会社から業務改善命令をされた場合、どのように対応するのが適切なのでしょうか。指導書は、会社から解雇された場合には、裁判で証拠として提出されることになります。そのため、業務改善命令に対する労働者の対応によっては、労働者にとって不利益となる場合もあります。
今回は、業務改善命令をされた場合の対処法について解説します。
目次
業務改善命令とは
業務改善命令とは、労働者の勤務状況若しくは勤務成績に問題がある場合などに、これを指摘し、その改善方法や改善目標等を指導することにより、労働者に対して業務改善の機会を与えるものです。
面談などにより行われることもありますし、指導書などの書面が交付される場合もあります。業務改善命令の方法に特段決まりはありませんが、書面により交付された場合には、使用者が解雇や降格の証拠とすることを考えている可能性がありますので、その対応には注意が必要です。
業務改善命令をする理由
使用者は、労働者の勤務成績が不良な場合であっても、通常、これを理由に直ちに労働者を解雇することは、解雇権の濫用となり許されません。
多くの裁判例では、勤務成績を理由に解雇する前に、業務改善の機会が十分に与えられたかどうかということが考慮されます。
そのため、使用者は、労働者の勤務状況や勤務成績に問題を感じていても、直ちに解雇するのではなく、まずは業務改善命令を行うのです。
従って、使用者から業務改善の機会を与えてもらうことは労働者の権利ですので、業務改善の機会が与えられていない場合や、業務改善の機会が不十分だった場合には、これを理由に解雇を争うことが考えられます。
東京高判平25.4.24労判1074号75頁[ブルームバーグ・エル・ピー事件]
成績不良を理由とする解雇が客観的に合理的かは、「労働契約上、当該労働者に求められている職務能力の内容を検討した上で、当該職務能力の低下が、当該労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであるか否か、使用者側が当該労働者に改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善がされなかったか否か、今後の指導による改善可能性の見込みの有無等の事情を総合考慮して決すべき」としています。
東京地決平13.8.10労判820号74頁[エース損害保険事件]
「長期雇用システム化で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり勤続してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は、労働者に不利益が大きいこと、それが単なる成績不良ではなく企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し、かつ、その他、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず、改善されないなど今後の改善の見込みもないこと、使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと、配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきである」としています。
東京地判平28.3.28労経速報2287号3頁[日本アイ・ビー・エム(原告2名)事件]
「現在の担当業務に関して業績不良があるとしても,その適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格,一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上での業績改善の機会の付与などの手段を講じることなく行われた本件解雇〔1〕は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないから,権利濫用として無効というべきである。」
業務改善命令への対処法
業務改善の機会の判断のポイント
業務改善命令が行われた場合に、改善の機会が十分に与えられていたか否を判断するにあたっては、以下の点が重要となります。特に、①②については、これが摘示されていないと業務改善自体が困難となります。
①改善の対象となる事実が具体的に摘示されていたか
②改善の方法が具体的に指示されていたか
③改善目標が明示されていたか
④改善目標を達成できなかった場合の措置につき明示されていたか
【書式:指導書】
①改善の対象となる事実が具体的に摘示されていたか
まず、使用者から交付される指導書を見るとその多くは事実が具体的に摘示されていません。
例えば、「~業務を行う際の連携が不十分であること」、「~業務を行う際に不注意によりミスを繰り返したこと」などの記載が散見されます。
しかし、このような記載では、いかなる事実について改善を求められているのかが具体的に分かりません。
このような抽象的な指導がなされた場合には、⑴いつ、⑵どこで、⑶どのような業務を行っていた際の出来事で、⑷ミスの態様はどのようなものであるかにつき、確認する必要があります。
そして、このような確認を行ったことは、労働者にとっても重要な事実となりますので、証拠として提出できるように、面談の内容を録音するか、書面などの形に残る方法で確認すべきでしょう。
これに対して、使用者は、「それは自分で考えるべきことだ」などとして、確認しても、対象となる事実を具体的に明らかにしないことがあります。そのような対応がなされた場合は、そのような対応自体が、業務改善の機会が与えられていなかったことを裏付けることになります。
使用者から、⑴いつ、⑵どこで、⑶どのような業務を行っていた際の出来事で、⑷ミスの態様はどのようなものであるかにつき返答があった場合には、自分が本当にそのようなミスを行ったのかどうか、自分の認識と齟齬がないかを確認し、齟齬がある場合はそれを指摘しておくべきでしょう。使用者の指摘が自分の認識とも齟齬がないようであれば、業務改善の方法等につき協議すべきです。
<訴訟や労働審判における争い>
訴訟や労働審判などで解雇の有効性などが争いとなった場合に、労働者が指導内容が抽象的不明確で業務改善の機会が十分に与えられていなかったとの主張すると、使用者は「労働者は指導の際にどのミスを指しているのか十分に分かっていて、特に異議を述べることもなかったはずだ」と反論することがあります。
これに対して、労働者は、「どの事実を指しているのか説明してほしい」と使用者に伝えたのに、使用者からの返答はなかったなどと主張することがありますが、使用者はそのような確認がされたことはないと反論するわけです。
そうすると、労働者が本当に「どの事実を指しているか説明してほしい」と使用者に言ったのかどうかという争点が発生してしまうことになります。「言ったか言わないか」の問題の証拠は、録音などがない限り、最終的には人証によることになることが多く、相当程度の労力を要するとともに、立証の不確実性が高いです。
そのため、このような争点が発生すること自体を未然に防ぐため、面談を録音するか、確認は書面により行うこと望ましいでしょう。
②改善方法が具体的に指示されているか
使用者からの指導書のうち、改善方法まで指示されている書面は多くありません。
これについて、労働者は、改善の対象となるべき事実が指摘されても、その改善の方法が分からなければ、十分に業務改善の機会が与えられていたとはいえません。
そのため、指導書に業務改善の方法が具体的に記載されていない場合には、業務改善の方法につき使用者に確認するべきでしょう。
これについても、このような確認を行ったことは、労働者にとっても重要な事実となりますので、証拠として提出できるように、面談の内容を録音するか、書面などの形に残る方法で確認すべきでしょう。
③④改善目標と不達成の場合の措置
改善目標と不達成な場合の措置が予め労働者に示されていれば、労働者は目標に向けて改善を行う際の指標となるとともに、目標を達成できなかった場合の不利益を予測できるため不意打ちを予防できます。そのため、労働者に業務改善の機会を与える際には、改善目標と不達成の場合の措置につき、命じておくのが望ましいです。
労働者は、改善目標が示された場合には、その改善目標が現実的に達成可能なものかどうかを確認する必要があります。例えば、同種の業務・賃金・キャリアの他の従業員の勤務成績などと比較して、過度な要求をするようなものである場合には、不当な改善目標といえるでしょう。
また、不達成の場合の措置が過剰なものでないかを確認する必要があります。例えば、「改善目標を達成できない場合には解雇とする」などと記載されている場合には注意が必要です。業務改善等には応じるべき場合であっても、過剰な措置が記載されている場合には、目標不達成の場合の措置を承諾することはできない旨を伝えるべきでしょう。
その場で安易に署名押印しない
以上のように、指導書については、確認すべき事項が多々ありますので、その場で安易に署名押印することは望ましくありません。
使用者から、署名押印を求められるような場合には、「指導書の内容を十分に確認してから返答したいため、一度持ち帰り検討させてほしい」と伝えて、一度持ち帰るのが望ましいでしょう。
そして、検討の上、納得できない箇所がある場合などには、それを伝えて署名押印を拒否することや、その箇所の修正・削除を求めることが考えられます。
自分では指導書の記載内容につき判断できない場合には、弁護士に対応を相談することが望ましいでしょう。業務改善命令がなされた時点でご相談いただくと、その後に解雇されて紛争になった際のリスクをより軽減することができます。使用者は、業務改善命令をする際などには、事前に顧問弁護士などに相談している場合も多いです。今後の紛争になる可能性を想定すれば、労働者も対等な法律知識を身につけておくべきでしょう。