近年、セクシュアルハラスメントという言葉を聞くことが多くなってきておりますが、セクシュアルハラスメントというのは法的にはどのような問題なのでしょうか。セクシュアルハラスメントが法的に違法といえるかどうかや慰謝料金額については、裁判例の判断基準に照らし分析する必要があります。今回は、セクシュアルハラスメントが違法になる場合と慰謝料金額について解説します。
セクシュアルハラスメントとは
セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、相手方の意思に反する性的な言動をいいます。
「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年10月11日厚労告615号、平成28年8月2日最終改正)(セクハラ指針)は、「事業主が職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」を「職場におけるセクシュアルハラスメント」としています。
セクシュアルハラスメントの類型としては、以下のようなものが挙げられます。
①対価型
上司がその地位、権限を利用して性的要求を行い、それに応じない場合に不利益を課すタイプ
②環境型
性的言動によって職場環境を悪化させるタイプ
職場環境配慮義務
使用者は、職場環境配慮義務を負っており、同義務に違反して、セクハラ行為を放置することは許されません。
労働契約法5条が「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定していること、
雇用機会均等法11条1項も、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と規定していることがその理由です。
【福岡地判平4.4.16[福岡セクシュアル・ハラスメント事件]】
裁判例は、「使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあると解されるところ、被用者を選任監督する立場にある者が右注意義務を怠った場合には、右の立場にある者に被用者に対する不法行為が成立することがあり、使用者も民法715条により不法行為責任を負うことがある」としています。
セクハラ訴訟のポイント
セクハラ訴訟において主に問題となるのは、①セクハラ行為の有無、②当該行為の違法性です。
①セクハラ行為の有無
セクハラ行為の有無においては、⑴セクハラに該当するような客観的事実の存否、⑵性的な関係についての合意の有無が争われます。
⑴ セクハラに該当するような客観的事実の存否
セクハラ行為は密室で行われることも多く、1回限りのセクハラ行為である場合には、加害者供述、被害者供述しか証拠がないことも多いです。この場合それぞれの供述の信用性が問題となります(大阪高判平24.2.28労判1048号63頁[P大学事件])。
継続的なセクハラ行為である場合には、録音等を行うことにより、セクハラ行為を証拠化しておくことが重要となります。
⑵ 性的な関係についての合意の有無
合意の有無を判断するに当たっては、双方の立場、関係性、前後の事実経過等を考慮する必要があります。
【東京地判平24.1.31労判1060号30頁[M社事件第1審]・東京高判平24.8.29労判1060号22頁[M社事件控訴審]】
原告(女性)が代表取締役(男性)及び店長(男性)を被告とした事案において、性行為が合意によるものかが争点となりました。
第1審は、双方とも原告との間で合意があったと認定して、原告の請求を認めませんでした。
控訴審は、代表取締役と原告との間には、その立場を考慮すれば自由な意思に基づく合意があったとはいえず、代表取締役という立場を利用して性行為に及んだ違法な行為であるとしました。
②当該行為の違法性
セクハラ行為の違法性について、裁判例は、強制わいせつ等の刑罰法規違反の行為については不法行為上も違法とし、それ以外の身体接触、言辞等については、「その行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両社のそれまでの関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的にみて、それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして、違法となる」とされています(名古屋高金沢支判平8.10.30労判707号37頁[株式会社乙田建設事件])。
また、男女間の意識の差等は十分考慮されるべきであるとされています(人事院規則10-10の運用について[平成10年11月13日職福ー442]別紙1、第1、2)。
加えて、被害者の性別に応じて、平均的な女性労働者、被害を受けた平均的な男性労働者の感じ方を基準として判断するべきであり、明確に意に反することを示している場合にさらに行われる性的言動は職場におけるセクハラにあたるとされています(改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について[平成18年10月11日雇児発1011002号、平成28年8月2日最終改正])。
【最一判平27.2.26労判1109号5頁[L館事件]】
管理職従業員2名が、それぞれ、自らの不貞相手に関する性的な事柄についての発言や女性従業員の年齢や女性従業員が未婚であることなどを殊更に取り上げて著しく侮蔑的ないし下品な発言を行うことを繰り返した場合に、セクハラにあたるとしたうえで、違法としています。
【東京地判平23.1.18労判1023号91頁[東芝ファイナンス事件]】
「腹ぼて」「胸が大きくなった」などと発言した行為について、行為者の主観において身体の変化を指摘したに過ぎないとしても、セクハラにあたるとしたうえで、違法としています。
セクハラの慰謝料金額の相場
慰謝料額は、以下の要素を考慮して判断されています。事案にもよりますが、セクハラ訴訟の慰謝料金額は、
性的接触の事案20万円~200万円程度
姦淫等の性的な暴行を受けていた場合には慰謝料の額も高額になるものとうかがわれます。また、セクハラ行為によって退職せざるを得なくなったような場合については、接触がなくとも高額な慰謝料が認められる場合があります。
①行為態様の悪質性
②行為の継続性
③休職・退職等の結果発生の有無
④被害者側の要因
【大阪地判平16.9.3労判884号56頁】
女性管理職が男性職員に対し、勤務終了後、職場に設置されている浴室でシャワーを浴び、上半身裸でいた被害者を防犯パトロール当番であった加害者がじろじろ見ながら「ねえ、ねえ、何してるの」などと訊ねた事案。
⇒慰謝料認容額10万円
【津地判平22.5.19判例秘書06550307】
上司が従業員に対し、新入社員歓迎会が終了した際と二次会への移動の際それぞれ、被害者の臀部を触り「若い子のおしりは硬いな」といった事案。
⇒慰謝料認容額20万円
【名古屋地判平15.1.29労判860号74頁】
大学教授が秘書に対し、ホテルの客室内で施錠の上、「特別な感情を持っている」「いつもそういう目であなたのことを見ています」「あなたが結婚したらサッと手を引きます」等と肉体関係を求める発言をした事案。
⇒慰謝料認容額100万円
【大分地判平14.11.14判例秘書05751022】
会社代表者が従業員に対し、「ホテルに移行」「不倫をしよう」などの言動や、胸を触る、股間に手を入れる、床やソファーに押し倒す等の行為を繰り返した事案において、セクハラ行為を拒絶した被害者を解雇した事案。
⇒慰謝料認容額200万円
【千葉地八日市場支判平22.2.10判例集未登載】
上司が部下に対して約4年間にわたり、被害者を出張に同行させては、着衣の上から被害者の胸、陰部、臀部を触り続けた。最終的には、下着の上から被害者の陰部を弄び、下着をずらして乳房を揉むに至り、被害者はうつ状態になり退職したという事案
⇒慰謝料認容額300万円