会社で上司に罵倒されると、出勤するのが辛いですよね。また、仕事での人間関係うまくいっていないと私生活にも悪影響が出かねません。
このようなやり取りをしたことはありませんか?
確かに、労働者が仕事上でミスをした場合には、上司が業務を改善するように指導すること自体は直ちに違法とはいえません。
しかし、業務を改善するように指導する中で、労働者のことを罵倒したり、暴力を振るったりすることは許されません。
このようなパワハラに対抗するための手段として、慰謝料の請求をすることが考えられます。
慰謝料請求を成功させるためには、パワハラをされた場合に、どの程度の慰謝料金額が認められるのかについて知っておくことが不可欠です。
今回は、パワハラの慰謝料相場はいくらかについて裁判例とともに解説します。
目次
パワハラとは
パワハラとは、力関係において優位にある上位者が下位者に対し、精神的、身体的に苦痛を与えること等をいいます。
これには、上司から部下へのいじめ・嫌がらせのみならず、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるものも含まれるとされています(平成24年1月に取りまとめられた政府の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ」の報告)。
パワーハラスメントの行為類型としては以下のようなものが挙げられます。
①身体的な攻撃
暴行・傷害
②精神的な攻撃
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
③人間関係からの切り離し
隔離・仲間外し・無視
④過大な請求
職務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
⑤過小な請求
業務上の合理性がなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
⑥個の侵害
私的なことに過度に立ち入ること
パワハラで慰謝料が認められるのはどのような場合?
暴力や罵倒等の行為が存在することが必要
パワハラ行為を理由として損害賠償請求するためには、暴力や罵倒等の行為が存在することが必要です。
もっとも、これらの行為は、職場内という限られた空間、人間関係の中で行われることがほとんどです。
そのため、パワハラを理由に損害賠償請求するためには、暴力や罵倒等が行われたことを証拠に残しておくことが重要です。
行為が違法であることが必要
他人に心理的負荷を過度に蓄積させるような行為は、原則として違法とされています
しかし、例外的に、その行為が合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には、正当な職務行為として、違法性が阻却される場合があります。(福岡高判平20.8.25判時2032号52頁[海上自衛隊事件])。
職務の範囲内かは、職務の内容、性質、危険性の内容、程度等の事情を検討し判断します。
正当な範囲内かは、行為の目的、態様、頻度、継続性の程度、被害者と加害者の関係性等を検討し判断します。
⑴ 暴力を伴う事案
暴力を伴う場合は、通常違法性が認められます。
【東京地判平22.7.27労判1016号35頁[日本ファンド事件]】
他の従業員の面前で声を荒げて叱責したり、頭を定規で叩いたりし、また、扇風機の風を当て続ける嫌がらせをしたり、足の裏で蹴ったりした事案において、違法性が認められています。
【名古屋地判平26.1.15労判1096号76頁[メイコウアドヴァンス事件]】
足や膝で大腿部を2回蹴る暴行を加え、全治12日間の傷害を負わせた事案において、違法性が認められています。
⑵ 罵倒を伴う事案
暴力を伴わない罵倒などの事案でも、違法性が肯定される場合があります。
【東京地判平21.1.16労判988号91頁[ヴィナリウス事件]】
他の従業員がいる前で繰り返し「ばかやろう。」と罵ったり、「三浪して〇〇大に入ったにもかかわらず、そんなことしかできないのか。」と罵倒したりした事案について、違法性が認められています。
【東京地判平26.7.31労判1107号55頁[サントリー事件]】
「新人社員以下だ。もう任せられない。」「何で分からない。おまえは馬鹿」などと発言したほか、うつ病による休職の申し出を阻害する言動をした事案において、違法性が認められています。
パワハラの慰謝料金額の相場
相場の金額と考慮される要素
慰謝料額は、以下の要素を考慮して判断されています。事案にもよりますが、パワハラ訴訟の慰謝料金額は、
暴行を伴う事案につき10万円~200万円程度
とされています。
被害者が自殺してしまった事案では、これとパワハラ行為との因果関係が認められた場合には、その結果の重大性に鑑みて慰謝料の金額も高額になる傾向にあります。
また、例えば、被害者がパワハラによりうつ病を発症してしまった場合には、慰謝料の増額事由として考慮されることが多いですが、これのみで上記相場を大きく上回るような慰謝料金額が認められるわけではありません。
①行為態様の悪質性
②ハラスメント行為の継続性
③被害者の自殺
④被害者の精神疾患の発症
⑤被害者の素因等
⑥被害者側の対応
⑦被害が軽微・回復
パワハラの裁判例
裁判例1:東京地判平19.5.30労判タ1268号247頁
大学主任教授が大学講師に対して、①教室員8名の前で、「あんなもんペーパーじゃない」「お前の書いたものを読んだけど、何の感動もなかったよ。」「実験をやらないやつなんて教育者の資格はない。」等被害者の研究や教育活動を一切否定する発言をした上、大学からの退職を迫るような発言をした。②討論会から被害者を排除する発言をした。
⇒慰謝料認容額5万円
裁判例2:東京地判平17.10.4労判904号5頁
①上司が部下を数人の従業員がいる部屋でポスターを丸めたものやクリップボードで頭部を50回程度叩いた。
⇒慰謝料認容額20万円
②太腿の外側を3回強く蹴った
⇒慰謝料認容額10万円
③頬を手拳で殴打、大腿部を膝蹴り、頭部を肘や拳骨で殴打を合計約30回
⇒慰謝料認容額30万円
④被害者に対し手拳や肘で殴打したり、足や膝で蹴るという暴行を合計約30回
⇒慰謝料認容額100万円
裁判例3:東京地判平20.11.11労判982号81頁
上司と専務による被害者へのいじめ、罵倒及び一方的配転命令。会社退去命令に伴う荷物運搬の強要。これにより激しい腰痛となり、腰椎椎間板ヘルニア等の障害があると診断された。また、うつ状態で就労不可能と診断された。
⇒慰謝料認容額80万円
裁判例4:東京地判平21.1.16労判988号91頁
上司が他の従業員がいる前で被害者である部下を罵ったり、被害者1人だけを呼出し毎回30分位にわたり叱責し、被害者がうつ病の診断書を提出すると、「うつ病みたいな辛気臭いやつはうちの会社にはいらん」などと罵声を浴びせた。その当日被害者が自殺未遂を図った。
⇒慰謝料認容額80万円
裁判例5:名古屋16.7.30判例秘書05950344
先輩従業員が後輩従業員に対し「帰れ、橋の下でホームレスをやっていた方がいい」などと怒鳴る、「何で見落とした。おれをなめているのか」などと言って右手こぶしで左のほほを殴る、右足首を蹴り上げる、「お前の点検不足だ」などと言って左胸部を蹴りつけるなど。
⇒慰謝料認容額100万円
裁判例6:名古屋地判平18.9.29判タ1268号247頁
上司が部下に対して、胸ぐらをつかんで、板壁やロッカーに背部や頭部を数回打ち付けた。医師からの会社関係者との面談控えるべきとの告知を認識しつつ電話で会話し、「ぶち殺そうか、お前」などとの発言をした。
⇒慰謝料認容額200万円
裁判例7:静岡地浜松支判平23.7.11判時2123号70頁
上官が工具で頭を殴る等の暴行をし、「死ね」「馬鹿」などの暴言を発し、「外出止め」として身分証明書を取り上げ、反省文100枚を書かせ、当該反省文を被害者の後輩に面前で朗読させ、5か月を超える長期間もの間の禁酒を迫った。これらの結果、被害者が適応障害を発症し、自殺した。
⇒慰謝料額 被害者:2000万円、妻:400万円、子:200万円、両親:各100万円
パワハラで慰謝料を増額するには?
パワハラ行為を記録する
先ほど説明したように、パワハラ行為を理由として損害賠償を請求するためには、そのような行為が行われたことを立証できる必要があります。
例えば、パワハラ行為が頻繁に行われていたとしても、そのうちの一つの行為しか立証できないとすると、ハラスメントの継続性や被害の程度が正当に評価されないことになり、慰謝料金額も低いものとなってしまう可能性があります。
そのため、パワハラ行為が行われた場合には、これを録音したり、メモしたりすることにより記録することが重要となります。
うつ病が疑われる場合に診察を受ける
パワハラ行為を受けたことによりうつ病等の精神疾患の発症が疑われる場合には、医師の診察を受け、場合によっては診断書を取得しておくべきです。
仕事が忙しく診察に行く時間が取れない方も多いでしょうが、パワハラ行為が行われた時期と実際に診察を受けた時期の前後関係や時間的な間隔の有無、通院の頻度等も考慮されることがあります。
うつ病等の発症が疑われる場合には、早めに診察を受けるべきでしょう。
労働審判・訴訟を用いる
次に、正当な慰謝料金額を獲得する方法としては、労働審判や訴訟を用いることが考えられます。
裁判所を用いずに交渉により解決する方法もありますが、交渉は証拠等を審理して形成された心証に基づき解決するものではないため、早期解決には向いていますが、会社が不合理な主張に固執した場合には、慰謝料金額も低くなってしまう可能性があります。
弁護士に相談する
適切な慰謝料金額を請求するには、パワハラ行為の態様や悪質性を裁判例等に照らして評価した上で、法的手続も見据えて請求を行っていく必要があります。
裁判例や法的手続きについては専門性が高い部分もありますので、依頼するかどうかにかかわらず、一度は弁護士に相談しておくべきでしょう。
パワハラ慰謝料を請求するには?
上記のようにパワハラ慰謝料を請求するには、弁護士に相談するのが一番です。
もっとも、ご自分でパワハラの慰謝料請求をしたという方のために、どのように請求するのかを説明しておきます。
誰に請求するかを決める
まず、パワハラの慰謝料を誰に対して請求するのかを決める必要があります。
例えば、上司からパワハラ行為をされたという場合には、まずはその上司本人に請求することが考えられます。
しかし、私人ですと財産が十分にない方も多く、損害賠償請求が認められたとしても、十分に回収をすることができないことがあります。
そのような場合には、会社に対して、上司のパワハラ行為の責任を追及していくことも考えられます。
また、上司と会社双方に対して連帯して損害賠償を支払うように請求していく方法もあります。
慰謝料を請求していく際に、その事案において、どの方法をとるかについて検討していくことになります。
パワハラで慰謝料請求をする場合の書き方
パワハラにおいて、慰謝料請求をしていく場合には、まずは請求する金額や理由について、内容証明郵便で相手方に通知するのが通常です。
【記載例】
交渉を行う
パワハラの相手方又は会社に対して、請求金額やその理由を記載した御通知を送った後は、交渉を行うことになります。
パワハラの相手方又は会社がどのような回答をしてくるかにもよりますが、自己の主張に理由があることについて、事実を適切に評価した上で、裁判例などに照らして、説得的に説明していくことが必要となります。
労働審判・訴訟を申し立てる
交渉が決裂した場合には、労働審判若しくは訴訟を行うことになります。ただし、労働審判を用いることができるのは、会社と労働者との間の紛争ですので、上司個人を相手方にするような場合には労働審判を用いることはできません。
また、請求する金額が60万円以下の場合には、少額訴訟を用いることも考えられます。少額訴訟であれば、手続きが簡便であり、原則として1回で解決するので迅速な解決が可能です。ただし、時間をかけて審理すべき複雑な事件には向きません。また、相手方が少額訴訟に反対した場合には、この制度は利用できません。