女性の社会進出が進む中で、近年、マタニティハラスメントという言葉を耳にすることが増えてきました。女性がより働きやすい環境を作っていくためには、妊娠、出産等を理由に不利益な扱いや差別的な言動をされないような社会にしていく必要があります。今回は、マタニティハラスメントについて、裁判例を参考にしながら解説していきます。
マタニティハラスメントとは
マタニティハラスメント(マタハラ)とは、女性労働者が妊娠、出産したこと等を理由として、事業主が当該女性労働者に対し、不利益な取扱いをすることをいいます。
マタニティハラスメントの類型としては、以下のようなものが挙げられます。
①不利益取扱い型
妊娠、出産等を理由に解雇その他不利益な取り扱いをするタイプ
②言動型
妊娠、出産に関して女性の権利の行使を妨げるような言動をするタイプ
不利益取扱い型
妊娠、出産等を理由に解雇その他不利益な取り扱いをされることがあります。このような不利益取扱いは、どのような場合に違法になるのでしょうか。
不利益取扱いの禁止
事業主は、労働者の妊娠、出産等を理由に解雇その他不利益な取り扱いをすることを禁止されています。
雇用機会均等法9条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
1項「事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。」
2項「事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。」
3項「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法…第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定める者を理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」
4項「妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。」
判断方法
上記不利益取扱いが適法とされるのは、①当該不利益取扱いを労働者において自由な意思に基づいて承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること、又は、②当該不利益取扱いをしないことに業務上の必要性から支障があり、かつ、当該不利益取扱いが雇用機会均等法の趣旨目的に実質的に反しないと認められる特段の事情があることを要します。具体的には、①②につき以下の要素を考慮し判断します。
①当該取扱いにより受ける有利な影響の内容や程度が当該取扱いにより受ける不利な影響の内容や程度を上回り、当該取扱いについて事業主から労働者に対して適切に説明がなされる等、一般的な労働者であれば当該取扱いについて同意するような合理的な理由が客観的に存在するか否か
②円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障があるため当該不利益取扱いを行わざるを得ない場合において、その業務上の必要性の内容や程度が、雇用機会均等法9条3項の趣旨に実質的に反しないと認められるほどに、当該不利益取扱いにより受ける影響の内容や程度を上回ると認められる特段の事情が存在するか否か
【最一判平成26年10月23日民集68巻8号1270頁[広島中央保険生協事件】
「一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ、上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。」
「そして、上記の承諾に係る合理的な理由に関しては、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置の前後における職務内容の実質、業務上の負担の内容や程度、労働条件の内容等を勘案し、当該労働者が上記措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点から、その存否を判断すべきものと解される。また、上記特段の事情に関しては、上記の業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって、当該労働者の転換後の業務の性質や内容、転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して、その存否を判断すべきものと解される。」
言動型
妊娠、出産に関して女性の権利の行使を妨げるような言動をされることがあります。このような言動は、どのような場合に違法になるのでしょうか。
職場環境配慮義務
使用者は、職場環境配慮義務を負っており、同義務に違反して、マタハラ行為を放置することは許されないとされています。
雇用機会均等法11条の2(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)
1項「事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定める者に関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」
2項「厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針…を定めるものとする。」
事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平28厚労告312号)
判断方法
妊娠、出産に関して、雇用機会均等法や育児・介護休業法等において認められる女性の権利の行使を妨げるような使用者側の言動については、違法性が肯定されやすい傾向にあります。
【福岡地小倉支判平28.4.19労判1140号39頁[ツクイ事件]】
「被告Cは、具体的な指導の中で、労働者が妊娠を理由として業務の軽減を申し出ることが許されない(『妊婦として扱うつもりないんですよ。』)とか、流産をしても構わないという覚悟をもって働くべき(『万が一何かあっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか、最悪ね。だって働くちゅう以上、そのリスクが伴うんやけえ』)と受け止められる発言をするなど、必ずしも肯定的ではない原告に対する評価を前提としても、やや感情的な態度と相まって、妊娠をした者(原告)に対する業務軽減の内容を定めようとする機会において、業務態度等における問題点を指摘し、これを改める意識があるかを強く問う姿勢に終始しており、受け手(原告)に対し、妊娠していることを理由にすることなく、従前以上に勤務に精励するよう求めているとの印象、ひいては、妊娠していることについての業務軽減等の要望をすることは許されないとの認識を与えかねないもので、相当性を欠き、また、速やかに原告のできる業務とできない業務を区分して、その業務の軽減を図るとの目的からしても、配慮不足の点を否定することはできず、全体として社会通念上許容される範囲を超えているものであって、使用者側の立場にある者として妊産婦労働者(原告)の人格権を害するものといわざるを得ない。」