従業者(労働者)が、職務上発明を行った場合、その権利については誰に帰属することになるのでしょうか。また、使用者がこれを取得しようとした場合に、従業者に対して支払うべき対価はどのように決められるのでしょうか。
今回は、職務発明について、その権利の帰属や使用者が支払うべき対価について解説します。
職務発明とは
職務発明とは、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明をいいます(特許法35条1項)。
職務発明制度は、職務発明についての権利や報酬の取扱い等を定める制度です。その趣旨は、使用者等が組織として行う研究開発活動が我が国の知的創造において大きな役割を果たしていることにかんがみ、使用者等が研究開発投資を積極的に行いえるよう安定した環境を提供するとともに、職務発明の直接的な担い手である個々の従業者等が使用者等によって適切に評価され報いられることを保障することによって、発明のインセンティブを喚起する点にあります。
最判昭43.12.13民集22巻13号2972頁[石灰窒素の製造炉事件]
「上告人の先代である」N氏「は、同人が石灰窒素の製造炉に関する本件考案を完成するに至つた昭和二六年三月当時、石灰窒素等の製造販売を業とする被上告会社の技術部門担当の最高責任者としての地位にあつたものであり、かつ、その地位にもとづき、被上告会社における石灰窒素の生産の向上を図るため、その前提条件である石灰窒素の製造炉の改良考案を試み、その効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していたものであるから、右」N氏「が本件考案を完成するに至つた行為は、同人の被上告会社の役員としての任務に属するものであつたというべきであり、したがつて、被上告会社は、本件実用新案につき、旧実用新案法(大正一〇年法九七号)二六条、旧特許法(大正一〇年法九六号)一四条二項にもとづく実施権を有する、とした原審の解釈判断は、正当として是認することができる。」
大阪地判平6.4.28判時1542号115頁[マホービン事件]
「発明を完成するに至った行為が従業者の職務に属する場合とは、特に使用者から特定の発明の完成を命ぜられ、あるいは具体的な課題を与えられて研究に従事している場合が含まれることはいうまでもないが、そのほかに従業者が当該発明をすることをその本来の職務と明示されておらず、自発的に研究テーマを見つけて発明を完成した場合であっても、その従業者の本来の職務内容から客観的に見て、その従業者がそのような発明を試みそれを完成するよう努力することが使用者との関係で一般的に予定され期待されており、かつ、その発明の完成を容易にするため、使用者が従業者に対し便宜を供与しその研究開発を援助するなど、使用者が発明完成に寄与している場合をも含むと解する」
職務発明の帰属
使用者に特許を受ける権利を取得させる等の規定がない場合
職務発明については、契約・就業規則等において、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めていない場合には、その特許を受ける権利は、従業者等に帰属することになります(原始的従業者帰属)。
ただし、この場合でも、使用者は、その特許権について通常実施権を取得することになります。
特許法第35条(職務発明)
1「使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。」
使用者に特許を受ける権利を取得させる等の規定がある場合
これに対して、職務発明について、契約・就業規則等において、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めている場合には、その特許を受ける権利は、使用者等に帰属することになります(原始的使用者帰属)。
平成27年特許法改正により特許法35条3項により規定されています。従前は、①職務発明に属する特許を使用者が承継するとの規定を定めていても、従業者が使用者以外の第三者に譲渡することがあり、二重譲渡の問題が生じていました。また、②複数企業による共同研究開発の場合などに、特許を受ける権利が複数の従業者等に共有されている場合に、ある従業者等が特許を受ける権利の持分を譲渡する際に、他社の従業者等の承諾を得なければならない(特許法33条3項)などの問題がありました。これらの問題を解消するため当初から使用者等に特許を受ける権利が帰属することを可能にしたのです。
特許法第35条(職務発明)
3「従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。」
※「あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたとき」とは、特許を受ける権利の発生前、すなわち職務発明の完成前に、使用者等が特許を受ける権利を取得する旨を定めたときを意味します。
ただし、以下の定め方ではこれに該当しないとされています。
「会社が職務発明に係る権利を取得する旨を発明者に通知したときは、会社は、当該通知の到達時に、当該職務発明に係る権利を取得する。」
※「契約、勤務規則その他の定め」とは、必ずしも明文の書面である必要は無いと考えられていますが、特許を受ける権利は使用者等及び従業者等以外の第三者にも移転可能な権利であることに鑑み、権利帰属の安定性及び取引の安全性を考慮すると、可能な限り、書面にて明確にしておくことが望ましいとされています。
特許法33条3項(特許を受ける権利)
3「特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡することができない。」
<職務発明・業務発明・自由発明>
職務発明とは、①従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員が、②その性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、③その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明をいいます(特許法35条1項)。
①②のみを満たして、③を満たさない場合には、業務発明となります。
①のみを満たして、②③を満たさない場合には、自由発明となります。
業務発明や自由発明については、使用者に特許を受ける権利を取得させる等の規定は無効であり、使用者がその特許権について当然に通常実施権を有することにもなりません。
特許法35条(職務発明)
2「従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。」
職務発明の権利に関する対価請求
「相当の利益」の考え方
従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定した場合等には、使用者等に対して、「相当の利益」を請求することができます(特許法35条4項)。
「相当の利益」については、契約・就業規則等において定めることができます。もっとも、契約・就業規則等において「相当の利益」について定める場合は、「その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理」であってはなりません(特許法35条5項)。
相当の利益の定めがない場合や定めがあってもその定めたところによって相当の利益を与えることが不合理である場合には、従業者等が受けるべき「相当の利益」の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならないとされています(特許法35条7項)。
【職務発明規程ひな型】
特許法35条(職務発明)
4「従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第34条の2第2項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。」
5「契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。」
6「経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする。」
7「相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第5項の規定により不合理であると認められる場合には、第4項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。」
<相当の利益を定める規定と特許権を受ける権利の帰属規定の関係>
特許法35条3項の「契約、勤務規則その他の定め」と、同条第5項の「契約、勤務規則その他の定め」は、概念上別の定めであり、仮に、相当の利益についての定めについて同条第5項の不合理性が肯定された場合でも、それだけをもって、使用者等に当該特許を受ける権利を取得させることについての定め及び同条第3項に基づく権利帰属の有効性が否定されることにはならないとされています。
<金銭以外の「相当の利益」の例>
①使用者等負担による留学の機会の付与
②ストックオプションの付与
③金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格
④法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与
⑤職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定または通常実施権の許諾
「その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理」かの判断基準
⑴ 総論
「その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理」か否かは、「相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等」を考慮して判断することになります(特許法35条5項)。
「その定めたとのころにより相当の利益を与えること」とは、契約、勤務則その他の定めにより与えられる利益の内容が、職務発明に係る経済上の利益として決定され、与えられるまでの全過程を意味します。
全過程における諸事情や諸要素は、全て考慮の対象となりますが。その中でも特に同項に例示される手続の状況が適正か否かがまず検討されることが原則です。
その定めたとのころにより相当の利益を与えることについての不合理性の判断は、個々の職務発明ごとに行われます。
⑵ 「基準の策定に際して…行われる協議の状況」
「相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況」とは、基準を策定する場合において、その策定に関して、基準の適用対象となる職務発明をする従業者等又はその代表者と使用者等との間で行われる話合い(書面や電子メール等によるものを含む。以下同じ。)全般をいいます。
【不合理性を肯定する事情】
ex1 集団的な話合いに参加した従業者等について、当該従業者等が発言しようとしても、実質的に発言の機会が全く与えられていなかった等の特段の事情がある場合
ex2 研究職の従業者等がそれ以外の従業者等と一緒に使用者等と話し合いを行ったことにより、結果としてある研究職の従業者等が発言しようとしても、実質的に発言の機会が全く与えられなかった等の特段の事情がある場合
ex3 協議において、使用者等が自らの主張を繰り返すだけで、その主張の根拠(資料又は情報)を示さない等、十分な話し合いを行わずに協議を打ち切った場合
ex4 協議において、従業者等から意見が提出されたにもかかわらず、使用者等が回答を全く行わず、真摯に対応しなかった場合
【不合理性を否定する事情】
ex1 使用者等において多数の従業者等が加入する労働組合が存在し、当該労働組合が従業者等の利益を代表して誠実かつ公正な交渉を行ったような場合
ex2 話し合いの結果、使用者等と従業者等又は従業者等の代表者との間で、策定される基準について合意することができなかった場合でも、使用者等と当該従業者等との間において、実質的に協議が尽くされたと評価できるとき
ex3 協議の結果として、使用者等と従業者等又は従業者等の代表者との間で合意に至っている場合(不合理性が強く否定される)
ex4 使用者等があらかじめ設定した時間の経過により協議を打ち切った場合であっても、設定された時間内に、使用者等と従業者等との間で実質的に協議が尽くされたと評価できる場合
ex5 使用者等が従業者等に話合いを求め意見を述べる機会を与えているにもかかわらず、当該従業者等が話合いに応じなかった場合
【協議の際に使用者が提示する資料の例】
①使用者等の作成した基準案の内容
②研究開発に関連して行われる従業者等の処遇
③研究開発に関連して使用者等が受けている利益の状況
④研究開発に関する使用者等の費用負担やリスクの状況
⑤研究開発の内容・環境の充実度や自由度
⑥公開されている同業他社の基準
⑶ 「基準の開示の状況」
「策定された当該基準の開示の状況」の「開示」とは、策定された基準を当該基準が適用される従業者等に対して提示すること、すなわち、基準の適用対象となる職務発明をする従業者等がその基準を見ようと思えば見られる状態にすることをいいます。
【不合理性を肯定する事情】
ex1 相当の利益の内容、付与条件その他相当の利益の内容を決定するための事項が抽象的である場合
【不合理性を否定する事情】
ex1 従業者等が基準を見ようと思えば見られるような措置がとられている場合
ex2 職務発明に係る権利が使用者等に帰属する時までに開示されている場合(不合理性が強く否定される)
ex3 イントラネットで開示する場合、個人用の電子機器を与えられていない従業者等であっても、共用の電子機器を使用して容易に当該イントラネットを閲覧することができる環境にある等、当該従業者等が基準を見ようと思えば見られるような状況にあると認められる場合
【適正な開示の方法の例】
①従業者等の見やすい場所に提示する方法
②基準を記載した書面を従業者等に交付する方法(電子メールや社内報等による配信を含む。)
③従業者等が常時閲覧可能なイントラネットにおいて公開する方法
④インターネット上のウェブサイトにおいて公開する方法
⑤基準を記載した書面を、社内の特定部署に保管し、従業者等の求めに応じて開示する方法
⑷ 「従業者等からの意見の聴取の状況」
「相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況」の「意見の聴取」とは、職務発明に係る相当の利益について定めた契約、勤務規則その他の定めに基づいて、具体的に特定の職務発明に係る相当の利益の内容を決定する場合に、その決定に関して、当該職務発明をした従業者等から、意見(質問や不服等を含む。以下同じ。)を聴くことをいいます。
【不合理性を肯定する事情】
ex1 共同発明者間で意見が食い違うような場合において、共同発明者間で意見をまとめて一つの意見にしない限り正式な意見として聴取することはしないとされているとき
ex2 従業者等から使用者等に対して提出された意見に対して使用者等が回答を全く行っていない場合
【不合理性を否定する事情】
ex1 意見の聴取の結果として合意に至っていなくても、従業者等からの意見に対して使用者等が真摯に対応している場合
ex2 意見の聴取の結果として、使用者等と従業者等との間で合意に至っている場合(不合理性が強く否定される)
ex3 従業者等からの内容が類似する複数の意見に対して、使用者等の考えをまとめて提示した場合であっても、各従業者等に対して実質的に回答したものと評価できる場合
ex4 相当の利益の付与に関する通知を従業者等に送付する際に異議申立窓口の連絡先も併せて通知する等、従業者等に周知徹底している場合
【意見聴取に当たり使用者が提示して説明する資料及び情報の例】
[基準として、期待利益を採用する場合]
①当該職務発明に係る製品の市場規模予測
②当該職務発明に係る製品の利益率予測
③利益に対する当該職務発明に係る特許権の寄与度予測
[基準として、売上高等の実績に応じた方式を採用する場合]
①当該職務発明に係る売上高に関する資料
②当該職務発明に係るライセンス契約の概要と使用者等が受けた実施料その他の利益の内容
③利益に対する当該職務発明に係る特許権の寄与度及び寄与度の根拠
⑸ 協議、開示及び意見の聴取の「状況」
協議、開示及び意見の聴取の「状況」とは、これらの手続の有無、すなわちこれらの手続がなされたか否かという二者択一的な判断のみではなく。これらの手続が行われた場合におけるその手続の状況全般が考慮要素となります。
⑹ 「相当の利益」の内容の決定方法
ア 基準にはある特定の内容が定められている必要があるわけではない
基準には、ある特定の具体的内容が定められている必要があるわけではありません。
基準の内容は、使用者等の利益に対する発明の貢献度や発明による利益に対する発明者である従業者等の貢献度を考慮して相当の利益の内容を決定するというものにも、これらを考慮することなく相当の利益の内容を決定するというものにもできます。
また、職務発明に係る相当の対価の内容をめぐる訴訟の裁判例を参考にして定めることも、これを参考にすることなく定めることもできます。
イ 相当の利益の内容は売上高等の実績に応じた方式でなくてもよい
相当の利益の内容が売上高等の実績に応じた方式で採用されなければ、不合理性の判断において不合理と認められるわけではありません。特許出願時や特許登録時に発明を実施することによる期待利益を評価し、その評価に応じた相当の利益を与えるという方式であっても、直ちに不合理性を肯定する方向に働くことはありません。
例えば、特許出願時や特許登録時に発明を実施することによる期待利益を評価し、その評価に応じた相当の利益を与えるという方式であっても、直ちに不合理性を肯定する方向に働くことはありません。
この場合、当該期待利益と実際に使用者等が得た利益が結果的に乖離したとしても、そのことのみをもって、不合理性の判断において、直ちに不合理性を肯定する方向に働くことはありません。
ウ 基準に上限額が定められていることのみで不合理とはいえない
基準に上限額が定められていることのみをもって、不合理性の判断において、直ちに不合理性を肯定する方向に働くことはありません。
エ 基準と異なる方法で個別の合意をすることもできる
使用者等と従業者等との間で個別の合意をし、かつ、その合意が民法その他の法令の規定により無効とされない限り、基準と異なる方法で相当の利益の内容を使用者等と当該従業者等との間で個別に決定することもできます。
この場合においても、不合理性の判断は、あくまで協議の状況、開示の状況、意見の聴取の状況等を考慮して行われます。
「その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理」かの証拠
不合理性の判断基準となる証拠として、使用者等が管理・保管している資料としては以下のものが考えられます。
【基準の策定に係る基礎資料】
①基準の策定に至る経緯を示す資料
②使用者等と従業者等との間で、基準の策定について協議が行われた場合には、その議事録、協議に用いた資料、協議への参加者名簿等
③基準の策定に際し、又は基準の策定後に、従業者等に対する説明会を開催した場合には、その議事録、説明に用いた資料、説明会への参加者名簿等
④基準について、使用者等と従業者等との間で合意に至った場合には、その合意の内容を示す資料
⑤基準の開示が行われている場合には、その日時、開示の方法、開示の状況を示す資料
【相当の利益の内容に係る基礎資料】
①相当の利益の内容を決定する際に用いた資料
②相当の利益の内容の決定について、各従業者等への何らかの説明を行った場合には、それに関する通知書、説明資料その他の資料
③相当の利益の内容について、使用者等と各従業者等との間で合意に至った場合には、その合意の内容を示す資料
④相当の利益の内容の決定について、各従業者等から意見を聴取した場合には、その意見の内容を示す資料
⑤各従業者等から聴取した意見について、検討を行った場合には、その検討の過程及び結論を示す資料
⑥各従業者等から聴取した意見について、社内の異議申立制度等に基づいて判断がなされた場合には、その経緯及び結論を示す資料
定めがない場合・定めにより相当の利益を与えることが不合理な場合の算定方法
「相当の利益についての定めがない場合」又は「その定めたところにより相当の利益を与えることが…不合理であると認められる場合」には、「相当の利益」の内容は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して」定めなければなりません(特許法35条7項 )。
平成27年改正前の裁判例を前提にすると以下の解釈となります。
「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは、使用者等が、従業者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた場合には,特許発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益をいいます。使用者等は、無償の通常実施権については、特許法35条1項により取得するためです。
「その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献」とは、その発明がされるについて負担、貢献した程度のほか、使用者等がその発明により利益を受けるについて負担、貢献した程度も含まれます。具体的には、その発明がされるについての負担、貢献度のほか、その発明を出願し権利化し、さらに特許を維持するについての負担、貢献度、実施料を受ける原因となった実施許諾契約を締結するについての負担、貢献度、実施製品の売上げを得る原因となった販売契約等を締結するについての負担、貢献度が含まれます
更に、「従業者等の処遇その他の事情」についても考慮することになります。
東京地判平16.2.24判時1853号38頁[味の素アスパルテーム職務発明事件第一審判決]
⑴ 「相当の対価」の算定方法について
「特許法35条4項は,同条3項所定の『相当の対価』の額について『その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない』旨規定している。したがって,特許を受ける権利の承継についての相当の対価を定めるに当たっては,『その発明により使用者等が受けるべき利益の額」及び『その発明がされるについて使用者等が貢献した程度』という2つの要素を考慮すべきであるが,これのみならず,使用者等が特許を受ける権利を承継して特許を受けた結果,現実に利益を受けた場合には,使用者等が上記利益を受けたことについて使用者等が貢献した程度,すなわち,具体的には発明を権利化し,独占的に実施し又はライセンス契約を締結するについて使用者等が貢献した程度その他証拠上認められる諸般の事情を総合的に考慮して,相当の対価を算定することができるものというべきである。」
⑵ 「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」について
「特許法35条1項によれば,従業者等の職務発明について使用者等は無償の通常実施権を取得するのであるから,特許を受ける権利の承継の対価の算定に当たって考慮すべき『その発明により使用者等が受けるべき利益』とは,使用者等が,従業者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた場合には,特許発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益をいうものである。」
「そして,従業者等から特許を受ける権利を承継してこれにつき特許を受けた使用者が,この特許発明を第三者に有償で実施許諾し,実施料を得た場合は,その実施料は,職務発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益ということができ,『その発明により使用者等が受けるべき利益』に当たる。この場合において複数の特許が実施許諾の対象となっているときは,実施料のうち当該特許が寄与した割合に応じて『その発明により使用者等が受けるべき利益』を定めるべきである。」
「また,使用者は,特許を受ける権利を承継しない場合であっても通常実施権を有することとの対比からすれば、上記使用者が特許を受ける権利を承継して特許を受け特許発明を自ら実施している場合は,これにより上げた利益のうち,当該特許の排他的効力により第三者の実施を排除して独占的に実施することにより得られたと認められる利益の額をもって『その発明により使用者等が受けるべき利益』というべきである。なお,使用者が職務発明について特許を受ける権利を承継した場合は,特許を受ける前においても実施する権利を黙示に許諾されているということができる。この場合において,実施により上げた利益が通常実施権によるものを超えるときには,当該発明が貢献した程度を勘案して『その発明により使用者等が受けるべき利益』を定めることができる。」
⑶ 「使用者等が貢献した程度」について
「特許法35条4項には『その発明がされるについて使用者等が貢献した程度』を考慮すべきである旨規定されているが,前記…のとおり,特許を受ける権利の承継後に使用者が現実に得た実施料をもって『その発明により使用者等が受けるべき利益の額』として『相当の対価』を算定する場合においては,考慮されるべき『使用者等が貢献した程度』には,『その発明がされるについて』貢献した程度のほか,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した程度も含まれるものと解するのが相当である。すなわち,『使用者等が貢献した程度』として,具体的には,その発明がされるについての貢献度のほか,その発明を出願し権利化し,さらに特許を維持するについての貢献度,実施料を受ける原因となった実施許諾契約を締結するについての貢献度,実施製品の売上げを得る原因となった販売契約等を締結するについての貢献度,発明者への処遇その他諸般の事情が含まれるものと解するのが相当である。」
「相当の利益(対価)」についての高額の認定をした裁判例
「相当の利益(対価)」について、1億円を超える高額の認定をした裁判例としては、以下のものがあります。
東京高判平16.1.29判時1848号25頁[日立製作所事件(控訴審判決)]
「本件発明1の『相当の対価』は,次のとおり,1億6516万4300円となる。この金額から本件発明1についての補償金額等231万8000円を差し引くと1億6284万6300円となる。」
「結局のところ,本件発明1の承継の相当の対価の不足分は,合計1億6284万6300円となり,この金額から原判決が本件発明1について認容した3474万円を差し引くと,1億2810万6300円となる。」
東京地判平16.1.30判時1852号36頁[青色発光ダイオード特許権持分確認訴訟第一審判決]
「そうすると、本件特許を受ける権利の譲渡に対する相当対価の額(特許法35条4項)は、被告会社の独占の利益1208億6012万円(前記5において算定した実施料合計額)に発明者の貢献度50%を乗じた604億3006万円(ただし、1万円未満切捨て)となる。1208億6012万(円)×0.5=604億3006万(円)」
※控訴審で以下のとおり和解勧告(平成17年1月11日東京高等裁判所知的財産第3部和解勧告案)がなされています。
3 被控訴人のすべての職務発明の特許を受ける権利の譲渡の「相当の対価」について
「当裁判所は,特許法35条の上記の趣旨に照らし,被控訴人の控訴人に在職中のすべての職務発明により使用者等が受けるべき利益及び使用者等の貢献度を別紙のとおり推認した。被控訴人のすべての職務発明の特許を受ける権利の譲渡の「相当の対価」についての和解金は,別紙の合計金額6億0857万円(1万円未満切捨て)を基本として算定されるべきである。」
「これまでの裁判例等において,職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価が1億円を超えた事例は現在までに2例(〔1〕東京高裁日立製作所事件判決:相当の対価1億6516万4300円,ただし,使用者の貢献度8割,共同発明者間における原告の寄与度7割,〔2〕東京地裁味の素事件判決:相当の対価1億9935万円,ただし,使用者の貢献度95%,共同発明者間における原告の寄与度5割)があり,この2例が,数多い職務発明の中でも極めて貢献度の高い例外的なものであることは明らかである。被控訴人のすべての職務発明の特許を受ける権利の譲渡に対する上記の相当の対価は,この2例の金額をさらに大きく超えるものである。当裁判所も,被控訴人の職務発明の全体としての貢献度の大きさをこれまでに前例のない極めて例外的なものとして高く評価するものであり,同時に,それでもなお,その『相当の対価』は,特許法35条の上記の趣旨及び上記2例の裁判例に照らし,上記金額を基本として算定すべきであると判断するものである。」
4 別紙の計算表について
「控訴人と同業他社とがクロスライセンス契約を締結した平成14年までの期間については,〔1〕控訴人の売上金額の約2分の1を被控訴人のすべての職務発明の特許権等の禁止権及びノウハウによるものとし,被控訴人のすべての職務発明の実施料としては,平成8年までを10%とし,平成9年以降については技術の進歩が著しい分野であることを考慮して7%と算定したうえで,「発明により使用者等が受けるべき利益」を算定したものであり,〔2〕『発明がされるについて使用者等が貢献した程度』については,特許法35条の上記立法趣旨,上記2例の裁判例,及び本件が極めて高額の相当の対価になるとの事情を斟酌し,95%を相当としたものである(当然ながら上記3〔1〕の裁判例の使用者の貢献度の判断を否定するものではない。)。」
「控訴人と同業他社とがクロスライセンス契約を締結した平成14年より後の期間については,複数のライセンシーの予想売上げ合計額と被控訴人のすべての職務発明の仮想実施料率を算定することは,本件訴訟資料によっては極めて困難であることから,平成6年から平成14年までの期間について算定した金額の平均値に対し,被控訴人の職務発明中の重要特許の平均残存期間9年と,調整率7割を積算して算定したものである。なお,控訴人の売上は,平成12年ころから14年にかけて急激に伸びているものであるが,技術の進歩が著しい技術分野であり,代替技術の開発及び実施の可能性も高いことから,上記のように算定したものである。」
東京地判平16.2.24判時1853号38頁[味の素アスパルテーム職務発明事件第一審判決]
「以上によれば,本件各発明に対する『相当の対価』の額は,被告が受けるべき利益の額79億7400万円から被告が貢献した程度95%を控除し,共同発明者間における原告の寄与度50%を乗じた1億9935万円となる。79億7400万円×(1-0.95)×0.5=1億9935万円」
「前記のとおり,原告は,被告から本件各発明に係る特許について,被告規程に基づき,1000万円の報奨金を受領したことが認められる。被告が支払った1000万円の報奨金は,発明等取扱規程,特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領に基づいて,被告の売上高や実施料を基礎に算定した増分利益に基づいて本件各特許を功労特許と評価したものであり,いわゆる実績補償の性質を有するものであり,特許法35条3項,4項所定の『相当の対価』の一部に当たると解される。」
「そうすると,原告は,合計1000万円の補償金ないし報奨金を受領したことが認められ,これらは『相当の対価』の一部の支払に当たるものである。」
「そこで,…『相当の対価』の額から上記支払済みの金額を控除すると,『相当の対価』の不足額は,1億8935万円となる。1億9935万円-1000万円=1億8935万円」
消滅時効
時効期間
民法改正前については、職務発明の対価請求の消滅時効は、「権利を行使することができる時」から「10年」と判断される傾向にありました。
もっとも、民法改正後(2020年4月1日施行)は、「権利を行使することができるとことを知った時」から「5年」、「権利を行使することができる時」から「10年」、になるものと考えられます(民法166条1項)。
知財高判平21.6.25判時2084号50頁
⑴ 消滅時効期間
「特許法旧35条3項に基づく相当の対価の支払を受ける権利は,その金額が同条により定められたいわば法定の債権であるから,権利を行使することができる時から10年の経過によって消滅する(民法166条1項,167条1項)と解するのが相当である。」
⑵ 商事消滅時効の主張に対し
「一審被告は,一審原告らの請求債権は,一審原告らが営利企業である一審被告に譲渡した職務発明について特許を受ける権利を承継したことによる対価請求債権であり,これは債務者である一審被告がその営業のためにする商行為によって生じた債権であるから,商法522条により5年の期間の経過により時効消滅する旨主張する。」
「しかし,特許法旧35条3項及び4項の規定によれば,使用者は,使用者と従業者間の契約により特許を受ける権利の承継を受ける場合のみならず,従業者が職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させる意思を現に有しているか否かに関わりなく,勤務規則その他使用者が単独で制定可能な規定によりその承継を受けることができるものとされており,それゆえに,使用者と従業者間の衡平を図る見地から,従業者に対し前記契約・勤務規則等の定めた金額にとらわれない「相当」の対価の支払を受ける権利を付与した上(同3項),その対価額について一定の算定方法を規定しているのである(同4項)。」
「このような特許法の定めに鑑みれば,特許を受ける権利を承継したことによる対価の請求債権は,使用者と従業者間の衡平を図る見地から設けられた債権であって,営利性を考慮すべき債権ではないというべきであるから,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものと解することはできない。」
「したがって,一審被告の上記主張は採用することができない。」
消滅時効の起算点
勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払い時期に関する条項がある場合には、その支払時期が「権利を行使することができる時」とされています。
これに対して、勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払い時期に関する条項がない場合には、使用者に権利を取得、承継させ、若しくは設定した時点が「権利を行使することができる時」となります。
最判平15.4.22民集57巻4号477頁[オリンパス光学工業事件]
「職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。」
まとめ
このように従業者等が職務上行った発明については、権利の帰属や対価の支払いが問題になることがあります。