使用者から職務の内容や勤務地の変更を命じられることがあります。一定程度労働者の希望を確認する使用者も多いですが、必ずしも労働者の希望通りの職務内容や場所で働くことができるとは限りません。使用者の行う配転命令はどのような場合に無効となるのでしょうか。今回は、配転命令について解説します。
配転とは
配転とは、従業員の配置の変更であって、職務内容又は勤務場所が相当の長期間にわたり変更されるものをいうとされています。
このうち同一勤務場所(事業所)内の勤務個所(所属部署)の変更が「配置転換」と称され、勤務地の変更が「転勤」と称されています。
配転命令の根拠
配転命令の根拠には、以下の2説がありますが、最高裁判例がどの見解に立つかは必ずしも明らかではなく、下級審においては、包括合意説に立つものと契約説に立つものがともに見られます。
【包括合意説】
使用者は一般に労働契約の締結により労働力の包括処分権を取得し、それに基づき労働の種類・場所を決定できるとする説
【契約説】
配転は労働契約において予定された範囲内であれば契約の履行過程であり、予定された範囲を超えるものであれば契約内容の変更申入れとなるから労働者の同意を要するとする説
実務上は、就業規則に配転命令の根拠規定があることが多いため、包括合意説と契約説とで主張立証上の際はあまり生じません。
もっとも、就業規則その他に配転命令の根拠規定がない場合には、使用者は、包括合意説によれば雇用契約自体から配転命令権が発生することから配転命令の根拠規定を主張立証する必要はありませんが、契約説によれば配転命令の根拠規定の存在を主張立証しなければなりません。
職種限定の合意・勤務場所限定の合意
1 職種限定の合意
職種限定の合意とは、労働契約において、労働者を一定の職種に限定して配置する旨の使用者と労働者との合意をいいます。
職種限定の合意が認められる場合には、使用者は、労働者の同意がない限り、他職種への配転を命ずることはできません(労働契約法8条)。
特殊な技能や資格を要する場合、採用時に他職種とは別の選考試験がある場合、職種別の賃金体系がある場合、入社後特別の訓練要請を経て一定の技能に熟練した場合、他職種への配転時期が乏しい場合等には、職種限定の合意を肯定する方向の事情となります。
なお、労働条件通知書に業務の内容が記載されていても、通常、採用直後の当面の業務内容として記載されているものと解されますので(平11年1月29日基発45号参照)、これのみをもって、職種限定の合意を成立しているとすることは困難です。
2 勤務場所限定の合意
勤務場所限定の合意とは、雇用契約において、労働者を一定の勤務場所に限定して配置する旨の合意をいいます。
勤務場所限定の合意が認められる場合、勤務場所を変更することは労働契約の内容である労働条件を変更することになるため、使用者は、労働者の同意を得ない限り、他の勤務場所への配転を命ずることはできません(労働契約法8条)。
現地で採用され入社以来同一の場所で勤務し続けていること、労働者に固定された生活の本拠があることが前提とされていること(パートタイマー等)、求人票に勤務場所を特定する記載があること、同様の配転実績が乏しいこと等が挙げられます。
なお、労働条件通知書に就業場所が記載されていても、通常、採用直後の就業場所として記載されているものと解されますので(平11年1月29日基発45号参照)、これのみをもって、当該就業場所に勤務場所を限定する旨の明示の合意が成立しているとすることは困難です。
配転命令が無効になる場合
1 判例の判断基準
判例は、配転命令権も無制約ではなく、これを濫用することは許されないとして、以下のように判示しています。
【最二小判昭61.7.14集民148号281頁[東亜ペイント事件]】
①「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、」
②「当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは」
③「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」
「等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」
2 ①「業務上の必要性」
①「業務上の必要性」は、「当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべき」とされています(前掲最二小判昭61.7.14[東亜ペイント事件])。業務上の必要性については比較的緩やかに解されています。例えば、全国に支店を有する会社における定期の人事異動である場合などローテーション人事の一環として認められれば、業務上必要性は肯定されることが多いとされています。
3 ②「不当な動機・目的」
②「不当な動機・目的」とは、例えば、退職に追い込む目的で労働者にその職歴にふさわしくない業務を割り当てる場合や退職勧奨を拒否したことに対する嫌がらせ目的の配転命令などです。
4 ③「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」
③「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」については、労働者の家庭生活上の不利益と職業上の不利益が考慮されます。
家庭生活上の不利益には、様々なものが想定されますが、裁判例は、要介護状態にある老親や転居が困難な病気を持った家族を抱え其の介護や世話をしている労働者に対する遠隔地への転勤命令については、権利濫用と認める傾向にあります(大阪高判平18.4.14労判915号60頁[ネスレ日本事件]、大阪高判平17.1.25労判890号27頁[日本レストランシステム事件])。これに対し、共働きや子の教育・育児等の事情で夫婦別居や通勤時間の長時間化をもたらすような転勤命令については、家庭生活上の不利益に対する配慮(住居手当、単身赴任手当、旅費等の支給、社宅の貸与など経済的な代替措置)の有無を考慮したうえで、転勤に伴い通常甘受すべき範囲内のものと評価されてきました(最二小判平11.9.17労判768号16頁[帝国臓器製薬事件]、最三小判平4.10.20労判618号6頁[川崎重工業事件]、最三小判平12.1.28集民196号285頁[ケンウッド事件]、福岡高判平13.8.21労判819号57頁[新日本製鐵事件])。
職業上の不利益については、職種限定の合意が成立しているとまで認定できないものの、ある程度職種を特定して採用したなど、労働者のキャリアに相応の配慮をしなければならないような特段の事情がある場合には、権利濫用とされる場合があります(東京地判平22.2.8労経速2067号21頁[エルメスジャポン事件]-情報システム専門職から倉庫係への配転を命じられた事案)。
降格配転
では、降格を伴う配転の有効性については、どのように考えるべきでしょうか。
これについて、降格を伴う配転の場合には、降格についてもその有効性を検討する必要があります。
裁判例は、「従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては,…労働者の適性,能力,実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度,降格の動機及び目的,使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度,降格の運用状況等を総合考慮し,従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り,当該降格は無効と解すべきである。」と判示しています(仙台地決平14.11.14労判842号56頁)。
そして、裁判例は、「降格が無効となった場合には,本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから,賃金減少の原因となった…配転自体も無効となり,本件配転命令全体を無効と解すべきである」と判示ています(仙台地決平14.11.14労判842号56頁)。
【仙台地決平14.11.14労判842号56頁】
「本件配転命令は,債権者の職務内容を営業職から営業事務職に変更するという配転の側面を有するとともに,債務者においては職務内容によって給与等級に格差を設けているところ…,債権者が営業職のうちの高位の給与等級であるP〈3〉に属していたことから,営業事務職に配転されることによって営業事務職の給与等級であるP〈1〉となった結果,賃金の決定基準である等級についての降格(昇格の反対措置にあたる。以下この意味で「降格」という。)という側面をも有している。」
「配転命令の側面についてみると,使用者は,労働者と労働契約を締結したことの効果として,労働者をいかなる職種に付かせるかを決定する権限(人事権)を有していると解されるから,人事権の行使は,基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し,社会通念上著しく妥当性を欠き,権利の濫用にわたるものでない限り,使用者の裁量の範囲内のものとして,その効力が否定されるものではないと解される。」
「他方,賃金の決定基準である給与等級の降格の側面についてみると,賃金は労働契約における最も重要な労働条件であるから,単なる配転の場合とは異なって使用者の経営上の裁量判断に属する事項とはいえず,降格の客観的合理性を厳格に問うべきものと解される。」
「労働者の業務内容を変更する配転と業務ごとに位置付けられた給与等級の降格の双方を内包する配転命令の効力を判断するに際しては,給与等級の降格があっても,諸手当等の関係で結果的に支給される賃金が全体として従前より減少しないか又は減少幅が微々たる場合と,給与等級の降格によって,基本給等が大幅に減額して支給される賃金が従前の賃金と比較して大きく減少する場合とを同一に取り扱うことは相当ではない。従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては,賃金が労働条件中最も重要な要素であり,賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから,配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず,労働者の適性,能力,実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度,降格の動機及び目的,使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度,降格の運用状況等を総合考慮し,従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り,当該降格は無効と解すべきである。そして,本件において降格が無効となった場合には,本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから,賃金減少の原因となった給与等級P〈1〉の営業事務職への配転自体も無効となり,本件配転命令全体を無効と解すべきである(本件配転命令のうち降格部分のみを無効と解し,配転命令の側面については別途判断すべきものと解した場合,業務内容を営業事務職のまま,給与について営業職相当の給与等級P〈3〉の賃金支給を認める結果となり得るから相当でない。)。」
配転命令拒否と解雇
使用者は、労働者が配転命令を拒否した場合には、自主退職を促し、その後、懲戒解雇又は普通解雇を実施することが通常です。譴責・減給・出勤停止などの懲戒処分よりも配転に応じる不利益の方が大きいことから、これらの処分は実効性を欠くためです。
労務提供の全部拒否と評価することができる配転命令拒否に対する普通解雇及び懲戒解雇の有効性は、基本的に先行する配転命令の有効性に依存することになるとされています。