賃金は、労務を給付することの対価として発生するものです。では、労働者が労務を給付することができなかった場合には、賃金はどのようになるのでしょうか。今回は、ノーワークノーペイの原則について解説します。
目次
ノーワークノーペイの原則
ノーワークノーペイの原則とは、賃金請求権は労務の給付と対価関係にあるものであり(労働契約法6条)、労務の給付が労働者の意思によってなされない場合は、反対給付たる賃金も支払われないという原則です。
そのため、労働者が労働をしていない場合には、その分の賃金は発生しないのが原則となります。
ノーワークノーペイの原則と欠勤・遅刻・休暇・休職
ノーワークノーペイの原則から、以下のような就業規則を置く会社が数多く存在しており、このような取り扱いも適法です。なお、就業規則上、以下の場合についても、賃金を支給するとされている場合には、賃金は発生することになります。
1 欠勤等の扱い
就業規則第〇条(欠勤等の扱い)
欠勤、遅刻、早退及び私用外出については、基本給から当該日数又は時間分の賃金を控除する。
2 休暇等の賃金
就業規則〇条(休暇等の賃金)
1 産前産後の休業期間、育児時間、生理休暇、母性健康管理のための休暇、育児・介護休業法に基づく育児休業期間、介護休業期間、子の看護休暇期間及び介護休暇期間、裁判員等のための休暇の期間は、無給とする。
2 第〇条に定める休職期間中は、原則として賃金を支給しない。
ノーワークノーペイの原則とストライキ
行政解釈は、ストライキ期間のすべての賃金がカットされるとしています(昭24・8・18基発898号)。
また、争議行為による労務不提供時間に対する賃金支給は不当労働行為になるとしています(昭27・8・29労収3548号)。
ノーワークノーペイの原則の適用範囲
ストライキ等による賃金カットを巡る判例等で議論されることが多いのが、労働者が労務を提供しない場合に、カットされる賃金の範囲です。これについては、以下の考え方があります。
【賃金二分説】
労働者の地位の設定と日々の労働力の提供という労働契約の二重構造から、賃金には、労働者の従業員としての地位および職務の設定に基づく「保障的賃金」と、日々の労働力の提供に直接対応する「交換的賃金」とがあり、賃金カットの対象となる賃金は、「交換的賃金」のみとする説です。
例えば、家族手当は、保障的賃金の代表的なものです。この説に従うと家族手当をカットすることはできないことになります。
【最判昭40.2.5民集19巻1号52頁[明治生命事件]】
生命保険会社の外勤職員のストライキにつき能率給以外のすべての賃金カットをした事案について、
「ストライキによって削減し得る意義における固定給とは、労働協約等に別段定めがある場合等のほかは、拘束された勤務時間に応じて支払われる賃金としての性格を有するものであることを必要とし、単に支給金額が相当期間固定しているというだけでは足らず、また、元より勤務した時間の長短にかかわらず完成された仕事の量に比例して支払われるべきものであってはならない」として、勤務手当・交通費補助を職員に対する「保障的賃金」としています。
【当事者意思を重視する説】
賃金は労働契約により労使当事者が自由に定めることができることから、賃金カットできない賃金の存否については当事者の意思を重視すべきとする説です。
この説に従うと、カットできる賃金の範囲は、労働協約・就業規則・労働契約の規定や労働慣行の存否とその意思解釈をめぐる問題とされます。
【最判昭56.9.18民集35巻6号1028頁[三菱重工長崎造船所事件]】
「ストライキ期間中の賃金削減の対象となる部分の存否及びその部分と賃金削減の対象とならない部分の区別は、当該労働協約等の定め又は労働慣行の趣旨に照らし個別的に判断するのを相当とし、…いわゆる抽象的一般的賃金二分論を前提とする…主張は、その前提を欠き、失当である」として、労使慣行により家族手当のカットを相当としています。
労務の提供が不完全であるとの主張
使用者は、労働者の労務の提供が不完全であるとして、その不完全さの程度に応じて、就労をしていない場合に準じて賃金の減額を主張することは許されるのでしょうか。
これについては、労務の提供が不完全であるとしても、使用者の指揮命令下において労務の提供をした事実が存在する以上は、これを理由に賃金の支払いを拒むことはできないと考えられています。
このような場合は、賃金減額の手続きに基づいて賃金減額を行うか、配置転換、能力不足による解雇等の措置により処理されることになります。
使用者の責めに帰すべき事由により労務を提供できない場合
労働者が労務を提供できない場合にも、それが使用者の責めに帰すべき事由による場合には、賃金(民法536条2項)若しくは休業手当(労働基準法26条)が発生します。
労務を提供できない場合には、工場の消失等の外来の事由のみならず、解雇や休職処分といった事由も含まれるとされています。解雇や休職処分については、これらが有効であれば使用者の責めに帰すべき事由とはいえないことになりますが、これが無効であれば使用者の責めに帰すべき事由といえることになります。
また、法令違反の行為を命じられ、労働者が労務提供を拒否した場合など、労務提供拒否が正当な行為であるような場合には、使用者の責めに帰すべき事由による就労不能といえます。
民法536条2項と労働基準法26条の関係について、労働基準法26条は労働者の生活保障という観点から設けられたものであり、取引における一般原則である過失責任主義とは異なる観点を踏まえた概念とされています。そのため、労働基準法26条の「使用者の責めに帰すべき事由」は、民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解されています(最判昭62.7.17民集41巻5号1283頁[ノース・ウエスト航空事件])。
民法536条2項
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において。債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」
労働基準法26条
「使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」