このようなやり取りをしたことはありませんか。
確かに、能力不足自体は、解雇の理由となることがあります。
しかし、日本では、長期的な雇用が前提とされていますので、解雇が認められるほどの能力不足が認められるのは限定的な場合です。
今回は、能力不足を理由とする解雇をされた場合にチェックするべき点と労働者のとるべき対応を見ていきましょう。



目次
能力不足を理由とする解雇の現況
JILPTが2012年10月に行ったアンケート調査(「従業員の採用と退職に関する実態調査-労働契約をめぐる実態に関する調査(Ⅰ)-」)によると、普通解雇の理由は、「本人の非行」が「30.8%」と最も多く、次いで「仕事に必要な能力の欠如」が「28.0%」となっています。
このように能力不足は、解雇において主張されること多い理由となっています。
(出典:JILPT「従業員の採用と退職に関する実態調査-労働契約をめぐる実態に関する調査(Ⅰ)-」40頁)
能力不足を理由とする解雇が無効となるケース

総論
解雇は、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当といえない場合には、解雇権の濫用として無効となります。
では、能力不足を理由とする解雇は、どのような場合に濫用となるのでしょうか。
客観的に能力が不足しているとは言えないケース
能力不足については、「客観的に」合理的なものである必要があります。使用者が主観的に労働者の能力が不足していると考えているだけでは足りません。
このように、使用者が、いつのどのような出来事を問題にしているのか、能力不足の対象となる事実を明らかにしない場合には、それは使用者の主観を述べているに過ぎませんので、客観的に合理的な理由があるとは言えないでしょう。
また、勤務成績について評定などが出されている場合で、勤務成績が良いとは言えないにしても、真ん中であったり、更に勤務成績が悪い人がいたりする場合には、通常は、客観的に能力が不足しているとは言えないでしょう。ただし、中途採用で他の労働者よりも高度の能力を求められているような場合は例外であり、採用の際にどの程度の能力が求められていたのかが特に重要となります。

使用者に支障が生じていないケース
解雇を正当とする能力不足が認められるには、当該能力不足が「当該労働契約の継続を期待することができない程に重大なものである」ことが必要です(東京高判平25.4.24労判1074号75頁[ブルームバーグ・エル・ピー事件])。
特に、既に長期間にわたり勤務してきた場合には、解雇の不利益が大きい反面、労働者の実績もあるので能力不足の程度は更に厳格なものが求められます。具体的には、「それが単なる成績不良ではなく、企業運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要」するとされます(東京地決平13.8.10労判820号74頁[エース損害保険事件])。
そのため、労働者が業務上ミスを続けているような場合であっても、それが些細なミスであり、これによる使用者への業務上の支障が大きいとは言えない場合には、「労働契約の継続を期待することができない」とはいえませんし、「企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあ」るとはいえませんので、解雇は認められません。
業務改善の機会が付与されていないケース
能力不足を理由とする解雇が合理的かは、「使用者側が当該労働者に改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善がされなかったか否か、今後の指導による改善可能性の見込みの有無等」を考慮する必要があります(東京高判平25.4.24労判1074号75頁[ブルームバーグ・エル・ピー事件])。
使用者が労働者のミスに気が付いたとしても、ミスを労働者に伝えなければ、労働者がこれを改めることができません。そのため、解雇するときに突然ミスがあったことを伝えられたとしても、改善の機会が付与されていたとは言えません。
使用者は、労働者に対して、能力不足を伝えるにしても、その根拠となる事実を具体的に伝える必要があります。ミスの内容が分からないと業務の改善の機会が与えられていたとはいえないためです。
また、根拠となる事実が具体的に示されている場合であっても、改善方法が判然としないことがあります。このような場合、労働者が、使用者に対して、改善の方法を尋ねても、使用者がこれが示されない場合には、業務改善の機会が与えられていたとはいえない場合があります。

職種転換や配置転換が行われていないケース
使用者は、労働者の能力が不足しているとしても、解雇回避措置として、職種転換・配置転換等の軽度の措置を行うことが必要です。
そのため、雇用契約において、職種や勤務場所が限定されていない場合に、使用者が職種転換や配置転換を検討することなく、解雇を行った場合には、解雇権の濫用となる傾向にあります。

能力不足が病気やケガによるケース
労働者の能力不足の理由が病気やケガにある場合において、会社に休職制度があるときは、まずはこの制度を用いることになります。
休職制度があるにもかかわらず、この制度を用いず、直ちに解雇を行うことは許されません。

チェック事項まとめ
以上より、能力不足を理由に解雇された場合には、以下の事項をチェックするべきでしょう。
☑ 能力不足の対象となる事実が具体的に明らかにされているか
☑ 評定はどの程度か
☑ ミスなどにより使用者に大きな損害が生じているか
☑ 使用者から業務のミスや改善方法を具体的に指摘されたことはあるか
☑ 職種転換や配置転換が行われたか
☑ 能力不足が病気やケガによるものか
労働者がとるべき対応
では、能力不足を理由に解雇された場合には、どのように対応すればいいのでしょうか。
解雇理由証明書を請求する
労働者は、解雇された場合には、解雇理由証明書の交付を請求することになります。
解雇理由証明書は、文字通り解雇理由を記載した書面です。解雇理由証明書には、解雇理由を具体的に示す必要があるとされています。例えば、就業規則の条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記入しなければなりません。
労働者は、解雇理由証明書を受け取ることで、解雇を争うかどうかを判断することができます。また、解雇を争う場合には、どのような証拠を集めればいいのかなどの方針を決めることができます。
そのため、解雇された場合には、まず解雇理由証明書を請求するのが通常です。

解雇の撤回を求める
次に、解雇を争うことに決めた場合には、使用者に対して、解雇の撤回を求めます。また、併せて、解雇後の具体的な業務を指示することを求めるべきでしょう。書面により送付するのがいいでしょう。
訴訟外において交渉を行う機会になりますし、また解雇後にこれを争う意思を示さずに長期間が経過すると就労の意思が否定されることもあるためです。

労働審判・訴訟を用いる
最後に、使用者が解雇の撤回に応じない場合には、労働審判や訴訟等の法的手続きを検討することになります。
この段階で弁護士に相談に行こうとする方も多いですが、初回無料相談などもありますので、解雇された時点で一度弁護士に相談に行かれた方がいいでしょう。自分で交渉する中で、自己に不利益な主張を行ってしまうことがあり、労働審判や訴訟で争点となってしまう可能性があるためです。
