労働者が解雇理由証明書の交付を請求しているのに、会社がこれをくれない場合があります。実はこのようケースは実際に解雇された場合には珍しいことではありません。
しかし、解雇理由証明書の交付を受けることができることは、労働基準法で規定された権利です。会社がくれない場合にも、諦める必要はありません。
解雇理由証明書を請求するためには今から説明するその手順を知っていただけば、誰でも請求の仕方が分かるようになるはずです。
今回は、会社が解雇理由証明書をくれない場合の請求の仕方について分かりやすく解説します。
目次
解雇理由証明書とは何か
解雇理由証明書とは、会社が労働者を解雇した理由が具体的に記載されている書面です。
法律上は、「労働者が…当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない」(労働基準法22条2項)とされています。
(出典:東京労働局 解雇理由証明書)
解雇理由証明書の使い道
では、解雇理由証明書の使い道はどこにあるのでしょうか。労働者はなぜ解雇理由証明書を請求すべきなのかを解説します。
労働者にとっての解雇理由証明書の使い道は、主に「解雇を争うかどうか」「解雇をどのように争うか」を判断する際の材料とする点にあります。
労働者としても、解雇された理由がわからなければ、それが正当なのかどうかが分かりません。解雇理由が具体的に示されれば、会社が主張する解雇事由が本当に存在するのかどうか、仮にその解雇事由が存在するとして解雇を正当化するものなのかどうかを判断することができます。
また、解雇を争うには、労働者としても、事実関係を調査し、整理した上で、証拠を集める必要があります。会社がどのような解雇理由を主張しているかにより、労働者が集めるべき証拠も異なってきます。解雇理由証明書があれば、解雇をどのように争うかの方針を立てることができます。
加えて、解雇理由証明書の事実上の効果として、会社は、解雇理由証明書に記載していない事実については、その後、解雇の理由として主張しづらくなります。解雇理由証明書に記載されていない事実を、解雇理由として追加すること自体が認められたとしても、解雇時点において会社が重要視していなかった事実であることが推認されます。
解雇理由証明書をくれない理由
会社は、なぜ解雇理由証明書をくれないのでしょうか。その理由については、例えば以下の4つの可能性があります。
会社が解雇したつもりはない場合
まず、そもそも、会社は労働者を解雇したつもりはないという場合があります。
例えば、「もう会社に来なくていい」と言われたような場合、労働者としては、これは解雇されたものだと考えるでしょう。
しかし、会社としては、自宅での待機を命じただけだというように考えている場合もあるのです。
このような場合、解雇理由証明書を交付してもらえないことがあります。
解雇通知書等の書面で十分と考えている場合
次に、会社が、解雇通知書に解雇理由が書いてあるので、これで十分と考えている場合があります。
しかし、後で説明するように、解雇通知書と解雇理由証明書は違うものですので、解雇通知書に解雇理由が十分に記載されていない場合や解雇理由以外の事項が書かれているような場合には、会社は労働者に対して解雇理由証明書を交付する必要があります。
解雇を争われたくない場合
また、会社には、解雇理由証明書を交付することで、解雇を争われてしまうのではないかと危惧して、解雇理由証明書をくれない場合があります。
しかし、労働者は、解雇理由証明書がなくても解雇を争うことが不可能になるわけではありません。
むしろ、解雇理由証明書を交付しないという会社の態度は裁判において不利益に考慮されることになるでしょう。
解雇理由証明書を知らない場合
小規模な会社などでは、社長が労務管理経験に乏しく、そもそも解雇理由証明書が何かを知らない場合があります。
このような場合には、解雇理由証明書をくれないことがあります。
解雇理由証明書は退職後も請求できる
解雇予告期間中の請求
「労働者が、…解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない」とされています(労働基準法22条2項本文)。ただし、労働者が解雇予告された後に解雇以外の事由で退職した場合には、この限りではありません。
そのため、労働者は、解雇の予告がされた日から退職の日までの間においては、労働基準法22条2項に基づいて、解雇理由証明書を請求することができます。
退職後の請求
「労働者が、退職の場合において、…退職事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」とされています(労働基準法22条1項)。
そのため、労働者は、退職後(解雇日後)については、労働基準法22条1項に基づいて、解雇理由証明書を請求することができます。ただし、2年間の消滅時効がありますので注意が必要です(平成11年3月31日基発169号)。
なお、解雇予告期間中に労働基準法22条2項に基づき解雇理由証明書を請求した後、会社が解雇理由証明書を交付する前に解雇日が経過したとしても、労働者は改めて労働基準法22条1項に基づき解雇理由証明書の請求をし直す必要はありません(平成15年10月22日基発1022001号)。
解雇理由証明書をなくした場合は再度請求できる
行政通達では、解雇理由証明書については、証明を求める回数について制限はないとされています(平成11年3月31日基発169号)。
そのため、労働者は、解雇理由証明書をなくしてしまったような場合、既に再就職先に提出してしまった場合などには、会社に対して、解雇理由証明書を再度請求することができます。
試用期間解雇であっても請求できる
試用期間については、解約権留保付きの労働契約が成立しているものと判断される傾向にあり(最大判昭48.12.12民集27巻11号1536頁[三菱樹脂事件])、本採用を拒否することも、既に成立した雇用契約を一方的に終了させるものとして解雇に当たります。
そのため、労働者は、試用期間中に解雇された場合であっても、会社に対して、解雇理由証明書を請求することができます。
解雇理由証明書の請求手順
口頭で請求する
解雇理由証明書を請求する方法については、特に制限されていません。
そのため、労働者としては、これを口頭で請求することもできます。
口頭で行う場合には、「解雇理由証明書の交付を求める」旨を端的に述べれば足りるでしょう。
なお、口頭で請求することが義務付けられているわけではありませんので、最初から書面で請求しても問題はありません。
会社がくれない場合には書面で請求する
会社が解雇理由証明書をくれない場合には、労働者が解雇理由証明書の交付を請求したことについて証拠として提出できるように、書面でも請求しておくのがいいでしょう。証拠として提出するという観点からは、内容証明郵便により郵送することが望ましいです。
【記載例】
抽象的不明確である場合には具体的に記載するよう求める
会社から解雇理由証明書の交付がされた場合であっても、解雇理由証明書の記載が抽象的すぎて不明確な場合があります。
行政通達(平成11年1月29日基発45号、平成15年12月26日基発1226002号)には、以下のように記載してあります。
「解雇の理由については、具体的に示す必要があり、就業規則の一定の条項に該当することを理由として解雇した場合には、就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記入しなければならないこと。」
解雇理由が抽象的不明確であれば、解雇が不当かどうかを判断することはできませんし、解雇を争うに当たっての方針も立てることができません。
そのため、会社から交付された解雇理由証明書の内容が抽象的不明確である場合には、当該行政通達を示したうえで、解雇理由を具体的に記載するように求めるべきでしょう。
これらに会社が応じない場合にはその事実を主張する
会社が解雇理由証明書を交付しない場合や解雇理由を具体的に明らかにしない場合には、このような事実を労働審判や訴訟において主張していくことになります。
これらの事実については、例えば、解雇理由が不十分であることを基礎づける事情となるでしょうし、解雇手続きに問題があることを示す事情ともなります。
解雇通知書と解雇理由証明書の違い
では、会社が解雇通知書を既に交付しているので、解雇理由証明書を交付する必要は無いとの理由で、解雇理由証明書をくれない場合はどうでしょうか。
解雇通知書は、解雇の効力を発生させることを目的とする書面であり、解雇の効力が生じる日や解雇する旨の意思表示が記載されています。もっとも、労働基準法上、解雇通知書の交付が義務付けられているわけではなく、解雇自体は口頭でも効力が生じますし、解雇通知書に記載すべき事項が法定されているわけでもありません。
解雇理由証明書は、労働基準法22条により、使用者に交付が義務付けられているものであり、その記載内容についても「具体的に記載する」(平成11年1月29日基発45号、平成15年12月26日基発1226002号)、「請求しない事項は記入しない」(労働基準法22条3項)などのルールがあります。
このように解雇通知書と解雇理由証明書は別の書面です。
もっとも、先ほど説明したように、労働者が会社に対して解雇理由証明書の交付を求める実益は、解雇が不当かどうかを判断し、解雇を争うための方針を立てることにあります。そうであるとすれば、解雇通知書に具体的に解雇理由まで記載されている場合には、あえて解雇理由証明書まで請求しないという選択もあり得るでしょう。
他方で、労働者としては、「解雇理由」以外の記載は書かないでほしいなどの意向がある場合には、解雇通知書に解雇理由が十分に書いてある場合であっても、解雇理由のみが記載された解雇理由証明書を請求するように改めて請求することができます。
離職票と解雇理由証明書の違い
では、会社が離職票を既に交付しており、これを見れば解雇理由は分かるとの理由で解雇理由証明書をくれない場合はどうでしょうか。
離職票は、失業保険を受給するために必要とされている書面であり、通常、これには、解雇理由が解雇の不当性や解雇を争う方針を立てることができるほどに具体的に記載されているとはいえません。また、解雇理由以外の事情についても多く記載されています。そこで、離職票の交付では解雇理由証明書の代わりにはなりません。
(出典:ハローワークインターネットサービス 記入例:雇用保険被保険者離職票-2)
行政通達(平成11年3月31日基発169号)には、以下のように記載してあります。
「退職時の証明書は、労働者が次の就職に役立たせる等その用途は労働者に委ねられているが、離職票は公共職業安定所に提出する書類であるため、退職時の証明書に代えることはできない。」
そのため、労働者としては、離職票が交付されている場合であっても、会社に対して、解雇理由証明書の交付を求めるべきです。
解雇理由証明書をくれない場合には損害賠償は請求できる?
では、労働者は、会社が解雇理由証明書を交付しない場合に、不法行為に基づき慰謝料の請求をすることはできるのでしょうか。
これについて判示した裁判例は一見して見当たりません。
確かに、解雇理由証明書を請求する実益が解雇の不当性や解雇を争う方針を判断する点にあることを考慮すると、解雇の無効が確認されれば、一定程度、労働者の精神的苦痛も癒えるものと考えられるかもしれません。
しかし、解雇理由証明書の交付請求権は、労働者に対して、解雇を争うかどうかを判断する機会とこれを争うための便宜を手続として保証したものであり、解雇を争うための防御の出発点となる重要な権利です。解雇理由証明書の交付がされなければ、労働者は十分に主張を尽くすことができなかったり、防御のために必要以上の労力や時間、費用を割く必要が生じたりすることがあります。
従って、会社が、労働者の防御を害する目的で解雇理由を具体的に明らかにしない場合には、慰謝料請求が認められる余地がないとは言えないでしょう。
また、解雇理由証明書の不交付自体を理由とする慰謝料請求が否定されたとしても、不当解雇を理由とする慰謝料請求の当否や金額を判断する際に、このような会社の態様が考慮されることになります。裁判例には、会社が解雇予告を行うに際して何らの解雇理由についての説明をしていないことを解雇の態様の一事情として考慮し、30万円の慰謝料を肯定したものがあります(大阪地判平22.7.15労判1014号35頁[医療法人大生会事件])。