労働者の私生活を理由に解雇することは許されるのでしょうか。私生活は会社とは離れた労働者のプライベートな時間です。今回は、私生活上の非行を理由とする解雇について解説します。
就業規則上の規定
私生活上の非行を理由に懲戒解雇される場合があります。就業規則などでは、以下のような規定がおかれている会社が多いです。
第〇条(懲戒解雇)
労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第〇条に定める普通解雇、前条に定める減給、出勤停止とすることがある。
①私生活上の非違行為や会社に対する正当な理由のない誹謗中傷等であって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき
②…
判例の挙げる判断基準
労働者の私生活上の行為であっても、その行為が企業秩序維持の観点から許されない行為である場合には、懲戒処分の対象となるとされています。判例も、一定の制約はあるものの、私生活上の行為を理由とする懲戒処分自体は可能であるとしています。
【最二小判昭49.3.15民集28巻2号265頁[日本鋼管事件]】
米軍基地に立ち入ったとして逮捕、起訴され有罪となった従業員3名に対する懲戒解雇及び諭旨解雇の効力が争われた事案につき、以下のように判示しています。
「営利を目的とする会社がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、会社の存立ないし事業の運営にとつて不可欠であるから、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであつても、これに対して会社の規制を及ぼしうる。」
「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類、態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。」
社内不倫を理由とする懲戒解雇
社内での不倫は、私生活上の非行であって、原則としては懲戒の理由にはなりません。しかし、企業秩序に直接関連し、これを乱すものについては、懲戒解雇の理由になるとされています。
ただし、解雇まで許されるのは、行為態様の悪質さを踏まえて当該男女関係が使用者の社会的信用・評価を著しく低下させるものに限られます。そして、特に当事者の社内における役職が上位であればあるほど、使用者の社会的評価・信用の低下につながると判断される傾向は強くなるとされています。
また、社内不倫をした当事者に対して、性別のみを理由に一方を解雇、一方を配転というように処分に差を設けることは、男女雇用機会均等法6条1号、4号に照らしても許されません。これに対して、主導的な役割を果たしたかどうかなどを考慮して態様に差を設けることは可能です。
【旭川地判平元.12.27判時1350号154頁[繁機工設備事件]】
「社内の秩序、風紀を乱した」との就業規則の規定は、「企業の運営に具体的な影響を与えるものにかぎる」として、社内不倫自体は、水道工事業の有限会社の経理事務担当の女性労働者の「地位、職務内容、交際の態様、会社の規模、業態等に照らして」「職場の風紀・秩序を乱し、その企業運営に具体的な影響を与えた」とはいえないとして、懲戒解雇が無効とされています。
痴漢行為を理由とする解雇
社外における痴漢行為については、懲戒解雇を有効とする裁判例と無効とする裁判例があります。裁判例は、鉄道会社という職業上特に痴漢行為が企業に与える影響が大きい会社の従業員であり、過去にも度重なる痴漢行為を行っていたという事情がある事案において、懲戒解雇を認めています。そのため、懲戒解雇が認められる場合は、限定的であると考えられています。。
【東京高判平15.12.11労判867号5頁[小田急電鉄事件]】
鉄道会社の従業員が行った度重なる電車内での痴漢行為を理由とする懲戒解雇の有効性が争われた事案につき、
痴漢行為は決して軽微な犯罪であるとはいえず、電鉄会社の社員はその従事する職務に伴う倫理規範としてそのような行為を決して行ってはならない立場にあることから、本件行為が報道等により公になるか否かを問わず、懲戒解雇という最も厳しい処分を課すことはやむを得ないとし、懲戒解雇を有効とした第一審を支持しています。
【東京地判平27.12.25労経速2273号3頁[Y社事件]】
旅客鉄道事業の運営等を営む会社に勤務する従業員が、会社が運行する鉄道の車内において痴漢行為をしたとして、東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」違反により略式命令が確定したため、諭旨解雇とされた事案について、
本件非違行為は悪質性の低い行為であり、マスコミによる報道がされたこともなく、社外から苦情を受けたといった事実も認められず、会社の企業秩序に対して与えた具体的な悪影響の程度は大きくないこと、弁明の機会が与えられていなかったこと等を理由に、諭旨解雇は懲戒権の濫用として無効としました。
飲酒運転により検挙されたことを理由とする懲戒解雇
業務外で飲酒運転をして検挙されると私生活上の非行に当たることになります。事故を起こしていなくても、飲酒運転のみを理由に懲戒解雇される場合があります。
職業的運転手については、事故を起こしていなくても、飲酒運転をしたというだけで懲戒解雇は有効とされる傾向にあります(千葉地決昭51.7.15労判274号速報カード27頁[千葉中央バス事件]、東京地判平19.8.27労経速1985号3頁[ヤマト運輸事件])。
職業的運転手以外についても、事故を起こしていない場合に、飲酒運転のみを理由に懲戒解雇することは、重きに過ぎ裁量権を濫用したものであるとして無効と判断される傾向にあります(大阪高判平21.4.24労判983号88頁[加西市事件]、大阪地判平21.7.1労判992号23頁[大阪市教育委事件]-ただし、いずれも公務員の事例)。
インターネット上への書き込み
インターネット上への書き込みを理由とする懲戒解雇に関する裁判例については、未だ十分には蓄積されていません。以下の裁判例が参考になります。なお、会社のパソコンを利用してインターネット上への書き込みをした場合には、別途、企業設備の私的利用と情報漏えいが問題となります。
【東京高判平29.9.7判タ1444号119頁(第一審:東京地判平29.2.13判タ1444号128頁)】
大学薬学部の准教授が「2チャンネル」に、同僚教員及びその教員の論文につき、匿名で「相当やばい」「捏造」「被害者多数」などといった投稿を繰り返して実名で批判したことを理由に懲戒解雇した事案について、
当該准教授の平素の勤務態度や研究業績に問題がなかったこと、懲戒解雇されることにより当該准教授の他大学への転職が著しく困難となること、当該准教授の投稿が学生に対する指導や運営等において現実に具体的な支障を生じさせているとはいえないこと、当該准教授が投稿を中止し、今後も2チャンネルへの投稿をするつもりはないと述べていること等に鑑み、最も重い懲戒処分である懲戒解雇を選択したことは重きに失するから、無効であるとしました。