取引先へのリベートの要求や受領、個人的な謝礼の受領等の不正行為は、どのような場合に解雇事由になるのでしょうか。今回は、背任行為を理由とする解雇について解説します。
就業規則上の規定
取引先へのリベートの要求や受領(手数料として売上金の一部から返戻を求めること等)や、個人的な謝礼の受領等を理由に懲戒解雇される場合があります。就業規則などでは、以下のような規定がおかれている会社が見られます。
第〇条(懲戒解雇)
労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第〇条に定める普通解雇、前条に定める減給、出勤停止とすることがある。
①故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
②職務に関連して不正に謝礼・慰労、饗応を受け、またはこれを要求したとき。
③…
裁判例の判断基準
懲戒権濫用法理
懲戒解雇は、①「懲戒することができる場合」において、②「客観的に合理的な理由を欠き」、③「社会通念上相当であると認められない場合」は、懲戒権の濫用として無効となります(労働契約法15条)。
もっとも、横領・背任や金銭的な不正行為については、おおむね懲戒解雇が有効とされる傾向にありますので留意が必要です。ただし、通勤手当の不正受給等の類型については、別途裁判例が蓄積されています、
「客観的に合理的な理由」の審査
「不正に謝礼・慰労、饗応を受け、またはこれを要求したとき」とは、事案にもよりますが、企業への一般的信頼性、業務運営の公正性を疑わせるような行為を禁止するものであり、会社に金銭的不利益を与える不正行為に限られないと解釈される傾向にあります。
【東京地判平12.10.16労判798号9頁[わかしお銀行事件]】
「銀行法において銀行業の免許申請に対し内閣総理大臣が免許を与えるか否かを判断する際の審査基準として、免許申請者が銀行業務を『公正』に遂行することができる知識及び経験を有し、かつ充分な社会的信用を有する者であることが掲げられていることからすれば、被告が業として普通銀行を営んでおり、広く社会一般から預金等の形態で調達した資金を運用することを企業活動の根本とする以上、被告の銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であること、本件就業規則一二条(7)は、銀行の取引先及び関係者に対する金銭・手形・物品の借入れを禁止しているのみならず、銀行の取引先及び関係者に対する金銭・手形・物品の貸付け及びその保証並びに銀行の取引先及び関係者に対する金融のあっせんも禁止していること、以上の点に照らせば、本件就業規則一二条(7)は、被告の職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる金銭消費貸借等を禁止することで、被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で設けられた規定であると解される。」
【大阪地判平2.5.28労判565号64頁[松下電器産業事件]】
S社が「多額のバックリベートを徴していたこと、…同社がバックリベート或いは何らかの手数料を徴すべき合理的理由のなかったことは疑問の余地なく」、S社「が合理的理由もないのに右バックリベートを徴し得たのは原告の画策によるものと認めるの他ない」。
「原告は…、職務に関し不正行為を行い、同社に経済的損害を与えたのみならず、その名誉、信用をも毀損したものであり、…、原告には被告就業規則九〇条一項四号、七号、一〇号に該当する事由があると認めるのが相当である。」
「社会通念上相当」性の審査
「社会通念上相当」かどうかは、以下の要素を総合考慮して判断します。
①使用者の業務の性質
②非違行為の態様
③非違行為時における労働者の役職
④受領した金額
⑤非違行為の発覚後の労働者の対応
⑥従前の勤務態度
⑦使用者に生じた損害の程度
⑧使用者の対外的な信用が毀損された程度
⑨他の従業員への悪影響の有無等
【東京地判平12.10.16労判798号9頁[わかしお銀行事件]】
1 使用者の業務の性質
「被告においては、その営む銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であり、被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で本件就業規則一二条(7)及び一二条(6)を設けているが、」
2 非違行為の態様
「原告が行った本件金銭借入及び本件謝礼受領は、これらの規定に違反する行為であり、被告としては到底看過することができない重大な非違行為であるといえること、」
3 非違行為時における労働者の役職
「本件金銭借入及び本件謝礼受領の各非違行為を犯した当時の原告は、板橋支店の副支店長の地位にあり、部下の職員に被告の諸規定・規則類を遵守するよう指導監督すべき職責を担っていた者であるにもかかわらず、そのような職責を担う原告が自ら率先して本件就業規則をないがしろにする所為に出たことは、被告と原告との間の信頼関係を破壊するものといえること、」
4 受領した金額
「原告が本件金銭借入及び本件謝礼受領によって得た金員は六二〇万円余りと多額にのぼっており、その金額は原告の請求に係る退職一時金の金額よりも多いこと、」
5 小括
「以上の事実が認められ、これらの事実を総合すれば、原告は、被告から本件金銭借入及び本件謝礼受領について事情を聴取された早い段階で本件金銭借入及び本件謝礼受領を認めていたこと、原告は、…被告に一九年余り勤務していたことになるが、…その間の原告の勤務態度や勤務成績が格別不良であったことは認められないこと、本件金銭借入及び本件謝礼受領によって被告に実損害が発生したことや被告の対外的な信用が毀損されたことはうかがわれないこと、本件金銭借入や本件謝礼受領によって被告の職員に対し何らかの悪影響を与えたこともうかがわれないことなど、原告に有利な事実を勘案しても、被告が本件金銭借入及び本件謝礼受領を理由に原告に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択したことは合理的かつやむを得ないものであると認めることができる。」
【大阪地判平2.5.28労判565号64頁[松下電器産業事件]】
「前記認定に係る原告の不正行為の態様及び内容、原告の被告における経歴、地位並びに被告が被った有形、無形の損害等の事情を総合考慮すると、本件解雇が解雇権の濫用であると認めることはできない。」
取引先からのリベート・謝礼の受領と損害賠償請求
取引先からリベート・謝礼等を受領した場合には、当該労働者は、不法行為に基づき、使用者から損害賠償を請求される場合があります。下記裁判例は、受領金額全額が会社の損害に当たるとしています。
【東京地判平23.12.27労判1045号25頁[山口工業事件]】
「原告が」A社「から月額10万円の金員を受け取っていたことが、被告会社に対する不法行為に当たるかについて検討する。」
「これは、被告会社と」A社「との間の業務委託契約に関連して受け取ったものであると推認すべきものであるが、本来、被告会社の東京支社長として被告会社の利益を最大限に図るべき立場にある原告が、単に形式的、対外的な意味で他社の名刺を所持するというだけでなく、業務委託契約の相手方である業者から定期的に定額の報酬を受け取り、実質的にも当該業者の利益のために行動するというのは、明らかに被告会社との関係で利益相反行為であるというべきであって、背任行為に当たるというべきである…。」
「以上のように、原告が」A社「から月額10万円の金員を受け取っていた行為は、被告会社に対する背信行為であって、不法行為に当たると認められるところ、これらの金員については、原告が、被告会社と」A社「との間の業務委託契約の趣旨に従い、」A社「の在日米軍関係の入札関連業務を誠実に履行し、被告会社の利益を最大限図るべく行動していれば、被告会社に帰属したはずの利益であると推認するのが相当であるから、その全額が被告会社の損害に当たるというべきである。そして、…原告は、平成18年5月31日から平成21年3月31日までの間に、」A社「から合計350万円の金員の支払を受けていたことが認められるから、同額が被告会社の損害となる。」