労働時間とそれ以外の時間はどのように見分けるのでしょうか。労働時間に当たるかどうかにより、残業代の金額にも影響が出る場合があります。今回は、手待時間や準備時間、移動時間、持ち帰り残業時間などが労働時間に該当するのかどうかを解説します。
目次
労働時間とは何か・労働時間の判断基準
労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます(最一判平成14.2.28民集56巻2号361頁[大星ビル管理事件])。
この時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めの如何により決定されるべきものではないとされています(最一小判平12.3.9民集54巻3号801頁[三菱重工業長崎造船所事件])。
労働時間といえるためには、使用者の明示または黙示の指示を要します。業務性があっても使用者が知らないまま労働者が勝手に業務に従事した時間は労働時間にあたりません(大阪地判平13.6.28労判811号5頁[京都銀行事件]、大分地判平23.11.30労判1043号54頁[中央タクシー事件]参照)。
以下、類型ごとに見ていきます。
手待時間
⑴ 住み込みマンションの管理人の事案
判例(最二小判平19.10.19民集61巻7号2555頁[大林ファシリティーズ事件])は、マンションの住み込み管理員として稼働していた者が、所定労働時間外の作業に関して、時間外労働に係る割増賃金等を請求した事案について、以下のように判断しています。
ア 「不活動時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、したがって不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には、労働時間に当たる」
イ 会社は管理員に対し、午前7時から午後10時まで管理員質の照明を点灯しておくよう指示し、会社が交付したマニュアルには交付したマニュアルには、所定労働時間外においても住民や外来者からの宅配物の受渡し等の要望が出される都度、これに随時対応すべき旨が記載されていたことから、管理員としても住民等からの要望に随時対応できるようにするため事実上待機せざるを得ない状況に置かれていた等の理由から、1時間の休憩時間を除く午前7時から午後10時までの時間帯について、管理員質の隣の居室における不活動時間も含めて、労働時間に当たる。
⑵ 仮眠時間が問題となる事案
判例(最一小判平14.2.28民集56巻2号361頁[大星ビル管理事件])は、ビル管理会社の従業員として稼働していた者が仮眠時間の全てが労働時間に当たるとして、労働協約、就業規則所定の時間外勤務手当及び深夜終業手当等を請求した事案について、以下のように判示しています。
ア 「不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には、労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。」
イ 「本件仮眠時間についてみるに、…本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって、…本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて…指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たる。」
準備等の時間
⑴ 交代引継・機械点検・整理整頓・朝礼・ミーティング・体操・後始末
交代引継、機械点検、整理整頓等が始業時前に行われても、通常は業務への従事として労働時間にあたります。
朝礼、ミーティング、体操等が指揮監督下において行われた場合も、通常は業務への従事として労働時間にあたります。
終業時刻後に作業上必要な後始末(機械点検、清掃、整理整頓、引き継ぎ)が行われた場合も、労働時間にあたります。
東京地判平14.2.28労判824号5頁[東京急行電鉄事件]
裁判例は、鉄道の駅務員が始業前・終業後に業務遂行の準備行為として使用者から義務づけられて行う点呼について、労働時間に該当するとしています。
東京地判平成17.7.20労判899号13頁[ビル代行事件]
裁判例は、使用者によって義務づけられて行う始業前の朝礼時間について、労働時間に該当するとしています。
東京地判平20.2.22労判966号51頁[総設事件]
裁判例は、使用者の明示または黙示の指示により従事した始業前の準備作業や終業後の後かたずけに要する時間について、労働時間に該当するとしています。
⑵ 入門退門に要する移動時間・入浴・着替え等
業務を行う前の入門後職場到着までの歩行や、作業服・作業靴への着替え・履替えなどの準備行為は、労務の提供自体ではないため、それが使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるものでない限り、準備行為等に充てた時間を労働時間と解することはできないとされています。
しかし、業務の準備行為等が、使用者によるマニュアルの作成及び従業員に対する周知、教育指導、履践するように求める注意等が存在することによって、就業を命じられた業務の準備行為であり、これを事業所内で行うことを使用者から義務づけられた行為であると認めるべき場合には、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価するべきであるとされています。
最一小判平12.3.9民集54巻3号801頁[三菱重工業長崎造船所事件]
裁判例は、従業員は、会社から、「実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、また、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、右装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、会社の指揮命令下に置かれていたものと評価することができる」として、労働時間に該当するとしています。
また、「副資材等の受出し及び散水も同様」に、労働時間に該当するとしています。
さらに、「実作業の終了後も。更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだ会社の指揮命令下に置かれているものと評価することができる」として、労働時間に該当するととしています。
時間外労働
時間外労働は、労働者が規定と異なる出退勤を行って時間外労働に従事しても、使用者が異議を述べない場合や、業務量が所定労働時間内に処理できないほど多く、時間外労働が常態化している場合には、黙示の指揮命令に基づく労働時間と認められます(徳島地判平8.3.29労判702号64頁[城南タクシー事件]、東京地判平9.8.1労判722号62頁[ほるぷ事件]等)。
就業規則上、時間外労働については事前に会社の承認が必要であると規定されている場合であっても、黙示の指揮命令があれば、労働時間と認められます(大阪地判平18.10.6労判930号43頁[昭和観光事件])。
もっとも、使用者が明示的に残業禁止を命じた場合には、これに反して労働を行っても、指揮命令下の労働とはいえず、労働時間には該当しません(東京高判平17.3.30労判905号72頁[神代学園ミューズ音楽院事件])。
持ち帰り残業
持ち帰り残業は、使用者の指揮監督が及ばない労働者の私的な生活の場である家庭で行われるため、指揮命令下の労働ではなく、原則として労働基準法上の労働時間には該当しません。
もっとも、例外的に、使用者から持ち帰り残業の業務命令がある場合には、労働者がこれを承諾し、私生活上の行為と峻別して労務を提供して当該業務を処理したような場合には、労働時間に該当する可能性があります。
そして、私生活上の行為と峻別して労務を提供して当該業務を処理した時間を立証するには、単にパソコンのログイン・ログアウトの記録やメール送受信記録だけでは不十分であり、成果物や作成・変更履歴などが必要となります。
移動時間
⑴ 通勤時間
通勤は、労働力を使用者の下へ持参するための債務の履行の準備行為にすぎません。そのため、通勤時間は、労働時間には該当しないとされています。用務先へ直行・直帰した場合も同様です。
もっとも、通勤時間ではなく、始業後の労働時間と評価できる場合には、労働時間に該当する場合があることには留意を要します。東京地判平20.2.22労判966号51頁[総設事件]は、会社の事務所付近の駐車場にいったん始業時刻前に集合して準備作業を行った後に事務所に立ち寄ってから現場に向かい、終業時刻後も事務所や駐車場に資材を持ち帰って片付け作業を行っていた事案につき、事務所と作業現場間の車両による移動時間を労働時間としています。
⑵ 用務先間の移動時間
勤務先営業所と用務先間の移動時間及び用務先間の移動時間は、通常は移動に努めることが求められるため、業務から離脱し、自由利用することが認められていないから、自由利用が可能であったとする特段の事情がない限り、労働時間になると考えられています。
⑶ 出張前後の移動時間
出張前後の移動時間は、通常は自由に利用できるため、労働時間にはあたらないとされています(横浜地川崎支決昭49.1.26労民集25巻1・2号12頁[日本工業検査事件])。
もっとも、出張の目的が運搬であり旅行中其の物品の監視をしなければならない等出張の移動そのものが業務性を有する場合には、労働時間性が認められるとされています(東京地判平24.7.27労判1059号26頁[ロア・アドバタイジング事件])。
行政解釈も同様に、「出張中の休日はその日に両行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取り扱わなくても差し支えない」としています(昭和23年3月17日基発第461号、昭和33年2月13日基発90号)。
研修等への参加
行政解釈は、「労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取り扱いによる出席の強制がなく、自由参加のものであれば、時間外労働にはならない」としています(昭和26年1月20日基収2875号)。
使用者の明示又は黙示の指示により、参加が事実上強制される場合には、労働時間に該当することになります。
会社の行う健康診断
行政解釈(昭和47年9月18日基発602号)は、以下のとおりです。
労働者一般に対して行われるいわゆる一般健康診断は、一般的な健康の確保を図ることを目的として事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行われるものではないので、その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではなく、労使協議して定めるべきものである。
特定の有害な業務に従事する労働者について行われる健康診断の実施に要する時間は労働時間と解される。
緊急処理のために待機をした場合や携帯電話を持たされた場合
所定労働時間外においても緊急時には対応できるよう待機しておくようにと指示された場合に、これが労働時間に該当するかは、不活動時間の占める割合、不活動時間の活動・行動様式、現実に労務を提供する回数等を考慮し判断することになります(東京地判平20.3.27労判964号25頁[大道工業事件]-労働時間該当性否定)。
昼休みに来客当番をした時間
休憩時間中に来客当番として待機した場合には、労働時間に当たるとされています(昭和23年4月7日基収1196号、昭和63年3月14日基発150号、平成11年3月31日基発168号)。
もっとも、来客当番ではないが、事実上、休憩時間においても来客対応を行ったという場合には、来客の頻度や対応の内容、来客対応を強制されるような状況であったのか等についても、主張立証する必要があると思われます。
運転手の荷待時間・サービスエリア滞在時間・待機時間
トラック運転手の荷待ち時間
配送する荷物の内容(冷凍機等の温度管理が必要かどうか)や、取引先からの連絡の有無や頻度、荷待時間中における運転や作業の要否等を考慮し、使用者の指揮命令下に置かれているといえる場合には、労働時間に該当します(横浜相模支判平26.4.24労判ジャーナル28号2頁[田口運送事件]参照)。
トラック運転手のサービスエリア滞在時間
トラックの積載物を常時監視する職務上の義務を定める労働契約や就業規則がなく、使用者からそのような指示もない事案において、積載貨物についてもその重量から盗難の可能性が低いとして、労働者の滞在中の態様なども考慮した上で、労働時間性を否定した裁判例があります(東京地裁令元.5.31労経速2397号9頁[三村運送事件])。
バス運転手の待機時間
バスが一つの系統の路線の終点に到着した後、次の系統の路線の始点から出発するまでの間における待機時間について、①乗客対応や車内の温度調整を行うこと及びバス停に乗客がいる場合に早めに移動することが義務付けられていたということはできず、乗務員もトイレ以外の理由でバスを離れることがあったことなどから、概ね休憩時間に当たらないとしたうえで、②転回時間内に終了できない業務が発生したり、転回場所や始発場所におけるバスの移動等においても、なお労働時間と考えられる時間が全く存在しないとは見受けられないことなどから、待機時間の1割を労働時間に当たると認めるのが相当であるとした裁判例があります(福岡地判令元.9.20労経速2397号9頁[北九州市営バス事件])。