会社に対して残業代を請求したいものの、実際にどの程度回収できるか分からないので中々行動に移せないという方も多いですよね。
時間と労力をかけて残業代の請求を行っても、回収できた金額がその労力に見合うものでない場合には、労働者も残念に感じてしまうでしょう。
そのため、残業代の請求をする前に、どの程度の金額を回収できるかについて見通しを立てることが大切です。
では、残業代の和解金に相場はあるのでしょうか。
結論から言うと、残業代請求の和解金に相場はありません。
なぜなら、残業代の金額は、個々の労働者の残業時間や賃金額により異なるためです。
もっとも、残業代の和解金がどのように決まるかを知れば、おおよその見通しを立てることが可能となります。
今回は、残業代の和解金について見通しを立てるための4つのポイントを解説します。
目次
残業代の計算方法
残業代の計算については、以下のように行われます。
①基礎賃金÷②所定労働時間×③割増率×④残業時間数
①基礎賃金とは、文字通り、残業代を計算する基礎となる金額であり、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金を除いた合計金額です。
②所定労働時間は、基礎賃金を1時間当たりの賃金に引き直すものであり、日給制の場合には1日当たり、月給制の場合には1か月当たり、年俸制の場合には1年当たりの所定労働時間を基準にすることになります。
③割増率は、法定時間外残業については1.25倍(但し、中小企業を除き1か月当たり60時間を超える場合には1.50倍)、深夜残業については0.25倍、法定休日残業については1.35倍となります。
④残業時間数については、法定時間外残業については1日8時間・1週40時間を超えて労働した時間数、深夜残業については午後10時00分から午前5時00分に労働した時間数、法定休日残業について労働基準法上1週間に1日の休日を与えなければならないとされている日に労働した時間数です。
残業代の和解金の考え方
残業代の和解金については以下のポイントを考慮し判断されます。
1 裁判で認められる残業代金額
2 判決や執行に至る労力や費用
3 遅延損害金
4 社会保険料や源泉徴収税
裁判で認められる残業代金額
⑴ 残業代金額が最も重要
当然ですが、残業代請求の和解金額を決めるうえで一番重要となるのは、裁判で認められる残業代金額です。
労働審判や訴訟の場合については、裁判所から残業代金額についての心証や見通しを開示され、それに従い和解金額が決定されることが多いです。
これに対して、訴訟外の交渉などでは、早期に解決することができますが、法的な主張立証を尽くしたうえでの心証に基づき金額が決定されるわけではないため、実際に請求できる金額よりも若干の譲歩を求められる場合があります。
⑵ 残業時間はタイムカードを基準にすることが多い
では、労働者と会社の間で、残業時間に争いがある場合は、残業代金額について、どのように判断するのでしょうか。
通常は、タイムカードがある場合は、まずはこれを基準に残業時間を考えることになります。
ただし、タイムカードに休憩時間の記載がない場合であっても、休憩時間をとっていなかったことを説明できる資料等がない場合には、休憩時間については控除されることが多い傾向にあります。
当事者の一方がタイムカードと実際の労働時間数が異なることについて、説得力のある証拠を提出した場合には、これも考慮した上で、和解金額を決めることもあります。
⑶ 残業代金額早見表
残業代金額の見通しを立てるに当たっては、参考までに以下の早見表をご覧ください。
判決や執行に至る労力や費用
和解をするメリットは、早期に少ない労力で残業代を解決することができる点にあります。
これに対して、和解ではなく判決を取得したうえで執行を行う場合には、時間と労力、費用がかかります。
そのため、和解においては、節約できる時間や労力、費用に見合った譲歩を行うということもあります。
このような考え方からは、節約できる時間や労力、費用が大きいほど、求められる譲歩の金額も大きくなります。そのため、訴訟外の交渉の方が、労働審判や訴訟における和解よりも、求められる譲歩の金額が大きくなる傾向にあります。
遅延損害金
残業代請求について和解により解決する場合には、裁判所からも、遅延損害金については譲歩してはどうかと説得されるのが通常です。
もっとも、判決になれば遅延損害金も含めて請求することができますし、法律上も和解の場合に遅延損害金を含めることができないとの決まりがあるわけではありません。
そのため、積極的に和解をする動機付けに乏しいような場合には、遅延損害金についても和解金に含めるように主張することがあります。
社会保険料や源泉徴収税
残業代請求について和解により解決する場合には、残業代金額から社会保険料の労働者負担分や源泉徴収税は控除せずに和解金額が協議されることが多いです。
もっとも、労働者が遅延損害金も和解金額に含めるように主張するような場合などには、会社からも社会保険料の労働者負担分や源泉徴収税を考慮してほしいと主張されることがあります。
具体例
例えば、以下のようなケースを考えてみましょう。
Aさんは、これまで休憩時間を1日45分程度しかとることができていなかった。これを前提にタイムカードを基準に残業代を算定すると300万円の未払い残業代があるとする。
これに対して、会社は、休憩時間は1日1時間を与えていたため、休憩時間については45分ではなく1時間として労働時間から控除してほしいと主張している。
このようなケースにおいて、Aさんとしては、労働審判や訴訟に至れば、休憩時間は45分しかとることができていなかったことの立証が可能であると考えていたとしても、和解により解決をしたい場合には、一定の譲歩せざるを得ないことがあります。
例えば、Aさんとしては、どの程度交渉により解決したいかということにもよりますが、労働審判や訴訟に移行した場合の弁護士費用程度であれば譲歩してもいいなどと、再提案することがあります。
また、Aさんが、休憩時間は45分しかとることができていなかったものの、これを立証する証拠に乏しいと考えた場合には、その部分については譲歩して和解することも考えられます。
これに対して、和解による解決ではなく、労働審判や訴訟による解決でも構わないという場合には、譲歩する必要はありませんので、300万円全額を支払ってほしいと伝えることになります。
また、経過している期間によっては、遅延損害金も含めて支払ってほしいと主張することもあります。
解雇を争いながら残業代も請求する場合
では、解雇などの雇用終了等を争いながら残業代も請求した場合における和解金については、どのように考えられているのでしょうか。
これについて、労働者が請求することができる金額が増加すれば和解金額も増加するのが通常であり、残業代請求が付加された事案ではその分だけ和解金額が高くなるとも思えます。
しかし、実際には、解雇などの雇用終了のみについて争われている事案とこれを主たる紛争として残業代請求を付加した事案では、和解金額はほぼ同じように分布されています。残業代請求が付加されたことで和解金額が大きく上昇しているとの傾向はみられません。
JILPTの「労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析」労働政策研究報告書No.174(2015)によると、労働審判における解決金額について、「総計」では最も多いのは「100万~200万円未満」の「27.0%」、次いで「50万~100万円未満」の「23.7%」、「200万~300万円未満」の「10.4%」となっています。
これに対して、残業代請求も付加したものについて、最も多いのは「100万~200万円未満」の「30.3%」、次いで「50万~100万円未満」の「27.3%」、「200万~300万円未満」の「15.2%」となっています。
もっとも、残業代請求を付加した事案においては、解雇後の賃金請求などの他にも、残業代の請求もできる以上、これを譲歩する必要性はないと考えられます。そのため、労働者としては、残業代金額についても和解金額に付加するように求めていくべきでしょう。
残業代請求の和解金と税金
では、残業代請求の和解金について税金はかかるのでしょうか。
和解金額を決める際に源泉徴収税金額が控除されなかったとしても、税金がかからないということにはなりません。
和解が成立する場合には、通常、「解決金」という名目で支払われます。
多くの会社では、解決金という名目で支給する場合には、賃金の実質を有しないものとして処理する傾向にあります。
そのため、税務上の扱いとしては、「一時所得」として取り扱われることが多いです。
そして、弁護士費用については、経費として扱うことができますので、所得金額から控除することができます。
見通しを知るのに早いのは弁護士に相談すること
残業代請求の見通しの立て方については、上記のとおりです。
このように残業代請求の見通しを立てることにより、会社に対して、残業代を請求するか否かについて意思決定をする際の材料とすることができます。
もっとも、残業代金額がいくらになるのかを具体的事案に即して算定するには、労働時間を計算したうえで、休日日数を数えたり、基礎賃金を確認したりする必要があり、慣れていないと煩雑です。
そのため、より正確な残業代請求の見通しを知りたい場合には、弁護士の初回無料相談などを利用するのが早いでしょう。
残業代の未払いがある会社においては、他にも手当が支払われていなかったり、賃金の未払いがあったりすることも多くみられます。
弁護士に相談した場合には、これらの未払賃金についても確認してもらうことができますので、自分で確認するよりも簡単に正確な見通しをアドバイスしてもらうことができます。
したがって、残業代請求の見通しを知りたい場合には弁護士に相談することがおすすめです。