁判所書記官から、異議の申し立てをしていない当事者に対して、遅滞なく、その旨が通知されることになります(労働審判規則31条2項)。
労働審判規則31条(異議の申立ての方式等・法第二十一条)
2「法第二十一条第三項の規定により労働審判が効力を失ったときは、裁判所書記官は、異議の申立てをしていない当事者に対し、遅滞なく、その旨を通知しなければならない。」
訴訟に移行した場合には、労働審判申立書が訴状とみなされることになりますが、通常は、これとは別に「訴状に代わる準備書面」というものを裁判所に提出します。
労働審判で審理された内容を踏まえて再度、主張を整理するためです。
また、訴訟に移行すると印紙代や予納する郵便切手代が増額されますので、その差額の追納を求められます。
第1回期日以降の流れは、通常の裁判と同様ですが、労働審判で既にある程度の主張立証が尽くされていることから、進行が早い傾向にあり、早々に再度和解の試みがされることもあります。
不当解雇の裁判については、以下の記事で詳しく解説しています。
残業代の裁判については、以下の記事で詳しく解説しています。
労働審判期日の例
それでは、実際にイメージしやすいように労働審判期日のやり取りの例を一連の流れで紹介していきます。
【想定事案】
X氏がY社から解雇されてしまい、その解雇が濫用であり無効であると主張して、現在も従業員であることの確認と解雇された後の賃金を請求している事案を想定しましょう。
期日前
労働審判申し立てから数日後の裁判所からの電話
補正申立書送付から数日後の裁判所からの電話
※電話ではなく、FAXで候補日が届くこともあります。その際に、和解の意向やWEB期日による出頭の意向を確認されることもあります。
候補日回答から数日後の電話
第1回期日の1週間程度前
第1回期日
自己紹介
提出書類の確認
審判官からの質問
:
審判員からの質問
:
当事者同士の質問
評議
調停の試み1回目
調停の試み2
次回期日の調整
第2回期日
開始の合図
調停の試み3
調停成立
:
労働審判当日の服装や持ち物
労働審判当日の服装は、特に決まりはありません。
多くの方は、スーツで来ますので、悩む場合にはスーツを選択するのが無難でしょう。
なお、私服で来る場合には派手すぎる服はおすすめしません。
労働審判当日の持ち物は、以下のとおりです。
⑴ 申立書・答弁書・補充書面・証拠一式
⑵ 証拠の原本
⑶ 解決金等の振込口座がわかるもの
⑷ 手帳(スケジュールがわかるもの)
⑸ (離職票の写し)
⑴は、当日、提出したこれらの書類を参考にしながら事実関係のヒアリングが行われますので持参することをおすすめいたします。
⑵は、証拠の原本については、当日取調べがされますので、「原本」で提出したもの(証拠説明書に原本と記載したもの)は、持参するようにしましょう。また、「写し」で提出したもの(証拠説明書に写しと記載したもの)についても、ノートやメモなどは原本がないか聞かれることがありますので持参しましょう。
⑶は、解決金の振り込み口座を和解調書に記載しますので、ご希望の振込口座が記載された通帳等を持参するようにしましょう。
⑷は、次回期日の調整でスケジュールの確認が必要となりますので、自分の予定が書かれた手帳などを持参しましょう。
⑸は、解雇等の事案ですと、和解の際に解雇を撤回して合意退職したことにする和解をするケースが多いですが、解雇日を退職日とすることが多くなっています。解雇日と退職日がずれると、受給済みの失業保険を返還する必要が生じるためです。そのため、離職票の写しなど、会社がハローワークに退職日(離職日)をどのように届け出ているのか確認できるものを持参しておくと安心です。
なお、労働審判の和解の際に印鑑は必要ありません。
労働審判は労働事件に注力している弁護士に依頼しよう!
労働審判については、弁護士に依頼することがおすすめです。
特に、労働審判は、通常の裁判とは異なる手続きになりますので、労働事件に注力している弁護士に頼んだ方がいいでしょう。
労働審判では、少ない期日であなたの権利を認めてもらうために、あなたの主張を法的に整理して、労働審判委員会に伝えることが重要となります。
審判官や相手方から期日中に口頭で法的な質問などをされることもありますが、これに対して的確に回答する必要があります。
また、和解の交渉についても、正当な金額で和解するためには、経験やノウハウが必要となりますので、相場観などがわからないと低廉な金額での解決になってしまう可能性があるのです。
弁護士に依頼してしまえば、煩雑な書面の作成を任せてしまいますし、当日も安心して臨むことができます。
もしも、「今は手元にお金がないという場合」や「敗訴してしまうリスクが不安という場合」には、完全成功報酬制の弁護士に依頼することをおすすめします。
完全成功報酬制の弁護士に依頼すれば、獲得できた利益の範囲で報酬を支払えばいいので、リスクを抑えることも可能です。
まずは、初回無料相談などを利用して、気軽に見通しや費用を確認してみましょう。
まとめ
以上のとおり、今回は労働審判制度の概要や流れ・期間について解説しました。
この記事の要点を簡単に整理すると以下のとおりです。
・労働審判とは、全3回までの期日で話し合いによる解決を目指す手続きです。話し合いによる解決が難しい場合には労働審判委員会により審判が下されます。
・労働審判と裁判との違いとしては以下の7つがあります。
・労働審判手続の対象は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争です。
・以下のような事件については、労働審判に向いていないため、労働審判を経ずに訴訟を申し立てることを検討しましょう。
⑴ 会社が和解に応じる可能性が低い事件
⑵ 解雇事件等で、かつ、労働者が金銭的解決に応じる意向がない場合
⑶ 会社が資料の開示をせず文書提出命令等の手続を行う必要がある場合
⑷ 事件が複雑で短期間による審理が困難な場合
・労働審判の流れは以下のとおりです。
・労働審判から訴訟に移行した場合の流れは以下のとおりです。
この記事が、労働審判がどのような制度か知りたいと考えている方の助けになれば幸いです。
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