未払残業代・給料請求

賃金の履行確保-会社が倒産・経営危機に瀕した場合の賃金回収方法-

 使用者が経営危機に瀕した場合、労働者の賃金債権はどのようになるのでしょうか。賃金は、労働者の生活の糧となる重要な権利です。そのため、賃金を保護する様々な制度があります。今回は、会社が経営危機に瀕した場合における賃金債権の確保について解説します。

民法による先取特権

一般先取特権

 給料その他債務者と「使用人」の「雇用関係」から生じた債権を有する者は、債務者の総財産の上に先取特権を有します(民法306条2号、308条)。そのため、雇用契約に基づき給料等を取得した労働者は、使用者の総財産の上に先取特権を有することになります。

民法306条(一般の先取特権)
「次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。」

二「雇用関係」

民法308条(雇用関係の先取特権)
「雇用関係の先取特権は、給料その他債務者と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権について存在する。」

動産先取特権

 農業の労務者は最後の1年間の賃金につき、工業の労務者は最後の3カ月間の賃金につき、その労務によって生じた果実または製作物の上に先取特権を有します(民法311条7号8号、323条、324条)。

民法311条(動産の先取特権)
「次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。」

七「農業の労務」
八「工業の労務」

民法323条(農業労務の先取特権)
「農業の労務の先取特権は、その労務に従事する者の最後の一年間の賃金に関し、その労務によって生じた果実について存在する。」
民法324条(工業労務の先取特権)
「工業の労務の先取特権は、その労務に従事する者の最後の三箇月間の賃金に関し、その労務によって生じた製作物について存在する。」

先取特権のデメリット

 先取特権のデメリットとしては、以下の点が挙げられます。

先取特権のデメリット

⑴ 一般先取特権は特別の先取特権や個々の客体の上の担保物権に劣る
⑵ 一般先取特権も動産先取特権も、処分され引き渡された動産に対しては、もはや追求し得ない

倒産手続における賃金債権の保護

破産手続

 破産手続開始前3カ月間の破産者の使用人の給料の請求権は、財団債権となります(破産149条1項)。
 また、破産手続の終了前に退職した破産者の使用人の退職手当の請求権については、退職前3カ月間の給料の総額に相当する額が、財団債権となります(破産法149条2項)。
 破産手続開始前に雇用関係から生じた賃金債権その他の債権であって財団債権とならないものは、一般の先取特権のある債権として優先的破産債権となります(破産法98条1項)。
 なお、「財団債権」とは、破産手続によらないで破産財団から随時弁済を受けることができる債権をいいます(破産法2条7項)。

破産法98条(優先的破産債権)
1項「破産財団に属する財産につき一般の先取特権その他一般の優先権がある破産債権(次条第1項に規定する劣後的破産債権及び同条第2項に規定する約定劣後破産債権を除く。以下「優先的破産債権」という。)は、他の破産債権に優先する。」
2項「前項の場合において、優先的破産債権間の優先順位は、民法、商法その他の法律の定めるところによる。」
3項「優先権が一定の期間内の債権額につき存在する場合には、その期間は、破産手続開始の時からさかのぼって計算する。」
破産法149条(使用人の給料等)
1項「破産手続開始前三月間の破産者の使用人の給料の請求権は、財団債権とする。」
2項「破産手続の終了前に退職した破産者の使用人の退職手当の請求権(当該請求権の全額が破産債権であるとした場合に劣後的破産債権となるべき部分を除く。)は、退職前三月間の給料の総額(その総額が破産手続開始前三月間の給料の総額より少ない場合にあっては、破産手続開始前三月間の給料の総額)に相当する額を財団債権とする。」

会社更生手続

 更生手続開始決定前6カ月間に生じた一般賃金および更生手続開始後に生じた一般賃金は、共益債権とされ更生手続によらずに随時弁済されます(会社更生法130条1項、127条2号、132条1項)。
 それ以外の一般賃金は、優先的更生債権とされ更生手続に服しますが、更生計画のなかで更生担保権に次いで優遇されます(会社更生法168条1項2号、3項)。
 更生計画認可決定前の退職者は、その退職一時金は、退職前6カ月間の給料の総額に相当する額または退職金額の3分の1に相当する額のうちいずれか多い額を限度として、共益債権とされます(会社更生法130条2項)。また、退職年金も、各期における定期金につきその3分の1が同様の見地から共益債権とされます(会社更生法130条3項)。これに対して、更生手続開始決定後の会社都合による退職の場合は、退職金は、限定なく全額が共益債権となります(会社更生法127条2号)。更生計画認可決定前の退職者のこれら以外の退職金は、優先的更生債権とされます(会社更生法168条1項2号)。
 更生計画認可決定後の退職者については、その退職金は更生計画で処理する余地はなく、退職金の全額が共益債権として随時弁済されます(会社更生法127条2号)。

会社更生法127条(共益債権となる請求権)
「次に掲げる請求権は、共益債権とする。」

二「更生手続開始後の更生会社の事業の経営並びに財産の管理及び処分に関する費用の請求権」

会社更生法130条(使用人の給料等)
1項「株式会社について更生手続開始の決定があった場合において、更生手続開始前6月間の当該株式会社の使用人の給料の請求権及び更生手続開始前の原因に基づいて生じた当該株式会社の使用人の身元保証金の返還請求権は、共益債権とする。」
2項「前項に規定する場合において、更生計画認可の決定前に退職した当該株式会社の使用人の退職手当の請求権は、退職前6月間の給料の総額に相当する額又はその退職手当の額の額の三分の一に相当する額のいずれか多い額を共益債権とする。」
3項「前項の退職手当の請求権で定期金債権であるものは、同項の規定にかかわらず、各期における定期金につき、その額の3分の1に相当する額を共益債権とする。」
会社更生法132条(共益債権の取扱い)
1項「共益債権は、更生計画の定めるところによらないで、随時弁済する。」
会社更生法168条(更生計画による権利の変更)
1項「次に掲げる種類の権利を有する者についての更生計画の内容は、同一の種類の権利を有する者の間では、それぞれ平等でなければならない。ただし、不利益を受ける者の同意がある場合又は少額の更生債権等若しくは第136条第2項の第1号から第3号までに掲げる請求権について別段の定めをしても衡平を害しない場合その他同一の種類の権利を有する者の間に差を設けても衡平を害しない場合は、この限りでない。」

二「一般の先取特権その他一般の優先権がある更生債権」

民事再生手続

 手続開始決定前に生じた一般賃金・退職金は、一般の先取特権ある債権として一般優先債権とされ、再生手続によらずに随時弁済されます(民事再生法122条1項、2項)。
 再生手続開始後に生じた一般賃金・退職金は、再生債務者の業務に関する費用の請求権として共益債権となり(民事再生法119条2号)、一般優先債権と同様に随時弁済されます(民事再生法121条1項、2項)。

民事再生法121条(共益債権の取扱い)
1項「共益債権は、再生手続によらないで、随時弁済する。」
2項「共益債権は、再生債権に先立って、弁済する。」
民事再生法122条(一般優先債権)
1項「一般の先取特権その他一般の優先権がある債権(共益債権であるものを除く。)は、一般優先債権とする。」
2項「一般優先債権は、再生手続によらないで、随時弁済する。」

特別清算手続

 会社法上の特別清算手続では、一般の先取特権その他一般の優先権のある債権については、特別清算手続の効力を受ける債権からは除外され、特別清算開始の命令があっても当該債権に基づく強制執行を行うことができるとされています(会社法515条1項但書)。

会社法515条(他の手続の中止等)
1項「特別清算開始の命令があったときは、破産手続開始の申立て、清算株式会社の財産に対する強制執行、仮差押え、仮処分若しくは外国租税滞納処分又は財産開示手続…の申立てはすることができず、破産手続…、清算株式会社の財産に対して既にされている強制執行、仮差押え及び仮処分の手続並びに外国租税滞納処分並びに財産開示手続は中止する。ただし、一般の先取特権その他一般の優先権がある債権に基づく強制執行、仮差押え、仮処分又は財産開示手続については、この限りでない。」

賃金支払確保法

賃金支払確保法とは

 賃金支払確保法は、企業の倒産によって賃金が支払われないまま退職を余儀なくされた労働者に対して、国が未払賃金の一部を立替払する制度です。

要件

 立替払が認められるには、以下の要件を満たすことが必要です(賃確7条、賃確令2条、賃確令3条、賃確施規8条)。

①労働者災害補償保険の適用事業の事業主であって
②1年以上の期間にわたって当該事業を行っていた者が
③次のいずれかに該当すること

a 破産手続開始の決定があったこと
b 特別清算の開始命令を受けたこと
c 民事再生手続開始の決定があったこと
d 更生手続開始の決定があったこと
e 中小企業の場合、その事業活動が停止し、再開の見込みがなく、かつ賃金支払能力がないことが労働基準監督署長によって認定されたこと

④労働者が、a~dの申し立てがあった日又はeの認定の申請が退職労働者によりなされた日の6カ月前の日以降2年以内に退職したこと

賃金の支払の確保等に関する法律7条(未払賃金の立替払)
「政府は、労働者災害補償保険の適用事業に該当する事業…の事業主(厚生労働省令で定める期間以上の期間にわたつて当該事業を行つていたものに限る。)が破産手続開始の決定を受け、その他政令で定める事由に該当することとなつた場合において、当該事業に従事する労働者で政令で定める期間内に当該事業を退職したものに係る未払賃金…があるときは、…当該労働者…の請求に基づき、当該未払賃金に係る債務のうち政令で定める範囲内のものを当該事業主に代わつて弁済するものとする。」

賃金の支払の確保等に関する法律施行令2条(立替払の事由)
1項「法第7条の政令で定める事由は、次に掲げる事由(第4号に掲げる事由にあつては、中小企業事業主に係るものに限る。)とする。」

一「特別清算開始の命令を受けたこと。」
二「再生手続開始の決定があつたこと。」
三「更生手続開始の決定があつたこと。」
四「前三号に掲げるもののほか、事業主…が事業活動に著しい支障を生じたことにより労働者に賃金を支払うことができない状態として厚生労働省令で定める状態になつたことについて、厚生労働省令で定めるところにより、当該事業主に係る事業…を退職した者の申請に基づき、労働基準監督署の認定があつたこと。」

賃金の支払の確保等に関する法律施行令3条(退職の時期)
「法第7条の政令で定める期間は、次に掲げる日…の6月前の日から2年間とする。」

一「事業主が破産手続開始の決定を受け、又は前条第1項第1号から第3号までに掲げる事由のいずれかに該当することとなつた場合には、当該事業主につきされた破産手続開始等の申立て…のうち最初の破産手続開始等の申立てがあつた日…」
二「事業主が前条第1項第4号に掲げる事由に該当することとなつた場合には、同号の認定の基礎となつた事実に係る同号の申請のうち最初の申請があつた日」

賃金の支払の確保等に関する法律施行規則8条(事業活動等の状態)
「令第2条第1項第4号の厚生労働省令で定める状態は、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、かつ、賃金支払能力がないこととする。」

立替払の対象となる賃金

 立替払の対象となる賃金は、退職日の6カ月前の日以後立替払の請求日の前日までの期間において支払期日が到来している定期給与及び退職金であって、その総額が2万円以上であるものです(賃確7条、賃確令4条2項)。ただし、不相当に高額なものは除くとされています(賃確令4条2項、賃確則16条)。
 具体的に支払われる金額は、立替払対象賃金中の未払総額の80%に相当する額とされており、未払総額については、退職日の年齢により、上限が30歳未満の者は110万円、30歳以上45歳未満の者は220万円、45歳以上のものは370万円とされています(賃確令4条1項)。

賃金の支払の確保等に関する法律施行令4条(立替払の対象となる未払賃金の範囲)
1項「法第7条の政令で定める範囲内の未払賃金に係る債務は、同条の未払賃金に係る債務のうち、同条の請求をする者に係る未払賃金総額(その額が、次の各号に掲げる同条の請求をする者の区分に応じ、当該各号に定める額を超えるときは、当該各号に定める額)の100分の80に相当する額に対応する部分の債務とする。」

一「基準退職日…において30歳未満である者 110万円」
二「基準退職日において30歳以上45歳未満である者 220万円」
三「基準退職日において45歳以上である者 370万円」

2項「前項の『未払賃金総額』とは、基準退職日以前の労働に対する労働基準法第24条第2項本文の賃金及び基準退職日にした退職に係る退職手当であつて、基準退職日の6月前の日から法第7条の請求の日の前日までの間に支払期日が到来し、当該支払期日後まだ支払われていないものの額(当該額に不相当に高額な部分の額として厚生労働省令で定める額がある場合には、当該厚生労働省令で定める額を控除した額)の総額をいうものとし、当該総額が2万円未満であるものを除くものとする。」
賃金の支払の確保等に関する法律施行規則16条(不相当に高額な部分の額)
「令第4条第2項の厚生労働省令で定める額は、事業主が通常支払つていた賃金(労働基準法第24条第2項本文の賃金及び退職手当に限る。)の額、当該事業主と同種の事業を営む事業主でその事業規模が類似のものが支払つている当該賃金の額等に照らし、不当に高額であると認められる額とする。」

立替払の手続

 立替払いの請求をする者は、請求者と事業主の氏名・住所、事業場の名称・所在地、法律上または事実上の倒産の事由、未払い賃金額等の所定の事項を記載した請求書を労働者健康安全機構に提出しなければなりません(賃確則17条1項)。
 法律上の倒産の場合には「裁判所等の証明書」または「労働基準監督署長の破産手続開始等の確認通知書」、事実上の倒産の場合には「労働基準監督署長のその事実の確認通知書」を添付しなければなりません(賃確則17条2項)。

賃金の支払の確保等に関する法律施行規則17条(立替払賃金の請求)
1項「法第7条の請求をしようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を独立行政法人労働者健康安全機構に提出しなければならない。」

一「請求者の氏名及び住所」
二「事業主の氏名又は名称及び住所」
三「事業場の名称及び所在地」
四「第12条第1号に規定する事業主の事業を退職した者にあつては、同号イからヘまでに掲げる事項」
五「第12条第2号に掲げる者にあつては、事業主について認定があつた日、令第3条第2号に掲げる日及び第12条第1号ハからヘまでに掲げる事項」
六「令第4条の規定により算定した弁済を受けることができる額」
七「厚生労働大臣外指定する金融機関の預金または貯金への振込みの方法によつて、法第7条の未払賃金に係る債務につき同条の規定により弁済を受ける立替払賃金…の払渡しを受けようとする者にあつては、当該払渡しを受けることを希望する金融機関の名称及び当該払渡しに係る預金通帳又は貯金通帳の記号番号」

2項「前項の請求書には、同項第4号に掲げる事項を証明する裁判所等の証明書若しくは第15条の通知書又は同項第5号に掲げる事項を証明する同乗の通知書を添付しなければならない。」
3項「第1項の請求書の提出は、第12条第1号に規定する事業主の事業を退職した者にあつては同号イに規定する日の翌日から起算して二年以内に、同条第2号に掲げる者にあつては事業主について認定があつた日の翌日から起算して2年以内に行わなければならない。」

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弁護士 籾山善臣
神奈川県弁護士会所属。不当解雇や残業代請求、退職勧奨対応等の労働問題、離婚・男女問題、企業法務など数多く担当している。労働問題に関する問い合わせは月間100件以上あり(令和3年10月現在)。誰でも気軽に相談できる敷居の低い弁護士を目指し、依頼者に寄り添った、クライアントファーストな弁護活動を心掛けている。持ち前のフットワークの軽さにより、スピーディーな対応が可能。 【著書】長時間残業・不当解雇・パワハラに立ち向かう!ブラック企業に負けない3つの方法 【連載】幻冬舎ゴールドオンライン:不当解雇、残業未払い、労働災害…弁護士が教える「身近な法律」、ちょこ弁|ちょこっと弁護士Q&A他 【取材実績】東京新聞2022年6月5日朝刊、毎日新聞 2023年8月1日朝刊、週刊女性2024年9月10日号、区民ニュース2023年8月21日
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