機密文書・データの持ち出しや情報漏えいを理由に解雇された場合、どうすればいいのでしょうか。機密文書の持ち出し等は、どのような場合に解雇事由になるのでしょうか。今回は、機密文書の持ち出し等を理由とする解雇について解説します。
就業規則上の規定
機密文書の持ち出し等を理由に懲戒解雇される場合があります。就業規則などでは、以下のような規定がおかれている会社が多く見られます。
第〇条(懲戒解雇)
労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第〇条に定める普通解雇、前条に定める減給、出勤停止とすることがある。
①正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。
②許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用したとき。
③…
懲戒権濫用法理
懲戒解雇は、①「懲戒することができる場合」において、②「客観的に合理的な理由を欠き」、③「社会通念上相当であると認められない場合」は、懲戒権の濫用として無効となります(労働契約法15条)。
判断要素
機密文書の持ち出し等を理由とする懲戒解雇の有効性については、以下の判断要素等を考慮した上で、「客観的に合理的な理由」の審査、「社会通念上相当性」の審査をすることになります。
①情報持ち出しの動機が背信的なものかどうか
②持ち出した情報の内容
③情報の管理体制
④情報持ち出しの回数
⑤情報持ち出し後の第三者への漏洩や会社の損害の程度
⑥従来の情報持ち出しに対する処分との均衡
⑦情報を持ち出した社員の過去の処分歴
⑧情報を持ち出した社員の反省の程度
⑨使用者の事業内容
懲戒解雇を有効とした裁判例
裁判例は、機密文書の持ち出し等が背信的意図に基づくものである場合には、懲戒解雇を有効とする傾向にあります。
また、下記の裁判例は、未だ情報を外部に流出していなくても、「社品の外部への持ち出し」や「情報漏えい」に準ずるものとして、懲戒事由にあたるとしています。
【大阪地判平13.3.23労経速1768号20頁[中外爐工業事件]】
「原告は、退職までの一切の情報等の持出をしないことを直近に誓約していたにもかかわらず、大量の技術資料等の持出をしており、これは被告に対する背信的な意図に基づくものであったと認められるし、持ち出した資料等には外部への流出によって被告が重大な損害等を被りかねない重要なものが多数含まれていたうえ、返還時の状況等に照らすと果たして持出資料のすべてが返還されたか、返還までの間にすでに複写等によって外部に流出していないか等の大いなる疑惑がある。」
「右のような、資料等持出は、未だ外部に流出するには至っていなかったとしても、原被告間の信頼関係を根底から破壊するものでもあって、懲戒解雇事由を定めた就業規則七一条六号の『社品を無断で持ち出し』た場合に該当するとともに、二号の『業務上の機密を社外に漏らしたとき』に準ずる行為をしたとき(一二号)に該当するものというべきである。」
以上によれば、本件解雇には相当な懲戒解雇事由があると認められる。
【東京地判平14.12.20労判845号44頁[日本リーバ事件]】
「原告のした被告の開発を検討していた透明石鹸のサンプルの開発依頼は,Aとの商品開発にほかならず,そのAが競合会社である日本R社に就職した後にも続けられていたことからすると,背信性は高いものといえる。 」
「また,機密性が高い事項を議題としたポート・サンライト会議の出席,同会議の資料の持ち出し,データの漏えいは,自らが日本R社の実質的内定を得た後に自ら選択して行ったものであり,ヘアケア商品業界ではブランド力,商品開発力が商品の売れ行きを左右する…ことに照らすと,背信性は極めて高いといわざるを得ない。」
「…したがって,本件懲戒解雇は,客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができないとはいえないから有効であり,長年の功労を否定し尽くすだけの著しく重大なものであるというのが相当である。」
懲戒解雇を無効とした裁判例
裁判例は、機密文書の持ち出し等が背信的意図に基づかない場合や情報の管理体制が不十分な場合には、懲戒解雇を無効とする傾向にあります。
また、下記の裁判例は、未だ情報を外部に流出していないことを理由に、「業務上の秘密を外に漏らさないこと」という懲戒事由にはあたらないとしています。
【東京地判平成24.8.28労判1060号63頁[ブランドダイアログ事件]】
「原告の本件顧客リスト送信行為が,被告就業規則所定の懲戒事由に該当する行為であることは否定できないものの,その動機が被告における営業を推進するためであって不正なものとはいえないことや,被告に実害が生じていないことなどをはじめとする,…諸事情を総合考慮すれば,原告を懲戒解雇に処することは酷に失するといわざるを得ない。したがって,本件懲戒解雇は,社会通念上相当であるということはできないから,懲戒権の濫用に当たり,無効と認めるのが相当である。」
【大阪地判平25.6.21労判1081号19頁[丸井商会事件]】
1 懲戒解雇
(1)就業規則29条4項違反について
「被告の就業規則44条7号は,28条から37条までの規定に違反した場合であって,その事案が重篤なときは,懲戒解雇に処すると定めており,29条4項は,服務心得として,会社の業務上の機密及び会社の不利益となる事項を外に漏らさないことを定めている。」
「これを本件についてみると,原告が本件ハードディスクを原告の自宅に持ち帰った事実は認められるものの,…本件ハードディスクに保存された情報が外部に流出したことは確認されていないのであるから,原告が本件ハードディスクを自宅に持ち帰った行為が,29条4項に該当するとはいえない。」
※就業規則29条(服務心得)4項
「会社の業務上の機密及び会社の不利益となる事項を外に漏らさないこと」
(2)就業規則31条違反について
「次に,原告が,本件ハードディスクを上司の許可を得ずに自宅に持ち帰ったことが,懲戒解雇事由に該当するか検討するに,当該行為が就業規則31条に違反することは認められるが,…,就業規則44条7号は,服務規律違反の『事案が重篤なとき』に懲戒解雇に処すると定めているところ,原告が持ち帰った本件ハードディスクは,原告の私物であること,…,被告においても,…本件ハードディスクが備品であるか従業員の私物であるかなどについて特段の注意を払っておらず,備品や情報の管理が徹底されていたとはいい難いこと,…,本件ハードディスクに保存された情報が外部に流出したか否かは確認されておらず,本件ハードディスクの無断持帰りによって,被告に何らかの損害が発生したと認めるに足りる証拠はないことに照らせば,仮に,被告が主張するとおり,被告が本件ハードディスクの無断持帰りを咎めた際,原告に反省の色が見られなかったとしても,そのことをもって,本件ハードディスクの無断持帰りについて,『事案が重篤なとき』に該当するとはいい難い。」
※就業規則31条(持込,持出)
「従業員は,出社及び退社の場合において日常携帯品以外の品物を持ち込みまたは持ち出そうとするときは,所属長の許可を受けなければならない。」
※就業規則44条(懲戒解雇)
「次の各号の一に該当する場合は,懲戒解雇に処する。ただし,情状によっては,通常の解雇または減給もしくは出勤停止にとどめることがある。」
〔7〕「第28条から第37条までの規定に違反した場合であって,その事案が重篤なとき」
〔8〕「その他,前各号に準ずる程度の不都合な行為を行ったとき」
(3)結語
「以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,本件懲戒解雇は,無効である。」
2 普通解雇
「被告は,原告による本件ハードディスクの無断持帰り及び被告の業務上の秘密及び被告に不利益となる事項を外に漏らした行為が普通解雇事由にも該当するとして,予備的に普通解雇の意思表示をしたものであるが,…,本件ハードディスクの無断持帰りによって,被告に不利益となる情報が外部に漏洩した事実は認められないから,情報漏洩を理由とする普通解雇には理由がない。また,本件ハードディスクの無断持帰りは,…,被告の就業規則31条の服務規律に違反するものの,1回的な行為であること,本件ハードディスクは原告の所有物であること,…,被告においても,本件ハードディスクの所有関係について確認しておらず,また,合併に際し,私物の持帰りについて上長の許可が必要であることの説明,研修等は行っていないこと,前記のとおり情報漏洩の事実までは認められないことなどの事情に照らすと,本件ハードディスクの無断持帰りの事実は,被告の就業規則48条に列挙された普通解雇事由に該当するとは認められない。」
「よって,被告が予備的に主張する5月30日付けの普通解雇も無効である。」
※就業規則48条(解雇)
「会社は次の各号に掲げる場合に従業員を解雇することがある。」
〔1〕「従業員が身体または精神の障害により,業務に耐えられないと認められる場合」
〔2〕「従業員の就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合」
〔3〕「事業の縮小その他会社の都合によりやむを得ない事由がある場合」