使用者は、労働者を採用する際に労働条件を明示しなければなりません。もっとも、実際に働いてみると明示された労働条件と異なる場合があります。このような場合、どのように対応すればよいのでしょうか。今回は、労働条件通知書について解説します。
労働条件の明示義務
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他一定の労働条件を明示しなければならないとされています(労働基準法15条1項)。
明示すべき事項は以下のとおりです(労働基準法施行規則5条1項)。ただし、⑵(1号の2)は期間の定めのある労働契約であって当該労働契約の期間満了後に当該労働契約を更新する場合があるものの締結する場合に限り、⑺(4号の2)から⒁(11号)については使用者がこれらに関する定めをしない場合はこの限りではありません(労働基準法施行規則5条1項但書)。
⑴労働契約の期間に関する事項(1号)
⑵期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項(1号の2)
⑶就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(1号の3)
⑷始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項(2号)
⑸賃金(退職手当及び第5号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項(3号)
⑹退職に関する事項(解雇の事由を含む)(4号)
⑺退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項(4号の2)
⑻臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第8条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項(5号)
⑼労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項(6号)
⑽安全及び衛生に関する事項(7号)
⑾職業訓練に関する事項(8号)
⑿災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項(9号)
⒀表彰及び制裁に関する事項(10号)
⒁休職に関する事項(11号)
上記のうち⑴(1号)~⑹(4号)(昇給に関する事項を除く)については、その明示の方法に関して書面の交付を原則とし(労働基準法施行規則5条3項、4項本文)、労働者が希望した場合にはファクシミリや電子メールその他の電気通信による送信によることができるとしています(同項但書)。
労働基準法15条(労働条件の明示)
1項「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。」
労働条件通知書
使用者は、採用の際に、労働者に対し、上記の事項を「労働条件通知書」というかたちで、交付するのが通常です。労働条件通知書の様式は一般的には以下のとおりです。
明示された労働条件と異なる場合
1 請求権・即時解除権等
まず、採用の際に合意した内容と賃金額等に差異がある場合には、その差額の請求をすることが考えられます。
また、労働者は、明示された労働条件が事実と相違する場合、即時に労働契約を解除することができます(労働基準法15条2項)。その場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならないとされています(労働基準法15条3項)。
2 求人内容との相違
労働条件の明示義務は、公共職業安定所へ求人の申し込みや労働者の募集をする際にも課されています(職業安定法5条の3、42条)。
もっとも、この段階での明示は、例えば、賃金については、求人ないし募集の時点での現行の賃金額を記載する以上には求められていません。そこで、多くの企業は、現行初任給額や初任給見込額などを求人票に記載するにとどめています。
見込額は確定額ではないため、実際の賃金額が見込額よりも低かった場合にも、その差額を請求することはできません。
その差額を請求するためには、企業が求人票などにおいて前年度の賃金や労働条件を採用年度にこれだけは払うという趣旨で明示しており、これが契約の内容になっていることを主張立証する必要があります(京都地判平29.3.30労判1164号44頁[福祉事業者A苑事件])。
3 労働条件の明示義務違反と慰謝料
採用の際の使用者の説明が不十分である場合や不適切である場合には、それにより被った精神的苦痛等につき、不法行為に基づく損害賠償請求が認めれられることがあります(民法709条)。
【東京高判平12.4.19労判787号35頁[日新火災海上保険事件]】
Aは、1981年3月に大学を卒業し、その後自動車製造会社に勤務していましたが、B社の中途採用募集広告を見て応募し、同社に採用されました。募集広告には、1989年、1990年既卒者を対象として、「もちろんハンディはなし。たとえば89年卒の方なら、89年に当社に入社した社員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします」等と記載されていました。また、B社は、就職情報誌や面接及び会社説明会において、応募者に新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、その平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと誤信させかねない説明をしていました。B社は、Aの採用後、Aの初任給を新卒同年次定期採用者の下限に格付けしました。そして、Aは、B社の中途採用者の採用活動につき労働基準監督署に告発したところ、B社から総務部総務課印刷室への配置転換の通告を受けました。これに対して、Aは、新卒同年次定期採用者の平均的格付を下回ることや配置転換を不満として、その差額の請求及び慰謝料の請求をしました。これにつき、裁判例は、以下のように判示しています。
「求人広告は、それをもって個別的な雇用契約の申込みの意思表示と見ることはできないものである上、その記載自体から、89年及び90年既卒者について同年次新卒入社者と同等の給与額を支給する旨を表示したもので、それ以前の既卒者についてこれと同様の言及をするものでないことを十分に読み取ることができるものというべきであって、その他にも『納得いただける待遇』との表現があるのみであるから、その記載をもって、本件雇用契約がA主張の内容をもって成立したことを根拠づけるものとすることはできない。」
「B社は、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の格付のうち下限の格付により定めることを決定していたのにかかわらず、…Aら応募者に対してそのことを明示せず、就職情報誌…での求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、給与条件に付き新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、そのためAは、そのような給与待遇を受けるものと信じてB社に入社したものであり、そして、入社後1年余を経た後にその給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置付けられていることを知って精神的な衝撃を受けたものと認められる。」「かかるB社の求人に当たっての説明は、労働基準法15条1項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成するものと評価すべきである。」
また、配置転換は労働基準法に対する告発を理由になされたものであり、「Aの行動が前示採用の過程におけるB社の不適切な説明に由来するものであることにかんがみれば、この点のB社のAに対する行為もまた、雇用契約上の信義誠実の原則に反する違法な行為に該当し、これに基づいて控訴人が受けた精神的損害に対し不法行為を構成するものと評価すべきである。」
「雇用契約締結の過程における説明及び…配置転換の点において不法行為を行ったものと認めるべきであるところ、…本件に現れた一切の事情を総合考慮して、被控訴人の右不法行為により控訴人が被った精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、金一〇〇万円をもって相当と認めるべきである。」