システムエンジニア(以下、「SE」といいます。)の方は、職業上、長時間労働となりやすい傾向にあります。その過酷さから、体調を崩してしまう方も多く存在します。
では、SEの方は、その労働時間に見合うだけの適正な残業代の支払いを受けることはできていますでしょうか。
今回は、SEの方の残業代の支払状況や金額、残業代請求のポイントについて解説していきます。



目次
SE等の時間外労働時間

労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センターによる「平成29年度過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究」では、情報サービス業において、労災支給決定(認定)された脳・心臓疾患事案及び精神障害事案について職業別にみると、脳・心臓疾患事案のうち、「SE 64.5%」が最も多く、次いで「プログラマー 6.5%」となっています。
厚生労働省「平成29年度過労死等に関する実態把握の調査のための労働・社会面の調査研究事業」(委託事業)では、時間外労働時間が1か月45時間超の者はいないと回答した企業は「45.9%」、時間外労働時間が1か月80時間超の者はいないと回答した企業は「80.4%」、時間外労働時間が1か月100時間超の者はいないと回答した企業は「87.7%」となっています。
また、同調査結果において、1週間の実労働時間は、以下のとおりとなっています。
【実労働時間(通常時)(労働者調査)】
【実労働時間(繁忙期)(労働者調査)】
SEの残業代金額

上記の時間外労働時間を前提にSEの残業代金額を計算してみると以下のとおりとなります。
ここでは、基礎賃金を30万円、月平均所定労働時間は160時間と仮定します。
※なお、上記でいう残業時間とは、「法定時間外労働」を前提にしています。
※実際の計算は、具体的事案により異なる場合があります。

ポイント1:業務委託とされていても労働者に当たる場合があること
SEは、契約時に「業務委託契約」との形式で契約する場合や「請負契約」との形式で契約をする場合があります。このような契約書になっていると、会社から、雇用契約ではないので、残業代を支払う必要はないと言われることがあります。
もっとも、SEの方が労働者に該当するかは、契約書の形式により判断されるわけではありません。契約書上、「業務委託契約」や「請負契約」とされていても、指揮監督関係と報酬の労務対償性が認められれば、労働者性が認められることとなります。
指揮監督関係については、①具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、②業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、③時間的および場所的拘束性の有無・程度、④労務提供の代替性の有無を考慮し判断します。
報酬の労務対償性については、支払われる報酬の性格や額等を考慮し判断します。
これに加えて、労働者性の判断を補強する要素として、①業務用機材等機械・器具の負担関係、②専属性の程度、③服務規律の適用の有無、④公租公課の負担関係等を考慮し判断します。
以下のチェック項目に該当する場合には、契約書上「業務委託契約」「請負契約」とされていても、労働者に該当することがあります。
☑ 仕事の依頼につき諾否の自由がない
☑ 出勤時刻や退勤時刻、勤務場所が決められている
☑ 会社が業務遂行方法につき具体的に指示を行っている
☑ パソコンにつき自分が所有しているものではなく、会社から貸与されている物を使用している
ポイント2:実際には労働時間に含まれる労働が多いこと

前記厚生労働省「平成29年度過労死等に関する実態把握の調査のための労働・社会面の調査研究事業」(委託事業)では、所定外労働が発生する理由(労働者調査)は以下のとおりです。

このように、所定外労働が発生する理由としては、「トラブル等の緊急対応のためが59.1%」、「顧客の問題に対応するためが47.9%」、「仕様変更に対応するためが42.6%」、「納期・予算に無理があるためが40.1%」と高い割合を占めていることが分かります。「トラブル等の緊急対応」や「顧客の問題への対応」、「仕様変更への対応」は、いずれも労働時間に該当します。
また、研修についても、参加するかどうかの事由がない場合には、労働時間に該当します。
加えて、書類作成についても、労働時間に該当しますので、これを勤務時間外に作成するように命じることなどはできません。
以下のチェック項目に該当するような場合には、労働時間の計算が正しいかを確認してみるべきでしょう。
☑ 勤務時間後にトラブルや顧客問題等に対応したのに労働時間に含めないと言われた
☑ 研修に参加するように命じられたが自己研鑽のためなので業務ではないと言われた
☑ 書類作成については勤務時間外に行うように言われた

ポイント3:固定残業代には厳格な要件があり差額は支払う必要がある

基本給に残業代に含まれていると言われた場合
会社が残業代は元々基本給に含まれていたと主張する場合があります。もっとも、そのような主張は容易には認められず、厳格な要件があります。
第1に、残業代を基本給に含めていることにつき、法的根拠が必要となります。具体的には、労働者と使用者との間の合意があることや、就業規則上の規定があること必要になります。
第2に、基本給の中に含まれる通常の労働時間に対する対価部分と割増賃金の部分とが明確に区分できる必要があります。
第3に、基本給に残業代が含まれているとしても、その金額に相当する時間を超えて労働をした場合には、差額の清算を行う必要があります。
従って、以下のチェック項目に該当する場合には、未払い残業代が存在する可能性があります。
☑ 残業代を基本給に含めていることにつき、労働者と使用者との間の合意がなく、かつ、就業規則上の規定がない場合
☑ 基本給中に含まれる通常の労働時間に対する対価部分と割増賃金部分とが明確に区分できない場合
☑ 基本給に含まれる割増賃金額に相当する時間を超えて労働しても、差額の清算がされていない
固定残業手当や役職手当等が残業代に該当すると言われた場合
会社が残業代は固定残業代手当や役職手当により支給していると主張することがあります。もっとも、基本給に含めて支給する場合と同様、そのような主張も容易には認められず、厳格な要件があります。
第1に、固定残業手当や役職手当が残業代に該当することにつき、法的根拠が必要となります。具体的には、労働者と使用者との間の合意があることや、就業規則上の規定があること必要になります。
第2に、固定残業代手当や役職手当に、残業代以外の性質が含まれていないことが必要となります。例えば、業務成績によりその金額が決定される場合や、役職の変更に応じて金額も変動する場合には、残業代以外の性質が含まれていると言いやすい傾向にあるでしょう。
第3に、固定残業代手当や役職手当が残業代に該当するとしても、その金額に相当する時間を超えて労働をした場合には、差額の清算を行う必要があります。
従って、以下のチェック項目に該当する場合には、未払い残業代が存在する可能性があります。
☑ 固定残業手当や役職手当が残業代に該当することにつき、労働者と使用者との間の合意がなく、かつ、就業規則上の規定がない
☑ 固定残業代手当や役職手当に、残業代以外の性質が含まれている
☑ 固定残業代手当や役職手当に相当する時間を超えて労働しても、差額の清算がされていない


ポイント4:変形労働時間制の要件は厳格であること

SEの業務には、繁閑があり、時期により労働時間に差があります。
前記厚生労働省「平成29年度過労死等に関する実態把握の調査のための労働・社会面の調査研究事業」(委託事業)では、繁忙期の月(労働者調査)は以下のとおりです。

そのため、会社によっては、変形労働時間性を採用しているため、時間外労働は発生していないと主張されることがあります。
もっとも、変形労働時間制が認められるには、労使協定や就業規則により、①労働時間の総枠を定め、②変形期間における労働時間の特定し、③変形期間の起算日を明示することが必要です。
以下のチェック項目に該当する場合には、残業代を請求できる可能性があります。
☑ 労使協定や就業規則により労働時間の総枠や変形期間の起算日の定めがされていない
☑ 労使協定や就業規則により変形期間における労働時間の特定がされていない
☑ 就業規則において各勤務の組み合わせの考え方等が定められている場合でも、各月の勤務割が変形期間の開始までに特定されていない
☑ あらかじめ定めた労働時間を超えて労働した場合や変形期間における法定労働時間の総枠を超えて労働した場合

ポイント5:管理監督性は容易には認められないこと

会社は、SEが管理監督者に該当することを理由に残業代の支払いを行わない場合があります。
もっとも、管理監督者性が認められるのは限定的な場合であり、容易にはこれに該当しません。
第1に、経営者との一体性が認められることを要します。これは、経営会議への出席の有無や発言力、人事権の有無、実際の業務内容が現場業務かマネージャー業務かなどにより判断します。
第2に、労働時間の裁量が認められることを要します。これは、出退勤の管理の程度や、業務予定や結果の報告の有無等により判断します。
第3に、賃金等の待遇がその地位にふさわしいものであることを要します。
従って、以下のチェック項目に該当する場合には、管理監督者性が否定される可能性があります。
☑ 経営会議に出席していない若しくは、出席しても発言力が小さい
☑ 人事上の権限に乏しい
☑ 実際の業務内容が現場業務である
☑ 出退勤の管理が厳格になされている
☑ 賃金等の待遇が地位にふさわしいものではない


ポイント6:時効

残業代の消滅時効期間は2年です。残業代の消滅時効は、支払い日の翌日から2年を経過した部分から順次完成していきます。
そのため、残業代の請求をしようとする場合には、まず消滅時効を止めることが大切です。
※ただし、2020年4月1日以降が支払日とされる残業代の消滅時効期間は3年となります。

判例

大阪地判平26.7.25労判ジャーナル32号20頁[大津コンピューター事件]
SEが、使用者に対して、割増賃金を請求した事案について、同裁判例は、当該SEが管理監督者に該当しないことや、振替休日の要件を満たしていないことなどを理由として、使用者に対して、605万5008円の割増賃金の支払いを命じました。
東京地判平21.12.25労判998号5頁[東和システム事件]
SEらが使用者に対して、割増賃金を請求した事案について、同裁判例は、当該SEらが管理監督者に該当しないとしたうえで、特励手当は労働基準法37条4項が基礎賃金から除外している手当には直接には該当しないとしつつも、課長代理以上の職位にある者に支給されていることや、SE自身も特励手当は超過勤務手当に代替してこれを填補する趣旨のものであると認識していること等から、「特励手当は超過勤務手当の代替又は補填の趣旨を持っており,特励手当の支給と超過勤務手当の支給とは重複しないもの(択一的なもの)と解するのが相当であり,特励手当は『管理職務者及びこれに準ずる者』の所定時間外労働(残業)について支給されるものであり,…特励手当を超過勤務手当算定の基礎となる賃金に含ましめるべきではなく,これから除外するのが相当である」としています。そのうえで、SEらに対する超過勤務手当の額を,所定時間外労働時間(残業時間)に1時間当たりの単価を乗じ,その額から既払の特励手当の額を差し引く方法により計算して(マイナスの場合は0円となる。)、SE甲に対する超過勤務手当の額は55万7564円,SE乙に対しては290万4499円,SE丙に対しては534万8997円と認定しています。

残業代請求をするにはどうすればいいのか

SEの方が残業代の請求をするには、早めに弁護士に相談することがおすすめです。
残業代請求権については、消滅時効により順次消滅していきます。そのため、残業代を請求すると決めたら、一時的に時効を止める手続きを行う必要があります。もっとも、時効を止めるにしても、後に、裁判で証拠となるかたちで行うべきです。具体的には、内容証明郵便により請求を行うべきでしょう。また、その請求をする際の記載方法についても、後日、相手方から争われないように配慮する必要があります。
また、残業代の請求をするには、タイムカードや就業規則等の資料を収集する必要があります。もっとも、使用者は、資料の開示を求めても、これに応じないことがあります。そのような場合には、裁判例上使用者に開示義務が認められていることを示したり、訴訟提起後に文書提出命令をしたりする必要があります。
資料が収集できましたら、それに基づき労働時間を計算し、残業代の計算をする必要があります。そして、労働時間や、残業代の計算方法については、労働者、使用者ともに言い分があり争点となることが多い部分ですので、裁判例の傾向等をもとに見通しを立てて交渉を進めていくことになります。
そして、交渉により解決しないような場合には、労働審判や訴訟等の手続きを進めていくことになります。
このような手続きを自分自身で行うことは調査や事務作業に多くの時間を要し現実的ではありません。また、使用者が適正な金額の支払いに応じない場合に裁判等の手続きを行うことができないと、最終的には必要以上の譲歩を強いられることになります。これに対して、弁護士に残業代の請求を依頼すれば、このような煩雑な手続きを自分で行わずに、適正な金額の請求をすることができます。
途中まで自らで交渉し、それが功を奏しないので途中から、弁護士に依頼するという方もいますが、その場合、既に時効により残業代の金額が大きく減少してしまっている場合や、自身に不利益な主張をしてしまっている場合が多く見られます。
そのため、残業代を請求すると決めた時点で、まずは弁護士に相談することがおすすめなのです。
参考リンク
IT業界の転職については、サクフリ株式会社が運営するサクフリブログの以下の記事が参考になりますので読んでみてください。
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