労働災害

精神疾患と労災事件における業務起因性

 現在、過労死やうつ病に対する社会的な関心が高まっており、労働災害が発生すると法的には休業損害、逸失利益、慰謝料などの多くの問題が生じます。特に、精神疾患については、労災申請の際に、それが業務に起因するものなのか、私的な原因によるものなのかが問題になることが多い傾向にあります。そのため、今回は、精神疾患と労災事件における業務起因性の判断方法について解説します。

精神障害の業務起因性認定基準

 心理的負荷による精神障害については、平成23年12月26日基発1226第1号(以下、「1226号通達」といいます。)に従い判断されています。
 1226通達は、業務起因性の認定要件として、以下の①乃至③を挙げています。

①対象疾病(ICD-10第V章「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するものを除く。)を発病していること
②対象疾病の発病前おおむね6か月間の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷及び個体的要因により対象疾病を発病したとは認められないこと

①対象疾病を発病していること

 ICD10とは、国際疾病分類第10版のことです。ICD10は、第V章 精神および行動の障害をF0~F9に大きく分類しています。うつ病は、第V章のF3の分類の中で、F30~F33にかけてさらに細かく分類されています。適応障害は、F4の分類の中のF43.2とされています。

うつ病の診断基準

 うつ病エピソードの一般的な症状は、以下のとおりです。

①抑うつ気分
②興味と喜びの喪失
③活動性の減退による易疲労感の増大及び活動性の減少
④集中力と注意力の減退
⑤自己評価と自信の低下
⑥罪責感と無価値感
⑦将来に対する希望のない悲観的な見方
⑧自傷あるいは自殺の観念や行為
⑨睡眠障害
⑩食欲不振

 そして、軽症うつ病エピソードは、少なくとも上記①から③までのうち二つ、かつ④から⑩までのうち二つが必要となり、最短の症状の持続期間は二週間とされています。

適応障害の診断基準

 適応障害の一般的な症状は、以下のとおりです。

①症状発症前の一カ月以内に、心理社会的ストレス因を体験した(並外れたものや破局的なものではない)と確認されていること
②症状や行動障害の性質は、気分(感情)障害やF40‐F48の障害(神経症性、ストレス関連性及び身体表現性障害)及び行為障害(F91.ⅹ)のどれかに見られるものであるが、個々の診断基準を満たさず、症状はその在りようも重症度もさまざまであること
③この症状は遷延性抑うつ反応を除いて、ストレス因の停止又はその結果の後六か月以上持続しないこと(この診断基準がまだ満たされていない時点で、予測的に診断することは構わない。)

 また、診断ガイドラインによると、適応障害の診断は、(a)症状と形式、内容及び重症度、(b)病歴と人格、(c)ストレス性の出来事、状況或いは生活上の危機という諸項目間の関連の注意深い評価に基づき行われるべきであるとされています。このうち(c)項目の存在は明確に確認されるべきであり、発症は出来事後一か月以内であり、症状の持続は遷延性抑うつ反応の場合を除いて通常6か月を超えないとされています。(a)項目の症状については、通常、不安、抑うつ、苦悩、緊張そして怒りというようにいくつかの型の情緒変化です。

②対象疾病の発病前おおむね6か月間の間に、業務による強い心理的負荷が認められること

 ②「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」とは、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり、当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的に対象疾病を発病させるおそれの強い心理的負荷であると認められることをいいます。
 このため、業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては、精神障害発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、それらによる心理的負荷の強度はどの程度であるかについて検討する必要があります。1226号通達別表1「業務による心理的負荷評価表」は、それだけで心理的負荷の総合評価を「強」とする「特別の出来事」と、特別の出来事以外の「具体的出来事」を分け、「具体的出来事」については、平均的な心理的負荷の強度を「強」、「中」、「弱」の三段階に区分し例示しています。
 そして、心理的負荷の総合評価が「強」と判断される場合には、②の要件を満たすとされています。
 以下では、業務による心理的負荷評価表の一部を抜粋します。

特別の出来事

 発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上)の時間外労働を行った場合には、心理的負荷の総合評価を「強」とする(業務による心理的負荷評価表、特別な出来事)。

特別の出来事以外の具体的出来事で心理的負荷が「強」となる例

⑴ 連続した2か月間に1月当たり120時間若しくは連続した3か月間に1月当たり100時間

 発病直前の連続した2か月間に、1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合、若しくは発病直前の連続した3か月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合には、心理的負荷の強度は「強」となります。

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⑵ 1か月以上にわたっての連続勤務

 1か月以上にわたって連続勤務を行った場合には、心理的負荷の強度 は「強」となります。

⑶ ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けたこと

 部下に対する上司の言動が、業務指導の範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた場合には、心理的負荷の強度は「強」となります。

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⑷ 達成困難なノルマ

 客観的に、相当な努力があっても達成困難なノルマが課され、達成できない場合には重いペナルティがあると予告された場合には、心理的負荷の強度は「強」とされます。

⑸ 仕事内容・仕事量の大きな変化

 仕事量が著しく増加して時間外労働も大幅に増えるなどの状況になり、その後の業務に多大な労力を費やした場合には、心理的負荷の強度は「強」となります。

③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと

 ③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこととは、次の(ⅰ)又は(ⅱ)の場合をいいます。

(ⅰ)業務以外の心理的負荷及び個体側要因が認められない場合
(ⅱ)業務以外の心理的負荷又は個体側要因は認められるものの、業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できない場合

 具体的にどのような業務外の心理的負荷の原因となる出来事が検討対象になるかについては、1226号通達別表2「業務以外の心理的負荷評価表」にまとめられ、心理的負荷の強度として「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」に分類されています。
 しかし、このうち心理的負荷の強度が「Ⅰ」や「Ⅱ」に該当する出来事があっても、あまり大勢には影響がありません。「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事のうち心理的負荷が特に強いものがある場合や、「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事が複数ある場合等でなければ、③の要件が否定されることはほとんどないとされています。
 心理的負荷評価表において心理的負荷の強度「Ⅲ」とされているものは、以下のとおりです。

1 自分の出来事
⑴ 離婚又は夫婦が別居した
⑵ 自分が重い病気やケガをした又は流産した
2 自分以外の家族・親族の出来事
⑴ 配偶者や子供、親又は兄弟が死亡した
⑵ 配偶者や子供が重い病気やケガをした
⑶ 親類の誰かで世間的にまずいことをした人が出た
3 金銭関係
⑴ 多額の財産を損失した又は突然大きな支出があった
4 事件、事故、災害の体験
⑴ 天災や火災などにあった又は犯罪に巻き込まれた

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弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、区民ニュース2023年8月21日
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