採用面接の際に、どうしても入社したかったため、自分に不利な経歴を隠してしまったという経験はありませんか。
採用の際に労働者が嘘をつくことは、勿論してはいけないことです。
しかし、面接において、労働者は、通常、会社に採用してもらいたいと考えています。そのような場合に、自分に不利なことを伝えるように要求することは酷な場合があります。
特に、会社に聞かれていないようなことまで積極的に明らかにするように求めることは難しいでしょう。
したがって、経歴詐称を理由とする解雇が常に有効となるわけではありません。
この記事を読めば、どのような場合に経歴詐称を理由とする解雇が有効となるのかを理解することができるはずです。
今回は、経歴詐称を理由とする解雇について最低限おさえておくべき知識を解説します。
解雇された場合に「やるべきこと」と「やってはいけないこと」は、以下の動画でも詳しく解説しています。
目次
経歴詐称とは
経歴詐称とは、採用の際に学歴や犯罪歴、職歴等の経歴について虚偽の申告をすることを言います。
虚偽の申告をする態様については、様々ですが例えば以下のような行為が挙げられます。
例1 採用面接で嘘の申告をする
例2 履歴書に嘘の内容を書く
経歴詐称が発覚する理由
雇用保険被保険者証・源泉徴収票の記載
雇用保険被保険者証の通知書の部分には、前職の会社名と被保険者となった日、転勤年月日が記載されています。この通知書の部分を切り取らずに提出した場合に、直近の職歴が発覚することがあります。以下は通知書の部分を切り取った後の雇用保険被保険者証です。
(出典:ハローワークインターネットサービス)
源泉徴収票には、前職の会社名と退職日が記載されています。源泉徴収票を提出した際に直近の職歴が発覚することがあります。
(出典:[手書用]国税庁:令和 年分 給与所得の源泉徴収票)
入社後の言動
入社後の労働者自身の言動から、過去の経歴が発覚することがあります。
例えば、同僚などに、過去の経歴等を話していたところ、その話が社内で広がってしまい社長や上司の耳に入る場合です。
第三者からの情報提供
また、第三者からの情報提供がなされることがあります。
例えば、狭い業界などでは、前職の社長と就職先の社長が知り合いの場合があります。このような場合に、過去の経歴等が発覚することがあります。
このように共通の知人をとおして、会社に情報が提供されることになります。
会社による調査
会社による調査により発覚することもあります。
例えば、入社後に不審な点等があった場合に、会社が当該労働者の経歴を調査し発覚するような場合です。
また、近年、SNSの情報なども確認されるケースがあります。
経歴等については真実を伝える義務がある
求められら事項を申告する義務がある
応募者は、必要かつ合理的な範囲内で申告を求められた場合には、信義則上、会社に対して真実を告知すべき義務があります。
なぜなら、会社には、いかなる資質・能力・性格を有する労働者を採用するかを決定する自由とそれらについて調査する自由があるためです。
最一小判平3.9.19労経速1443号27頁[炭研精工事件]が是認する控訴審(東京高判平3.2.20労働判例592号77頁)も、「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負うというべきである。」と判示しています
求められていない事項を申告する義務はない
これに対して、会社から、申告を求められていない事項については、通常、これを申告する義務まではありません。
なぜなら、採用を望む者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事実の回答を避けたいと考えることは当然予測されることであり、採用する側もこれを踏まえて採用を検討するべきであるためです。
前掲東京高判平3.2.20労働判例592号77頁[炭研精工事件]も、「控訴人が、採用面接にあたり、公判継続の事実について具体的に質問を受けたこともないのであるから、控訴人が自ら公判継続の事実について積極的に申告すべき義務があったということも相当とはいえない。」と判示しています
また、岐阜地判平25.2.14裁判所ウェブサイトは、「採用を望む者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事実の回答を避けたいと考えることは当然予測されることであり、採用する側もこれを踏まえて採用を検討するべきであるところ、本件職歴に関しても原告が自発的に申告するべき義務があったともいえない。」と判示しています。
経歴詐称が解雇理由になるケース
経歴詐称を理由とする懲戒解雇が認められるのは、「重要な経歴の詐称」の場合に限定されます。
「重要な経歴の詐称」とは、使用者が真実を知っていれば雇用しなかったか、少なくとも同一の労働条件では雇用しなかったであろうと客観的に認められる場合をいいます。
具体的には、最終学歴、職歴、犯罪歴などの詐称が問題となり、詐称の内容や当該労働者の職種などに即し具体的に判断されることになります。
東京高判昭56.11.25判タ460号139頁[日本鋼管鶴見造船所事件]は、「『重要な経歴』とは、当該いつわられた経歴につき通常の使用者が正しい認識を有していたならば、当該求職者につき労働契約を締結しなかつたであろうところの経歴を意味すると解すべきであり、又複数の経歴事項にいつわりのあつた場合には、その一つ一つを取つてみれば採否を左右する程重要ではないが、その全部を総合した場合は不採用は避けられないという場合もありうることはもちろんで、このような場合は、右いつわられた経歴事項を総合して重要な経歴をいつわつたとの評価が与えられることとなる。」と判示しています。
学歴
⑴ 高卒を大卒と偽る場合
高卒を大卒と偽って入社することは、本来得られる給料よりも高い金額の給料を得ることになること、その後の労務管理にも支障を来すことから、重大な経歴詐称とされる傾向にあります。
前掲東京高判平3.2.20労働判例592号77頁[炭研精工事件]も、原告が、大学中退の学歴を秘匿して、被告会社に雇用されたことは、「経歴をいつわり雇入れられたとき」に当たると判示しています。なぜなら、最終学歴は、単に控訴人の労働力評価に関わるだけではなく、被控訴会社の企業秩序の維持にも関係する事項であることは明らかであるからです。
⑵ 大卒を高卒と偽る場合
これに対して、大卒を高卒と偽る場合には、これが懲戒事由に該当するかは判断が分かれるでしょう。
東京地判昭55.2.15労判335号23頁[スーパーバック事件]は、採用条件として上達が早い高卒以下であることを確たる方針としていた企業において、短大卒を高卒と偽って入社した社員に対する懲戒解雇が認められました。
職歴
職歴は、中途採用者の場合に問題となります。
中途採用者は、過去の職歴などに着目し即戦力として採用される場合が多く、採用後の賃金にも影響してきます。
そのため、職歴を詐称した場合において重大な経歴詐称とされる傾向にあります。
東京地判平16.12.17労判889号52頁[グラバス事件]は、JAVA言語のプログラミングの能力を有しているかのような職歴を経歴書に記載したうえで、採用面接でも同様の趣旨の説明をしたにもかかわらず、実際には、その能力がほとんどなかった事案において、懲戒解雇を有効としました。
これに対して、岐阜地判平25.2.14裁判所ウェブサイトは、採用直前の3か月間風俗店において働いていたことを秘匿して入社した事案において、企業秩序が具体的に侵害されたことがあったとしても程度として軽微であること、労働者には本件職歴を申告しなかったという不作為があるにとどまり自発的に申告する義務まではないことから、懲戒解雇は無効としました。
犯罪歴
応募者は犯罪歴についても、これを聞かれた場合には、申告するべき信義則上の義務があります。
しかし、裁判例は、以下のように申告すべき犯罪歴の内容を限定しています。
⑴ 刑の消滅した前科まで告知すべき義務はない
既に刑の消滅した前科については、その存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるを得ない特段の事情がない限りは、告知すべき信義則上の義務を負担するものではありません(仙台地判昭60.9.19労判459号40頁[マルヤタクシー事件])。
⑵ 賞罰欄の「罰」は確定した有罪判決に限られている
履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは、一般的には確定した有罪判決を言います。
刑事事件により起訴されても有罪判決が確定していない場合や公判係属中の事件については、採用面接において問われない限り積極的に申告すべき義務はないとされています(前掲東京高判平3.2.20労働判例592号77頁[炭研精工事件]、東京地判昭60.1.30労判446号15頁[大森精工機事件])
経歴詐称を理由に採用を取り消されることはある?
では、経歴詐称を理由に解雇されるのではなく、採用を取り消されることはあるのでしょうか。
これについて、経歴詐称がある場合には、会社は、錯誤や詐欺による労働契約の取り消しを主張することもできるはずです。
なぜなら、会社は、労働者の経歴につき勘違いをしたうえで、雇用契約を締結したことになるためです。
東京高判昭56.11.25判タ460号139頁[日本鋼管鶴見造船所事件]は、「法理論上は使用者は要素の錯誤に基づく労働契約の無効を主張するか、又は詐欺による意思表示の取消を主張しうるはずであつて、単に右事由に基づいて労働者を将来に向つて解雇するにとどめることは、労働者の不信義に対し当然受けるべき不利益の程度を越えて制裁を加えることを意味しない」と判示しています。
したがって、会社から、将来に向かって解雇を主張されるのではなく、そもそも採用自体を取り消すと主張されることも可能性としてはあることになります。
経歴詐称に時効はある?
では、経歴詐称に時効はあるのでしょうか。
これについて、会社が労働者を懲戒する権利には時効はないとされています。
しかし、労働者が入社してから長期間が経過している場合には、懲戒権ないし解雇権の濫用に該当する可能性が高まります。
東京地決昭30.3.31労民6巻2号164頁[東光電気事件]は、労働者が会社に雇用されてから経歴詐称が発見されるまで6年間にわたり勤務しており、その間の勤務状態について特段の非難すべき事由がない事案において、申請人は一応会社の経営秩序に順応し生産性に寄与したものと推認するのが相当であること等を考慮し、解雇を無効としました。
経歴詐称を理由に解雇された場合にやっておくべき4つの手順
では、万が一、経歴詐称を理由に解雇されてしまった場合にはどうすればいいのでしょうか。
以下では、もしも解雇されてしまった場合の対処法について解説します。
手順1:解雇理由証明書をもらう
解雇されてしまった場合には、まずは解雇理由証明書を会社に請求するべきです。
解雇理由証明書というのは、解雇された理由が具体的に記載してある書面です。
解雇理由証明書を請求することは労働基準法で認められた労働者の権利です。
解雇理由証明書を取得することで、会社がどのような事実を捉えて経歴詐称と主張しているのかが分かります。
手順2:指摘されている詐称が誤っていないかを確認する
会社が主張している経歴詐称の事実が分かったら、本当にそのような事実を詐称したのかを確認することになります。
詐称したと指摘されている事項は、入社の際に会社から聞かれた事項なのでしょうか。
労働者が積極的に不利な事項を言わなかったことを捉えて、経歴詐称と言われている場合もあります。
また、本当に労働者は入社の際に履歴書にそのような記載をしたり、入社面接の際にそのような発言をしたりしたのでしょうか。
そもそも、労働者が会社に伝えた経歴は本当に詐称だったのでしょうか。
これらについて、会社の指摘が自分自身の認識と異なるものでないかを確認します。
経歴詐称の事実自体に誤りがないのであれば、詐称したことについては会社に反省の意思を示すべきです。
なぜなら、詐称した経歴が重大なものとまではいえないものであっても、事実と異なることを伝えて入社することは、会社との信頼関係や企業秩序上望ましくないためです。
手順3:指摘されている詐称が「重大」なものかを確認する
次に、指摘されている事実に誤りがない場合には、その詐称が「重大」なものかどうかの検討をすることになります。
自分がどのような会社に、どのような職種として雇われたのか、詐称してしまったのはどのような事項であり、これにより会社にどのような影響が生じてしまうのかを分析することになります。
手順4:解雇の撤回を求め、就労の意思を示す
上記の結果、会社の解雇が無効であると判断した場合には、会社に対して解雇の撤回を促すことになります。
その際には、解雇後についても就労の意思を有するため、具体的な業務を指示してほしい旨も伝えておくべきです。
なぜなら、解雇後に就労の意思がないと判断された場合には、それ以降の賃金を請求することができなくなってしまうためです。
弁護士に相談する
経歴詐称を理由に解雇されてしまった場合には、早めに弁護士に相談することがおすすめです。
なぜなら、重要な経歴詐称かどうかを個別的な事案ごとに判断するためには、裁判例などに照らして判断する必要があるためです。
また、弁護士に依頼した場合には、上記の手続きを弁護士に任せてしまうことができます。
解雇された後の労働者の行動等については、会社から不利な事実として主張されることもあります。弁護士に依頼しない場合であっても、初回無料相談などを用いて、注意点などを確認しておくのがいいでしょう。
まとめ
以上より、経歴を詐称した場合であっても、常に解雇が有効とされるわけではありません。
この記事では、経歴詐称が解雇理由になるケースや解雇されてしまった場合にしておくべき手順について解説しました。
この記事を読んで、経歴詐称を理由とする解雇についてもっと知りたいと感じていただいた場合には、弁護士に相談いただくのがいいでしょう。
個別の事案ごとに適切なアドバイスをもらうことができるはずです。
もっとも、経歴を詐称することは、会社に対しても迷惑をかけるものであり、してはいけないことを十分に認識しておかなければなりません。
解雇を争う場合であっても、もしも経歴詐称をしてしまったことが事実であるならば、それについて反省の気持ちを持つことが大切です。