近年、年功序列的な賃金制度から、成果主義的な賃金制度に移行する会社が増えてきています。もっとも、賃金原資が従来と変わらないのであれば、成果主義の導入により賃金が減額する場合も増えてきます。このような成果主義の導入に問題はないのでしょうか。
今回は、成果主義の導入と不利益変更について解説します。
目次
就業規則の不利益変更とは
就業規則の不利益変更とは、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することです。
就業規則を不利益に変更するには、原則として、労働者の合意が必要です(労働契約法9条)。もっとも、就業規則の変更が合理的なものであるときは、合意は不要とされています(労働契約法10条)。
労働契約法10条
「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」
不利益変更該当性
では、成果主義制度の導入は不利益変更に該当するのでしょうか。
賃金制度の改定がされた場合、職務の格付けや人事考課査定の結果により賃金額が顕著に減少する可能性がある場合には、不利益変更に該当するとされています。
東京高判平18.6.22労判920号5頁[ノイズ研究所事件]
「本件給与規程等の変更は、年功序列型の賃金制度を上記のとおり人事考課査定に基づく成果主義型の賃金制度に変更するものであり、新賃金制度の下では、従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支給されていた賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や、その後の人事考課査定の結果従業員が降格された場合には、旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より顕著に減少した賃金額が支給されることとなる可能性があること、以上のとおり認めることができる。本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、上記の可能性が存在する点において、就業規則の不利益変更に当たるものというべきである。」
合理性の判断方法
では、成果主義の導入における不利益変更の合理性については、どのように判断するのでしょうか。
裁判例は、①変更について経営上の高度の必要性が認められ、②変更後の賃金決定(評価)制度により生じうる増減額の幅、評価の基準・手続、経過措置等において相当な内容と認められ、③変更のプロセスも組合との交渉等において相当なものと認められる場合には、変更の合理性を肯定しています。
もっとも、成果主義的賃金の導入の際の必要性の判断は、降格制度の導入等とは性質を異にし、比較的緩やかに判断される傾向にあるとされます。
東京高判平18.6.22労判920号5頁[ノイズ研究所事件]
1 高度の必要性について
「控訴人は、主力商品の競争が激化した経営状況の中で、従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する高度の必要性があったのであり、」
2 内容の相当性
「新賃金制度は、控訴人にとって重要な職務により有能な人材を投入するために、従業員に対して従事する職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするものであり、従業員に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく、賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであって、新賃金制度は、個々の従業員の賃金額を、当該従業員に与えられる職務の内容と当該従業員の業績、能力の評価に基づいて決定する格付けとによって決定するものであり、どの従業員にも自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、昇給することができるという平等な機会を保障しており、かつ、人事評価制度についても最低限度必要とされる程度の合理性を肯定し得るものであることからすれば、上記の必要性に見合ったものとして相当であり、」
3 手続の相当性・経過措置
「控訴人があらかじめ従業員に変更内容の概要を通知して周知に努め、一部の従業員の所属する労働組合との団体交渉を通じて、労使間の合意により円滑に賃金制度の変更を行おうと努めていたという労使の交渉の経過や、それなりの緩和措置としての意義を有する経過措置が採られたことなど前記認定に係る諸事情を総合考慮するならば、」
4 小括
「上記のとおり不利益性があり、現実に採られた経過措置が2年間に限って賃金減額分の一部を補てんするにとどまるものであっていささか性急で柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない点を考慮しても、なお、上記の不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるといわざるを得ない。」
東京高判平15.2.6労判849号107頁[県南交通事件]
1 高度の必要性について
「本件就業規則の変更は、賞与の廃止と月例給への一本化及び年功給の廃止とそれに代わる奨励給の創設を基本として行われたものである。
「本件就業規則の変更は、…同業他社との競争上、aが不利な立場に立たないよう、同業他社の賃金制度に近づけようとしたものである。すなわち、aが新規の従業員を円滑に募集したり、在職する従業員の雇用を継続していくうえでの障害を取り除くという観点からのものであった。本件就業規則の変更は、aの経営体質強化に資するものであったということができるのであって、aの運営上、高度の必要性があったものと認められる。」
2 内容の相当性
「そして、上記のとおり、賃金制度の変更に伴って、これに見合う代償措置が採られたため、変更後の労働条件は必ずしも従業員の側に不利益ばかりをもたらすものではなかった。そして、新たな労働条件は、労働生産性に比例した公平で合理的な賃金を実現するという利点を生じさせており、新規の従業員の採用が円滑化し、また、在職する従業員の働く意欲にも良い影響を与えるようになったことが窺われる。本件就業規則の変更は、合理性と相当性を兼ね備えているものということができる。」
3 手続の相当性
「また、被控訴人らの属するiとの交渉の経緯や、他の従業員が賛成しあるいは同意している状況からすると、本件就業規則の変更について、適正な手順が履践されたということができる。」
「そして、平成6年当時の社会一般の状況からしても、労働者があげた業績、すなわち労働生産性と賃金とが見合うものであることが強く求められるようになっていたのである。」
4 小括
「以上の諸点を考慮すると、本件就業規則の変更は、…合理性の要件を充足するものということができるのであって、本件就業規則の変更は、不利益を受ける労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものということができる。したがって、本件就業規則の変更は有効なものである。」