運転中にてんかんの発作が起きた場合、運転に支障が生じる可能性があり、交通事故につながる可能性があります。他方で、てんかんの症状の程度については、個々人によりそれぞれです。服薬等により発作をある程度抑えることも可能とされています。また、運転免許の取得に際しても、一定の医師による診断がある場合には、拒否等は行わない運用とされています。
もっとも、近年、具体的な症状等を検討することなく、てんかんの発症を理由として、使用者が労働者を解雇する事案が散見されます。我が国において、解雇の要件は厳格に解釈されていますので、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当といえなければ、解雇は無効になります。
今回は、トラックドライバーのてんかん発症と解雇について、解説します。
目次
就業規則上の規定
就業規則などでは、以下のような規定がおかれている会社が多く見られます。
第〇条(解雇)
労働者がつぎのいずれかに該当するときは、解雇することがある。
①精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。
②…
第〇条(懲戒解雇)
労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第〇条に定める普通解雇、前条に定める減給、出勤停止とすることがある。
①重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき
②…
「てんかん」とは
「てんかん」とは、てんかん発作を繰り返し起こす状態をいいます。てんかん発作とは、脳にある神経細胞の異常な電気活動により引き起こされる発作のことです。具体的には、それぞれの神経系に対応し、運動神経ですと体の一部が固くなる、感覚神経ですと手足がしびれたり耳鳴りがしたりする、自律神経ですと動機や吐き気が生じる、高次脳機能ですと意識を失う・言葉が出にくくなるなどの症状が生じます。てんかん発作は、ほとんどの場合、数秒~数分間で終わりますが、時には数時間以上続くてんかん重積状態もあり得ます。
てんかんの原因は、生下時からのもの(脳が発生する過程で生じた構造の異常、代謝異常症、遺伝子の異常など)だけではなく、頭部外傷、中枢神経感染症、自己免疫性脳炎、脳卒中、認知症等のさまざまな脳の疾患が挙げられます。
てんかんのある方は、1000人に5~8人と言われており、日本全体ですと60万人~100万人です。小児と高齢者の発症率が高いですが、30~40代の方も発症する場合があります。
治療は、まず抗てんかん薬により行われます。抗てんかん薬は、てんかん発作を起こりにくくするもので、てんかんの原因を取り除くことはできません。大部分の方はこれにより発作が抑制され、一部の方は数年後に薬をやめることが可能となります。抗てんかん薬では、発作が抑えられない場合には、脳外科手術や食事療法、迷走神経刺激術といった他の治療により発作が抑制・軽減する場合があります。
てんかんと運転免許
道路交通法上、てんかん(発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するものを除く)については、免許を与えないものとするとされています(道路交通法90条、道路交通法施行令33条1項1号、道路交通法施行令33条2の3)。
警察庁通達では、以下のいずれかの場合には拒否等は行わないとされています(平成29年7月31日警察庁丁運発「一定の病気等に係る運転免許関係事務に関する運用上の留意事項について」第109号別添1頁)。
①発作が5年以内に起こったことがなく、医師が「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
②発作が過去2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、x年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
③医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合
④医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合
これに対して、公益社団法人日本てんかん協会は、以下のような立場をとっています。
・てんかんのある人は、大型免許と第2種免許の取得は控えてください。
※運転を主たる職業とする仕事も、お勧めできません。
※5年以上発作がコントロールされていて服薬も終えている場合に運転適性があります(日本てんかん学会)
道路交通法90条(免許の拒否等)
1「公安委員会は、前条第1項の運転免許試験に合格した者(当該運転免許試験に係る適性試験を受けた日から起算して、第1種免許又は第2種免許にあつては1年を、仮免許にあつては3月を経過していない者に限る。)に対し、免許を与えなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する者については、政令で定める基準に従い、免許(仮免許を除く。以下この項から第12項までにおいて同じ。)を与えず。又は6月を超えない範囲内において免許を保留することができる。」
一「次に掲げる病気にかかつている者」
ロ「発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気であつて政令で定めるもの」
道路交通法施行令33条(免許の拒否又は保留の基準)
1「法第90条第1項第1号から第2号までのいずれかに該当する者についての同項ただし書の政令で定める基準は、次に掲げるとおりとする。」
一「法第90条第1項第1号から第2号までのいずれかに該当する場合(次の場合を除く。)には、運転免許(以下「免許」という。)を与えないものとする。」
道路交通法施行令33条の2の3(免許の拒否又は保留の事由となる病気等)
2「法第90条第1項第1号ロの政令で定める病気は、次に掲げるとおりとする。」
一「てんかん(発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)」
入社前にてんかんが発症していた場合
入社前からてんかんが発症していたときに、労働者がこれを採用時に使用者に告げていなかった場合には、「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき」として、懲戒解雇事由に該当するかが問題となります。
「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき」とは、使用者が真実を知っていれば雇用しなかったか、少なくとも同一の労働条件では雇用しなかったであろうと客観的に認められる場合をいいます。
上記のように、てんかんついては、運転免許取得の際に拒否事由とされる場合があることや、公益社団法人日本てんかん協会が運転を主たる業務とすることはお勧めしていることからは、使用者がトラックドライバーとして採用するかどうか、採用するとしてその業務内容をどうするかについての判断を左右する可能性がある事情といえます。
そのため、具体的な症状等にもよりますが、採用の際に、使用者から持病の有無等を尋ねられた際に、てんかんを発症しているのに、持病はないと返答したような場合には、「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき」に該当し、懲戒解雇が有効とされる可能性があります。
これに対して、使用者から持病の有無を尋ねられなかった場合について、裁判例には、「採用を望む者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事実の回答を避けたいと考えることは当然予測されることであり、採用する側もこれを踏まえて採用を検討するべきであるところ、本件職歴に関しても原告が自発的に申告するべき義務があったともいえない」と判示するものもありますが(岐阜地判平25.2.14裁判所ウェブサイト)、その業務の性質上、使用者にてんかんを発症していることや、その症状等を説明しておいた方がいいでしょう。
入社後にてんかんが発症した場合
では、入社後にてんかんを発症した場合はどうでしょうか。「精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。」との解雇事由に当たるかが問題となります。
解雇は、「客観的に合理的な理由を欠き」、「社会通念上相当であると認められない場合」は、解雇権を濫用したものとして無効になります(労働契約法16条)。
これについて、前記警察庁通達が拒否しないこととしている①乃至④のいずれかに該当する場合には、「精神又は身体の業務に耐えられないとき。」に該当するということは難しいものと考えられます。ただし、この場合でも、てんかんの症状については、トラックドライバーとしての業務の内容との関係で、具体的に検討されることになるでしょう。
仮に、前記警察庁通達が拒否しないこととしている①乃至④に該当しない場合であっても、使用者は解雇をする前に配転命令などを行うことにより解雇を回避する努力を行う必要があります。もっとも、職種限定の特約があるような場合には、使用者は、労働者の合意がない限り、配転命令を行うことができません。いずれにしても、労働者としては、使用者に対して、配置される現実的可能性があると認められる他の業務についての労務の提供を申し出ておくべきでしょう(一小判平10.4.9集民188号1頁・労判736号15頁[片山組事件])。
なお、てんかんの発症が業務に起因したものである場合には、労働基準法上、解雇が制限されていますので、原則として、解雇は無効となります(労働基準法19条)。
最一小判平10.4.9集民188号1頁・労判736号15頁[片山組事件]
「現に就業を命じられた特定の業務についての労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務についての労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」
神戸地判昭62.10.29労判506号27頁[三木市職員事件]
清掃作業員として従事する地方公務員の事案ですが、運転業務を行っていないことが考慮されている点や、てんかんの症状についての判断方法につき、参考になります。
1 てんかんの症状の程度
⑴ 原告のてんかんの性質
「原告の『てんかん』は、昭和五八年三月一八日の交通事故による頭部外傷を原因とする外傷性てんかんで、これは一般に真性てんかんよりも予後が良く、加齢とともに自然治癒する傾向にある。」
⑵ 発症の回数・時期・頻度
「原告にはこれまで全身のけいれん及び意識の消失を伴う大発作は同五九年に一回と、同六〇年五月三〇日の分の二回発症しただけで、その後は出現していない。このうち第一回目の分は、抗てんかん剤の服用を怠ったためであり、第二回目の分は抗てんかん剤を減量中に発症したものである。」
「そのほか、右手がしびれたり、指がけいれんする単純部分発作(但し数分以内に消失する。)は、同五八年一〇月に始まって同六一年七月を最後に約一四回起こっているが、その頻度は、原告が民間会社で三交替勤務についていた同五九年一二月から同六〇年二月までの期間が最も多く月三回程度であり、その後は半年に一回程度である。」
⑶ 投薬による抑制の可否
「原告は左則頭部に出血吸収後の瘢痕があり、左脳室が拡大した状態で症状固定しているものの、脳波は正常であり、ま(原文ママ)異常部分が側頭葉からはずれていることから予後は良好であるし、また、原告の大発作は投薬により容易に抑制できる。」
⑷ 医師による診断内容
「同六一年七月八日から原告の治療及び指導に当っている国立宇多野療養所の精神科医長河合逸雄は、その治療経過から見て、原告については今後単純部分発作は絶対に出現しないと断定することはできないが、大発作はまず出現しないと判断している。」
⑸ てんかんの症状
「更に、原告の『てんかん』は、必ず単純部分発作から始まり、それが全般化して二次性の大発作に至るので危険の予知が可能であり、また、原告には発作間欠期の精神能力低下等の異常もなく、投薬による副作用も出ていないから、高所作業、火気又は水のそばの作業等特に危険な業務を除けば、通常勤務が可能である。」
⑹ 小括
「以上の認定の事実からすると、原告の『てんかん』の症状は極めて軽度であり、特に危険な作業を避ける限り、その発作が事故につながる可能性はほとんどないものということができる。」
2 原告の職務内容について
「原告の所属する環境課の業務は収集、焼却処理、埋立処理及びし尿処理の四部門に分れているが、原告は収集部門に配置されたこと、なお、原告のように収集部門に配置された者は、一定期間経過後に必ず他の部門に配置される仕組みにはなっていないこと、原告が実際に従事していた作業はごみ収集であり、その内容は原則として三人一組になり、ごみ収集車で市内の各ごみステーションを回ってごみを収集し、これを清掃センターまで搬送するものであるが、原告は運転業務は行っていなかったことが認められる。」
3 小括
「そうすると、原告には身体の故障のため職務の遂行に支障があるとはいえないのに、支障が存在するとしてされた本件処分は、処分理由を欠くものであり、裁量権を誤った違法な処分として取消を免れない。」
労働基準法19条(解雇制限)
1「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。」
2「前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。」
解雇された場合に「やるべきこと」と「やってはいけないこと」は、以下の動画でも詳しく解説しています。