不当解雇を争う場合には、これと矛盾する行動を行うと不利益な認定をされる場合があります。これに対して、不当解雇を争う場合には行っておかなければならないこともあります。
これらの行動を誤り、又は怠ると、解雇の無効を主張することが制限されたり、解雇の無効が認められても賃金の請求をすることが制限されたりする場合があります。
今回は、不当解雇を争う場合にやるべきこと・やってはいけないことについて説明します。
解雇された場合に「やるべきこと」と「やってはいけないこと」は、以下の動画でも詳しく解説しています。
目次
解雇を争う場合にやるべき行為
解雇理由証明書の請求
解雇された場合には、まず何故解雇されたのかその理由を知る必要があります。
解雇の理由が分からなければ、解雇が不当かどうか、どのような証拠を集め、反論すればいいのかも明らかになりません。
そのため、まずは、解雇理由証明書の交付を求めることになります。
解雇理由証明書とは、解雇の理由が記載された書面です。使用者は、労働基準法上、請求があった場合には、解雇した労働者に対して、解雇理由証明書を交付する義務を負っています。
解雇を争う意思がある旨を明示する(撤回を求める)
労働者は、解雇理由証明書を確認し、解雇が不当であると感じた場合には、使用者に対して、速やかに、解雇を争う意思がある旨、解雇の撤回を求める旨を通知することになります。これは、後日、証拠として提出することができるように文書で行うべきでしょう。
解雇後長期間にわたり解雇を争う意思がある旨を明示しない場合には、使用者から「労働者は解雇に納得していた」と主張されることがあります。
就労の意思を示す
また、労働者としては、解雇を争い、解雇後の賃金を請求する場合には、就労の意思を明示したうえで、業務内容等の指示を求めるべきです。これも、後日、証拠として提出することができるように文書で行うべきでしょう。
解雇後の賃金を請求するには、就労の意思を有していることが必要とされています。就労の意思を明示することまでは必ずしも必要ではありませんが、これを明示しておくことで、不要な争点が生じることを防ぐことができます。
解雇を争う場合にやるべきではない行為
失業保険の本給付の受領
労働者は、解雇された場合、解雇の無効が確定するまで、使用者から賃金の支払いを受けることができなくなります。そのため、不当解雇を争う期間における生計の維持が課題となりますが、失業保険の本給付を受給することは避けるべきです。
失業保険の本給付は、本来、失業した場合に受給するものです。そのため、不当解雇を争うことと失業保険の本給付を受給することは矛盾します。そして、労働者が解雇後に失業保険の本給付を受給すると、使用者に対しても、解雇を争う意思はないものとの誤解を与えます。
このように解雇を承諾したと受け取れるような行動をとると、信義則上、解雇の無効を主張することが制限される場合があります(大阪地判平4.9.30労判620号70頁[新大阪警備保障事件])。
従って、不当解雇を争う場合に失業保険を受給する場合には、本給付ではなく、仮給付により受給するべきです。仮給付は、不当解雇を争う場合に暫定的に失業保険の給付を受けることができる措置で、法律上の明文はありませんが、運用上認められています。
解雇予告手当の請求・受領
次に、労働者は、不当解雇を争う場合には、解雇予告手当を請求するべきではありませんし、これを受領すべきではありません。解雇は無効である以上、解雇予告手当を受領する理由はないためです。
使用者から解雇予告手当を手渡されそうになった場合には、明確に受領を拒絶するのがいいでしょう。
使用者が一方的に解雇予告手当を振り込んできた場合には、解雇後の賃金として受領する旨を文書により通知しておきましょう。
退職金の請求・受領
退職金についても、退職を前提とするものである以上、不当解雇を争う場合には、これを請求するべきではありませんし、これを受領すべきではありません。
再就職は慎重にする必要がある
解雇を争う期間の生活費を得るために他社に再就職することについては、法律上禁止されていません。
もっとも、解雇後に他社に再就職した場合には、その収入が副業的であって解雇がなくても当然に取得し得るなど特段の事情がない限り、解雇後の賃金のうち平均賃金の6割を超える部分については控除の対象となります。
また、再就職先における勤務条件や勤務状況、解雇した会社に対する対応等によっては、就労の意思が否定されることがあり、それ以降の賃金が請求できなくなる場合があります(東京地判平9.8.26労判734号75頁[ペンション経営研究所事件]、東京地判平9.8.26労判724号48頁[オスロ―商会ほか事件]等)。
更に、近年の裁判例では、黙示の合意退職を認めたものもあります(東京地判平31.4.25[新日本建設運輸事件])。
解雇を争う場合に他社へ再就職することは慎重に行うべきでしょう。
解雇を争う場合に留保を付すべき行為
私物引き取り
労働者は、解雇後に使用者から私物の引き取りを求められることがあります。
これについては、どのように対応するべきでしょうか。労働者としては、解雇が無効であると考えている以上は、私物の引き取りを拒否したいところです。
しかしながら、私物の引き取りを拒否した場合には、使用者により施設の所有権・占有権・管理権等に基づく妨害排除請求の訴訟提起がなされ、判決を受け強制執行をされることがあります。また、退職日以降の保管料(1日1000円程度)の請求をされる場合もあります。
そのため、解雇を争う場合であっても、私物の引き取りには協力することが穏当でしょう。
もっとも、使用者に解雇を争わない趣旨であるとの誤解されることを避けるため、解雇を争う意思を有している旨、私物の引き取りに協力するのはあくまでも争点を限定するためである旨を明示しておくべきでしょう。
離職票の受領
離職票については、失業保険の仮給付を受けるために必要となります。そのため、離職票を受領すること自体はやむを得ないでしょう。
もっとも、離職票は、本来、労働者が被保険者資格を喪失した場合に交付されるものです。これを受領する際には、被保険者資格を喪失したこと、つまり解雇が有効であることを認める趣旨でないことを明示しておくべきです。あくまでも、解雇を争う期間の生活維持のために受領するにすぎないことを伝えておきましょう。
健康保険証の返還
健康保険証については、解雇後に使用者から返還を求められることになります。不当解雇を争っている場合であっても、返還に応じないと無効の公示がなされることになり、これを不当に使用すると詐欺罪として処罰される可能性があります(昭和25年10月9日保発68号)。
そのため、健康保険証の返還については一時的に協力するものの、解雇については争う意思がある旨、解雇の無効が確定した時点で再度交付することを求める旨を明示しておくべきでしょう。また、これにより損害が生じる場合には、損害賠償の請求を行うことを検討することになります。