会社に出してしまった退職届を撤回したいと悩んでいませんか?
会社から退職するように強く言われてしまって、断り切れなかったという方もいますよね。
また、いざ退職届を提出したものの、冷静に就活環境を見据えたら退職はしたくないと考え直した方もいるでしょう。
結論から言うと、退職届は人事部長などの権限がある方が受理するまでは、撤回が認められる傾向にあります。
ただし、辞職と解される特段の事情がある場合には、会社に到達した時点で撤回ができなくなってしまいます。
万が一、退職届を撤回できない場合であっても、以下の3つのケースでは取り消しや無効を主張できます。
ケース1:害悪を示して脅された場合(脅迫)
ケース2:勘違い(錯誤)や騙された場合(詐欺)
ケース3:本心でないことを会社が知り得た場合(心理留保)
退職届を出した後にこれを撤回するためのポイントは、「すぐに行動すること」、「撤回を文書などの証拠に残すこと」の2つです。
また、もしもあなたが退職届を出しておらず、口頭で退職する旨を伝えただけであれば、退職の意思表示があったとはいえないと評価してもらえる可能性もあります。
今回は、退職届の「撤回」や「取り消し」ができるケースとその方法について詳しく解説していきます。
具体的には、以下の流れで説明していきます。
この記事を読めば退職届を撤回するためにあなたが今何をするべきかがわかるはずです。
目次
退職届を撤回できるのはいつまで?
退職届は人事部長などの権限がある方が受理するまでは、撤回が認められる傾向にあります。
ただし、辞職と解される特段の事情がある場合には、会社に到達した時点で撤回ができなくなってしまいます。
以下では、その理由を説明します。
まず、「退職届」又は「退職願」を提出する場合には、法的な意味としては2つの可能性があります。
1つの目は、会社の承諾とは関係なく、一方的に退職する意思を示すものである可能性です。これを「辞職の意思表示」といいます。
辞職については、民法で規定されていて、期間の定めのない労働者は2週間前に行うことで自由に退職できます(民法627条)。
2つ目は、会社が承諾を求めて、退職の申し入れをするものである可能性です。つまり、会社が承諾することを条件に退職する意思を示すものである可能性です。これを「合意退職の申し込み」といいます。
合意退職については法律上の条文はありませんが、合意で行うものである以上、このような退職も認められています。
辞職については、会社に到達するまで撤回できるとされています。
これに対して、合意退職の申し込みは、会社が退職を承諾するまで撤回できるとされています。具体的には、会社の承諾は、人事部長などの権限がある方が受理した時点で認められる傾向にあります。
そして、辞職の意思表示と明確にいえず、いずれか曖昧な場合には、合意退職の申し込みと判断される傾向にあります(広島地判昭60.4.25労判487号84頁[全自交広島タクシー支部事件]、大阪地判平10.7.17労判750号79頁[株式会社大通事件]、横浜地判平23.7.26労判1035号88頁[学校法人大谷学園事件])。退職が労働者の生活に与える影響が大きいことから、労働者を保護する必要があるためです。
なお、提出する書面の名称(「退職届」か「退職願」か)だけでは、法的な意味は決まりません。
会社の承諾がどの時点で認められるかは、事案に即して判断する必要があります。
人事部長などの権限がある方が受理した時点で会社の承諾が認められるという「傾向」にありますが、あなたの事案次第では異なる判断がされる可能性もあります。
つまり、どの時点で会社が承諾したといえるかを判断するに当たっては、①会社内における退職手続の流れ、②退職承認の権限の有無、③退職条件の協議状況と合意書作成の予定、④あなた自身が承諾にかかる事実を認識していたかなどが重要となるでしょう。
参考になる裁判例として以下の4つがあります。
退職届の取り消しや無効を主張できる3つのケース
退職届の撤回をすることができない場合でも、取り消しや無効を主張できるケースがあります。
退職届の取り消しや無効が主張できるケースとしては、以下の3つがあります。
ケース1:害悪を示して脅された場合(強迫)
ケース2:勘違い(錯誤)や騙された場合(詐欺)
ケース3:本心でないことを会社が知り得た場合(心理留保)
順番に説明します。
ケース1:害悪を示して脅された場合(強迫)
害悪を示して脅されたことによって退職届を提出した場合には、これを取り消すことができます。
民法は、強迫による意思表示について取り消しを認めているからです。
民法96条(詐欺又は強迫)
「…強迫による意思表示は、取り消すことができる。」
裁判例は、情交関係を難詰し、人柄や生活能力がないことを批判した後に、大声で罵倒し、最後に就業則上の懲戒解雇事由に該当するとして退職願を提出するように迫った事案について、強迫による取り消しを認めています。
(参考:松田地益田支判昭44.11.18労民20巻6号1527頁[石見交通事件])
そのため、会社から強迫されて退職届を提出した場合には、これを取り消すことができるのです。
ケース2:勘違い(錯誤)や騙された場合(詐欺)
勘違いや騙されたことによって退職届を提出した場合には、これを取り消すことができます。
民法は、錯誤や詐欺による意思表示を取り消すことができるとしているためです。
民法95条(錯誤)
「意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。」
一「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」
二「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」
民法96条(詐欺又は強迫)
「詐欺…による意思表示は、取り消すことができる。」
裁判例は、解雇事由は存在せず、解雇処分を受けるべき理由がなかったのに、退職勧奨等により、労働者が退職願を提出しなければ解雇処分をされると誤信した事案について、錯誤に当たるとしています。
(参考:横浜地川崎支判平16.5.28労判878号40頁[昭和電線電纜事件])
そのため、錯誤や詐欺により退職届を提出した場合には、これを取り消すことができるのです。
ケース3:本心でないことを会社が知り得た場合(心理留保)
退職届の提出は、本心ではなく会社がこれを知り得た場合には、無効となります。
民法は、心裡留保による意思表示は、相手方が真意でないことを知り又は知ることができたときは、無効としているためです。
心裡留保というのは、あなた自身が真実でないことを知ってした意思表示のことです。つまり、あなた自身が退職するつもりがないと考えているのに、退職すると述べることがこれにあたります。
民法93条(心裡留保)
1「意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。」
裁判例は、反省の意を強調する意味で退職願が提出された事案について、
⑴退職願は勤務継続の意思があるならばそれなりの文書を用意せよとの学長の指示に従い提出されたものであること、
⑵退職願を提出した際に学長らに勤務継続の意思があることを表明していること等の事実を考慮し、
使用者は退職願による退職の意思表示が真意に基づくものではないことを知っていたものと推認できるとして無効としました。
(参考:東京地決平4.2.6労判610号72頁[昭和女子大学事件])
退職届を取り消すためには、証拠を集めておくことが大切です。
退職届を取り消すには、退職届を出す前のやり取り、退職届を出した時のやり取り、退職届を出した後のやり取りの証拠を集めましょう。
具体的には、上記やり取りについての以下の証拠があるといいでしょう。
・メールやチャット
・録音
・メモや日記
・会社から交付された書面
・あなたが会社に送付した書面
強迫や錯誤、詐欺、心裡留保を主張しても、会社が反論してくる場合が多いので、十分に準備しておきましょう。
退職届を撤回する3つの手順
それでは、具体的に退職届を撤回する方法を説明していきます。
退職届を撤回する際のポイントは、「すぐに行動すること」、「撤回を文書などの証拠に残すこと」です。
具体的には、以下の順で試してみましょう
手順1:電話で撤回の意思を示して手続きを止めてもらう
手順2:権限のある方にメール又はチャットで撤回の意思を示す
手順3:内容証明郵便で撤回する旨を通知する
手順1:電話で撤回の意思を示して手続きを止めてもらう
退職届を撤回する手順の1つ目は、会社に電話で撤回の意思を示して手続きを止めてもらうことです。
すぐに連絡することで人事担当者に退職届が到達することを防ぐことができる可能性があります。「提出した退職届を撤回します。すぐに手続きを止めてください。」と伝えましょう。
また、現在の手続きがどこまで進んでいるのかについても確認しておくようにしましょう。後から、会社が手続きの進行状況を偽ることを防止するためです。
発信履歴のスクリーンショットを撮って、会話内容(発信時間と通話時間を含む)をノートなどにメモしておきましょう。
裁判例も、代理人弁護士が、理事長の承認前に、引き続き働きたいのでもう一度話し合いたい旨の架電をした事案で、撤回を認めています。
(参考:横浜地判平成23年7月26日労判1035号88頁[学校法人大谷学園事件])
手順2:権限のある方にメール又はチャットで撤回の意思を示す
退職届を撤回する手順の2つ目は、権限のある方にメール又はチャットで撤回の意思を示すことです。
メール又はチャットであれば、その送付した内容が明確に記録として残ります。
電話で手続きを止めてもらったらすぐにメール又はチャットで撤回の意思を送っておきましょう。
例えば、以下のような文面が考えられます。
手順3:内容証明郵便で撤回する旨を通知する【文書例付き】
退職届を撤回する手順の3つ目は、内容証明郵便で撤回する旨を通知することです。
メール又はチャットで退職届を撤回してもすぐに会社が撤回を認めない場合には、あなたの主張を整理して通知書を送付しましょう。
撤回が認められない場合に備えて、取り消しや無効の主張も記載しておくことが考えられます。
もしも、会社側が撤回を認めない場合には、その後、あなたは出勤を拒まれる可能性があります。出勤できなかった期間の賃金を請求するには、あなたが働く意思を持っていたことが必要となります。そのため、業務指示をするように求める旨も記載しておきましょう。
例えば、錯誤取り消しをあわせて通知する場合には、以下のような文書を内容証明郵便に配達証明を付して送付することが考えられます。
※御通知のダウンロードはこちら
※こちらのリンクをクリックしていただくと、御通知のテンプレが表示されます。
表示されたDocumentの「ファイル」→「コピーを作成」を選択していただくと編集できるようになりますので、ぜひご活用下さい。
退職届を撤回又は取り消した「その後」
あなたが退職届を撤回した後は、会社が「撤回を認める場合」と「撤回を認めない場合」があります。
会社が撤回を認める場合には、その後も、通常どおり会社で働き続けることになります。
一方、会社が撤回を認めない場合には、あなたは裁判所を利用した手続を行うことを検討することになります。
以下では、撤回又は取り消しをした場合の「あなたの権利」と「裁判所を利用した手続」を説明します。
撤回又は取り消しをした場合の「あなたの権利」
あなたは、退職届の撤回又は取り消しは有効であることを前提に、主に以下の2つの権利の確認又は請求をしていくことになります。
①退職日以降も雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認
②退職日以降の賃金の請求
①は、今後もあなたが会社で働いて、賃金をもらうことができる立場にあることを確認するもので、法律関係を明確にするためのものです。
②は、退職日以降にあなたが出勤できなかったのは、会社に責任があることを理由に、退職日から解決する日までの賃金を請求していくものです。
これに対して、会社は、退職届の撤回又は取り消しを認めない場合には、あなたの就労を認めず、退職日以降の賃金の支払いをしなくなります。
そして、離職票の交付をしてきたり、健康保険証の返還をしてきたりと、あなたが退職したものとして、手続きが進められていきます。
会社は、あなたがもう従業員ではないと考えているためです。
このようにあなたと会社の間で、あなたの権利についての考えが食い違うことになるのです。
撤回又は取り消しをした場合の「裁判所を利用した手続」
裁判所を利用して、退職届の撤回又は取り消しを主張していく場合には、労働審判や訴訟などの手続きが考えられます。
労働審判というのは、全3回の期日で調停を目指すものであり、調停が成立しない場合には裁判所が一時的な判断を下すものです。労働審判を経ずに訴訟を申し立てることもできます。
訴訟は、期日の回数の制限などは特にありません。1か月に1回程度の頻度で期日が入ることになり、交互に主張を繰り返していくことになります。解決まで1年程度を要することもあります。
口頭で退職すると伝えただけの場合
退職届を提出しておらず、口頭で退職すると伝えただけの場合には、退職の意思表示があったとはいえないと評価してもらえる可能性があります。
本来、法律上の「意思表示」は、原則として、書面で行うことは必要とされていません。口頭であっても、意思表示は有効に成立します。
しかし、退職するかどうかは、労働者の生活に関わる重要な問題です。そのため、裁判所は、労働者が口頭で退職すると言っただけの場合には、本当に退職の意思表示がされたのかどうかについて慎重に判断する傾向にあります。
以下の裁判例が参考になります。
同裁判例は、退職届が提出されていない場合の退職の意思表示について以下のように判示しました。
「労働者にとって労働契約は、生活の糧を稼ぐために締結する契約であり、かつ、社会生活の中でかなりの時間を費やすことになる契約関係であることからすれば、かかる労働契約を労働者から解消して自主退職するというのは、労働者にとって極めて重要な意思表示となる。したがって、かかる労働契約の重要性に照らせば、単に口頭で自主退職の意思表示がなされたとしても、それだけで直ちに自主退職の意思表示がなされたと評価することには慎重にならざるを得ない。特に労働者が書面による自主退職の意思表示を明示していない場合には、外形的にみて労働者が自主退職を前提とするかのような行動を取っていたとしても、労働者にかかる行動をとらざるを得ない特段の事情があれば、自主退職の意思表示と評価することはできないものと解するのが相当である」
(参考:東京地判平26.12.24労経速2239号25頁[日本ハウズイング事件])
このように退職届を提出せず、口頭で退職すると言ってしまっただけの事案であれば、退職を争える可能性は相対的に高いことになります。
退職届の撤回は弁護士に相談するべき
退職届の撤回は、弁護士に相談することがおすすめです。
退職届の撤回については、これまで見てきたとおり、多くの法的問題点が含まれています。
特に、会社から退職勧奨をされて、退職届を提出したようなケースでは、会社は中々撤回を認めません。
裁判所を利用した手続きを行う必要が出てくる可能性も高いのです。
手持ちの証拠や事実関係を踏まえて、撤回又は取り消しを主張して争った場合の見通しについて、相談してみましょう。
まとめ
以上のとおり、今回は、退職届の「撤回」や「取り消し」ができるケースとその方法について詳しく解説しました。
この記事の要点を簡単にまとめると以下のとおりです。
・退職届は人事部長などの権限がある方が受理するまでは、撤回が認められる傾向にあります。ただし、辞職と解される特段の事情がある場合には、会社に到達した時点で撤回ができなくなってしまいます。
・退職届の取り消しや無効を主張できるのは、①害悪を示して脅された場合(強迫)、②勘違い(錯誤)や騙された場合(詐欺)、③本心でないことを会社が知り得た場合(心理留保)の3つのケースです。
・退職届を撤回する場合には、①電話で撤回の意思を示して手続きを止めてもらう、②権限のある方にメール又はチャットで撤回の意思を示す、③内容証明郵便で撤回する旨を通知する、の順で試してみましょう。
・退職届を撤回しても、会社がこれを認めない場合には、労働審判や訴訟などの裁判所を利用した手続により、①退職日以降も雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、②退職日以降の賃金の請求を行うことになります。
この記事が退職届を撤回したいと悩んでいる方の助けになれば幸いです。
以下の記事も参考になるはずですので読んでみてください。