近年、残業代請求の事件数が増加傾向にあります。2018年に成立した働き方改革関連法により、長時間労働への歯止めがかかることが期待されていますが、未だ過酷な勤務環境に身を置く労働者の方が数多く存在します。
会社に対して残業代を請求することに抵抗のある労働者もいるかもしれません。しかし、残業代を請求することは労働者の権利です。何も躊躇する必要はありません。
今、残業代や長時間労働について悩み、この記事を読んでくださっているあなたの周りには、弁護士をはじめ残業代請求を支える多くの方々がいます。
今回は、これまでの経験から、残業代請求を増額するポイントについて解説していきます。
目次
- 1 残業代の種類・計算方法
- 2 ポイント1:基礎賃金に含まれない賃金は限定されていること
- 3 ポイント2:所定労働時間の計算方法を知る
- 4 ポイント3:割増率を確認する
- 5 ポイント4:労働時間の証拠を残しておく
- 6 ポイント5:客観的に指揮命令下にあれば労働時間に含まれる
- 7 ポイント6:法定時間外でなくても所定時間を超えて労働すればその分の賃金を請求できる
- 8 ポイント7:時効により消滅する前に請求をする
- 9 ポイント8:遅延損害金を請求する
- 10 ポイント9:付加金を請求する
- 11 ポイント10:自己に有利な労働条件を主張する
- 12 ポイント11:労働審判・訴訟を活用する
- 13 残業代金額早見表
- 14 残業代請求は弁護士に相談するのがおすすめ
残業代の種類・計算方法
残業代請求を増額するには、そもそも残業代にはどのような種類があるのか、またそれぞれどのように計算するのかを知る必要があります。
残業代の種類
まず、残業代には、次の3種類があります。
⑴ 法定時間外割増賃金
法定時間外割増賃金とは、法定時間(1日8時間、1週間40時間(原則))を超えて労働した場合に発生する割増賃金のことをいいます。
⑵ 深夜割増賃金
深夜割増賃金とは、午後10時から午前5時までの間に労働した場合に発生する割増賃金のことをいいます。
⑶ 法定休日割増賃金
法定休日割増賃金とは、法定休日に労働した場合に発生する割増賃金のことをいいます。
残業代の計算方法
⑴ 法定時間外割増賃金
基礎賃金÷所定労働時間×1.25×法定時間外労働時間数
⑵ 深夜割増賃金
基礎賃金÷所定労働時間×0.25×深夜労働時間数
⑶ 法定休日割増賃金
基礎賃金÷所定労働時間×1.35×法定休日労働時間数
※時給制の場合には所定労働時間数で除する必要がありません。
ポイント1:基礎賃金に含まれない賃金は限定されていること
総論
基礎賃金とは、割増賃金の算定の基礎となる賃金をいいます。
基礎賃金は、原則として、下記に列挙されている賃金を除いた賃金の合計金額となります。
①家族手当
②通勤手当
③別居手当
④子女教育手当
⑤住宅手当
⑥臨時に支払われた賃金
⑦1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金
注意点1:除外賃金以外は全て基礎賃金に含めること
まず、上記①乃至⑦以外の賃金は全て基礎賃金に含めることが重要となります。固定残業代についても、その要件を満たさないような場合には、基礎賃金に含まれることになります。
例えば、基礎賃金に基本給しか含まれないと誤解していると、残業代の金額も低くなってしまうでしょう。
注意点2:家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当に該当するかは実質的に判断する
次に、「家族手当」、「通勤手当」、「別居手当」、「子女教育手当」、「住宅手当」という名称で支給されている手当があったとしても、その実質を有さなければ、つまり、名ばかりで実際には異なる手当であった場合には、基礎賃金には含まれないことになります。よく問題になることのある「家族手当」、「通勤手当」、「住宅手当」の判断のポイントを見てみましょう。
「家族手当」とは、扶養家族のある者に対し、扶養家族の人数を基準として算出して支給するものをいいます。扶養家族がいないのに支給されている場合や、扶養家族の人数に関係なく一律に支給されている場合には、「家族手当」とはいえません。
「通勤手当」とは、通勤の実費を補填しあるいは通勤距離に応じた手当を支給するものをいいます。実費や距離に関係なく支給される場合には、その部分は「通勤手当」とはいえません。
「住宅手当」とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当です。全員に一律に支給されている場合や、住宅以外の要素により定額で支給される場合には、「住宅手当」とはいえません。
注意点3:臨時に支払われた賃金、1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金とは何かを押さえておく
「臨時に支払われた賃金」とは、支給条件は確定されているが支給事由の発生が労働と直接関係のない個人的事情によりまれに生ずる賃金をいいます。労働と直接関係のない賃金である必要があるので、特殊作業手当や危険作業手当は、「臨時に支払われた賃金」とはいえません。
「1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金」は、これまで1カ月ごとに支払われていたのに、基礎賃金から除外するために2倍の金額を2カ月ごとに支払うこととした場合には、これに該当しないことがあります。
計算例
【Aさんの場合】
基礎賃金30万円(月給)のAさんの場合ですと、2年分の残業代は、
=562万5000円
となります。
【Bさんの場合】
基礎賃金35万円(月給)Bさんの場合ですと、2年分の残業代は、
=656万2500円
となります。
このように、基礎賃金が5万円違うことにより、残業代金額に93万7500円もの差が生じています。
この場合ですと、基礎賃金に含まれるのは、基本給、役職手当、住宅手当、精勤手当になります。そのため、基礎賃金は、
となります。
まとめ
従って、基礎賃金については以下の事項をチェックするように注意してください。
☑ 除外賃金(家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金)以外の賃金を基礎賃金に含めるのを忘れていないか
☑ 家族手当につき、扶養家族がいないのに支給されていないか、扶養家族の人数に関係なく一律に支給されていないか
☑ 通勤手当につき、実費や距離に関係なく支給されていないか
☑ 住宅手当につき、全員に一律に支給されていないか、住宅以外の要素により定額で支給されていないか
☑ 労働と直接関係のある賃金が臨時に支払われた賃金とされていないか
☑ これまで1カ月ごとに支払われていた賃金が、2倍の金額を2カ月ごとに支払うこととされて、1カ月間を超える期間ごとに支払われる賃金とされていないか
ポイント2:所定労働時間の計算方法を知る
総論
割増賃金を計算するに当たり、1時間当たりの単価を算出する必要があります。そのため、基礎賃金を所定労働時間で除することにより、1時間当たりの単価にします。
時給制の方は基礎賃金が既に1時間当たりの単価になっていますから所定労働時間で除する必要はありません。これに対して、日給制の場合には1日の所定労働時間、月給制の場合には1カ月の所定労働時間数で除することになります。
所定労働時間数と残業代の金額の関係は下記のとおりです。
計算方法
⑴ 日給制
日給制の場合については、「1日の所定労働時間数」が基準になりますので計算は難しくないでしょう。なお、日によって、所定労働時間数が異なる場合には、1週間における1日平均所定労働時間数となります。
⑵ 月給制
月給制の場合、月によって所定労働時間数が異なる方が多いですが、この場合、「1年における1月平均所定労働時間数」を基準にします。
具体的には、計算式は以下のとおりです。
(365日-年間休日日数)×1日の所定労働時間数÷12カ月
※閏年の場合は、「365日」ではなく、「366日」となります。
注意点1:年間休日日数を正確に把握する
月給制の場合、1カ月の平均所定労働時間数を算定するには、年間休日日数を正確に把握する必要があります。
年間休日日数を少なく計算してしまうと、所定労働時間数は多くなります。
年間休日日数を把握する方法は色々ありますが、⑴会社に就労日が記載されたカレンダー等があるのであればそれにより数えることや、⑵雇用契約書や労働条件通知書、就業規則の休日を確認し、自分でカレンダー等を用いて数えることが考えられます。
注意点2:1日の所定労働時間が法定労働時間を超えていないか注意する
雇用契約書や労働条件通知書、就業規則などにより法定労働時間を超えて所定労働時間が定められている場合、そのような合意や規則は、労働基準法に反し無効となり、法定労働時間に従い規律されることになります。
例えば、始業時刻が午前8時、終業時刻午後6時、休憩が1時間とされている場合、1日の所定労働時間は9時間となります。しかし、1日の法定労働時間は8時間ですから、1日の所定労働時間を9時間とする合意は無効となります。その結果、1日の所定労働時間は、法定労働時間に従い8時間となります。
そのため、1日の所定労働時間が8時間を超えている場合には、法定労働時間に従い8時間を1日の所定労働時間として計算する必要があります。
注意点3:1日の所定労働時間数は8時間より少ない場合がある
雇用契約書や労働条件通知書、就業規則の定めによっては1日の所定労働時間数が8時間より少ない場合があります。そのため、雇用契約書や就業規則の1日の所定労働時間は、よく確認しておきましょう。
例えば、始業時刻が午前9時30分、終業時刻が午後6時、休憩が1時間とされている場合、1日の所定労働時間は、7時間30分となります。
所定労働時間が計算できない場合
使用者から雇用契約書や労働条件通知書の交付を受けていない場合、就業規則の開示を求めても開示を得られない場合には、所定労働時間を計算することができないことがあります。
この場合は、あくまでも仮の計算であることを伝えた上で、法定労働時間に従い、残業代を計算することが考えられます。
法定労働時間に従うと所定労働時間は、下記のとおりとなります。
【日給制の場合】
【月給制の場合】
※閏年は「365日」の部分は「366日」
計算例
【Aさん】
始業時刻午前8時、終業時刻午後5時、休憩時間1時間、年間休日日数125日のAさんの月平均所定労働時間は、
となります。
【Bさん】
始業時刻午前8時、終業時刻午後6時30分、休憩時間1時間、年間休日日数105日のBさんの月平均所定労働時間は、
となります。
まとめ
従って、所定労働時間の計算をするにあたっては、以下の点について注意する必要があります。
☑ 年間休日日数を正確に把握する
☑ 1日の所定労働時間数が8時間以上の場合には、1日の所定労働時間は8時間で計算する
☑ 1日の所定労働時間数が8時間を下回る場合には、その時間を1日の所定労働時間とする
ポイント3:割増率を確認する
次に、残業代請求をするには割増率を正確に把握しておく必要があります。
基本的な割増率として、法律上、法定時間外労働と深夜労働は2割5分以上、法定休日労働3割5分以上とされていることを押さえてください。
また、下記の取り扱いについても確認しておきましょう。
⑴ 時間外労働が1カ月60時間を超えた場合
この場合、割増率は5割以上とされています。
しかし、中小企業主には適用が猶予されています。中小企業主とは、その資本金の額または出資の総額が3億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については5000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主、及び②その常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主をいいます。
⑵ 法定休日労働と深夜労働が重なる場合
この場合、割増率は6割以上となります。
⑶ 法定時間外労働と深夜労働が重なる場合
この場合、割増率は5割以上となります。
また、稀に、雇用契約書や労働条件通知書、就業規則などにより、上記を超える割増率が定められている場合があります。この場合は、労働者としては、かかる割増率に従い残業代を計算した方が有利ですから、これに従い計算することになります。
☑ 法定時間外労働の割増率は、2割5分以上
☑ 法定休日労働の割増率は、3割5分以上
☑ 深夜労働の割増率は、2割5分以上
☑ 時間外労働が1カ月60時間を超えた場合の割増率は5割以上(ただし、中小企業主を除く)
☑ 法定休日労働と深夜労働が重なる場合の割増率は、6割以上
☑ 法定時間外労働と深夜労働が重なる場合の割増率は、5割以上
☑ 雇用契約書や労働条件通知書、就業規則により上記を超える割増率が定められている場合は、それに従う
ポイント4:労働時間の証拠を残しておく
残業代を請求する際に重要となるのは、労働時間を立証する証拠です。労働した証拠を残しておくことが大切です。
ポイント5:客観的に指揮命令下にあれば労働時間に含まれる
労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。この時間に該当するかは、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に判断されます。
ポイント6:法定時間外でなくても所定時間を超えて労働すればその分の賃金を請求できる
注意点1:請求できる場合
1日の所定労働時間が8時間よりも短い方が所定労働時間を超えて働いた場合や所定休日に労働した場合には、法定時間外割増賃金や法定休日割増賃金は発生しませんが、所定時間外手当及び所定休日手当を請求することができます。
注意点2:就業規則等で割増率を確認する
所定時間外手当と所定休日手当として請求できるのは、原則として、割増しのない通常の労働時間の賃金です。
もっとも、就業規則などで、所定時間外手当と所定休日手当の割増率を定めている場合には、その定められた割増率に従い計算することができます。
会社によっては、就業規則等において、法定時間外労働と所定時間外労働、法定休日労働と所定休日労働を区別せずに、割増率を規定していることがあります。この場合、所定時間外労働や所定外休日労働についても、法定時間外労働や法定休日労働と同じ取り扱いをしている趣旨と解釈することができます(東京地判平12.2.23労判784号58頁[最上建設事件])。そのため、法定時間外労働と法定休日労働と同様の割増率により計算して、請求することが考えられます。
計算例
【Aさん】
所定労働時間が7時間30分のAさんの1カ月の出勤日は20日あり、いずれの日も8時間労働したとします。そうすると、1カ月当たり、所定時間外労働が10時間あることになります。2年分ですと、10時間×24カ月=240時間です。
Aさんの勤めている会社の就業規則では、所定時間外労働の割増率が1.25とされています。Aさんの、基礎賃金は30万円、月平均所定労働時間は160時間とします。
以上に従うと、Aさんの請求できる所定時間外手当は、
となります。
まとめ
従って、所定時間外手当と所定休日手当については、以下の点に注意してください。
☑ 1日の所定労働時間が8時間よりも少ない方が所定労働時間を超えて労働した場合や所定休日に労働した場合に請求できる可能性がある
☑ 割増率は、原則1.0倍であるが、就業規則でこれを超えるの割増率が定められていたらこれに従う
ポイント7:時効により消滅する前に請求をする
総論
残業代請求をする上で、気を付けなければならないのは消滅時効です。残業代の消滅時効は2年間とされています。支払日の翌日から、2年経過した部分から順次消滅時効が完成していきます。
※ただし、2020年4月1日以降が支払日とされる残業代の消滅時効期間は3年となります。
注意点1:請求すると決めたらまずは催告をする
残業代を請求すると決めたら、まず一時的に消滅時効を止める必要があります。
民法では、催告があったときは、その時から6カ月を経過するまでの間は、時効は、完成しないとされています。
そのため、最初にすべきことは「催告」です。
具体的には、「催告」は、裁判所に証拠として提出することができるように内容証明郵便により行うべきです。
注意点2:どの債権かが分かる程度の特定を行う
次に、「催告」をするにあたっては、どの債権について請求をしているのか特定をする必要があります。
もっとも、「催告」については、後日さらに明瞭な完成猶予が生ずることが予定されているため、どの債権かが分かる程度の指示があればよいとされています。
残業代の催告をするに当たっては、①2年間分を請求すること、②割増賃金を含む未払賃金を請求すること、③(一部ではなく)すべての請求をすることを明示しておくといいでしょう。
注意点3:催告から6カ月以内に法的手続を行う
催告により消滅時効が一時的に停止している期間は、6カ月です。
6カ月以内に調停、労働審判の申立て、訴訟の提起等の法的手続きを行う必要があります。
6カ月という期間は長いようにも見えますが、証拠の収集を行い、残業代の計算をしていると、直ぐに経過してしまいます。直前に法的手続きを行うのではなく、余裕をもって行うのがいいでしょう。
記載例
まとめ
従って、消滅時効との関係では、以下の点について注意してください。
☑ 請求すると決めたらすぐに催告を行う
☑ 催告は内容証明郵便で行う
☑ 催告には、「2年間分」、「割増賃金を含む未払賃金」、「すべて」との文言を入れておく
☑ 催告から6カ月以内に法的手続きを行う
ポイント8:遅延損害金を請求する
総論
使用者が残業代の支払いを怠っている場合には、残業代に遅延損害金がつきます。残業代の交渉は長期化する場合もありますので、遅延損害金の請求も忘れないようにしましょう。
注意点1:遅延損害金の起算点
残業代は確定期限がある債務ですので、使用者は、各支払い日の到来した時から遅滞の責任を負うことになります(民法412条1項)。そのため、遅延損害金は、残業代の支払いをすべきであった日(各給料日)の翌日から、請求することができます。
そのため、残業代に関して請求日や訴訟提起日から遅延損害金を請求している場合は損をしていることになります。
注意点2:法定利率を理解する
⑴ 退職前
ア 2020年4月1日以降が支払日の残業代
改正民法が2020年4月1日から施行されました。
そのため、2020年4月1日以降の残業代の遅延損害金の利率は、年3%です。
※2023年4月以降は利率が変わる可能性があります。
イ 2020年3月31日以前が支払日の残業代
【使用者が会社の場合】
2020年3月31日以前の残業代の遅延損害金の利率は、使用者が会社の場合は、従前の商事法定利率に従い年6%です。
【使用者が個人の場合】
2020年3月31日以前の残業代の遅延損害金の利率は、使用者が個人の場合は、従前の民事法定利率に従い年5%です。
退職後
退職した労働者については、退職日の翌日以降、残業代を含む賃金(退職手当を除く)の遅延利息は、年14.6%です。
注意点3:法定重利を請求するには意思表示が必要
既に発生した遅延損害金部分については、これを元本に組み入れないと、遅延損害金は発生しません。
そして、遅延損害金を元本に組み込むには、元本に組み入れる旨の意思表示が必要です。遅延損害金を元本に組み入れることができるのは、遅延損害金の支払いが1年以上延滞している部分で、債権者が催告をしても支払いがなかった場合です。
そのため、残業代の交渉が長期化しそうな場合には、遅延損害金の支払いも催告した上で、支払いがないようであれば、1年を経過した部分については、随時元本に組み入れる旨の意思表示をすることが考えられます。
注意点4:使用者から一部支払いがあった場合は利息部分から充当する
使用者が元本の他、利息(遅延侵害金を含む)及び費用を支払うべき場合において、債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを順次に費用、利息及び元本に充当します(民法489条1項)。
そのため、支払いが元本に充当されるのは、遅延損害金の支払いがなされた後です。先に元本に充当してしまうと、それ以降に発生する遅延損害金の金額が減少してしまいます。
従って、使用者から一部の弁済がなされたときは、元本の前に遅延損害金に充当しましょう。
まとめ
従って、遅延損害金については、以下の点に注意してください。
☑ 遅延損害金は各支払日の翌日から請求する
☑ 遅延損害金の利率は、退職後は年14.6%、退職前でも2020年3月31日以前に支払日がある部分は年6%(使用者が個人の場合は5%)
☑ 法定重利を請求するためには、遅延損害金を元本に組み入れるための意思表示が必要
☑ 使用者から一部支払いがあった場合は、元本の前に遅延損害金に充当する
ポイント9:付加金を請求する
総論
付加金とは、使用者が一定の金員の未払いがある場合に、労働者の請求により、裁判所が未払金と同一額の支払いを命じることができるものです。
ポイント1:請求を忘れない
付加金は、「労働者の請求により」、裁判所はその支払いを命ずることができるとされています(労働基準法114条)。
そのため、労働審判の申立て、訴訟の提起の際には、付加金の請求も記載しておくことが大切です。
ポイント2:付加金が生じる範囲
付加金の対象は、法外残業代(法定割増賃金)部分です。法内残業代(所定外残業手当や所定休日手当)部分については、付加金の対象になりません。
ポイント3:労働審判申立時にも付加金を記載しておく
付加金の請求は、違反のあったときから2年以内にしなければなりません(労働基準法114条但書)。これは消滅時効ではなく、除斥期間とされており、使用者への残業代の催告によっても一時的に止まりません。
付加金を命ずることができるのは「裁判所」であり、「労働審判委員会」ではありません。そのため、労働審判において付加金が命じられることはありません。しかし、労働審判において付加金を申し立てておくと、労働審判から訴訟に移行した際に、労働審判申立時点を基準に付加金の請求時点を計算してもらうことができます。
そのため、労働審判においても、付加金の請求を記載しておくことが重要です。
まとめ
従って、残業代の付加金については、以下の点に注意してください。
☑ 労働審判の申立て、訴訟の提起の際に記載を忘れないようにする
☑ 付加金が生じるのは法外残業代(法定割増賃金)部分
ポイント10:自己に有利な労働条件を主張する
注意点1:雇用契約書、労働条件通知書、就業規則等の労働条件を確認する
まず、先ほど見たように、各種手当の支給条件によっては除外賃金に該当しないことがあります。
また、1日の所定労働時間が法定労働時間8時間より短く設定されている場合があります。
更に、月平均所定労働時間を計算するためには、休日日数を確認する必要があります。
加えて、割増率も、法定割増率よりも労働者に有利に設定されていることがあります。
従って、労働条件をよく確認することが重要です。
注意点2:雇用契約書、労働条件通知書、就業規則の労働条件を比較する
次に、雇用契約書、労働条件通知書、就業規則の労働条件をいずれも確認した上で、比較する必要があります。
稀に、これらの各書面で、労働条件が異なる場合があります。
就業規則は労働条件の最低基準を画するものなので、これを下回る労働条件が雇用契約書や労働条件通知書に記載されていても無効となります。
他方、就業規則よりも有利な合意することは自由ですので、雇用契約書や労働条件通知書に就業規則よりも有利な労働条件が記載されている場合には、これに従うことになります。
従って、労働者は、雇用契約書、労働条件通知書、就業規則に記載されている労働条件のうち自らに最も有利な労働条件に従い計算することができます。
※労働協約等がある場合は、これも確認してください。労働協約については、詳しくは下記のリンクを確認してください。
注意点3:労働条件は入社時から各残業代の支払月のものまでを確認する
⑴ 総論
労働者の労働条件は、特定の時点のみを切り取って判断するべきものではなく、入社時からの各有利な変動や不利な変動を継続的に分析するべきものです。
そのうえで、残業代の各支払月の労働者の労働条件を把握することになります。
具体的には、入社時の労働者の労働条件を基礎に置きつつ、その後の有利な変動と、不利な変動を確認する必要があります。
⑵ 労働条件が有利に変更された場合
入社後、労働条件が有利に変更された場合には、それに従い計算することになります。
給与明細書や昇給を通達する書面などが証拠になります。
⑶ 労働条件が不利に変更された場合
入社後、労働条件が不利益に変更された場合には、その変更の有効性が問題になります。
労働者が不利益変更に合意した場合には、その合意が真意に基づく場合に限り、不利益に変更された内容に従い計算することになります。
労働者が不利益変更に合意せず、就業規則の変更により労働条件を不利益に変更された場合には、その変更が合理的な場合に限り、不利益に変更された内容に従い計算することになります。
⑷ 就業規則は入社時から現在まですべての開示を求める
使用者に就業規則の開示を求めると、多くの場合、最新の就業規則のみが開示されます。
しかし、先ほども説明したように労働条件は連続的に捉えられるべきもので、入社後に就業規則の変更が行われている場合には、以前の就業規則の方が労働者に有利な場合があります。そして、就業規則の不利益変更については合理性が必要ですので、場合によっては、最新の就業規則は無効となり、それ以前の就業規則により労働者の労働条件の最低基準が画される場合があります。
そのため、就業規則の開示がされた場合には、その就業規則がどの時期のものかを確認した上で、入社後に就業規則の変更が行われているようであれば、入社後から現在まですべての就業規則の開示を求めるべきです。
なお、就業規則の一部の条項のみを抜粋して開示してくる使用者がいますが、労働者に有利な条項が含まれていない可能性があるので、全ての条項を開示するように求めるべきです。
まとめ
従って、自己に有利な労働条件を主張するには、以下の事項をチェックすべきです。
☑ 就業規則等で各種手当の支給条件、1日の所定労働時間、休日の日数、割増率等の労働条件を確認する
☑ 雇用契約書、労働条件通知書、就業規則等を比較し、いずれの労働条件が有利かを確認する
☑ 入社時から現在までの労働条件を確認し、不利益に変更された箇所がある場合には、その有効性を確認する
☑ 特に就業規則の不利益変更は、意識的に確認しないと気付かない場合があるので、入社時から現在まですべての就業規則が開示されているかを確認する
ポイント11:労働審判・訴訟を活用する
残業代を請求する場合に訴訟外の交渉では、多くの場合一定程度の譲歩が必要となります。理由としては、①訴訟外の交渉では法的な争点が生じた場合に議論が平行線となりますので、使用者が無理な主張に固執する場合があります。また、②使用者が、タイムカードや就業規則等の開示を行わない場合に、これを強制することもできません。そのため、短期間で解決ができるというメリットはありますが、労働審判や訴訟に比べてどうでしても解決金額は低くなってしまう傾向にあります。
そのため、残業代請求を増額するという観点からは、労働審判や訴訟を用いるべきです。労働審判や訴訟では、①各争点につき労働審判委員会や裁判所が心証を形成し判断することになりますので、議論が平行線となることはなく、必要以上の譲歩をしなくてすみます。また、②訴訟では、使用者が任意に証拠を開示しない場合には、文書提出命令等を行うことができます。加えて、③訴訟となると使用者には付加金のリスクが出てきます。そのため、使用者としても正当な残業代を支払うインセンティブが生じることになります。
従って、残業代請求を増額するには労働審判や訴訟がおすすめです。ただし、労力や場合によっては弁護士費用が生じますので、方針については見込まれる残業代の金額を踏まえて検討するべきでしょう。
残業代金額早見表
残業代金額について参考までに早見表を作成しましたので、自分の残業代がどのくらいの金額になるのか確認してみてください。
残業代請求は弁護士に相談するのがおすすめ
残業代請求をするには、早期に弁護士に相談することがおすすめです。残業代の金額を増額するには、弁護士に相談することが一番の近道でしょう。
上記では、残業の請求を行うに当たっての基本的なポイントの一部を紹介しましたが、実際に残業代請求をしていく中では、具体的な事情に応じて様々な法的な問題が生じます。使用者は、多くの場合、残業代の請求を受けた場合、顧問弁護士に相談します。そのため、使用者は、残業代の計算方法や残業時間、支払い済みの残業代金額について、法的な反論をしてきます。これについて、労働者が自分自身で裁判例や文献を調べ、証拠を集め、適確な主張を行うことは、困難でしょう。
また、残業代の請求を行うには、労働時間の算定をはじめ、残業代の計算、証拠の収集、通知書の作成等に多くの労力を要します。弁護士に残業代請求を依頼した場合には、煩雑な手続きを全て弁護士に任せることができます。
加えて、訴訟外の交渉では、法的に正当な残業代金額にはならず、必要以上の譲歩を強いられることがあります。労働審判や訴訟の段階になってから、弁護士にご相談いただく場合ですと、既に自分自身に不利益な主張をしてしまっている場合が多く見受けられます。
従って、残業代の請求をするに当たっては、早い段階で、弁護士に相談することがおすすめなのです。