会社から緊急対応のために勤務時間外にも携帯電話を持っているように言われたことはありませんか。
仕事以外でも会社の携帯電話を持ち歩かなければならないとすると、プライベートの予定を入れることができなかったり、食事中に飲酒を控えたりしなければならないなど私生活にも支障を来すことになります。
この場合、携帯電話を持ち対応することを義務付けられている時間が労働時間に該当するものとして、残業代を請求することはできないのでしょうか。
今回は、勤務時間外に携帯電話を持たされた場合のチェック事項について解説します。
目次
労働時間とは
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。
労働基準法では、法定労働時間や法定休日が定められています。法定労働時間を超えて労働した場合や法定休日に労働した場合、深夜に労働した場合には、法定割増賃金、つまり残業代が発生することになります。
そのため、待機時間が労働時間に該当するかどうかは重要な問題となります。
労働時間に該当するか否かは、客観的に判断されますので、労働契約や就業規則、労働協約等の定めにより決定されるわけではありません。
緊急対応のための待機時間の労働時間該当性
では、所定労働時間外や休日に携帯電話を持つように命じられ、取引先等から連絡があった場合には対応するように義務づけられた場合には、この時間については、労働時間に該当するのでしょうか。
このような不活動時間についても、使用者の指揮命令下に置かれているといえるかどうかが問題となります。
労働者が実作業に従事していないとしても、そのことから直ちに使用者の指揮命令下から離脱しているということはできません。使用者の指揮命令下から離脱しているといえるには、労働者が労働から解放されることが保障されている必要があります。役務の提供が義務付けられている場合には労働からの解放が保障されているとはいえません。
具体的には、緊急対応のための待機時間が労働時間に該当するかは、①不活動時間の占める割合、②不活動時間の活動・行動様式、③現実に労務を提供する回数や実稼働時間等を考慮し判断することになります。
①不活動時間の占める割合については、待機時間において、実稼働時間が占める割合が小さく、不活動時間の占める割合の方が格段に大きい場合には、労働時間性が否定される傾向にあります。
②不活動時間の活動・行動様式については、例えば、待機時間中に携帯電話を所持して買い物などの外出を行うことが可能であったり、待機時間中に食事・入浴などの日常活動を行っていたりする場合には、労働時間性が否定される傾向にあります。
③現実に労務を提供する回数や実稼働時間については、待機していてもほとんど取引先等から連絡が来ることがない場合や、連絡が来ても対応にそれほど時間がかからない場合には、労働時間性が否定される傾向にあります。
最判平19.10.19民集61巻7号2555頁[大林ファシリティーサービス(オークビルサービス)事件]
1 労働時間の判断方法
「労働基準法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない時間(以下「不活動時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。そして,不活動時間において,労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって,不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして,当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である(最高裁平成9年(オ)第608号,第609号同14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)。」
2 平日の時間外労働
「前記事実関係等によれば,本件会社は,被上告人らに対し,所定労働時間外においても,管理員室の照明の点消灯,ごみ置場の扉の開閉,テナント部分の冷暖房装置の運転の開始及び停止等の断続的な業務に従事すべき旨を指示し,被上告人らは,上記指示に従い,各指示業務に従事していたというのである。また,本件会社は,被上告人らに対し,午前7時から午後10時まで管理員室の照明を点灯しておくよう指示していたところ,本件マニュアルには,被上告人らは,所定労働時間外においても,住民や外来者から宅配物の受渡し等の要望が出される都度,これに随時対応すべき旨が記載されていたというのであるから,午前7時から午後10時までの時間は,住民等が管理員による対応を期待し,被上告人らとしても,住民等からの要望に随時対応できるようにするため,事実上待機せざるを得ない状態に置かれていたものというべきである。さらに,本件会社は,被上告人らから管理日報等の提出を受けるなどして定期的に業務の報告を受け,適宜業務についての指示をしていたというのであるから,被上告人らが所定労働時間外においても住民等からの要望に対応していた事実を認識していたものといわざるを得ず,このことをも併せ考慮すると,住民等からの要望への対応について本件会社による黙示の指示があったものというべきである。」
「そうすると,平日の午前7時から午後10時までの時間(正午から午後1時までの休憩時間を除く。)については,被上告人らは,管理員室の隣の居室における不活動時間も含めて,本件会社の指揮命令下に置かれていたものであり,上記時間は,労基法上の労働時間に当たるというべきである。」
東京地判平20.3.27労判964号25頁[大道工業事件]
1 労働時間の判断方法
「労基法所定の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない時間が労基法上の労働時間に該当するか否かは、このような時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定められるものと解される(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)。」
2 シフト担当時間
「そこで、これを本件につきみると、…被告は原告らに対し、シフト担当時間帯に本件委託業者から修理依頼があれば、これに応じて、可能な限り迅速に現場に赴いて、工事に着手することを義務づけていたと認められる。そして、以上に加えて、本件委託業者から修理依頼のある回数・時期が不定期・不規則であること…をも勘案すると、原告従業員にとって、シフト担当時間帯は修理依頼に応じて労務提供の可能性を内包する時間であったといえる。」
「また、前示のような被告から原告ら従業員への業務命令の内容や、…本件寮の整備状況及び原告ら従業員の本件寮への入寮状況…によると、労働契約上義務づけられていたとまではいえないものの、少なくとも、原告ら従業員は、事実上、本件寮への寄宿を余儀なくされていたと評するのが相当である。」
「他方、原告ら従業員の勤務実態及び本件不活動時間における活動・行動の実態を具体的にみてみると、次のとおりである。」
「まず、本件工事全体の実態についてみると、…〔1〕本件委託業者からの修理依頼には、予め、工事時間を予告しておくものもあり、同業者から寄せられたすべての依頼に迅速な対応が求められていたわけではないこと、〔2〕本件対象期間中の各シフト類型(作業内容による整理である)ごとの出動回数等を整理したものが別表3(略)のとおりであるが、これによると、最も出動回数が多いシフトで平成16年に368回、同17年に352回であり(割合は日に1件前後のものとなる)、また、午後9時から翌日午前9時までの間の深夜・早朝時間を含んだ時間帯の出動も、最も出動回数が多いシフトで平成16年で40回、同17年で50回程度であること、さらに、車両等の運転作業を担当するシフトでは、その出動回数は、多いもので平成16年の282回、同17年で278回であり、取り分け、ブレーカー担当のそれは平成16年に171回、同17年に183回と格段に少ないこと、そして、〔3〕原告ら従業員はこれらの各シフトをローテーションにより担当していたこと、以上の事実が認められる。これらの事実によると、本件委託業者からの修理依頼は、全体としてみると、その頻度は日に1回程度で、深夜・早朝時間帯には少ないといえる。また、車両運転業務の出動回数は比較的少ないと評されるが、…原告ら従業員は相当回数、この車両運転業務を担当するものと推認され、このことをも勘案すると、原告ら従業員が実際に出動する頻度は平均で1日に1回以下となる。」
「次に、原告らの勤務実態につきみると、原告らが本件対象期間中の自身のシフト・作業時刻・作業場所の別を整理したのが書証(略)であるところ、このうちのシフト・作業時刻・作業場所が比較的詳細に網羅されているとみられる部分(これは、原告らにおいて、労働状況の記録化を意識した結果とみられ、原告らの勤務実態を相当程度、反映しているものと認められる)を基礎として考察を加えると、例えば、平成17年10月ないし12月までの間の各月の原告らの、〔1〕シフト担当回数、〔2〕午後10時から翌日午前5時までの時間帯に出動した回数、〔3〕1シフトの時間帯に複数回出動した回数、〔4〕1シフトを通じての実稼働時間(出動から、作業の着手・完了、そして、本件寮へ戻るまでの一連の時間)の合計が8時間を超える回数、〔5〕1シフトを通じての実稼働時間の合計が5時間以内となる回数(1シフトを通じて出動がなかった回数を含めており、その回数は括弧内に記した。また、シフト担当日であるにもかかわらず、出動の記載がない空白日は出動回数がないものと認めた)は別表4(略)のとおりとなる。
「これによると、原告らの平成17年10月から12月までの3か月の勤務状況は前記…認定に概ね沿うものであり、また、実稼働時間が5時間以内となる日も相当数あることからすると、24時間シフトであっても、その担当時間帯において実稼働時間が占める割合は小さく、むしろ、不活動時間が占める割合の方が格段に大きいと認められる。」
「加えて、本件不活動時間における原告ら従業員の状況をみてみると、…〔1〕日中の本件不活動時間において従業員は私服で、その生活拠点である本件寮の自室でテレビを鑑賞したり、パソコンに興じるなどしていたこと、〔2〕被告内で労働組合が結成され、従業員がその労働時間を意識し始めるようになった平成17年2月以前には、シフト時間帯であっても、複数の従業員が本件寮内の一室に集合して麻雀に興じたり、飲酒をすることもあったこと、〔3〕本件拠点には、本件寮の賄い業務を担当するGのほかは、本件工事に従事する従業員しかおらず、これら従業員の管理を行う社員は置かれていなかったこと、〔4〕シフト時間帯であっても、原告ら従業員の本件不活動時間帯の外出には特段の規制はなく、携帯電話を所持して買い物のため外出することは可能であったほか、平成12ないし13年ころのことではあるが、中にはシフト時間帯であっても本件拠点近くにあるパチンコ店や、飲酒店へ外出する従業員がいたこと、以上の事実が認められる。もとより、本件不活動時間に原告らも食事・入浴などの日常活動を行っていたことは当事者間に争いがない。」
「以上によると、原告ら従業員の本件不活動時間帯の活動・行動様式は、社会通念に照らすと、自宅からの通勤労働者が自宅で過ごすのとさほど異ならないものであったと評するのが相当である。」
「そこで、…本件不活動時間の労働時間該当性につき判断すると、労務提供の可能性があるという意味では、本件不活動時間であっても、原告ら従業員の活動・行動には一定の制約が及んでいたことは否定できないものの、原告ら従業員が1回のシフト時間帯に現実に労務を提供する回数や実稼働時間、そして、その逆の関係となる本件不活動時間の長さに加え、本件不活動時間中の原告ら従業員の活動・行動様式をも勘案すると、シフトの開始・終了時刻が、始業時刻・終業時刻と同様な意味での拘束性を有するものとは直ちに評し難く、むしろ、本件不拘束時間において、原告ら従業員は高度に労働から解放されていたとみるのが相当である。すなわち、本件不活動時間が被告の指揮命令下に置かれていたとは評価するには足りない。」
大阪高判平22.11.16労判1026号144頁[奈良県(医師・割増賃金)事件]
「医師が一般に多くの患者を抱えていることからすれば、その患者の容態の如何によって、患者本人からであるにせよ、患者の措置を担当している同僚の医師からであるにせよ、常に緊急の措置を要請(応援要請)されることがあり得ることは、勤務医、開業医を問わず通常のことと考えられる。
「そして、医師には、基本的にこの要請に応じ、患者に対して適切な処置を行うことが期待されているのであるが、このような医師に対する社会の期待は、医師のプロフェッションたる地位に由来しているものと考えられる。一般に、プロフェッションとは、学識(科学または高度の知識)に裏づけられ、それ自身一定の基礎理論をもった特殊な技能を特殊な教育または訓練によって習得し、それに基づいて、不特定多数の市民の中から任意に呈示された個々の依頼者の具体的要求に応じて具体的奉仕活動を行い、よって社会全体の利益のために尽くす職業であるとされている。」
「これまでに認定したX病院産婦人科の実態からすれば、X病院に勤務する産婦人科医が上記のような応援要請を受ける機会、特に1人で宿日直を担当している産婦人科医から応援の要請を受ける機会は、稀ではないと推認することができる。しかし、X病院に勤務する産婦人科医ら(5人)が、もし本件のような宅直制度が存在しない状況下で、この応援要請に応えようとすれば、同医師らは、全員が連日にわたって宿日直担当医からの応援要請を受ける可能性があり、その心構えを常にしておかなければならないことになって、その精神的、肉体的な負担はかなり大きい。」
「以上の実情に、前記(1)で認定した宅直制度の運用の実態(X病院に宅直に関する規定はなく、宅直当番医は産婦人科医の自主的な話し合いによって定まり、宅直当番医間でのいわば自主協定であり、宅直当番医名が病院に報告されることもなく、宿日直の助産婦や看護師にも知らされていない。)、X病院の産婦人科医師(5人)が宅直で病院に呼び出される回数は、平成16年、平成17年当時も、年間6~7回位程度にすぎなかったこと…を併せかんがみると、X病院における宅直制度は、上記のような、宿日直担当医以外の全ての産婦人科の医師全員が連日にわたって応援要請を受ける可能性があるという過大な負担を避けるため、X病院の産婦人科医(5人)が、そのプロフェッションの意識に基づいて、当該緊急の措置要請(応援要請)を拒否することなく受けることを前提として、その受ける医師を予め定めたものであり、同制度はX病院の産婦人科医らの自主的な取組みと認めざるを得ない。」
「既に認定した宅直制度の下においては、X病院の産婦人科医らには、宅直を担当する日においては、自宅を離れないようにする、飲酒を控える等の負担ないし気配りが求められ…、精神的な緊張や負担も相当程度あると考えられる。しかし、他方、宅直を担当しない日においては、これらの負担からは一応解放されると考えられることに照らすと、これを半年、1年単位でみれば、上記宅直制度の下における医師らの負担が、宅直制度がなく、宿日直担当医以外の全ての産婦人科の医師らが連日にわたって上記緊急の措置の要請を受ける可能性がある場合の負担に比べれば、過大であるとはいえない。」
「上記…のとおりであるから、…宅直については、1審被告(X病院長)からの黙示の業務命令によるものと認めるのは困難である。」
まとめ
労働時間に該当するかのチェック事項
☑ 電話がくる頻度はどの程度か
☑ 電話がきた場合に対応に要する時間はどの程度か
☑ 入浴や食事等の日常生活に支障が生じているか
☑ マニュアル等で対応内容が具体的に決められているか
※個別具体的な事情を総合的に考慮することになりますので、例えば、マニュアル等で対応が決められていなければ労働時間に該当しないということではありません。
証拠についてのチェック事項
☑ 着信履歴や発信履歴のスクリーンショット
☑ 担当日や着信時間、取引先からの問い合わせの内容、対応内容、対応に要した時間の記録